ニュースソース
2001年10月10日(水)
ニューヨークのテロ事件以後、『ニューズウィーク日本版』を毎週読んでいる。日本人の見方は新聞やTVでわかるが、アメリカ人の見方を知りたいと思ったのだ。日本の新聞の論調とは、やはりだいぶ違っていて、おもしろい。
むかし、アメリカに留学していたころ、フォークランド紛争がおこった。私の先生の一人のユダヤ人心理学者の自宅でのサンデー・ブランチで、イギリス人とアルゼンチン人が出会って議論した。ホストが、わざわざ両者を招待したのだ。ユダヤ人の好きそうなことだ。
かなり白熱の議論になったのだが、ホストの心理学者が、「ところで、君たちのニュースソースはなんなんだ?」と尋ねたら、両方ともが「BBCだ」と言った。アルゼンチンの放送はまったくあてにならないことを、アルゼンチン人さえ認めたのが面白かった。アメリカは戦争当事国ではなかったので、そこの放送はいいニュースソースでないということについても両者は合意した。なるほどね。
ともあれ、それ以来、戦争になると、日本のメディアだけではなくて、当事国のメディアの論調も見てみることにした。アメリカのものは『ニューズウィーク』をはじめ、簡単に手に入るが、イスラム世界のものが手に入らないかな。しかし、手に入っても、アルゼンチンの放送みたいなものかもしれないな。
社長手づくり
2001年10月11日(木)
私の大阪のオフィスでは、年に3~4回、『アドラーニュース』という宣伝パンフレットを無料配布している。中身は宣伝ばかりなので、たいしたものではない。B4版のコピー用紙で2~3枚程度のものだが、印刷してから発送するまでの手間が大変だ。半分に折る機械があって二つ折りはしてくれるのだが、それを組み合わせて冊子状にし、さらに封筒に入るように三つ折りにし、封筒につめ、封をするのは、人力でないとできない。この作業に私も参加することがある。「私が折った分には『社長手づくり』ってハンコを押そうか」と冗談を言いながら作業しているが、ほんとうにハンコを押したりしたら、作業がまたひとつ増えるだけだ。
私のところの社員は、全員が大学卒で、中には修士もいる。そういう人たちが、紙折り機の町工場風の音の中で封筒詰めをしている風景は、ちょっとおかしい。むかしの、中学校を出て集団就職してきた青年たちのようで、「女工哀史」風だ。しかし、みんなこの職場に満足してくれている。人間の幸福というのは、「大学卒らしい」仕事をしているから得られるものではなく、自分の仕事の必要性を認識しているから得られるものなんだ。
楽しい作業ではあるが、しかし大変な労力だし、3千部以上も送るので経済的にも大変だし、インターネットで配信することを考えはじめている。実験的に、会社のホームページにpdf形式で掲載してみた。これでいけるようだと、部数を減らせるのではないかと期待している。ホームページも「社長手づくり」なんだよ。
リアルタイム情報の功罪
2001年10月12日(金)
今日の『読売新聞』朝刊のコラム「編集手帳」に、明治4年の岩倉使節団が足掛け3年も欧米視察をしたことに触れながら、次のように書いている。
国の進路が問われているのは、いまの日本も同じだが、時間の流れ方は一変した。情報が瞬時に地球の裏側に届き、刻一刻と事態が変化する時代には、少しの悠長も許されない。
ここ数日、インターネット・ラジオでBBCを聴いている。私の耳はアメリカの中西部訛に慣れていて、イギリス英語はかなわないのだが、3日も聴いていると慣れてくるものだ。むかしBCL(短波放送リスナー)をしていたことがあって、BBCも聴いたことがあるが、なにしろ遠いところから電波が飛んでくるので、電離層の状態がよくないと聞こえないし、たとえ聞こえてもノイズのかなたにかろうじて声が聞こえるような状態だった。それが今は、簡単に確実に、しかもノイズフリーで聞ける。英語さえ理解できれば、リアルタイムで世界とつながれるのだ。
これはいいことなのか困ったことなのか。テロに対して戦争で報復することが最善の方法なのかどうか、私が態度決定ができないのは、情報流通の速度のためもある。情報の速度と量が、人間の処理能力を越えているんだ。新聞を読んで、ゆっくり考えて、他人とも議論して、必要があればいくらか参考書も読んで、それから決断する、というのでは遅すぎるのだ。同時テロから1ヶ月経って、ようやくイスラム諸国のこととか、過激派のこととかが、ちょっとだけわかりかけてきた気がする。しかし、まだ、ほんとうはどうすればいいのかが、私にはわからない。
私は別にわからなくてもいいのだが、政治家はそうはゆかない。アメリカのブッシュ大統領にせよ、われらが小泉首相にせよ、決断の内容の正否はともかくとして、短い時間に重大な決断を繰り返さなければならないので、ほんとうに大変だと思う。すばやく対応しないと、テロリスト側もリアルタイムの情報を持っているわけだから、次々と新しい手を打ってくるだろうしね。むかしの戦争とは違うんだ。ゆっくり作戦会議をしている暇がない。ブッシュ氏も小泉氏も、過労死などなさらないように。
アウトドア統計
2001年10月13日(土)
もうひとつのホームページ(野田俊作の旅のページ)に、2001年の山行・釣行・潜行報告を書いた。今年の予定が終了したからだ。まだ予定外の登山などがすこしあるかもしれないが。
合計20回(50日)遊んでいる。1月~10月初旬まで約280日の間に、50日アウトドアにいるというのは、多いのか少ないのか。40週のうち20週、山や川や海にいるのだから、多いのだろうね。
うち、4回(7日)が登山、4回(10日)が沢登り、8回(14日)が釣り、4回(19日)がダイビングだ。テント泊日数は12日だ。昨年は、11月と12月にも遊んでいるので、それを除いて、10月末までの分を見ると、合計21回(52日)で、今年とあまり変わらない。うち、4回(9日)が登山、9回(22日)が沢登り、6回(11日)が釣り、2回(10日)がダイビングで、テント泊日数は18日だ。沢登りが多く、ダイビングが少ない。たいした意味はないが、表にしておく。
年 登山 沢登り 釣り ダイビング 合計 テント泊
2000年 4回(9日) 9回(22日) 6回(11日) 2回(9日) 21回(52日) 18日
2001年 4回(7日) 4回(10日) 8回(14日) 4回(19日) 20回(50日) 12日
テロ回避
2001年10月14日(日)
今日は名古屋で仕事だったが、往きも帰りも近鉄線で行った。新幹線がテロに狙われそうな気がするのだ。アメリカの象徴がワールド・トレード・センターなら、日本の象徴は新幹線「のぞみ」じゃないかなと思っている。新幹線は、飛行機と違って、爆薬を持ち込むのが簡単だ。自爆する気なら、荷物を放置する必要もないし、テロ行為は確実におこなえる。
まだもうちょっと死にたくないので、新幹線はやめることにした。今日は大丈夫だと思うのだが、テロ対策特別措置法が国会で可決されたときが危ないかもしれない。そのときでなければ、実際に自衛隊が派遣されたときかな。テロリストは、きっと日本にもテロ行為をおこなうと思っている。
あまり、こんなことを書いてはいけないね。私には予言能力がないので、信じないでください。風評被害が広がってはいけないし。こんなところに書いても、風評被害が広がるほどの迫力はないか。
Q
子どもの喧嘩は子どもの課題だと言われますので放っていますが、妻が「何も言わないのは無責任だ」と言います。そこで、子どもに「どうしてほしいの?」と聞くと、「お姉ちゃんが叩いた」と言うので、「ああそうですか」と答えることにしています。あまり泣きわめくと、こっちの感情がイライラするので、その場を離れるようにしています。これって無責任でしょうか?
A
責任て何か?日本人は責任という言葉が何かよく知らないで、「責任を取れ」とか「無責任だ」とか言っている。もともとの英語はresponsibility。つまり、「反応すること」です。アドラー心理学の考え方では、「状況が求めることに対して的確に反応すること」です。
状況が求めることって何か。子どもがきょうだい喧嘩をしているとき、状況が何を求めているのか?状況が何を求めているのかが一番よくわかるのは、言葉で頼まれているときです。子どもが、「僕たちの力では喧嘩をやめられない。このままでは殺し合いになるから止めてほしい」と言われたら、状況が求めているから、「じゃあ止めましょうか」となる。
状況が黙っているとき、ひたすら喧嘩をしているときは状況は求めていない。でも、あのまま喧嘩していると家具を壊しそうだというときは、家具が求めている。それなら家具さんの立場に立って、「喧嘩はいいけど家具は壊さないでね」と言うかもしれない。テレビを見ていて、向こうで喧嘩していてうるさくて聞こえない。これも状況が求めている。「喧嘩しているのはいいですけど、もう少し静かにしてください」と言うかもしれない。そうなると責任を持って行動している。状況の求めに応じて反応しているから。
子どもが喧嘩しているのをいきなり止めに入ると、まず状況が求めてないことをしている。「喧嘩をどういうふうに展開していくか」というのは、子どもの課題です。子どもの課題というのは子どもの責任ということです。子どもが自分で反応しなければいけないこと。そこへ僕らが介入している。それは子どもに無責任を教育していることになる。喧嘩をマネージする、喧嘩を最後までやり遂げるのは大変偉大な仕事で、子どもにとって良いトレーニングになる。喧嘩から良いことも学ぶし、悪いことも学ぶ。もしも自然に喧嘩が起こっちゃったら、やり遂げたほうがいい。お姉ちゃんはきっと勝つでしょう。お姉ちゃんは勝ったことから学ぶ。妹はきっと負けるでしょう。負けたら負けたことから学ぶ。両方とも人生にとってプラスになることを学ぶだろうから、それでいい。そこのところは、子どもの責任でマネージしてほしい。口を出さないのが責任を取ったやり方です。
次に、「何も言わないのは無責任だ」と奥さんがおっしゃる。これは何もこっちへお願いしてないみたい。「今日はいい天気ですね」と同じような、状況を叙述する言葉。『タクト』です。ご挨拶のような相手に何か要求していない言葉です。でもこれは、どうやらほんとはタクトでなくて『マンド』みたい。何か要求している言葉みたい。そういうときは、「あなたは私にどうしてほしいのですか」と聞いてほしい。「喧嘩を止めてほしい」と言われたら、「それはイヤです」と言う。でも、「それは無責任だ」と奥さんは言う。あることを、「あなた責任を取っているよ」「取ってないよ」とか、「それは素敵よ」「それは正しいよ」「それは間違っている」とか、人に向かって言うのはいいことではない。『You(あなた)メッセージ』だから。人のことを良いとか悪いとか判断しないほうがいい。どうしても判断したいんだったら、「あなたは無責任だ」と言わないで、「あなたは無責任だと私は思う」と言ってほしい。それだと勝手だから。
なんで奥さんはこんな言い方をするかを、きっとこのご主人はそこのとこがわかっていない。他人を評価したり評価を相手に伝えたりするのはあまりいいことじゃない、アドラー心理学ふうじゃないということがよくわかっていないので、奥さんにまだそこが伝わっていないんじゃないですか。(野田俊作)
山脈崩壊
2001年10月06日(土)
奈良県の大峰山脈の、弥山から釈迦ヶ岳まで縦走をする。むかし、このルートを縦走したことがあるが、そのときはずっと雨の中だった。なんとか天気のいい日に歩いてみたいと思い、それから何度か挑戦したが、毎回天候にたたられて、断念して下山した。このあたりは日本一の多雨地帯で、麓が晴れていても山頂は雨だったりすることが多いのだ。
昨夜、弥山の麓の河原でキャンプして、今朝早くから登りはじめた。4時間ほどの登りで弥山頂上に出て、そこから南へ向かって歩く。ありがたいことに快晴だ。途中の孔雀岳というところに水場があるので、そこでキャンプの予定だ。たいした距離ではない。のんびりと山の風景を楽しみながら歩きたいので、無理な計画は立てない。
道が崩落している箇所がある。はるか下の谷まで、白い花崗岩が崩れている。数年前まではこういうことはあまりなかったのに、ずいぶん増えている。尾根付近はブナ林だが、麓のほうのスギやヒノキの造林の手入れが悪いので、地盤が悪くなっているためなのだろうか。見渡すと、あちらの斜面もこちらの斜面も崩れているところが目立つ。林業がふるわなくなった影響が、山を崩し谷を埋めていく。こういうことを、もっとみんなが知って、なんらかのアクションをおこしてゆかないといけないと思う。
ヒポタラムス
2001年10月07日(日)
長い山道を登っていると、息が苦しくなってくる。歩調に合わせて呼吸を整えると、いくらか楽になる。それでも間に合わないときは、呪文を唱える。むかしの人は「六根清浄(ろっこんしょうじょう)」などと言ったようだが、あまりスマートじゃない気がする。かといって、かわりの呪文も思いつかない。
そんなことを思いながら、長い長い登りを歩いていると、いつのまにか心の中で「ひ・ぽ・たら・むす」と4拍子で唱えているのに気がついた。Hypothalamusというギリシア語のドイツ語読みだ。英語ではハイポセラマスと発音する。視床下部の解剖学名だ。なぜそんな単語が出てきたのかわからない。解剖学なんかには長いことご無沙汰で、この単語を最後に使ってから、すくなくとも20年は経っている。
キャンプ地に着くと、仲間が、「とてもいいペースで歩いていましたね」と言う。ふうん、そうなのか。自分では、ずいぶんノロノロとしか歩けなくなったなと、すこし悲しんでいたのだが。「実は、ヒポタラムスという呪文が自然に浮かんできてね。これは、視床下部のことなんだ」と言うと、みんなは面白がって、「そのとき使われている部分が浮かんできたんだ」と言った。そんなことはないと思うけれど、まあ、そういうことにしておいてもいい。山歩きをすると出るといわれている脳内麻薬物質エンドルフィンは、視床下部から出たんじゃなかったかな。
今日は一日中ガスの中だった。東から吹く強い風が尾根に当って霧になる。さいわい雨にはならなかったが、とても冷たい。しかし、不快ではなく、湿度が心地よい。風景は水墨画のようで、まったく幻想的な世界だ。
戦争なんだ
2001年10月08日(月)
5日から今日まで山にいて、ニュースを知らなかった。山から帰る車の中でラジオを聴いて、戦争がはじまったんだと知った。あいかわらず、今回の戦争については、態度が決められない。テロは許せないと思うが、戦争でほんとうに問題が解決するんだろうか。
アメリカ人は世界を知らない。たとえば、沖縄に米兵がいるが、キャンプの中は完全にアメリカだ。アメリカの食事をして、アメリカの歌を歌って、アメリカの言葉で話す。彼らは何年か沖縄にいるが、島酒も島唄も島口も知らないで帰国する。世界中、どこでだって同じことだろう。イスラムにも関心がないし、ハーフィズの詩にも関心がないし、ペルシア語(アフガニスタンの言葉もペルシア語の方言だ)にも関心がない。
そういうことが、こういう悲劇の根本原因じゃないのかな。そういうことを改めないで、本当の解決があるとは、私は思わない。ま、アメリカだけじゃなくて、われわれ日本人だってそうなので、イスラムにもハーフィズにもペルシア語にも、もうすこし関心を持ったほうがいいと思う。
治療者である喜び
2001年10月09日(火)
長い間、アドラー心理学伝統の公開カウンセリングの他は、個人カウンセリングはしないでいた。しかし、思うところがあって、個人カウンセリングを復活した。何人かの患者さんにお会いしたが、ありがたい体験をさせていただけた。患者さんも癒されたのではないかと思うが、治療者である私も癒された。
人を援助できるということは、この上ない癒しだ。私はこの世にいてもいいのだと、理屈ではなく感覚として思える。いい仕事を選んだものだと思う。
太陰暦
2001年10月02日(火)
旧暦八月十六日だが、今日がほんとうの満月なのだそうだ。今夜も快晴で、ウォーキングしていると月が道を青く照らし出していた。私が住んでいるあたりは昔からの村で、街道から一歩横に入ると、まるで蟻のトンネルのように、曲がりくねった路地がある。しばしば行き止まりになったり、ぐるっとまわって元へ帰ってきたりする。昔の人は、どうしてこんな複雑な町作りをしたのだろう。
私は釣りをするので、太陰暦はおなじみだ。回遊する魚(アジやハマチ)は大潮の時に釣れるし、底にいる魚(メバルやカサゴ)は小潮のときに釣れる。ついでに言うと、満潮の極や干潮の極で潮が動かないときは釣れなくて、潮が動く満ちきる前と引きはじめるときとによく釣れる。夜明け方と夕暮れ時に釣れる。これらの条件がうまく合うときはチャンスだ。
登山も、太陰暦で考えると、月の満ち欠けと対応しているので便利だ。農業も太陰暦で考えるほうがいいと、どこかに書いてあったな。農業のことはよく知らないので、どう関係があるのかわからないが。物騒な話だが、戦争も月の満ち欠けを考えないといけないのだそうで、アメリカが戦争をはじめないのは、新月を待っているのだろうか。
ともあれ、太陰暦というのは、自然と関係しながら生きるときには、太陽暦よりも便利だ。ところが、太陰暦カレンダーがけっこう入手しにくい。最近はインターネットにあるので、簡単に見ることができるのだが。
釣りの話をして思い出したが、渓流釣りが9月末で禁漁期に入った。昨年は、冬の間は、近所の低山に出かけて暮らしたが、今年は海釣りに行こうかと思っている。両方はできない。海釣りはあまり運動にならないので、毎日のウォーキングをかかさないようにしないといけない。五十歳をすぎると、ちょっとサボると、すぐに筋肉が落ちる。来年の春の渓流釣りの解禁まで、現在の筋肉を保たなければね。
休日
2001年10月03日(水)
今日は休暇をとった。土日に働いていることが多いので、水曜か木曜に休みをとる。いつもは山へ行ったり釣りに行ったりするのだが、今日は一日自宅にいた。もう渓流釣りも禁猟だし、山は週末に行く予定になっているし。自宅にいると、なにか書いているか本を読んでいるかすることが多いのだが、それもせずに、ただブラブラとしていた。疲れているんだろうか。とにかく、なんとなく何をする気もしないので、ボーッとすごした。
むかしはこういうことができない人間だった。いつも動いていないと不安だったのだ。三十代の半ばごろから、のんびりするときはのんびりできるようになって、具合がよい。アドラー心理学を学んだことも関係があるし、瞑想するようになったことも関係があると思う。
人類学者の話
2001年10月04日(木)
絵画療法を研究している友人が、遠近法を使った絵の描き方が普遍的でないことのたとえに、ある民族は、自分の家族の写真を見ても、それが家族だと認識できない、という話をしてくれた。話の出所は、おそらく人類学者の調査研究だろう。こういう話は、面白いだけに、注意深く理解しないといけない。
まず、言葉がどれだけ通じているかが問題だ。アメリカ人の人類学者が日本に来て、日本人のインフォーマントに、「稲を食べますか?」と尋ねたら、インフォーマントは「食べません」と言うだろう。それなのに観察していると米飯を常食している。この事実から、この人類学者は、日本人のホンネとタテマエの使い分けについて、素敵な論文を書くかもしれない。「日本人は毎日ライスを食べているのに、尋ねると、ライスは食べないと言う。ここに日本人の心理的特性がある」というように。
また、文化的・宗教的な文脈の問題もあるかもしれない。たとえばインフォーマントの宗教が偶像崇拝を禁止していて、家族の写真を撮ったりすることが宗教的なタブーになっているかもしれない。その他にも、無数の理由が考えられると思う。一枚の写真というものが持つ意味は、文化全体の中ではじめて決まる。だから、家族の写真を認識できないという事実が、遠近法の普遍性を否定する証拠になるかどうかわからない。
こんなことは、レヴィ・ストロースが大昔に言っていることなんだけれど、人類学者のめずらしい話はあまりに面白いので、ついわれわれの文化の文脈で理解して驚いてみたり納得してみたりする。
枝雀
2001年10月05日(金)
パートナーさんは桂枝雀が好きで、よく公演にも行っていた。彼が亡くなる寸前の公演のチケットを入手していたのだが、一度延期になり、二度目はこちらの都合で行けない日だったので人にあげた。亡くなったのを知ってから、無理しても行っておけばよかったと思ったが、後の祭だった。
最近、『枝雀落語大全』というCDが発売され、その第1集10巻を買った。一枚に2つずつ入っている。彼女は、自動車通勤しているが、車の中で毎日それを聞いている。帰宅すると、口調がすっかり枝雀風になっていたりする。
今日は彼女の車を借りて山に出かけた。大阪を11時に出て、目的地に17時に着いたので、6時間も枝雀の声を聞いていた。なぜ彼が芸に行きづまりを感じたのか、なぜ死ぬほどまで悩んだのか、落語を聞いているだけではわからない。たしかに、ウツ病者が死を思うときはすさまじく、医者や周囲がどんな努力をしても死のうとする。そういう状態だったのだろうか。
まあ、それはそれとして、枝雀にせよ誰にせよ、CDやビデオの普及で、死んでからまで働かされる人々が増えた。アメリカに留学していたとき、10年以上前に亡くなっていた先生のビデオを使った講義があって、「まあ、あの世に行ってからまでご苦労さま」と思ったことがある。そういう世の中になってしまったんだ(今は、野田先生がそうなっちゃって、申し訳ありません。まだ頼り切っています←浩)。
Q
年齢の大きい子ども20歳、18歳、13歳、夫も含めて、家族会議を始めるときのコツ(野田:この年齢になると始めやすい)はありますか?
今はあえて日時を決めての定期的な話し合いをしていませんが、親側と子ども側が共同で何かしなければならないとき、必要に応じて話し合うようにしています。話し合う時間はだんだん少なくなっています。上の子は家を出て下宿、中の子も今春下宿ですので、実際に家族が顔を合わす機会が少なくなっています。
A
同居してない家族は家族会議を考えなくていい。
家族会議は大問題を議論する場所ではない。定期的な家族会議は、小さな日常のこまごまとしたことについて考える場所だと思う。日本人は家族会議というと、「うちの息子は最近どうも、大学へ行っていると思っていたら実は行ってなくて、女の子と同棲しているようだ。ここは親戚一同集めてひとつ説教だ」などというのを家族会議だと思っている。そんなんじゃない。大きなな出来事は臨時の家族会議をやりますが、ここでお話したのは、もっとこまごまとした出来事を決めるための小さな会議です。
それは「議題なし」でもかまわない。「今回は何も議題ないよ」でもかまわないから、開いてほしい。開くとそこで情報交換ができる。情報交換は家族会議で大変大きな出来事ですから、開いてほしい。何か決めようと思わないで。決める会議もあるけど、決めない会議もある。
上の子が20歳、18歳になると家族会議はやりやすい。もっと小さい子もやりやすい。中学生がずらっと並んだりすると一番やりにくい。「家族会議?そんなのいりません」と言われます。(野田俊作)