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論語でジャーナル’24

 子游(しゆう)、孝を問う。子曰く、今の孝はこれ能(よ)く養うを謂う。犬馬に至るまで、皆能く養うあり。敬せざれば何をもってか別(わか)たん。

 子游が孝についてたずねた。先生が言われた。「現在の孝行とは父母を扶養することを指している。犬でも馬でもみんな立派に扶養している。父母を敬う気持ちが欠けていれば、どうして人間と動物とを区別することができようか」。

※浩→子游は孔子より45歳年下の弟子で礼儀作法に詳しかった。あまりに礼儀作法の枝葉末節をやかましく言う傾向があったので、「父母に対する尊敬の気持ちがこもっていなければ、いかに礼儀作法がしきたりにかなっていても、孝行にはならない」と、軽くたしなめています。
 孝行についての弟子たちの質問に対する孔子の答え方はまちまちで、孔子に一貫性がないと批判する学者もあるかもしれないですが、孔子は「人を見て法を説く」のです。あらゆる政治家、あらゆる弟子に対して、その短所をたしなめ、長所を伸ばす教育的立場から答えています。アドラー心理学で言えば、「不適切な行動に注目しないで適切な行動に注目する」勇気づけでしょうか。野田俊作先生も、相手の立場・経験・能力に応じて、アドラー心理学の伝え方が違っていました。入門レベルの人が少々間違えて、他人の課題の侵害をしたり勇気くじきをしても、「急いで変わらなくていい」と寛大でした。中級レベル以上になると、厳しく接するようになりました。こちらが愚問を発したりすると、そっけなく返されます。無責任なことをすると厳しく追及されました。
 私も自分の事例をアドラーギルドの事例検討会に持参して教えを仰いでいたころは、それはそれは懇切丁寧に教えてくださいました。ある時期を過ぎると、そっけなく突き放されたように感じられて、落ち込んだこともあります。ということは、私も初級レベルを脱して中級レベル以上に到達したということだったのでしょうか。カウンセラー養成講座に見学者として参加したとき、休憩時間に先生が「クラシック音楽は視覚的だ」とおっしゃっていたのが耳に入って、近くに座っていた私が、「そう言えばデュカスの『魔法使いの弟子』なんかその典型ですね」と言うと、いたくご満足の様子でした。講義中に「勇気づけの歌」の小冊子を私が、愛用のルーペで見ていたら、野田先生がそれを見つけて、「おー、すごいので見てるね。私も使っているけど」とおっしゃると、みんなが私に注目しました。こういうさりげないことでも私を無視していないよというメッセージを送ってくださっているのかもしれません。K先生はトイレでよく野田先生と並んで小用をなさることが多くて、安倍内閣のころ、“連れ○○○”をしながら、「加計は大変ですね」とおっしゃいました。彼が岡山理科大の出身で、中島弘徳さんの先輩だということをしっかり覚えていらっしゃるんですね。野田先生をとりまいているおばさま連中と違って、K先生と私には先生のほうからも必ず接近してみえました。K先生は癒やし系で、近くにいるだけで安らぐことは、私もしょっちゅう体験しています。彼は今、愛媛県でラグビーの合宿です。8日の地震では揺れたでしょう。このあと、ご実家の薩摩へ長めの帰省です。しっかり親孝行をなさるはずです。私が再会できるのは24日(土)の岡工講座です。薩摩も今回の地震の影響が大きかったです。ご安全に過ごされますように。

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しごとの基礎英語8/9

<ジョブキソ7>
#テーマ
 会議中相手の話が違う方向にそれてしまった。もとに戻すには?
 →まず相手の心情を受け止める。
That sound interesting. それは面白そうですね。
I understand that it's an important issue. 重要な問題なのはわかります。
 悲しい話だった場合は、
I feel so bad for you, but can we return to the original topic?
お気の毒に。だけどねもとの話題に戻ってもかまいませんか?

※We should get back on track.「もと(の線路)に戻りましょう」では露骨。

#お勧め
自分:(会議の相手に)I feel so bad for you, but can we return to the original topic?
相手:Oh, excuse me. Let's get back on track. ああ、失礼。もとの話に戻りましょう。

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論語でジャーナル’24

 孟武伯、孝を問う。子曰く、父母にはその疾(やまい)をこれを憂えよ。

 孟武伯殿が孝行の心がけをたずねられた。先生は言われた。「父母にはそのご病気のことだけ気におかけなさいませ」。

※浩→孟武伯は前文の孟懿子の子です。おそらく孟懿子は病身で、生前に武伯が孝行のことをたずねたら、病身の父のことだから「その体のことを心配してあげなさい」と孔子が答えたのでしょう。
 私の兄(5歳上)は10歳のとき病死したそうです。そのため母は次の男子である私への期待が大きくなったのでしょう。一般に親は死んだ子を理想化して、何かあるたびに、「お兄ちゃんが生きていたら」などと言いそうですが、わが家ではそういうことはありませんでした。私にそれほど問題がなかもしれません。父親はもしかしたら、兄への期待が大きくて私には失望したのかもしれません。そのためかどうか、私は父に親しめなくて母親べったりだったようです。何かといえば「おかあちゃん、おかあちゃん」と言う子でした。それで「安全なスペースにくつろぐ」のが大好きというライフスタイルもできたのでしょう。
 母は、伝記かドラマになっていいほどの大物だったと思います。NHKの朝ドラ『あぐり』の主人公「あぐり」(吉行あぐりさん)や陸上選手の人見絹枝さんと同じ岡山第一女学校の出身です。母はバレーボール部で、人見さんは陸上競技部で、同じ場所で合宿したことがあると母から聞いています。その合宿中に、人見さんが“おなら”をしたことがあって、「人見絹枝放屁事件」として長く語り継がれていたそうで、私と妹は何度もその話を聞きました。
 母はおとなしそうに見えますが、文武両道の万能選手でした。スポーツはもちろんバレーボールが得意で、料理も裁縫も大工仕事も庭仕事も何でも楽々とこなしていました。父親も手先の器用な人だったのに、私ひとり不器用なのが不思議です。妹は器用で、何でも母と同じようにできています。小学校の工作の時間に「ベル」を作ることがありました。先生に指導されながら、手順どおりに組み立てるのですが、振動する小さな振り子を取り付けるとき、バネの調整がどうしてもうまくできなくて、私の作品はとうとう鳴らなかったです。“外傷体験”です(笑)。絵は中学までは得意ではないにしても、描くのは好きでした。一度だけ、私がうまく描けないと嘆いていたら、母が見事な独楽の絵を描いてくれて、私がそれに署名して提出すると、先生はすぐに×印を付けて返してきました。バレるんですね、インチキは。高校では芸術は音楽を選択して、だんだん絵画からは遠ざかりました。演劇部に入って、体による演技や口でのおしゃべりの能力を高めることで劣等感を補償していって、今日に至ったのでしょう。今も健在です。

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ハングル講座8/7

第17課 「お~になります」「お~です」(尊敬の表現)
<キーフレーズ>
お母さんがお若いです。
オモニガ チョrムセヨ
어머니가 젊으세요.
メガネをかける=안경을 쓰다.  アンギョンウr ッスダ
メガネをおかけになります=안경을 쓰세요.  アンギョンウr ッスセヨ
メガネをはずす=안경을 벗다.  アンギョンウr ポッタ
メガネをおはずしになります=안경을 벗으세요.  アンギョンウr ポスセヨ
「これが何だかおわかりですか?」
イゲ ムォン ジュラセヨ
이게 뭔 줄 아세요?

<公式>
#尊敬の表現(名詞)「~でいらっしゃいます」
「名詞 + 세요 / 이세요」
先輩でいらっしゃいます=선배세요  ソンベセヨ
美人でいらっしゃいます=미인이세요.  ミイニセヨ
#尊敬の表現(動詞・形容詞)「お~になります」「お~です」
「語幹 + 세요  / 으세요」
「ㄹ語幹(パッチムㄹは取って)+ 세요」
(メガネを)かける=쓰다
(メガネを)おかけになります=쓰세요
@若い=젊다  チョmタ
 お若いです=젊으세요 チョlmセヨ
@わかる=알다  アrダ
 おわかりになります=아세요 
@受け取る=받다  パッタ
 お受け取りになります=받으세요  パドゥセヨ
@(電話を)かける=걸다  コrダ
 (電話を)おかけになります=거세요  コセヨ

<問題>
1,お母さんがきれいです。
 @きれいだ=예쁘다 イェップダ
オモニガ イェップセヨ
어머니가 예쁘세요.
2,先生はソウルにお住まいです。
 @住む=살다 サrダ
ソンセンニムン ソウレ サセヨ
선생님은 서울에 사세요.
3,どんな本をお読みになりますか?
 @読む=읽다  イkタ
オットン チェ’グr イrグセヨ?
어떤 책을 읽으세요?

<ハングル部屋> 尊敬の意味合いを持つ言葉
名前=이름  イルm →お名前=성함  ソンハm
年齢=나이  ナイ →お年=연세  ヨンセ
話=말  マr →お話=말씀  マrッスm
食べる=먹다 →召しあがります=드세요  トゥセヨ
いる=있다  いらっしゃいます=계세요  ケセヨ
「先生のお話はとても楽しいです」
ソンセンニm マrッスムン アジュ チェミイッソヨ
선생님 말씀은 아주 재미있어요!

<フィナーレ>
トモさんは歌がお上手ですね。
トモッシヌン ノレルr チャラセヨ
도모 씨는 노래를 잘하세요.
トモさんはすてきでいらっしゃいます。
トモッシヌン モシッスセヨ
도모 씨는 멋있으세요.

<おまけ>
大丈夫だ=괜찮다 
大丈夫でいらっしゃいます=괜찮으세요  クェンチャヌセヨ

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論語でジャーナル’24

 孟懿子(もういし)孝を問う。子曰く、違(たが)うことなし。樊遅(はんち)、御(ぎょ)たり。子これに告げて曰く、孟孫、孝を我に問う。我対(こた)えて曰く、違うことなし。樊遅曰く、何の謂(い)いぞや。子曰く、生けるにはこれに事(つか)うるに礼をもってし、死すればこれを葬るに礼をもってし、これを祭るに礼をもってす。

 魯の家老の孟懿子が孔子を召して、孝行の心がけをたずねた。先生は言われた。「違(たが)えないようにすることでございます」。出てきた先生は、待たせてあった車の御者役の弟子・樊遅に向かって話しかけられた。「孟孫が私に孝行とは何かと質問したので、『違えないようにすること』と答えておいたよ」。合点しかねた樊遅は、「それはいったいどういう意味でございますか?」と言うと、先生は言われた。「生前は親に礼に従ってつかえ、死後は礼に従って葬り、礼に従ってお祭りすることだよ」。

※浩→孔子の孟懿子への「礼の定義」はきわめてシンプルです。政治家の孟氏にあまり細かいことを述べても仕方ないから、大綱だけ述べたのだと思われます。
 野田先生の母上様が亡くなられたとき、先生は、「このことで声をかけてくれるなら“おめでとう”とお願いしたい」と補正項に書かかれていて驚きました。荘子ならそういう心境であっても驚きません。私自信は常識どおり、Eメールで「謹んで哀悼の意を表します」というような弔辞を送りました。
 うちの母が亡くなったときに、本家に電話で連絡して、「お骨を父の墓に収めたい」と言うと、おばさんのような従姉(いとこ=父の長兄の家付き娘)が、ポツンと「さあ、入るじゃろうか」と言うだけで、あとは沈黙でした。「なんじゃ、これは!」。そもそも、父の墓石を建てたとき、まだ元気だった母は、本家の総領(父の長兄)に頼んで、墓碑銘を「大森家代々の墓」としてほしいと、それをしたためた原稿を託していたにもかかわらず、石屋にそれを伝えていなくて、できあがったお墓には「大森活一(父の名)の墓」と刻まれていました。たとえそうなっていても、母のお骨が入っても一向にかまわないではないか。私は従姉にきっぱりと、「もう結構です。こっちで何とかします」と言って電話を切りました。そこで菩提寺に相談して永代供養にしてもらうことにしました。この寺にはまだ永代供養墓碑がなかったのですが、私の提案により初めて建造されました。間もなく寺の墓所に大きな碑ができました。永代供養料として60万円要求されました。うちの母がトップの入居者です。大きな墓碑の周囲を囲むように個人の戒名の入った小さな墓碑が建てられました。その後どんどん増えて、ついには敷地全部が埋まりました。お寺からは、毎年末に年会費の請求が来ますが、これまできちんと納入しています。私もその永代供養墓に入れてもらうつもりですが、さてどうなりますやら。たぶん、「幸福な王子」に出てくる燕さんのような最期になるのではないかと思います。実際、現在、王子=野田先生のご遺産をせっせと運び続けています。ただ違うのは、王子が自らの体の一部を次々に困っている人たちに届けて底をつきましたが、野田先生のご遺産はまだまだ底をつくことはなさそうです。

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