Q
長男(19歳)は高2から学校へ行けなくなり、3年閉じこもって一歩も家から出られない。次男も高2から行けなくなった。
どうしたら生きていけるか。働く意欲も勉強する気も将来の希望もない。どうせ地球は滅亡するから何をしても仕方ないと言う。どうしたら人生に生きがいを見出すか、どう話をしたらいいかわかりません。
A 子どもが人生の将来に希望を持てないのは2つ場合がある。親の生き方について。
1つは親が人生にあまり生きがいを持ってなくて、しょうがないから生きているとき。会社はつまらんけどしょうがないから勤めている、あの旦那は嫌いだけど食っていけないからしょうがないから一緒にいる、という生き方をしているとき、子どもは人生に希望を見つけ出すことができない。だから、まず親が自分の生き方を考える。ここ(アドラーギルド)へ来られる多くの方は35歳とか40歳を越えて人生の折り返し点に来ています。今のじいさんばあさんは元気です。戦争中に粗食をしているからね。僕らはあんなに元気じゃない。今の子どもは80歳まで生きられそうにない。「遅刻してもブラブラ歩いてくる」と先生が言われる。日本人の寿命は縮まるでしょう。でも、これから先の30年40年は貴重ですよ。学校へ行かなくていいんだもの。前半20年は学校へ行って無駄な時間を過ごした。今からの人生は完全に自分で使える。今までどうであったとしても、これから先の人生を考えましょうよ。希望を持って、やりがいを持って、生きがいを持って生きられるように。多くの人に勧めているのは大学へ行くことです。通学できなくても通信制へ行ったらどうですか?もちろん、仕事もしましょう。それも、今までの行きがかりを捨てて、ほんとに自分がやりたいということをする。それから、趣味じゃなくて道楽をする。趣味と道楽は金のつぎ込みようが違う。お金をつぎ込んで遊ぶ。お金をつぎ込まなくても命をつぎ込む。ロッククライミングとか。そうやって、自分が生きているなという実感を大人が持つことが大事ですね。戦前は、「お国のために頑張りましょう」と無理やり生きがいを上からくれたけど、今は自分の力で生きがいを作らないといけない。それを作ること。何のために生きているのかわからんという惰性で生きている親の子どもは、つい惰性で生きるでしょう。
2つ目は親が張り切りすぎている。親が生きがいに燃えすぎて、バリバリ働いてバリバリ喜んでいて、子どもは「とてもああはなれない」と思っている。これも具合が悪い。子どもを作って家庭を持って生きているということは、家庭の中で良いコミュニケーションを持って明るく楽しく暮らすという責任がある。たとえコンドームに穴が空いていてできた子どもであっても、やっぱり自分たちが作ったんだから、その子たちと良い家庭を作る責任がある。良い家族の雰囲気を作る。そのために仕事とか趣味とかのエネルギーの一部を家庭に回さないといけない。
スッカラカンで何も考えいない親と、考えすぎて飛びすぎている親だと、子どもたちは生きがいを失う。だから、生きがいを持って生き始めるか、もうちょっと落ち着いて家の中で暮らすかしてください。(野田俊作)
英文法の本
2002年10月15日(火)
昨日、東京駅で、西村喜久『理屈でわかる英文法』(ベレ出版)という本を買った。列車の中で読んでいて、英文で論文を書く人間にはとても重宝な本だということがわかって、大儲けした気になった。
西村氏の英文法の解釈はとても変わっている。たぶん異端的なのだと思う。けれど、実際に英文を書いたり英語で喋るためには、たとえば、"May I opne the door?" と "Can I open the door?" の違いだとか、"You must go there." と "You have to go there." の違いだとかが正確にわかっている必要がある。そういうことについて、西村氏独特の解釈にもとづいて丁寧に解説してある。それが実に明快なのだ。おかげで、次に書く論文はかなり楽に書けそうだ。英語で書いたり喋ったりする人にお勧めの一冊だ。英語を読むだけだといらないと思うが。
総会準備
2002年10月16日(水)
明後日から日本アドラー心理学会総会で、明日は現地に向かうので、今日が最後の準備日だ。私の大阪のオフィスの中に学会事務局があって、総会前はいつも戦争のようだ。あれこれ書類を作ることも忙しいのだが、それよりもなによりも大変なのが、参加者に関係する仕事だ。
それはこういうことだ。総会の申し込みは、原理的には当日でもできる。ただし、それは学術集会への参加の話であって、宿泊の話ではない。日本アドラー心理学会は、伝統的に合宿制で総会を持つので、ほとんど全員が同じホテルに宿泊する。その世話も事務局がしている。宿泊の申し込みには、当然、かなり前に締切日が設けてある。ところが、締め切りがすんでから申し込む人や締め切りがすんでからキャンセルする人がたくさんいるのだ。そうなると、いちばん困るのは、部屋割りを変えないといけないことだ。今回は1人~3人部屋なのだが、人数によって値段が違う。たとえば3人部屋を申し込んでいた人が1人キャンセルすると、2人になってしまって、残りの人の値段が上がる。そこで、どこかから1人見つけてきて、その部屋に入れないといけない。もっとタチが悪いのは、2日あるうちの1日だけキャンセルすることだ。1日だけの人を3人揃えられるといいのだが、そう都合よくはいかないかもしれない。もし3人入っている部屋が1日だけ2人になるとすると、ホテル側は2日とも3人分の代金を請求してくる。そこで、学会が泊まらない1人分を負担することになる。それはできるだけ避けたいので、あれこれ工夫する。そういう作業がやっと終わったと思うと、また新規申し込みなりキャンセルなりが入ってくる。「もういい加減にしてくださいよ」と言っているうちに今日になった。
事務の流れというものは、外からは見えにくい。締め切りを過ぎて申し込んだりキャンセルしたりすることが、どれだけの作業を作り出すのか、会員にわからないのは無理はない。事務局員は、だから、にこやかに受け答えをするのだが、内へ入ってまでにこやかではいられない。ここ1週間ほどは、みんなが殺気立って仕事をしていた。毎年、「来年はなんとかしないと」と言うのだが、妙案がない。
アドラー心理学会総会(0)
2002年10月17日(木)
朝から休暇をとって、スライドを作っていた。明日、アドラー心理学会総会で発表するものだ。もっと前に出来上がっているはずが、ひとつには事務作業の忙しさ、ひとつには体調の悪さで、昨夜まで手がつけられなかった。昨夜だいたいの骨子を作って、今日は細かい肉づけをしている。実はあまり気に入っていない。しかし、今さら仕方がない。
午後3時すぎの北陸線特急で高岡に向かった。何人かの大阪の仲間と一緒だ。列車の中で弁当を食べようと思っていたら、すこし前の方にいるおじさんが、大量に買い占めてしまった。お土産にするつもりらしい。困った人だ。飢餓状態で高岡に着き、駅で弁当を入手して、砺波に向かうローカル線の中で食べる。高校生やサラリーマンに混じって弁当を食べるのは、すこし奇妙な風景だったかもしれない。
砺波の駅から会場の『砺波ロイヤルホテル』までは、タクシーしか便がない。かなり遠くて、2,800円もした。町外れの岡の上に建っている豪華リゾートホテルだ。客は韓国人や台湾人の団体さんが多い。日本語はわれわれの他には、ほんの少しの客しか話していない。おそらく小松空港に着いて、金沢を見物して、ここで泊まって、明日は白川村や高山へ行き、名古屋へ出て帰るのではないかと推測する。間違っているかもしれないけれど、まあだいたいそんなところだろう。ともあれ、外国人の団体さんを泊めるにはいい立地条件だ。遊びに出て迷子になることがないからね。
今日はアドラー心理学会の行事はないのだが、明日の朝から役員会があるので、前日から泊り込む。午後9時から役員の打ち合わせがあったが、半分は任せておいて、部屋で喜歌劇『天国と地獄』のDVDをかけて、オペラ好きの仲間と見ていた。せっかく液晶プロジェクタを運んできたんだし、使わなくてはね。
Q208
アドラーの勉強を少ししていますので、親子関係は「登校拒否・第3段階」だと思います。どうして勇気づけていけばいいでしょうか?
※資料:登校拒否の3段階
第1段階 《課題の分離》
子どものことは子どもに任せる。最低1~2週間。口出しするほうが親は楽だが、辛抱するのが真の親の愛情。自分の好みのように子どもを動かしてはいけない。パニックになったり、原因探しをしたり、罪悪感を持つのをやめる。
第2段階 《共同の課題を持つ》
頼まれたこと、迷惑をかけられたことに限って、共同の課題にできる。「ぼちぼち学校へ行ったら?」と提案するのは不可。待つ時期のつらさがある。これは子どもの弁護士として、相談に乗れる親になるための修業期間。
第3段階 《親から提案できる》
親から情報を出せる。「単位性高校ができた」とか、「学校へ行ったほうがベルトコンベアで楽だ」とか、「中卒で暮らすには、全部手作りでしなければならないので不便だ」とか。
結局、築きたい家族像は、“横の関係”
親の好みを子どもに押しつけない。子どもに指示・命令しない。子どもの責任の肩代わりをしない。子どもが、自分の力で選べるような環境を作る。これができると、最終的に学校へ行く子が多い。子ども自身が選んで決めることが大事。
A208
勇気づける内容がわからないから答えられない。
「勇気づけ」という言葉は、英語ではエンカレッジ。もともとはencourage to do somethingで、「あることをするのを勇気づける」というふうに使うんです。
「何するのを勇気づけるか」です。「一般的に勇気づける」というのはない。早く寝るように勇気づけるとか、お風呂でしっかり体を洗うように勇気づけるとか、歯を磨くように勇気づける。子どもの行動を見ていて、これを勇気づけようと思ったらそれに声をかける。
当たり前みたいだけど、以前の育児はそうじゃない。問題点に声をかけている。「早く寝なさいよ」「お風呂でしっかり体を洗わないとダメじゃないの!」。あれは勇気くじきです。
同じお風呂入る、寝るとかいう行動についても、かつては勇気くじきメッセージだった。それを勇気づけ型メッセージに変えたい。
「何を勇気づけるか」を決めること。「今週はこの点とこの点を勇気づけましょう」と思う。それをやる。来週はまた同じのか違うのか、この点とこの点を勇気づけようと思ってやる。そんなふうにしてお稽古するんです。(野田俊作)
昼寝
2002年10月10日(木)
自宅にいる。丸一日自宅にいるのは、ずいぶん久しぶりだと思う。こういうとき五年日記が役に立つ。なになに、9月18日以来だ。もっとも、その日は休憩していたわけではなくて、原稿を書いていたのだが。その前は8月18日かな。この日は沢登りとダイビングの後かたづけで、けっこう忙しかった。今日はなにもしないで一日家にいた。これは半年ほどもなかったことだと思う。
朝から、『椿姫』のDVDを見ていた。ゲオルグ・ショルティが指揮したもので、主役のヴィオレッタをアンジェラ・ゲオルギューというルーマニア人のものすごい美人が歌っている。むかしのオペラ歌手はみんな肥満気味だったのだが、このごろはスリムできれいだ。舞台だと遠くから見ればごまかせるが、ビデオで収録されると、接近して映されるので、ごまかせなくなったんだろうね。結核で死ぬ椿姫が、あまり肉付きがよくすぎるのもね(笑)。
椿姫の後はぶらぶらのらくらとすごして、昼寝までした。すばらしい休日だ。お姑さんが、「今日はいいお天気なのに、山に行かないんですか?」と言う。ちょっと気力がないですよ。それに、今は、山はあまりよくない。沢はいくらなんでももう終わりだし、上の方は紅葉も終わって冬景色になりはじめているんじゃないかな。雪が積もればまた考えるけれど、それまでは休憩だ。たとえそうでなくても、たまには何もしない日を作らなくてはね。血圧も不整脈も、おかげで落ちつきはじめている。まだ完全じゃないけれどね。
世界の中心で
2002年10月11日(金)
1982年にシカゴに留学していたとき、英語の練習のため、エッセイを書いて知人たちに配っていた。この補正項ほどの頻度ではないけれど、月に1~2回くらい書いて、コピーして配布した。むかしからこういうことが好きだったということだ。掃除をしていると、その原稿が出てきた。レミントンのタイプライターで打ったもので、ピリオドは穴が開いていたりする。
英語の堪能な友人に頼んで、それを翻訳してもらうことにした。自分で翻訳するには忙しすぎるのでね。全部が完成したので、今日、読み合わせをして専門用語などを修正した。厄介な議論をしている部分もあるが、正確でうつくしい日本語になっていると思う。自分の英文を他人に和訳してもらうのははじめての体験だが、いくぶん変な感じだ。自分で和訳するよりも適切な日本語が選ばれていたりして、ちょっと感動した。
"At the Center of the World"(世界の中心で)という題名だが、アメリカの友人たちは、「ここが世界の中心なの?」と言って笑った。しかし、アドラー心理学に関してはシカゴは世界の中心だ。粟散辺土(ぞくさんへんど):粟粒のように散らばる辺境の小さな国)からやってきた留学生にとっては、すべては目がくらむほど新しかった。そのとき私は34歳で、大学を出て10年目だった。
翻訳は、近くアドラー心理学会の機関紙『アドレリアン』が掲載してくれるのではないかと期待している。アドラー心理学とは直接関係のない話題が多いのだが、それはそれなりに面白いので。
強行軍
2002年10月12日(土)
今日は鳥取県日南町という山の中の町で講演して、岡山で泊まり、明日は徳島で講演して、そのまま東京に向かい、明後日は東京で講演する。とんでもない強行軍で、なぜこんなスケジュールを組んだのかわからない。昨年の今ごろ予定を作ったのだが、そのときのことが記憶にない。
日南町はJR伯備線「生山(しょうやま)」という駅で降りる。日野川に沿った静かな町(村?)だ。ここにも立派な文化会館がある。そこで講演した。ここは案外正解かもしれない。岡山からも米子からも倉吉からもお客さんが来てくれて、大盛況だった。
夕方の列車に乗ると、岡山ではなく高松まで行けるのだが、高松はよく知らない。岡山は、むかし強力なアドラー心理学の学習グループがあって、毎月通っていたので、とてもよく知っている。それで岡山に宿をとったが、不整脈が続いているので、町に遊びに出るわけにもいかず、おとなしくホテルにいるしかない。
血圧計を持って歩いているが、血圧は落ちついている。不整脈があると、胸の辺りにずっと違和感がある。狭心症ではないから、痛いわけではない。なんだか押さえられているような、ムズムズするような、妙な感じだ。呼吸困難はないが、ときどきため息をついてしまう。
強行軍(2)
2002年10月13日(日)
徳島で講演した。徳島の人々は元気だ。特に女性が元気だ。県民性なんだと思う。鳴門教育大学の学生さんがたくさん来てくれて、ちょっと気を使った。ユング派の砦なので、ユング派の悪口を言わないようにね。ユング派の先生方にはお世話になっているし。
最終の飛行機で東京に着くと、午後8時半だ。いつもだとモノレールで浜松町へ出るのだが、ちょっと元気なので新宿へ遊びに行こうと思い、リムジンバスに乗った。1200円もする。バスに乗ったとたん、頭痛がしはじめた。軽いが偏頭痛発作だ。新宿へ着いたが、とても遊びに行く気にはなれず、そのまま山手線に乗って日暮里のホテルへ向かった。損したな。
強行軍(3)
2002年10月14日(月)
東京で講演して、今夜も東京に泊まり、明日は東京のオフィスのパソコンをWin98からWinXPにバージョンアップしようと思っていたら、スタッフに、今夜は大阪へ帰るように説得されてしまった。「ここで倒れられてはたまらないわ。倒れるなら大阪で」だって。倒れたりしないよ。不整脈があって息苦しいので、ときどきため息をつくだけじゃないか。ランニングや登山は無理かもしれないけれど、早足でウォーキングくらいならできるぜ。しかし、まあ、せっかく心配してくれるので、帰ることにした。少しだけ心配なので、外泊先ではお酒を飲んでいない。帰れば飲めるしね。
帰りの新幹線の中で、アドラー心理学会のシンポジウムの内容を考えていた。これまでなかなか考えがまとまらなかったのだが、ようやくどのあたりのことに焦点を当てて話しをするかが決まった。他のシンポジストとインターネットで相談しているのだが、今まで構想が言えないで迷惑をかけた。帰宅してすぐに概要を書いて送った。当日(18日)までにはなんとかまとまるだろう。
Q
おかげさまで、子どもたちとユーモアたっぷりの親子会話ができます。先日も、音楽に合わせて踊っていると、娘に「そんなお母さんに育てた覚えはありません」と、ニコニコ言われてしまいました。ほんとに楽しくやっています。
夫婦関係版「スマイル(パセージの前身)」ができるのを待っています。
A
夫婦関係版スマイル(注:SMILEはPASSAGEの旧バージョン)は永久にできません。アメリカの『ステップ』にはありますが、かなり評判が悪いです。北アメリカ・アドラー心理学会でもかなり批判されました。理由は、夫婦の話題はグループでみんなで集まって話をすることではないから。極端にはセックスの話もあるし。公開して話すことではない話題がたくさんあるでしょう。
夫婦が仲良くなりたいと思ったときは、夫婦カウンセリングを受けないとしょうがない。カウンセリングを受けなくても、夫婦両方がアドラーをお勉強すれば良くなります。両方がお勉強するためには、あんまり強烈に宣伝しないこと。「このごろ、何か変な新興宗教に凝っている」と思われないようにすること。(野田俊作)