Q
小6男子です。家庭科の調理実習のとき包丁を取り出して振り回したりするので、止めようとすると、今度は止めようとした先生に包丁を向けてきます。保護者に連絡すると「学校の指導が悪い」と返ってきます。3年生のときより教室で騒いだり、友だちのイヤがることをして泣かせたりしていました。5,6年生になると、棒を手に持ち振り回したり、ハムスターのお腹を握り食べたものを吐かせたり、トカゲを可愛がったり水に沈めたりしています。教室で暴れたり騒いだりする子が各学年数名います。どのように対応すればよろしいでしょうか?
A
どんな良いところがありますか?子どもの力を、良いところをまず探すのが、教育者の力です。子どもの問題点は、学ばなくても専門家じゃなくても誰にでも見える。教育技術の専門家なんだから、シロウトには見えない子どもの可能性を見つけ出してほしい。そことつながってほしい。だから誰にでも見えるシロウトの部分で質問しないでください。(回答・野田俊作先生)
Q
家族が家族として機能していないという場合があるというのを、自分の家族に当てはまると感じてとても気になりました。家族として機能するために私にできることを考えたいのですが、どこから手をつけたらいいですか?子どもは小1と年長です。(野田:夫とか妻と書いてないな。)
A
一度家族みんなで話し合いをすべきだと思います。「うちの家族は家族として全然動いていないよね」って。「1日に1回でいいから家族全員が集まってゆっくりとくつろいでお話できる時間を作りたいけど、何かアイディアありますか?」って、循環的質問をすべきだと思う。「こうしようね!わかったね。あしたからご飯一緒に食べるんだからね」って直線的に言わないで。(回答・野田俊作先生)
Q
これから歳を取ってくる両親とのつきあい方についてアドバイスをお願いします。
A
老人って話題がなくなるんです。ですから、こっちからたくさんおしゃべりしてあげることです。「こんなことがあった、あんなことがあった」と身辺のことをたくさんおしゃべりしてあげるのが一番良い。私は母親と離れて暮らしています。母親は1人暮らしです。父親がいなくなって。毎日夕方5時に携帯電話が私を呼びます。5時にその日にしていることをメールで送っている。返事は空メールでいいから、返信だけしたら生きているのがわかって生存確認できる。あの人がしているのは、いつも平仮名だけで書いてくる、源氏物語みたいに。マルも点もなしの全部平仮名で、濁点がついていないからときどき読解困難です。84歳かな。84でメールが書けたら立派なもんです。「今日は高知で学校の先生に話をしました」とか書いていると、彼女は身体の不調を訴えないんです。「どこが痛いとかこれがつらい」とか。書かないと絶対に言ってくる。頭が痛いとか血圧がどうのとか。なんでかというと、身体の不調というのは老人が持っているほとんど唯一の話題なんです。もしもなければ他人の悪口です。うちの母は他人の悪口を言わないから、1個しかない。もしもあれば、他人の悪口か、私の体の具合が悪いしか言わなくなるから。なんで言わなくなるかというと、こっちの出方が悪いからです。話題を提供していないから。だからまあ、身辺のことを言う。それから「相談」をすること。「これについてはどうしたらいいでしょう?」って。相談をするということは、彼らがこの世にいてもいいという保障をあげることです。お料理だって、「イカのお料理で何かおいしいのない?」と言うと、おばあちゃんは喜ぶ。いつもいろんなことで相談をする。(回答・野田俊作先生)
Q
クラスの中に「僕は障害児が嫌いです。よくわからないことを言ったり書いたりするので嫌いです」と書いた生徒がいます。クラスの生徒同士の対話の中にも差別発言がたびたびあり、その対応に困っています。何をどうたずれたらいいかお願いします。
A
だから、こんなのをなくそうとしない。悪いものをなくそうという運動が一番悪いものを温存させる。だから、「あなたはあの子に何がしてあげられる?」とずっと問い続けることです。その子にしなくても、他の子に向かっても言っていると、他の子たちがその子に向かって何かしていて、その障害児が嫌いと言っている子が何もしないと、所属できなくなるから、その子も何か良いことをするでしょう。差別意識をなくすというのがすごくバカげた教育方針だと思う。僕は反差別論者なんですが、それは差別制度をなくすということです。制度としての差別と意識としての差別とを区別しないといけない。社会制度しての差別、「どこどこの地域の人は就職させません」とかいうのは絶対なくすべきです。でも、心理的な意味での、「あそこの人とはつきあいたくない」はなくす方法がない。これについてコメントすればするほど問題はこじれる。それよりも、1人1人がそういう問題に対して「何ができるか」と考えていくしか方法がない。学校で「意識としての差別」をなくす指導というのは、結果としてうまくいってないし、かえって差別意識を広めている。制度としての差別をなくすことにもっと意識を集中してほしい。(回答・野田俊作先生)
Q
不適切な発言をしてしまったと気がついたときにはどうすればいいですか?
A
「私はバカでした。あなたの悪いところについて言ってしまいました。お詫びに良いところを言います」と言ってください。いつも間違いを認める勇気を持ってほしい。間違いを認めたら子どもに謝ってほしい。子どもと大人とどっちが寛容かというと、子どものほうが絶対寛容です。大人が謝ったら子どもはきっと許してくれます。