2,子曰く、黙してこれを識(しる)し、学びて厭(いと)わず、人を教えて倦(う)まず。我において何かあらん。
先生が言われた。「黙って覚え、学んであきず、他人に教えてイヤにならない。こんなことは、自分にとって何でもないことだ」。
※浩→吉川幸次郎先生は、「ここは読みやすいように見えて、しかも読み方がさまざまである」と前置きされて、1つの読み方を紹介されました。それによると、「いろいろと事あげせずに、沈黙のうちに、事柄をよく認識する。学問というものは、すればするほど新しい境地が開け、したがって新しい責務を感ずるものであるが、嫌気を起こさずに、学問を継続する。教育というものは、相手があっての事柄であり、相手はなかなかこちらの言うことを納得しないものではあるけれど、そのために熱意を失わない。この3つのことだけは、私にとって特別に困難なことではない」と。
もと教師の私には、最後のフレーズ「人に教えて倦まず」はピッタリです。現役の先生方にも参考になりそうです。よく授業中騒がしいクラスのことが話題になります。普通、生徒のお行儀悪さばかり強調して、責任を生徒に押しつけているようですが、そのクラスも別の先生の授業では静かだったりします。生徒と先生の相性もあるかもしれませんが、教師は授業の進め方の工夫をしないといけません。塾の先生のほうが上手だそうです。自らの授業の工夫を棚上げしてあくまで生徒のせいにしていると、事態は一向に改善しないでしょう。昔、野田先生に質問した先生がいました。「授業が騒がしい」と。「それは授業がつまんないんだ」の鶴の一声でした。また、「授業の工夫に関して心理学をあてにするな」と叱られました。授業の工夫には「教育学」の出番でしょうが、かく言う私はアドラー心理学を学んで授業がやりやすくなりました。それは「教育法」のおかげでなくて、心理学から「対人関係のあり方」を学んで実践したからだと思います。クラスでの生徒・教師の人間関係が良くなると、その関係のもとで行われる講義にしても実習にしても、成功しないわけがありません。
アドラー心理学に出会って、私の勤務校では1991年から、まずは「相談室」スタッフだけの勉強会を開いて、スタッフたち数人が学ぶようになりました。そのうち校内の先生がごく少数ですが参加されるようになり、やがて、93年9月から公開にして、校外からの参加者を迎えました。最盛期には毎月20人~30人もの参加者がありました。そのほとんどが外来の方々で、校内の先生たちはまったくといっていいほど参加されませんでした。2018年まで講座を開かせていただいていた倉敷工業高校でも、校外からの参加者ばかりでした。のちに津山工業の校長になられたY先生がときどき参加されました。2019年度から私がスクールカウンセラーをさせていただいた津山工業高校での「学習会」は、一般公開ではなくて同校の先生方ばかりです。しかも、倉敷工業のY先生が校長になられて赴任されると、先生方へ、「スキルアップするように」「カウンセリングを学ぶように」と号令をかけてくださり、ご自身は皆勤で参加されましたが、わずか2年で他校へ転勤されました。続くT校長先生が、これまたほとんど皆勤で参加されました。勤務時間内のことでもあり時間は40~45分で、長い講義は分割して連続ドラマふうにしました。年一度の「全教員研修」では全職員60人のうち50人ほどが参加されました。現在は、岡山県立岡山工業高校にて毎月講座を開いていますが、ここも参加者はほとんど校外の方々です。それでも、「人を教えて倦(う)まず。我において何かあらん」の意気で毎月の講演を準備しています。
<ジョブキソ65>
#テーマ
取引先との交渉中。相手の無理な注文に即答を避けて、「やれないことはありませんが考えさせてください」とかわすには?
It may not be easy, but we can try. Let us think about it.
簡単ではないかもしれませんが、やってみることはできます。考えさせてください。
@ think about it = それについてよく考える(aboutは「まわり」という意味、360度考えてみる)
※日本語では断りたいときによく「難しい」(It's difficult.)と言うが、これでは不十分。
断るときはNo.と言わないと伝わらない。
#応答
That's great! I will wait for your answer. すばらしい!お返事お待ちしています。
第七 述而篇
1,子曰く、述べて作らず、信じて古(いにしえ)を好む。竊(ひそ)かに我を老彭(ろうほう)に比す。
先生が言われた。「祖述する(先人の説を受け継いで述べること)だけで創作しない、古代を信じ、かつ愛好する。そういう自分をそっと老彭になぞらえている。
※浩→「述」は「楯」で、何かに従うこと、つまり先人の学問を祖述することです。「作」は「創作」、新しい文化を創造すること。特に、礼楽の制度を創設すること。
老彭は殷王朝につかえた賢者・彭祖(ほうそ)が長寿で有名だったので「老彭」と称したという説と、「老子」と「彭祖」の2人を指すという説がある。
「祖述するだけで創作しない」と、孔子は謙遜しているように見えますが、この立場を確固として守るところに、強い自信があらわれている、と貝塚茂樹先生の解説にあります。ここでの「創作」は小説を書くようなことではなくて、「礼楽」の制度を立案実施することを指すと考えれられます。孔子が尊敬する周公が作った「礼」は「創作」でした。
私は1991年にアドラー心理学に出会って、それ以来、ずっと「述べて作らず、信じて古を好」んできました。現在、ホームページでやっていることも、また講演・講義もその例外ではありません。たった1回、大手の出版社・明治図書の教育雑誌「学校運営研究」に小論文を書いたことがあります。まだ東京のヒューマンギルドとアドラーギルドが仲が良かったころ、ヒューマンギルドの岩井社長が私を明治図書に私を紹介してくださったことがあります。それで明治図書から、「荒れる学校、早期発見と学校の対応策」というテーマで書いてほしいと依頼が来ました。1997年№464です。今も大切に保存しています。下に全文出しておきます。
何しろ大手出版社から出してもらうわけですから、事前の準備が大変でした。一応下書きを書いて、即、アドラーギルドの「事例検討会」(当時毎週金曜日午後7時~)に持参して、野田先生&諸先輩方からアドバイスをいただきました。特に、当時、野田先生の直弟子さんで大活躍中の鎌田穣さんからは、手取り足取りで具体的なご指導をいただきました。その結果、すっきりした原稿ができあがり、明治図書へ送ると、そのまま掲載されました。発行後しばらくして「ギャラ」が郵送されました。8000円くらいでしたが、当時の私にはとても高額に感じられました。次の「事例検討会」のとき、お世話になったアドラーギルドで半分を野田先生に差し出すと、先生は「主にお世話になった鎌田さんにあげなさい」とおっしゃいました。言われたとおり、そっくり鎌田さんに差し上げました。こんなことは人生で初めてです。
講演活動のほうは、長く、ほとんど野田先生の話されたとおりを記憶して、しゃべり方まで真似をして関西弁入りでやっていました。2010年に倉敷工業高校で講座をするようになったころから徐々に、「野田先生の語り口を自分の語り口に直して」語れるようになってきました。そのあと津山工業高校で同校の先生方相手に、月1回~2回、45分の連続講義をしました。さらにそのあと、去年4月から、今の@岡山工業高講座に引き継がれています。
「学校運営研究」№464から
「荒れる学級」早期発見と学校の対応策(明治図書、1997年6月号 p46~48
この「荒れ」には、どんな対応が効果的か
教師への反抗 -- どんな対応が効果的か --
-アドラー心理学の立場から-
大森 浩(岡山県立岡山工業高等学校教諭)
一、反抗性という『もの』はない
大前提として、最初から反抗的な生徒は存在しないと考える。生徒の反抗は教師とのコミュニケーションのなかでつくられるので、その責任の半分は教師の側にもある。
例えば、校門で教師が生徒に「おはよう」と言う。生徒は「何をうるさい!」とは言わないで、たぶん「おはようごさいます」と返してくる。服装違反の生徒を見つけて、教師が「こら、待て!何だ、そのズボンは!」と言う。生徒はきっと「うるせー!」とくる。もしも教師が「あのー、ちょっとお話したいことがあるので、休憩時間にでも私のところへ来ていただけませんか?」と言うと、別の展開になる。なぜ教師が生徒にそのような穏やかな物言いをしなければならないのかと、疑問に思われる読者には、これから述べる提案を受け入れがたいかもしれない。なるほど、そういう方法もあるかと思われる読者には、何かのヒントになるかもしれない。
二、自分が変われば相手も変わる
反抗に限らず、人間のあらゆる行動は、対人的な場のなかで、誰かに向けられていると考えられる。真空のなかで行われているのではない。ある教師に対して反抗的な生徒が、ほかの教師には従順だったり、また家庭では親に対してとても素直だったりするし、その逆もありうる。その場合、その生徒に『反抗性』というものが存在すると考えないほうがよい。『反抗性』というものが存在するのではなく、教師や親とのコミュニケーションのなかで、反抗という行動が選ばれていると考えられる。おそらく、教師が生徒に反抗させるようなことばをかけるから、生徒はそれに反応して反抗するのではないか。教師がさらに強圧的に出ると、生徒もエスカレートしていく。この場合、コミュニケーションで何が起こっているかについては、あとで詳しく述べる。
トラブルを起こした生徒と教師を見ていると、その状況を問題だと感じ、何とかしなければとあせっているのは、多くの場合教師で、生徒はその必要を感じていないこともある。学校では普通、生徒を呼び出して一方的に説教をするなり罰するなりの方法で改心を迫る。親を呼んで厳重に注意することもある。もっと極端な場合には、親に相談機関に行かせたりする。学校という場で教師に対して反抗したなら、それは学校という場で解決しなければならない。逆に考えれば明白。家で子どもが暴れるからといって、親は教師に「あんたの責任だろ、何とかしてくれ」とは、普通は言わない。教師は平気で言う。
改善すべきは、教師と生徒の対人関係であり、コミュニケーションのあり方である。教師がそもそも無理な要求をしているかもしれない。対話のいとまを与えない強圧的な態度をとっているかもしれない。怒りの感情というつぶてを投げているかもしれない。しかも、問題だと感じているのが教師ならば、その教師が対応の仕方を変えるなり、相談機関に行くなりの対応が必要である。これまでの伝統的な対応法では、この視点が完全に欠けていると思われる。多くの場合、学校は、反抗的な生徒の、その性格あるいは心に問題があるととらえてきた。しかし、過去は変えられないし、生徒自身の性格を変えることはそもそも困難であろう。したがって、生徒の反発を招きたくなければ、生徒・教師のコミュニケーションを改善するほうがより有効ではなかろうか。現場の実態を長く見ている。罰による矯正が有効であるとは思えない。
生徒の性格に、あるいは心に『反抗性』という欠陥があるという見方をすると、実は、学校や教師の側に大きなメリットがある。それは、問題を起こす生徒の責任をクローズアップさせ、教師の責任を回避させる逃げ口上になっている。教師への反抗は、生徒・教師のコミュニケーションのなかで起こっている現象である。つまり教師も片棒をかついでいるわけであり、正確に言えば、教師が先に生徒に反抗させるメッセージを送っていることが多い。生徒はそれに刺激されて反発し、今度はそれに教師が反応するというかたちで、悪循環に陥っていく。相手を変えようと思えば、自分が変わるしかない。無理に相手を変えようとするその強圧的な態度そのものが、相手の反抗をあおるのではなかろうか。
三、原因探しをやめる
世間の常識では、普通、何か問題が発生すると、まず原因探しをする。例えば、子どもが登校拒否をするのは、小さいころ親が十分スキンシップを与えなかったからだとか、親の養育態度が過保護・過干渉で、子どもの自立が遅れたためだとか、小学校の教師が冷酷だったとか、あるいはクラスメートにいじめられたからだとか。生徒が教師に反抗するのは、生徒自身の性格にひずみがあるからだとか、親が無責任だからだとか。
それらは多くの場合過去のできごとか、その人の外側のできごとであろう。なるほど、問題行動には原因はあろう。しかしながら、仮に原因を発見したとしても、それらは現場の実践に何ら有効な働きをしない。それどころか、原因探しの結果、こんなにも性格にひずみがあり、家庭背景が悪いのなら、手立てが何もないのではないかと、教師に援助を断念させるかもしれない。過去のは手が届かない。
そこで、原因は仮にあるとしても、それはひとまず棚上げして、どういう目的で問題行動を起こしているか、というふうに、発想の転換をはかることにする。
そうすると、さまざまなことが見えてくる。(つづく)
四、問題行動の四つの目的
アドラー心理学では、人生の究極の目標は、仲間とつながりを持てること、つまり共同体への所属であると考える。誰もが、できれば良いかたちで、仲間に受け入れられて所属したいと願う。それが達成されないとき、無視されて孤立するよりも、たとえ悪いかたちででも人とつながりを持ちたいと願って、問題行動が始まる。子どもの問題行動は、どんな目的で、何を達成しようとして行われるかについては、長年の研究がある。
ルドルフ・ドライカース(1897年~1972年)によれば、子どもの不適切な行動(問題行動)の目的は、次の四種類にまとめられる。
(1)注目・関心を引く
(2)権力闘争をする
(3)復讐をする
(4)無能力を誇示する
五、問題行動の発生
例えば、教室で、教師のその存在を認められ受け入れられていると感じている生徒、成績が優秀であるとか、品行方正であるとか、教師の期待する役割をきちんと演じきれていると信じている生徒は反抗する理由がない。他の教師には反抗するかもしれない。教師の本来の役割をクールに理解して、きちんと生徒を援助していこうと決心していくこと、そして、怒りの感情をつぶてに、強圧的に教師側の都合を生徒に押しつけないようにすることが大切である。特に、思春期になると、もはや一方的な命令では、生徒は動かない。
教師の善意・熱意は妥当なものであり、伝えたい内容や、期待することがらもたぶん妥当なものだろう。ということは、伝え方、コミュニケーションが問題であろう。教師が、指示・命令に代わるコミュニケーションの技術を修得し、実施することで、生徒の反抗は劇的に減少するはずである。
さて、すべての生徒が教師に好かれるわけではない。学業面でも素行面でも教師やクラスメートに注目してもらえない生徒は、教師の注目を得るために、まず、私語やいたずらや居眠りや忘れ物などをするかもしれない。教師が注意すると、注目されたことになるので、満足する。先に述べたように、無視されるより、叱られてでも注目・関心を得ようとするのはこれにあたる。教師はこのとき、わずらわしくは感じるが、怒りはない。本気で教師が怒るほどの悪いことはしない。
しかし、この段階で教師がその生徒の行為の目的を理解することなく、不適切な対応をすると、生徒は次の段階の作戦に入る。すなわち、教師に勝とう、あるいは負けまいという権力闘争の段階である。この過程に入った生徒に、教師が強圧的に指導を加えようとすると、まず間違いなく反抗する。なぜなら、従えば負けたことになるから。良いかたちで所属できないなら、悪役になってでもつながりを保とうとする。まさかと思われるかもしれないが、学校現場では頻繁に起こっていることである。
六。最も頻繁に起こる権力闘争
権力闘争、あるいは主導権争いに入ると、教師はやたらと腹が立つ。怒りがこみあげてくるので、「おのれ、ここであとに引いたら、なめられる。一発ガツンとくらわしておかなければ」といきり立つ。この教師の作戦は、間違いなく疲れる。というのは、思春期の特徴のひとつとして、彼らはほかのことはともかく、体面(いわゆる面子)をことのほか重視するので、教師が強圧的に接すると、生徒は、自分の立場が不利になることもかまわず、ただ教師に勝とう、負けまいと必死に抵抗してくる。思春期の子どもの面子は絶対につぶしてはいけない。教師が彼らの面子を立てれば、彼らは絶対に反抗しない。ここのメカニズムを教師が理解して、権力闘争になりそうだと思ったら(怒りの感情が起きたら)、引き下がること、巻き込まれないことが肝要。それではなめられると、多くの教師は考えるが、実は勝とう・負けまいの権力闘争に陥っていて、引き下がれば、生徒はそれ以上追及してこないし、また自分の面子を立ててくれたことに感謝し、尊敬もするようになる。
権力闘争の過程では、教師が生徒に真に伝えたいことは絶対に伝わらない。怒っていること、勝ちたいと思っていること、つまり感情だけが伝わって、メッセージに内容は伝わらない。大事なことで、必ず理解してほしいと願うことは、怒りに左右されない、勝ち負けに影響されない穏やかなコミュニケーションのなかでしか伝わらない。
遅刻してきた生徒がいて、教師がその理由を知りたいなら、「こらー!今何時だと思っているっ」と言うと、「うるせー!」とくるはず。代わりに、「頑張って走ってきたのに惜しかったね」と言うと、「そうなんだ。もう5分早く家をでればよかった。ゆうべゲームやりすぎてね」という具合に、先方から語ってくる。
技術レベルとして、メッセージはできれば命令語でなくて、「依頼語」を用いたい。依頼語というのは、疑問文(~してくれませんか?)か仮定文(~してくれたらなあ)のかたちである。その特徴は、相手が「ノー」と言えるということ。具体的には、また別の機会があれば述べたい。
「別の機会」はついに来ませんでした。当時は、アドラー心理学はマイナーで日本カウンセリング学会などでもほとんど存在が認められていませんでした。最近は岸見一郎先生の『嫌われる勇気』の人気のおかげで、ずいぶん広く知られるようになりました。が、それはそれでまた新たな問題も起こっているようです。野田先生も亡くなられた今、純正アドラー心理学をきちんと継承・伝達していきたいです。
第26課 復習2「ハムニダ体のおさらい」
<2つの文体>
1,ハムニダ体:初対面や目上の人に対して公式な場で使われる丁寧な言い方
2,ヘヨ体:親しい間柄での会話で使われる柔らかい印象を与える丁寧な言い方
<ハムニダ体>
ソウルは初めてですか?
서울은 처음입니까? ソウルン チョ’ウミムニダ?
#「~です」=「名詞+입니다」
#「~ですか?」=「名詞+입니까?」
これはバナナ牛乳ではありません。
이것은 바나나 우유가 아닙나다.
#否定の表現「~ではありません」
・「名詞(パッチムなし)+가 아닙니다」
・「名詞(パッチムあり)+이 아닙니다」
水ではありません。
물이 아닙니다.
キムチがあります。
김치가 있습니다.
#「あります(います)」=있습니다
#「ありません(いません)」=없습니다
先生がいません。ドゥファン君もいません。
선생님이 없습니다. 두화군도 없습니다.
私はここにいますよ。
저는 여기 있습니다.
僕もここにいますよ。
저도 여기 있어요.
<助詞>
・「~は」=는/은
・「~が」=가/이
・「~を」=를/을
キムチは=김치는
キムチが=김치가
キムチを=김치를
<練習>
犬ですか?
개입니까?
はい、犬です。
네,개입니다.
リンゴがありますか?
사과가 있습니까?
はい、リンゴがあります。
네,사과가 있습니다.
これは柿ではありませんか?
이것은 감이 아닙니까?
柿ではありません。これはリンゴです。
감이 아닙니다. 이것은 사과입니다.
<動詞・形容詞のハムニダ体>
ここで会計をします。
여기서 계산을 합니다.
これはあちらの食堂で食べます。
이건 저쪽 식당에서 먹습니다.
#「~(し)ます」「~です」=「動詞・形容詞の語幹+ㅂ니다/습니다」
※語幹=基本形-다
食べる=먹다 語幹=먹 食べます=먹습니다
大きい=크다 大きいです=큽니다
<練習>
ジュースを飲みます。
주스를 마십니다.
寒いです。
춥습니다
<ワンポイント>
飛行機=비행기
平べったい=납작하다
分厚い=두껍다
丸い=동그랗다
甘い=달다
おいしい=맛있다
モチモチしている=쫄깃하다
→호떡 ホットk(韓国のおやつ)
<疑問詞>
誰=누구
どこ=어디
いくら=얼마
何=뭐
いつ=언제
あとに「까?」を付ければ疑問文になる。
いくつ=몇
何個=몇개
何歳=몇살
何の=무슨
何曜日=무슨 요일
どのように=어떻게 (多くの場合動詞と併せて使う)
<練習>
焼き肉レストランの予約
もしもし。
여보세요?
はい、ハングルカルビです。
네, 한글갈비입니다.
#「~です」=~입니다.
ご予約はいつでいらっしゃいますか?
여약 시간은 어쩧게 되시죠?
今日です。
오늘입니다.
メニューはどうなさいますか?
메뉴는 어떻게 하시나요?
豚カルビありますか?
돼지갈비 있습니까?
はい、あります。
네,있습니다.
カルビいくらですか?
갈비 얼마입니까?
カルビは3000ウォンです。
갈비는 삼천 원입니다.
キムチありますか?
김치 있습니까?
あります。
있습니다.
とてもいいですね。
너무 좋아요.
どこにありますか?
어디 있습니까?
川に近いところにあります。
강에서 가까운 장소에 있습니다.
どのように行きますか?
어떻게 갑니까?
タクシーでいらっしゃると便利です。
택시를 타고 오시면 편리합니다.
はい、ありがとうございます。
네,감사합니다.
30,子貢曰く、如(も)し能く(よく)博く民に施して能く衆を済(すく)わば如何(いかん)、仁と謂うべきか。子曰く、何ぞ仁を事とせん、必ずや聖か。堯舜もそれ猶(な)おこれを病めり。夫(そ)れ仁者は己(おのれ)立たんと欲して人を立たしめ、己達せんと欲して人を達せしむ。能く近く譬えをとる。仁の方(みち)と謂うべきのみ。
子貢がおたずねした。「もし国民に広く恩恵を与え、多くの人々を救済することができるならば、いかがでしょう。仁と言ってよいでありましょうか?」。先生が答えられた。「どうして仁くらいにとどまるだろうか。最高の道徳者「聖」にしてはじめてできることである。いや聖人にさえ、無造作にできることではない。古代の聖人・堯と舜さえも、それらを悩みの種、難しいこととしたであろう。およそ仁者は、自分が立ちたければ、まず他人を立たせ、自分が達したいと思えば、他人を達せさせる。何事をも、身近な自分の身の上について事柄を考える。あることを他人にしようとする場合には、それが自らの身の上に加えられた場合には、どうであろうかと、近い自分の身の上について考える。これが仁を実践する方法である。
※浩→子貢が、政治家としての立場から人民の福祉を増進し、多くの民を救うのは、仁の徳を実現する政策ではないかと質問しました。これに対して孔子は、古代の理想の君主であり聖人と言われる堯・舜ですら容易に実現できなかった理想だと、正面から論ずるのを避けたのです。春秋末期の列国は、戦争・内乱が相次いで起こり、豪族が農地を兼併し大土地所有が進行していました。人民の福祉の向上、民の救済にはとても手が回らなかったのです。ですから子貢の理想を空想だと退けました。孔子はもっと現実に立ち、自分の周囲に仁を及ぼし、それから次第に拡大するのが実際的だと考えました。人間への愛は、広漠な人類愛という形から出発するよりも、そうした理想を持ちながらも、実践は近くから始めなければならぬという、儒家の考え方が示されています。
「能く博く民に施して能く衆を済わば……」というのは高邁な理想で、「仁」を超えた「聖」の領域で、古代の聖人王でさえ実現は困難だったと指摘した上で、具体的に仁の実践は、「まず人を立たせ、人に達成させ」と説きます。これはアドラー心理学の「共同体感覚」と「自己執着」の対比を彷彿させます。ちなみに、アドラー心理学は「しあわせの心理学」だと言われます。
「1,しあわせになろう」
「2,そのためには人をしあわせにしよう」
「1と2は同じことである」
「人をしあわせにする」といえば、『クリスマス・キャロル』を思い出します。主人公は、スクルージという初老の商人で、冷酷無慈悲、エゴイスト、守銭奴、人間の心の暖かみや愛情などとはまったく無縁の日々を送っている人物で、ロンドンの下町近くに事務所を構え、薄給で書記を雇い、血も涙もない、強欲で、金儲け一筋の商売を続け、隣人からも、取引相手の商人たちからも蛇蝎のごとく嫌われている。共同経営者・ジェイコブ・マーレイの葬儀に、彼へのお布施を渋り、冥銭を持ち去るほどであった。
明日はクリスマスという夜、事務所を閉めて自宅に戻ったスクルージは、7年前に亡くなったマーレイ老人の亡霊の訪問を受ける。マーレイの亡霊は、金銭欲や物欲に取り付かれた人間がいかに悲惨な運命となるか、生前の罪に比例して増えた鎖にまみれた自分自身を例としてスクルージに諭し、スクルージが自分以上に悲惨な結末を回避し、新しい人生へと生き方を変えるため、3人の精霊がこれから彼の前に出現すると伝える。
「第一の幽霊」(過去)、「第二の幽霊」(現在)、そして「第三の幽霊」(未来)である。
第一の幽霊(過去)は、スクルージが忘れきっていた少年時代に彼を引き戻し、孤独の中で、しかし夢を持っていた時代を目の当たりに見せる、また青年時代のスクルージの姿も見せ、金銭欲と物欲の塊となる以前のまだ素朴な心を持っていた過去の姿、そしてかつての恋人との出会いからすれ違いによる破局を示す。
第二の幽霊(現在)はスクルージをロンドンのさまざまな場所に導き、貧しい中、しかし明るい家庭を築いて、ささやかな愛で結ばれたクラチット家の家族の情景、楽しい夕食会をしている甥フレッドの姿を見せる。クラチットの末子は脚が悪く病がちで、長くは生きられない。
第二の幽霊と共に世界中を飛び回って見聞を広めたスクルージは、疲れ切って眠る。そして再度目覚めると、そこには不気味な第三の幽霊(未来)がスクルージを待っている。スクルージは、評判の非常に悪い男が死んだという話を聞くが、未来のクリスマスには自分の姿がない。評判の悪い男のシーツに包まれた無惨な死体や、その男の衣服まで剥ぎ取る日雇い女。また、盗品専門に買い取りを行う古物商の老人や、その家で、盗んできた品物を売りに老人と交渉する3人の男女の浅ましい様などを見る。また、クラチットの末子ティム少年が、両親の希望も空しく世を去ったことを知る。そして草むし荒れ果てた墓場で、見捨てられた墓碑に銘として記されていた自らの名をスクルージは読む。
スクルージは激しい衝撃に襲われるが、クリスマスの始まる夜明けと共に、悪夢のような未来が、まだ変えることができる可能性があることを知る。彼はマーレイと3人の幽霊たちに感謝と改心の誓いをし、クラチット家にご馳走を贈り、再会した紳士たちに寄付を申し出、フレッドの夕食会に出向く。そしてその翌日、クラチットの雇用を見直すとともに彼の家族への援助を決意する。
のちにスクルージは、病気も治ったティムの第二の父とも呼べる程の存在となり、「ロンドンで一番クリスマスの楽しみ方を知っている人」と言われるようになるのだった。
このお話はハッピーエンドですが、もう1つ思い出した「幸福な王子」は、ラストが悲惨に思えます。(宝石で飾られた)王子(の像)に頼まれてあちこちへ宝石を運んで、ついに目ざすエジプトへ帰れず、力尽きて死んだツバメはどうなるのさ!「フランダースの犬」のネロと同じで、神様が天国へ招きますから、やっぱりハッピーエンドなんでしょうか。納得がいきません。やはりこの世でハッピーになってほしいと願います。
このお話は大好きなので、長いのを引用します。
昔、ある町に王子の像が立っていました。身体は金箔に覆われ、両目の瞳はサファイヤ、腰の剣の装飾には真っ赤なルビーが輝き、心臓は鉛でつくられた美しい像です。そこへエジプトへ渡る最中の一羽のツバメが、寝床を探して像のところまでやって来ました。ツバメが王子の像の足元で寝ようとすると、頭上から大粒の涙が降って来ます。見ると金箔の王子の像が泣いていました。王子の像は、その視界に入ってくる貧しい人たちの生活ぶりを見て、悲しんでいたのでした。そして王子の像はツバメに「貧しい人たちに自分の身体に付いている宝石を分け与えてくれ」と頼みます。ツバメは願いを聞き入れ、病気に苦しむ子供のいる家族にルビーを届けます。
願いを聞き遂げ、出発しようとしていたツバメでしたが、その翌日、王子の像は「まだ飢えに苦しんでいる人たちがいる、もう1日だけ待っておくれ」願います。早く出立したかったツバメですが、王子の切なる願いを聞き入れ、目のサファイアを貧しい劇作家に配ります。いよいよ出立しないと間に合わなくなったツバメは、ついに王子の像に別れを告げようとします。しかし王子の像の嘆きは収まりません。王子の像はまた「あと1日待っておくれ」と願い、もう1つの瞳のサファイアをマッチ売りの少女に渡してくれるよう頼むのでした。ツバメは「そんなことをしたら目が見えなくなる」と心配しましたが、「貧しい人が救われるなら」と王子の像は考えを変えません。その優しい心に触れたツバメは、エジプトへ渡ることを諦め、最後まで王子の像の願いを聞き遂げる決意をしました。ツバメは視力を失った王子の像のため、町の様子を彼に伝えるようになりました。
王子の像は自分の身体の金箔を配るよう願いましたが、配れば配るほど王子の像はどんどん見すぼらしい姿に変わり果てていきました。そして王子の像からかつての綺羅びやかな様子が消えた頃、町は冬を迎えます。寒さに耐えられないツバメは身体がすっかり弱ってしまっていました。死期を悟ったツバメは、最期に王子の願いが聞けて幸せだったことを告げ、最後の力で飛び上がり王子の像にキスをすると、ついに力尽きてしまいました。それを聞いた王子の像は、ツバメが死んでしまったことに大きなショックを受け、ついに鉛の心臓が割れてしまいました。
2人が動かなくなった翌朝、町の人々は「いつの間にか美しくなくなってしまった。溶かしてしまう」と、王子の像を溶鉱炉にかけてしまいました。しかし鉛の心臓だけは溶けなかったので、ツバメの死体と一緒にゴミ置き場に捨てられてしまいました。
そのころ、神様が天使と一緒にこの町へやって来ました。神様が天使に「この町で一番美しいものを持って来なさい」と命じました。天使は、割れた鉛の心臓と、ツバメの屍を持ってきました。神様は「確かに、これぞこの町で一番美しいものだ。2人は天国に連れていってやろう」。
やっぱり、「フランダースの犬」と似たラストです。(「雍也篇」はこれにておしまい!)
第7課 動詞述語文(S+V+O)
<キーフレーズ>
Wo3 xue2 Han4yu3.
我学汉语。
「私は中国語を勉強しています。」
@学 xue2 = 学ぶ(動詞)/ uはほんとはü
※yu:j, q, xのあとの uは上の点(ü)が省かれる。
「私は数学を勉強しています。」
Wo3 xue2 shu4xue2.
我学数学.
<否定文>
「私は中国語を勉強していません。」
Wo3 bu4 xue2 Han4yu3.
我不学汉语。
<疑問文>
「あなたは中国語を勉強していますか?」
Ni3 xue2 Han4yu3 ma?
你学汉语吗?
反復疑問文(文末の吗は不要)
你学不学汉语?
「彼女は化粧品を買いません。」
Ta1 bu4 mai3 hua4zhuang1pin3.
她不买化妆品。
「あなたは浅草に行きますか?」
Ni3 qu4 bu qu4 Qian3cao3?
你去不去浅草?
<ショート会話>
A
「こんにちは。どちらへ行かれますか?」
Nin2 hao3. Nin2 qu4 nar?
您好。您去哪儿?
「浅草に行きます。あなたの中国語は素晴らしいですね」
Wo3 qu4 Qian3cao3. Ni3 de Han4yu3 hen3 bang4!
我去浅草。你的汉语很棒。
「ありがとうございます。私は今中国語を勉強しているんです」
Xie4xie. Xian4zai4 wo3 xue2 Han4yu3.
谢谢。现在我学汉语。
「そうですか、頑張ってください」
O1, jia1you2!
噢,加油!
B
「いらっしゃいませ! 何を召し上がりますか?」
Huan1ying2 guang1lin2! Nin2 chi1 shen2ma?
欢迎光临。 您吃什么?
「天ぷらをいただきます」
Wo3 chi1 tian1fu4luo2.
我吃天妇罗。
「何をお飲みになりますか?」
Nin2 he1 shen2me yin3liao4?
您喝什么饮料?
「ビールを飲みます」
Wo3 he1 pi2jiu3.
我喝啤酒。
「承知しました。少々お待ちください」
Hao3 de, qing3 shao1 deng3.
好的,请稍等。
「まあ、あなたの中国語は素晴らしいですね!」
Ai1ya1, ni3 de Han4yu3 hen3 bang4!
哎呀,你的汉语很棒!
「とんでもないです。今中国語を勉強しているんです」
Na3li na3li. Xian4zai4 wo3 xue2 Han4yu3.
哪里哪里。现在我学汉语。
「そうですか、頑張ってください」
O1, jia1you2!
噢,加油!
<発音:r化>
音節の終わりに舌先をそり上げる。
花→花儿 hua1r
※iやnで終わる音節にrが付いている場合は、ピンインでは表記するが発音しない。
小孩儿 xiao3hair2 子ども
※ngの後ろにrがついている場合は、ngの前の母音を鼻音化して舌先をそり上げる。
・空儿 kongr4 暇
・花儿 huar1
・小孩儿 xiao3hair2
・画画儿 hua4 huar4 絵を描く
・小猫儿 xiao3mao1er2 子猫
・一会儿 yi1hui4er2 ちょっとの間
29,子曰く、中庸の徳たる、それ至れるかな、民鮮(すく)なきこと久し。
先生が言われた。「中庸という徳は、なんと完全無欠なものだろう。それにつけて、人民にその徳が欠けるようになってから、なんと久しくなったことだろう」。
※浩→中庸は「過不及がないこと」、庸は「平常」という意味。「世界の名著」ではこれだけの解説ですませていて素っ気ないですから、吉川幸次郎先生の詳しい解説を参照します。
『中庸』は、孔子の孫である子思の作として、漢代には『礼記』の一篇となりました。宋以後は「四書」の一つとして極度の尊重を受けました。
「中庸」の『中』とは「偏らないこと」ではありますが、決して大小や上下の中間を取りさえすればよいという意味ではありません。「中間」、「平均値」、「足して2で割る」というものではなくて、常に、その時々の物事を判断する上でどちらにも偏らず、かつ通常の感覚でも理解できるものです。
『庸』は「常」であって偏頗(へんぱ)でないもの、奇僻(きへき)でないもののことです。「事理の当(まさ)に然るべき」ところのものです。
実際、『中庸』の冒頭には次のようにあります。
中なるものは不偏不倚(ふへんふい)、過不及なきの名。庸は平常なり。
この「中庸の徳」を常に発揮することは、聖人でも難しい半面、学問をした人間にしか発揮できないものではなくて、誰にでも発揮することができるものだと考えられます。それなのに、その能力を持つ人間が乏しくなってから、ずいぶん時間を経たと孔子は嘆きます。孔子の時代ですらそうだったのですから、昨今の「礼の欠如ぶり」のひどさは当然と言えば当然だと言えるようです。
関連して、西洋ではアリストテレスが「徳」を「知性的徳」と「倫理的(習性的)徳」に分けて、「知性的徳」の「知恵」と「思慮」のうちの「思慮」がその指導原理「中庸」に従って行動するとき「倫理的徳」が実現すると解いています。詳しくは『ニコマコス倫理学』などにあります。お釈迦様なら「四諦八正道」です。四諦は「4つの真理」で、苦諦(くたい)、集諦(じったい)、滅諦、道諦。人生は「苦」、それは煩悩のなせる業(「集」)、煩悩を滅すれば苦は消滅(「滅」)、その道は八つ(「道」)。八つの道=八正道とはすなわち「中道」です。すなわち、正見(しょうけん)、正思(しょうし)、正語(しょうご)、正業(しょうごう)、正命(しょうみょう)、正精進(しょうしょうじん)、正念(しょうねん)、正定(しょじょう)です。これは野田先生の解説にしょっちゅう登場しています。
日本から「礼(マナー)が消えて久しいように感じます。特に孟子の四端の心のうちの「辞譲の心」で、とにかく譲り合わなくてしかも競合的です。それでもほんとに稀にですが、こちらの「礼」にきちんと「礼」で応じてくれる人に出会います。その日はそれだけで幸せです。世の中、まだまだ捨てたもんじゃないと、そのときは少し安心します。ペットボトルと携帯電話の普及で、公衆マナーは消滅したのでしょうか。備前市に「閑谷学校」という儒学の殿堂があります。そこで催される「論語の読誦」が、単なるイベントに終わることなく、その精神が日常生活で実践されることを願ってやみません。及ばずながら私も「学而篇」の、「曾子曰く、吾、日に三たび吾が身を省みる。人の為に謀(はか)りて忠ならざるか。朋友と交わりて信ならざるか。習わざるを伝ふるか」を日々実践するように心がけています。生意気ですね(笑)。
<ジョブキソ64>
#テーマ
会議もそろそろ終わり。「みなさん、これでいいですか?」と念を押すには?
Is everyone comfortable with these points?
みなさん、これらのポイントで異論はありませんか?
@ comfortable = 快適な、居心地の良い
Please make youself comfortable. くつろいでください。
#応答
We're fine with this. 大丈夫です。
28,子、南子(なんし)を見る。子路説(よろこ)ばず。夫子これに矢(ちか)いて曰く、予(わ)れ、否(よから)らざるところのものは、天これを厭(す)てん、天これを厭てんと。
先生が、美貌で多情な衛霊公夫人・南子に会われた。子路が不服で仕方がない。そこで孔子は子路に言われた。「私にもし間違いがあったならば、天が神罰を下されようぞ。天が神罰を下されようぞ」。
※浩→「世界の名著」の解説がとても面白いので、引用しておきます。
孔子は56歳のとき、魯の国を去って衛国に亡命しました。美貌で多情な衛霊公夫人・南子が謁見するよう通告してきたので、孔子はこの意向を無視できずに、ついに参内しました。南子は、自分の魅力がこの有名な学者をどれほど迷わせることができるか試したかったのでしょう。その結果はどうであったか事実はわからないですが、南子が孔子をすっかり魅惑したという噂が国中に流れたらしい。それで、一本気の子路はすっかり不機嫌になってしまった。孔子が霊公を説得するための手段としてまず南子に会ったのだとも、南子が孔子を政治家として任用しようとしたという説もあるが、大聖人孔子の一生で唯一の女性関係の物語です。春秋時代の列国の貴族社会では、男女間の交際は自由で、多くの恋愛事件が起こったそうで、噂が子路を怒らせたのです。孔子は天罰を引き合いに出して、間違いを起こしていないと誓ったのを、そのまま信ずるほかはないですが、あえて聖人の過ちともとれるエピソードを載せたところに、原始儒教教団の寛容さがあると言えるのでしょう。
孔子といえば、さぞかし色恋とは無縁の“石部金吉”かと思いきや、このエピソードは微笑ましいです。「英雄色を好む」とは言われますが、学者はどうでしょうか?“その道一筋”の偉大な人は、世間的には“変人”が多いかもしれませんが、あまり“浮いた話”は聞きません。ソクラテスの妻クサンチッペは、世界三大悪妻の一人だそうです。「人前で夫を罵倒し頭から水を浴びせたり、現在過去未来、これほど耐え難い女はいないだろう」と、弟子クセノフォンの著書に書かれています。ソクラテスはそれでも、「良い妻を持てば幸せになれるが、悪い妻を持てば私のように哲学者になれる…」と考えていて、「そんなにひどい妻ならなぜ別れないのか?」と言われたら「クサンティッペとうまくやっていければ、他の誰とでもうまくやっていける」と答えたとか。先生が学校でもしも指導困難なクラスを担任したら、「このクラスでうまくやていければ、他のどのクラスでもうまくやっていける」と転用できそうです。
三大悪妻の2番目は、モーツァルトの妻・コンスタンツェだそうで、これは意外です。実は彼女は教養が高く、家事もしっかりこなしていたという説もあるようです。3番目はトルストイの妻・ソフィアです。財産を貧しい人に与えたいと理想に燃えたトルストイと、財産を守るため版権を取得するのに奔走したソフィア。耐えられなかったトルストイが家を出たと言われています。
野田先生のお若いころの自己紹介には、「好きなものは酒・歌・女、嫌いなものはゴキブリ」とあります。女性方が野田先生を大好きで放っておかないのだと思います。学者つながりで、連想を広げていくと、1961年の松竹映画「好人好日」の笠智衆さん演じる奈良の大学の数学教授が思い当たります。この人は、こと数学にかけては世界的な学者ですが、数学以外のことはまったく無関心で、とかく奇行奇癖が多く世間では変人で通っています。妻(淡島千景さん)は彼を尊敬し貧乏世帯をやりくりして30年。戦災孤児だった娘(若き日の岩下志麻さん)を実子として育てて、彼女は適齢期。教授が文化勲章を授かることになり夫婦で上京します。せっかく授かった勲章を宿に侵入したコソ泥(三木のり平さん)に盗まれてしまうという、ドタバタ調でしかも人情味たっぷりの名作でした。教授はもちろん好色ではなさそうで、愛妻家ではありました。この時代の映画はホッコリして心が癒やされます。のちの「極道の女たち」の彼女とは大違いで完全清純派という感じです。女優さん(今は俳優さんですか)の力は凄い!
第25課 復習1
<文字と発音>
・・・割愛
<ワンポイント>
料理の名前─
・トッカルビ 떡갈비
・ビビンバ 비빔밥
・プルコギ 불고기
・キムチ 김치
・オリゴギ 오리고기 (かも肉)
・タッコギ 닭고기 (とり肉)
・ソゴギ 소고기 (牛肉)
<発音変化>
#連音化
音楽=음악 ウマk (ㅁがㅇへ移動)
#有声音化
肉=고기 コギ
※「ジョバドグ」の法則
ㅈ、ㅂ、ㄷ、ㄱは2文字目以降、母音のあとと、パッチムㅁ、ㄹ、ㅇ、ㄴのあとでは、
濁って発音される。
男性=남자 ナmジャ
<テスト> ソウルにある看板の文字を読む
・지하철 チハチョ’l=地下鉄
・화장실 ファジャンシl=トイレ
・노래방 ノレバンg=カラオケ