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近江高島    野田俊作

近江高島
2002年09月21日(土)

 滋賀県近江高島で合宿でサイコドラマのワークショップをする。湖西線近江高島の駅で降りて、湖岸の宿舎まで、古い街道をブラブラと歩く。万葉集の歌が残っているほどだから、むかしは湖上の貿易で栄えた町なのだと思うが、今はすっかりさびれている。酒屋さんで『萩の露』という地酒を買う。この町から出ることのあまりない酒だ。
 背後には「リトル比良」とよばれる低山の連なりが見えている。その山の向こう側に八池谷という美しい沢があって、そこは何度か登ったことがあるし、リトル比良の縦走も何度かしたことがある。高島の町は、しかし、あまりに何もないので、ほとんど来たことがない。コンビニエンスストアもないんだよ。喫茶店は、町がやっている観光案内所の中にあるものだけだ。食事も、そこで食べるしかない。鉄道も便利だし、道路も完備すると、人々はもっとにぎやかな町へ気軽に買い物に出かけるので、地元の商店は閉めざるをえなくなるのだろう。
 午後2時にセッションがはじまって、9時まで働いて、その後、持参のパソコンでオペラを見ていたら、見物人が増えて、レヴァイン指揮のメトロポリタン歌劇場の『トゥーランドット』を最後まで見てしまった。プラシド・ドミンゴの王子様がいい声だった。もう夜中だった。



琵琶湖
2002年09月22日(日)

 満月に近いのだが、薄雲が出て、昨夜の月はそんなにきれいではなかった。日中は強い風が吹いたおかげで、空気が澄んで、琵琶湖の風景がとても美しい。空はもうすっかり秋の色だ。「暑さ寒さも彼岸まで」だものね。
 一日、サイコドラマをしている。私は主として音楽係で、場面に合わせて音楽を工夫して流している。今回のファンファーレは、オペラ『ラ・ボエーム』の2幕の最初の部分だ。パリのカルチェ・ラタンのクリスマス・イブの夕方の雑踏をあらわした音楽で、ちょっと変わっていて気に入った。
 むかし、このあたりで何度も合宿ワークをした。大阪から近からず遠からず、京都で乗り換えれば、新幹線の沿線からも便利だ。平成元年に、ここでこんな歌を詠んでいる。あまりたいした出来じゃないけれど。

 川口に光わずかにさざめきて近江の湖に風立つらしも

 かなたにはうららかの琵琶湖ブランコにおさな乙女子ひとり遊べり

 湖の波はサイクルが早いねと言ひつつ友はパイプともしぬ



団体登山
2002年09月23日(月)

 サイコドラマの合宿ワークショップも終わって、午後3時すぎの列車に乗ろうと、近江高島駅へ向かった。駅に着くと、ちょうどバスが着いて、大勢の中高年登山者が降りてきた。ここは、比良山系の北の端で、谷沿いにいい登山道がある。私は谷のほうを登るので、登山道のほうは登ったことがないが、この人たちは、どうみても沢登りではなく尾根歩きだ。たぶん比良山のほうから縦走して下りてきたのだろう。
 たちまち駅の切符売り場はいっぱいになってしまい、なかなか切符が買えない。この駅は自動改札ではないので、カードが使えず、切符を買うしか乗る方法がない。自動券売機は2台しかなく、しかも途中で釣銭がなくなってしまった。駅員が出てきて、券売機の前で両替をしている。大騒ぎのうちに、どうやらこうやら、1時間に1本しかない姫路行き新快速列車に間に合った。
 登山者は30人はいただろうか。しかも、ひとつのグループみたいだ。ということは、小学生の遠足みたいに、30人ならんで山に登ったのだ。そういう風にして山に登ったことがないので、どんな風だかわからないが、あまり静かな風情ではないな。まあ、人の好みはそれぞれだから、彼らがそんな風にして山に登るのに、なにも異存はないのだが。

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高1の不登校生を家に置いて親は外出しても?

Q
 感想:ここ(アドラーギルド)、花見的に笑いが多い。他のところではお通夜みたい。
 質問:息子16歳、高1で不登校。現在閉じこもり中。親は子どもを家に残して遊びに出てももいいでしょうか。
 立腹:読売新聞に「登校拒否は怠学」と明記されてあった。読売は何を考えているのか。

A
 私はいつも登校拒否の話をこんなに面白く話すので、お母さんたちも悩まないので、あかんのですわ。悩んでほしい(冗談)。
 この前、テレビが取材すると言うのでリハーサルに来たんです。NHKだったかな。ちょうどスマイル(現在のPASSAGE)をやっていて、お母さんたちが「キャハハ」と笑っていた。そしたら、「こんなの画面にならない」と言って帰っちゃった。他の「登校拒否を考える母の会」に呼ばれて行って、僕はこんな話の仕方するから、みんな笑いたくなるのに、「笑うといけない」というルールがあるのか、恐い顔をしている。
 親が子どもの登校拒否を悩むでしょう。その悩みの目的は何か?原因は誰でも知っている。目的は、その悩みを使って子どもを操作・支配することだと思う。「私はこんなに悩んでいるのだから、私を悩まさないために早く学校行きなさい」と言っている。あんなことをしている限り子どもとは縦関係のままです。
 ですから、悩みから早く脱却すること。カウンセリングは悩みを終わったときに始まる。悩みを解決するためにするのではない。「悩みはやめた。で、どうするか」の具体的な行動を決めるためにする。

 子どもを家に残して遊びに出てもいいでしょうか?
 原則としてはいいです。16歳になっているし、親が見張っている必要はないでしょう。どうしても心配だったら、子どもに聞いてください。「外へ出てもいいか?」。たぶん「いい」と言うでしょう。お母さんが家にいてもうっとおしいだけですから、いないほうがいい。

 読売新聞が「怠学」と明記したっていいんじゃないですか。何と書いても。怠学と書こうが神経症と書こうが精神病と書こうが、登校拒否は登校拒否で、名前や分類にこだわらないほうがいい。「登校拒否の子の性格は?分類は?」と言うが、あんなの意味ない。子どもがどんな種類なのか、サボっているのか、行きたいのに行けないのか、神経症なのかそうでないのかと、親が何をすればいいのかとは何のかかわりもない。ほんとに精神病だったとしても同じことです。「その子と対等の横の関係を持ちましょう」、「相談できる関係を作りましょう」。サボりで遊び回っていても同じことです。子どもと対等の横の関係を持ちましょう。子どもがどうしたいかを聞きましょう。ほんとの(?)登校拒否でもそう言います。何にも変わらない。病名の分類は基本的に関係ない。
 新聞はいつも無責任です。私(野田)はテレビの取材に応じないことにしています。テレビは時間を区切って向こうで勝手に作り替えるからイヤなんです。新聞の取材にもあまり応じない。その問題に全然プロじゃない記者が勝手に書き換えるから。私が言ったんじゃないことが新聞に載る。その日に言ったらそれで消えてしまう。ですから、新聞に書いてあることに一々怒っていると健康を害しますよ。(野田俊作)

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原稿を書く    野田俊作

原稿を書く
2002年09月18日(水)

 頼まれた原稿があって、朝から書き始めて、午後6時ごろには予定枚数の25枚書いてしまった。頭の中にある話を文字にするだけなので、そう時間はかからない。『アマデウス』という映画の最後のほうで、病身のモーツァルトが『レクイエム』を口述し、サリエリが楽譜に写す場面があったが、音楽はともかく、論文だったら、あれに近いことができないことはない。もっとも、全部書きあがってから、もう一度ていねいに見なおさないと、あちこち気に入らないところがあるのだが。そういうわけで、明日は見なおし作業をする。
 やっかいなのは、引用文献だ。あるアイデアがどこに書いてあったのかを思い出さなければならない。アドラーの言葉の場合は、Ansbacher and Ansbacher: "The Individual Psychology of Alfred Adler" (Harper)というきわめて便利な本があるので、それを見れば簡単に出典がわかる。アドラー以外の学者の検索がやっかいだ。単行本の場合はまだいいが、雑誌に掲載された論文の場合は、膨大なバックナンバーを探し回らないといけない。大学にいると、文献検索がコンピュータ化されていて便利なんだろうが、私の場合は手検索なので、ずいぶん時間がかかる。重要な語句の出典を自分でデータベースにしておくと便利だろうなと、論文を書いているときは思うのだが、終わるとすっかり忘れてしまう。
 ベートーベンの弟子にチェルニーという作曲家がいて、例の教則本を書いた人だが、思いついた旋律の断片を五線紙に書いて引き出しの中にしまっておき、曲の注文があると、それらの断片をつなぎ合わせて一曲にしたんだそうだ。才能のない音楽家の見本として持ち出される話なんだけれど、でも、結構それも手間だったと思うよ。自分用データベースを作るという、私には絶対にできない作業だもの。私の場合は、ある日「えいっ!」と1文字目から書き始めて、一気に何十枚か書いて、後からそれを補填する、というやり方でしか原稿が書けない。おかげで、原稿を書いていない時間は遊びまわれるのだが。



原稿を書く(2)
2002年09月19日(木)

 昨日書いた論文に、アドラー自身の言葉をちりばめて格好よくしようと思って、あれこれ書き足したら、規定の枚数をはるかにオーバーしてしまった。自分の書いたところを削らなければ。無理にアドラーの言葉を引用する必要はないのだけれど、私の考えじゃなくて、「アドラーもちゃんと同じことを言っているでしょ」、ということを強調したいのだ。どうも、私が独創的にものを言っていると思い込んでいる人がいる。そんなことはないんだよ、アドラー心理学なんて古典芸能みたいなもので、ひとつひとつのアイデアに、いちいちちゃんと典拠があるんだ。
 ま、それはそれとして、あるテーマについてアドラーがどう言っていたかは、昨日紹介した Ansbacher and Ansbacher: "The Individual Psychology of Alfred Adler" (Harper) という本にあたればいいのだが、同時にこれのドイツ語版 Ansbacher and Ansbacher: "Alfred Adlers Individualpsychologie" (Reinhardt) にもあたっておかなければならない。というのは、英訳がひどくて、ドイツ語の原文を見ておかないと、ひどく意味が違うことがあるのだ。たとえば、Seele という単語を soul と訳してあったりする。Seele というのは、単に「心」という意味だが、soul は宗教的な意味での「魂」だ。アドラー心理学は魂は取り扱わない。そういういいかげんな訳語がいっぱいある。単語だけでなく、文章も、意訳がひどすぎて、原意とまったく違っていたりするのだ。ぶつぶつ言いながら、ひさしぶりにドイツ語を読んでいる。
 こういう機会でもないと、アドラーの原典を読むことはないので、総説的な論文を割り振ってもらうのはうれしい。原典を読んでみると、ふだん考えてわからなかったことが、すでに80年ほども前にアドラーが答えていたりする。賢い人なんだね。締め切りまでにまだ日にちがあるので、のんびりしてしまっている。あまり早く書き始めると、こんなことだ。



コーンスープ原理
2002年09月20日(金)

 金曜日の夜はケース・カンファレンスをしているが、私はめったに出ない。出ると、とんでもないことを言ってみんなを驚ろかせるので、自粛しているのだ。しかし、ふと気が向いて、終わりのころに出た。そうすると、こんな話だった。

 事例提示者は、初心者のカウンセラーだ。境界例人格障害と思われる娘さんがいて、その母親からしつこく娘のカウンセリングをしてくれと言われ、一度会った。しかし、手に負えそうにない感じがした。その後も、娘と会ってくれと母親が言う。いくら断っても聞き入れず、「先生と会ってから、あの子は機嫌がいいんです」と言って、面接予約をせがむ。なんとか断りたいとカウンセラーは言う。

 そこで私は、こんな話をした。開業している精神科医の息子が医学部を出てから5年間の教育分析を受け、どうやら一人前になった。息子は両親に、「お父さん、お母さん、おかげで一人前になれました。クリニックの代診をしておきますから、ヨーロッパにでも旅行に行ったらどうですか」。両親は喜んで2週間の旅行に出かけた。帰ってくると、息子が、「お父さん、喜んでください。お父さんが20年以上も診られていたS夫人は治りましたよ。15年ほども診られているK氏も治りました。その他にも、たくさんの患者さんが、この2週間の間に治りましたよ」。父親は激怒して言った。「誰がお前の授業料を払ってくれたと思っているんだ」。
 治らないのに根気よく面接に来てくれるクライエントを何人かかかえておくのは、経済的にはとてもよいことだ。だから、『治さない治療』というものを身につけないといけない。これについても話がある。病院勤務の精神科医と心理士が職員食堂へ行った。昼食のメニューにコーンスープがあったのだが、コーンが入っていない。「コーンがないのにコーンスープとはこれいかに?」と心理士が聞くと、「治さないのに治療というがごとし」と精神科医が答えた。以来これを、『コーンスープ原理』という。これはまじめな心理学専門誌に書いてあった。
 この話は、半分は冗談で半分は本気だ。カウンセリングは、クライエントのニードに沿って援助するのだが、それはかならずしも病気を治すということではない。上述の事例では、母親のニードは娘の機嫌をよくしてほしいことで、娘の病気を治してほしいとは言っていない。娘もカウンセラーに会う気はあるようだが、問題行動を除去してほしいとは望んでいないようだ。だったら、コーンスープ原理しかないぜ。

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家族のために働くのをいやがる小4娘

Q
 小学校4年生の娘がいますが、自分のこと、学校の勉強や身支度は一生懸命しますが、家族のために働くのをとてもイヤがります。大掃除のときも、「なんでやらないとあかんの?」と言い、最終的に夫に命令されてしぶしぶ協力しています。共同体感覚を躾けてこなかったせいだと思いますが、これから共同体感覚を教えるには、どのように話をすればよいでしょうか?このままでは自分勝手な子どもになってしまいそうです。

A
 まあ日本国中、こんな子ばっかりになっていますから、共通感覚ではありますな。コモンセンスではありますが、困ったことですね。まず、「みんなが幸せになるために、あなたにはどんなことができるかな?」と、いろんなときに問いかけることだわ。「学校でこんなことがあった」と言ったら、「あ、みんなが困っているのね。みんなが困るのを困らなくなって、みんなが気持ちよく暮らせるには、あなたにはどんなことができるかな?」。「わかんない」って言うだろうと思うんですよ。「そう」でいいです、そのときは。また後日、「ああ、そんなことがあったの。じゃあ、みんなが幸せになるためには、あなたにはどんなことができる?」と言うんです。「わかんない」と5回くらい言うと思うんですよ。6回目くらいからわかるんじゃない?そうやって育児は植物を育てるのとおんなじで、みんな気短かなんです。今日言って今日わかれって、そんなの無理ですよ。時間がかかります。どれぐらい時間がかかるでしょうね?小学生ですと、親がアドラー心理学をしっかり学ばれたとします。例えば「PASSAGE」へ出られると、「課題シート」という宿題の用紙が来るんですよ。あの「課題シート」っていうのが、実は「PASSAGE」の本体で、「テキスト」は本体じゃないんです。その課題シートの書き方を説明して、書いたものを持ってきて検討するのが、「PASSAGE」の会なんです。そのときのガイドラインが「テキスト」です。「テキスト」が「PASSAGE」だと思っている人が多いんですが、違うんです。「課題シート」が「PASSAGE」なんです。中に「課題シート」を全然やらないで「PASSAGE」に出る人がいる。この人は何にも身につかないです。この「課題シート」に、家での子どもの行動と、親の対応と、子どもの反応をいつも書きます。それを丁寧に書いて、「PASSAGE」に出て、自分から積極的に、「うちの子ども、こんなんあったんですよ」と積極的に話をして、まあ、2か月間週1回出られると、まあ普通の人はほぼ身につきます。変わった信念を持ってない人は、だいたいアドラー育児をやってくれると思いますので、アドラー育児をやりまして、最初はちょっと不慣れですけど、半年もすればお母さんはすっかりアドラー化します。そっからだいたい「PASSAGE」やっている最中に、小学生だったら変わり始めるはずなんです。中学生だったら、「PASSAGE」やってる最中にはなかなか変わらないんです。終わってからだんだん様子を見ながら変わりますから。小学生だったら「PASSAGE」始めて、2か月の間に子どもはかなり変わります。お母さんがアドラー化する半年の間には、子どもはかなり積極的になって、アドラーふうになってきていると思いますので、まあそんなくらいの時間はかかります。もし「PASSAGE」に出ていられなかたら、是非出てください。出ていられたら、「課題シート」をもう1回きっちり書かれたほうがいいと思います。それで、地域に学習グループがだいたいどこでもありますから、出られたらいいし、ないんだったらもう1回「PASSAGE」に出られるのも悪いアイディアではないと思います。というのは、1回目って何も知らないで出るじゃないですか。2回目は、次何が起こるか知ってるじゃないですか。2回目って結構味あるんですよ。3回目はどうか知らんけど。2回目は、できたら違うリーダーさんのに出るといいです。「PASSAGE」は一応「リーダーマニュアル」あるんですが、あんまりうるさくリーダーを縛ってないんです。リーダーさんの自由裁量の範囲をうんと大きくとってあるから、違うリーダーさんのに出ると、かなり違う「PASSAGE」なんですよね。良かったり悪かったりします。この間、「どっかのリーダーはあかん」とクレームがきました。そんなリーダーもたまにはいますが、それも噂を聞けばわかりますから、その人がどんな人か。2度目出られるとどうかなと思います。ここでも近くありますから、是非パンフレット見て帰ってください。(野田俊作)

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加齢    野田俊作

加齢
2002年09月15日(日)

 今日から2日間のワークショップをしている。古くからの仲間が大勢来てくれて、あれこれ話をしていると、成人病になって、やれ手術を勧められただの、治療に通っているだのという話が多い。仲間たちが年相応の病気になってゆく。そりゃそうだわね、10年つきあえば10歳年をとるんだもの。若々しい青年だった人たちが、中年になり初老になる。
 病気の相談をされると、年齢を聞くが、相手が思っていたより年をとっているので驚く。はじめて出会ったときの年齢のままでいつまでもいるように思っているんだ。35歳で出会った人も、10年経てば45歳なんだね。当たり前のことだけれど。
 『バラの騎士』というリヒヤルト・シュトラウスの美しいオペラがあって、若い恋人と浮気をしている元帥夫人が、自分が年をとってきていて、若い恋人といつまでもは一緒にいられないだろうことを嘆く歌がある。アール・デコ風のとても濃艶な音楽だが、なんとなくその場面を思い出しながら、友人たちの病気の話を聞いていた。音楽のたとえ話は、知らない人にはなにも伝わらないので申し訳ないな。



ザウアークラウト
2002年09月16日(月)

 東京でのワークショップが終わって、新宿へ出た。事務所は日暮里の近くにあるので、新宿は山手線の反対側になり、滅多に来る機会がない。仲間と軽く食事をしようと思ったが、土地勘がない。とりあえず駅前のビアホールに入った。ハーフ&ハーフという、普通のビールと黒ビールを等量に混合したもので乾杯。これはなぜ流行らないのだろう。日本人好みだと思うんだがな。料理は、ビアホールのことだから、ソーセージなどを頼んだのだが、それに温めたザウアークラウト(ドイツ風酢キャベツ)がつけあわせについてきた。
 ザウアークラウトにはちょっとした思い出がある。大昔にウィーンへ行って、レストランに入った。ヴィーナー・シュニッツエルというトンカツのようなものを注文したら、ウェイトレスさんが「あなたはザウアークラウトが食べられるか?」と尋ねる。いや、正確には、"Koennen Sie ***** essen?" で、「ザウアークラウト」の部分がよく聞き取れなかった。というのは、ザウアークラウトというものを知らなかったからだ。それなのに私は "Ja, wohl!"(もちろん!)だかなんだか答えてしまった。そうして来たのを見たら驚いたね、お皿に暖めたザウアークラウトが山盛りになっていて、そのうえにシュニッツエルがちょこんと乗っている。彼女がわざわざ尋ねたのは、外国人にはこれを食べられない人が多いからなんだろうと、それが来てから気がついた。「もちろん」と言った手前、目を白黒させながら、なんとか全部いただいた。
 おいしくなかったよ。そもそも、酸っぱいものは苦手なんだ。でも、何度か食べているうちに、好きになってしまった。レヴィ・ストロースが書いていたのだと思うが、発酵食品は民族差が大きくて、他民族の発酵食品にはなかなか慣れないという。たしかに、わたしの友人の西洋人たちの中に、何年も日本に住んでいるのに、タクアンが食べられない人が多いな。発酵食品は、慣れるまで大変だが、慣れるとやみつきになるということもある。ザウアークラウトについてはその口で、今は慣れてやみつきになって、大好きだ。
 しかし、他の日本人は、これは食べないだろうと思っていた。そうじゃないんだね、みんなおいしそうに食べている。時代が変わったというのか、西洋化したというのか、私の常識は古いんだ。



鼻毛
2002年09月17日(火)

 ときどき秘書に、「社長、鼻毛が出ていますよ」と言われる。このごろ鼻毛が白髪になって、いっそう目立つようだ。大急ぎで切ってから、「女性はあまり鼻毛が出ていることがないみたいだね。男ほどはのびないんだろうか」と秘書に言うと、「ていねいに鏡を見ますから」と言われた。男だって鏡を見ないことはないのだが、たしかにていねいには見ていない。自分の顔がどんな風であるかに、女性ほどは関心を持っていないのだ。それに対して、女性が鏡を見るのは死活問題なんだな。これは、当たり前のことだが、私にとってはちょっとした発見だった。
 ところで、大阪の事務所でも東京の事務所でも「社長」と呼ばれていて、これが気に入っている。ある友人に、「『社長』ってのはよくないですよ。『先生』にしたら?」と言われた。彼自身が経営者なのだが、会社では「社長」とは呼ばせていないようだ。「でも、私は『社長』って呼ばれるのが好きなんです。『先生』っていうのは、職業意識が出て、くつろげないんですよ。大阪で『社長』っていうと、財津一郎がやっているテレビCMを思い出す人が多いと思うんだけれど、そういう雰囲気が好きなんです」と答えた。
 財津一郎が演じる町工場の社長もいいけれど、『釣りバカ日記』で三國連太郎が演じる大企業の社長もいいな。私が出社すると、タイトスカートの制服を着た受け付けの女の子たちが「社長、おはようございます」なんて言うんだ。そういう生活をしてみたいものだと思わないでもない。こんなことを考えているから鼻毛がのびるんだ。いや、こういう場合にのびるのは鼻の下か。

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