「ボーイ・ソプラノと変声期」のコーナーは、新しい研究情報が入らないと、最近は、個人の声の変容を紹介するだけになっていますので、変声前と変声後の歌声の比較コーナーを新設します。 先ず、第1弾は、ペーター・シュライアーです。この分野は、海外の事例が多いのですが、変声前と変声後の表に基づいて、ジャンルはクラシックに限定します。 ジェイミー・レッドファーンをポップス歌手として紹介しましたが、歌の基礎もしっかりしていますし、ボーイ・ソプラノとしてもかなり長期にわたって、活躍しています。世界的にボーイ・ソプラノの独唱者を紹介しているYouTubeチャンネルのBoySopranolover2でも、boy sopranoとboy singerの区別は、かなりあいまいであると感じる時もあります。例えば、Joseph McManners(ジョセフ・マクマナーズ)は、boy sopranoと紹介されていますが、私は、最初boy sopranoとして紹介しましたが、後年、boy singerに移行しました。なお、「クラシカルクロスオーバー」という言葉があるように、この二つには、重なりもあるように思います。先月ご紹介したデニス・チメレンスキーは、本来クラシックを学びながら、ポップスの系統の歌も歌っています。 ジェイミー・レッドファーン「ジーン」
VIDEO
ジェイミー・レッドファーン「虹のかなたに」
VIDEO
ジェイミー・レッドファーン「星に願いを」
VIDEO
来春来日予定のウィーン少年合唱団は、12月17日にNHK BSプレミアムで放送された『ヨーロッパ街角中継』では、ハイドンコアのようです。ハイドンコアのカペルマイスター(指導者)は、平成30(2018)年にも来日されたジミー・チャン先生のようですが、メンバーは、それから5年経つので全部入れ替わっていると思います。
ビクター少年合唱隊の「とんび」と「埴生の宿」は、LP『世界も歌を歌ってる』に収録されています。
とんび ビクター少年合唱隊
VIDEO
埴生の宿 ビクター少年合唱隊
VIDEO
フレーベル少年合唱団が歌った「おなかのへるうた」は、既に昨日掲示板に載せていますが、YouTubeのコーナーにも載せます。
さて、話題は変わりますが、日本では、昭和44(1969)~昭和60(1985)年の16年にわたって、『8時だョ!全員集合』という番組がありました。昭和47(1972)年にその1コーナーとして少年聖歌隊をモチーフにした音楽コント「少年少女合唱隊」が、放映されました。いかりや長介が神父の衣装で、他のメンバーやゲストは白い帽子にスモックを着用して歌っていました。主に歌うのは童謡ですが、どんどん脱線していくのが、その特徴とも言えます。このコーナーで一番有名なのは「東村山音頭」「ドリフの早口言葉」や「カラスの勝手でしょ」です。この番組は、放映当時は、PTA等から低俗番組と批判されることもありましたが、このような音楽コントが受け容れられた社会的背景には、当時、児童合唱が盛んで人気のある音楽ジャンルであったことが挙げられます。そのような意味では、コマーシャル等いろいろな形で、少年合唱がマスコミに採り上げられることは、よい側面もあります。
使い方を教えていただきありがとうございます。新しい掲示板でよくわからず、書き込む内容と場所を取り違えました。 みんなのうたは1973年ごろ、登場する作品の曲風が急に大人っぽいものにかわり、当時の私にとっては寂しく感じられました。逆にいまの番組に親しんでいる人にとっては、黎明期の曲は子どもっぽく感じるのかもしれませんね。手元には1972-1975年あたりのテキスト(楽譜)がありますが、だんだんタネ切れして、選曲が難しくなっています。そういえば最近「たのしいね」がポップス風のソロにリメイクされ、TVで流れていました。 フレーベル少年合唱団はみんなのうたに出ていたのですね。西六郷とか杉並あたりのイメージが強いので新鮮な感じです。
No.29 ファルセット 2022年12月23日 21:49 ファルセットさん、私もこの掲示板を使いこなせているとは言えません。メールだけで交信している若い方から、表示できるスレッドの数や、YouTube映像の数を変えられるのではないかと教えてもらって、少しずつ改善しているところです。Teacupの掲示板をホームページ開設以来20年以上使ってきたので、まだ、このロケットBBS掲示板には、慣れていません。 このホームページの「日本の少年合唱」の中の「17 児童合唱を主とした番組が果たした役割」で、『みんなのうた』誕生の社会的背景等について記載しています。念のために、アドレスを記載しておきます。どう表示されるでしょうか?http://www5d.biglobe.ne.jp/~yakata/japan.htm 確かに、初期の『みんなのうた』は、N児・西六郷・杉並・東京少年(少女)合唱隊あたりのイメージが強いですね。
館長様、みなさま、たいへんご無沙汰しています。8か月ぶりに1970年代の「みんなのうた」から、風と光と ―スキーのうた― 西沢 実作詞 中田喜直作曲 のVOCALOID(合成音声)動画をつくり、YouTubeで公開いたしました。この曲は児童合唱団で歌ったことがあります。個人的にはラーラララーで始まる短調の中間部が美しくて心にしみます。
VIDEO
(URLの書き込み場所を修正しました)
No.25 ファルセット 2022年12月23日 18:01 ファルセットさん、お久しぶりです。 最近では、交信はメールのやりとりばかりで、この掲示板になってから私以外では初めての書き込みですが、歓迎いたします。 「ファルセット」の部分をクリックするとYouTube映像が出てきますが、この掲示板では、アドレスを書き込んでいただくと、YouTube映像が現れます(5つまで)。 もう、そのころ『みんなのうた』をほとんど定時に視聴していなかったので、「風と光と ―スキーのうた―」を聴くのは初めてですが、転調の部分は美しいですね。 『みんなのうた』は、昨年60周年でしたが、特集番組を見ても、世代によって、好きな曲が全く違うという現象が起きています。 幼児から、小・中学生の頃視聴していた歌が好きと言うケースが多いようです。私は、フレーベル少年合唱団の名前を知ったのは、『みんなのうた』の「おなかのへるうた」でした。その時歌った方と、後年会えるとは・・・人生って不思議なものですね。 「おなかのへるうた」 フレーベル少年合唱団
VIDEO
以前、レーゲンスブルグ大聖堂少年聖歌隊が女子を入れるかということで、当地の記事を紹介したことがありましたが、今回は、最近アメリカのニューヨークタイムズに掲載されたイギリスにおける聖歌隊の少年少女混声合唱団化の動きを紹介します。過日のエリザベス2世の葬儀でも、聖歌隊が重要な役割を果たしました。キリスト教が国教である国と、日本のような国教のない国では、同じではありませんが、その動きは注目に値します。少年聖歌隊の文化が崩れることは、ひいては、少年合唱の文化の衰退にもつながると考えるからです。日本の少年合唱が厳しい状況に置かれている原因は、ヨーロッパと同じではありませんが、世界の動きは違った形であっても日本に影響することはあり得ます。この問題について、海外で少年聖歌隊の文化を守っているという情報があれば、お知らせください。 イギリスの伝統的な聖歌隊の歌っている姿を見ながら、少年でなければ出せない歌声をお聴きください。 ケンブリッジキングスカレッジ聖歌隊 アレグリ「ミゼレレ」
VIDEO
『「月寒の少年」をめぐって』は、音楽愛好家のノースエンド氏との共作です。その研究の中で、抒情歌「月寒の少年」が月寒の地域に親しまれるようになった理由と共に、上高田少年合唱団の選抜という狭い捉え方をしがちであったコロムビア少年合唱隊についてさらに多くのことを知りました。この研究を通して、一つの曲の背景を探ることが大切であることを改めて感じました。
「月寒の少年」 コロムビア少年合唱隊
VIDEO
「神州天馬侠」 コロムビア少年合唱隊
VIDEO
「ウラルのぐみの木」コロムビア少年合唱隊
VIDEO
田中誠人とその歌「ひとりごつ」についても、「日本のソリスト」に記載します。去年秋~冬に東京と大阪で上演されたミュージカル『オリバー!』で、キッパー役をしていることがわかりました。しかし、1回の鑑賞では、登場するフェイギンの子分である多くのギャングたちを「見て」いたのかもしれませんが、一人一人までを「観て」いませんでした。「見」と「観」の差は、いろいろなことろに出て来て、鑑賞の質を問うことになります。
ミュージカル『オリバー!』プレスコール
VIDEO
田中誠人が12月7日(水)の「2022FNS 歌謡祭 第1夜」で歌った「ひとりごつ」のYouTube映像は、アップされてもすぐに消されますので、歌声だけをお聴きください。
声楽家で、サカモト ミュージックスクール校長の坂本博士さんが12月3日にご逝去されました。「ボーイ・ソプラノの歴史」にも(5)『われは海の子』と不思議な縁があった坂本博士 と記載しています。ご冥福をお祈りいたします。
牛田智大のショパンアルバムのBRは、8月末に入手していたのですが、生演奏なら忘れないうちにと思って拙速にでも文章化するのですが、今回は逃げない録画なので、何度か聴き込んでから文章化することが必要と感じて、やっと3か月以上たってから文章化しました。リサイタルは、祖国ポーランドの革命から逃れるため、祖国を離れ、ワルシャワ蜂起の失敗による国家の存続危機への怒り、家族や友人の死に対する悲しみ、そして自身の病への絶望を原動力に多くの作品を残したショパンが20代に残した手記「人間が成しえるもっとも偉大な行為とは死であり、もっとも罪深き行為は生きることである」という言葉をテーマに牛田智大自身が構成したもので、アルバム『ショパン・リサイタル2022』にはそのような想いを踏まえながらも、聴きながら感じることは少しずつ変わってきました。ロシアによるウクライナ侵略を重ねて聴いたから余計にそう感じたのかもしれません。 この時の録画が、YouTubeのUshidaTomoharuVEVOにあがっているので、「牛田智大」のコーナーの中にリンクします。 ブロウニング・ブライアントは、少年時代に数枚のアルバムを残し、変声後は、違ったジャンルの音楽に挑んで(これが成功とは言い難いのですが)、やがて音楽界の表舞台から姿を消した人です。この選択がよかったかどうかは別問題として、映像に残された「Try to Remember(思い出そう)」を聴けば、その美しい声と歌に感動して、放っておけなくなって文章化しました。この曲を初めて聴いたのは、ビクター少年合唱隊の「天使のハーモニーシリーズ 4」ですが、時と国境を越えて感じるものがあります。 「Try to Remember(思い出そう)」は、1969 年 12 月 10 日に放送されたジョニー キャッシュ主催のクラフト ミュージック ホールのエピソード。 音楽はハーヴェイ・シュミットが作曲し、トム・ジョーンズが作詞しました。 「It Ain't Gonna Rain No Mo'」 ウェンデル・ホールの作だとされていますが、この曲はホールが書く前から存在していたことが示唆されています。ジョニー・キャッシュはカール・サンドバーグから朗読しています。 ブロウニング・ブライアントの12~13歳という短い間に2枚のLPに刻まれた少年時代の歌声を聴いていただきたいと思います。YouTubeにもリンクしてします。 「Try to remennber(思い出そう)」
VIDEO
「Patches」
VIDEO
「Yesterday」
VIDEO
『ちいかわ』というアニメ番組をこれまで全く見ていなくて知らなかったのですが、12月7日(水)の「2022FNS 歌謡祭 第1夜」で田中誠人の「ひとりごつ」が歌われました。YouTubeの再生数からも大変な人気曲のようですが、このアニメや田中誠人についてほとんど知らないので、調べたうえで来週ご紹介します。本日は、歌声だけをお聴きください。
田中誠人「ひとりごつ」
VIDEO
道楽さんの「第61回 呉少年合唱団定期演奏会」のレポートは、もしかしたら久しぶりの同時公開かと思われましたが、道楽さんは、最終点検のため、公開を一週間遅らせました。それだけ、自分の文章に慎重さと責任をもっておられるんだと思います。おなじみのお人形さんとの対話は、一つのステージを複眼的な観方をするために、あえてされていると思っています。
ウィーン少年合唱団が、来年のウィーン・フィルのニューイヤー・コンサートに出演して演奏するそうです。また、ウィーン少年合唱団は、来春、4年ぶりとなる来日ツアーを予定します。詳細は、わかった時点でお知らせします。
https://twitter.com/JA_WSK 第61回呉少年合唱団定期演奏会には、開幕前に新原芳明市長も激励に来られていましたが、スペシャルステージの「君くれハート」という地域のオリジナルソングには、市のゆるキャラ「呉氏(くれし)」も登場。呉氏の下半身を黒のタイツにしたら、呉少年合唱団の小4~研究生の制服にそっくり。指揮の木村先生とダンスする姿は、笑えました。 呉少年合唱団の定期演奏会を鑑賞して、コロナ禍は世界のあらゆる音楽活動を阻害していることを痛感すると共に、その中で頑張っている一つでも多くの「よいもの」を見つけなければならないと思いました。 この日は、高学年ステージで「キーウの鳥の歌」が、歌われました。今年の世相を反映した言葉を選ぶ「2022ユーキャン新語・流行語大賞」のトップ10の一つに、「キーウ」が挙げられましたが、そもそも、「キーウ」は、新語・流行語でしょうか?ソ連時代から使われていたロシア語読みの「キエフ」から本来のウクライナ語である「キーウ」に戻しただけではないでしょうか。近年の流行語大賞は選考委員の意向や好みが透けて見えるし、国民一般の意識とはかなり乖離があるようにも感じますが・・・。ロシア民謡の好きな人は、以前より「キエフの鳥の歌」と表記された歌を知っていたかもしれませんが、今こそ、ロシアとウクライナの歴史に目を向ける必要があると感じます。映画『赤い闇 スターリンの冷たい大地で』を見れば、その関係の一端はわかるはずです。また、ムソルグスキー作曲による『展覧会の絵』の終曲『キエフの大門』も、これからは、『キーウの大門』と呼ばないといけないかもしれません。 呉市は、今年市制施行120年と言いますから、日露戦争直前の明治35(1902)年のことになります。私の曽祖父が呉に居住していたのは、 呉鎮守府開庁以後ですが、まだ呉市にはなっていなかったのではないかと考えられます。 コーラスユニットには、クラシック系(クラシカル・クロスオーバーも含む。)だけでなく、ポップス系もあります。そこで、新コーナーを作りました。 オズモンド・ブラザーズ(オズモンズ)、半世紀前、すごい人気だったなあ。しかし、今、どうしているんだろうという想いは、ずっとありました。そこで、ネットで検索して初期の映像を見つけたり、かつてのファンが書いたサイトを文献研究したりして、「世界の少年合唱団・聖歌隊・コーラスユニット」のコーナーに「ポップス系 コーラス ユニット」のコーナーを作ってみました。 ここには、ボーイ・ソプラノのマイケル・ジャクソンをメインヴォーカルにしたジャクソン5やフランスのポピーズ(POPPYS)なども入るのではないかと思います。しかし、韓国の防弾少年団(BTS)は、スタート時からメンバーが変声後なので、この中に入らないと考えています。 オズモンド・ブラザーズの録画は、意外と残っていましたが、ここでは、できるだけ初期でメンバーの多くが変声前であった頃からのものを年代順に集めてみました。むしろ、「オズモンズ」としてアメリカで人気が爆発し、5度にわたって来日した頃(1970年前後)の映像は多く残されていると思いますし、特に人気の高かったダニーとジミーについては、加筆していこうと思っています。なお、YouTubeのコーナーには、ダニーが加入する前の「アンディ・ウィリアムズショー」(1962)のカラー映像をリンクしています。日本では、まだカラーテレビは普及していなかった頃です。 Osmond Brothers - Side by Side (1962)
VIDEO
Osmond Brothers - Little Bumble Bee & Ding Dong Daddy from Dumas (1963)
VIDEO
The Osmond Brothers - Bye Bye Blues (1963)
VIDEO
Osmond Brothers - Mr Sandman & Aura Lee (1964)
VIDEO
Osmond Brothers - For your Applause & Good Old Fashioned Girl (1966)
VIDEO
「昭和の子供」は、昭和6(1931)年4月にレコードが発売されており、創唱した小笠原英夫の歌声は、いかにも戦前の「日本男児」という印象が強いです。一方、西六郷少年合唱団員でもあった高野政治がコロムビア少年合唱団と歌った「昭和の子供」は、おそらく「白馬童子」の主題歌を歌ったのと同じ昭和35(1960)年頃の演奏と思われますが、それでも、この歌が作られた時代の感覚をもった歌を歌っています。
ボビー・ブリーンは、以前ご紹介した“Let's Sing Again”(1936)から3~4年の短期間に多くの映画に出演しています。“Let's Sing Again”は、『ボビーの初舞台』という邦題で日本でも公開されていたようです。しかも、変声後も旧ファンをしっかりとつかんでいたようで、生涯にわたって、歌で生活をしていました。 今回ご紹介した“Make a Wish”は、ボビー・ブリーンの映画シリーズということで、“Let's Sing Again”に続いて、順序を変えてレビューします。 「Make a Wish」(願い事をする)
VIDEO
誰でも、この分野に心惹かれるようになった人には、きっかけがあります。私の場合、ウィーン少年合唱団の舞台ではなく、出演した映画『青きドナウ』や『野ばら』になるでしょうが、録音的には、それより古い録音の「ブラームスのワルツ」かもしれません。最近のインターナショナル化したウィーン少年合唱団とは違う清澄な歌声です。
VIDEO
以前、CDのコーナーで、紹介した(ロバート・)ミッチェル少年合唱団のCDのYouTube録音を聴くことができるようになりました。このホームページのCD等紹介コーナーで心苦しく思っていることは、私はその歌声を聴いて紹介できるのですが、訪問者の方は、必ずしもそうではないということです。しかし、ネットで拾ったYouTube映像・録音をお聴きくださいと言うだけの紹介はしたくないのです。
VIDEO
&list=OLAK5uy_nstrbeHYA4TcFe5sBRUjRbXynBSvHUxtI
東京少年合唱隊の秋から冬にかけての歌「もみじ・村まつり・冬景色・スキーの歌」をYouTubeとリンクします。東京少年合唱隊は、1951年の創立以来、1961年に東京少年少女合唱隊に移行するまでの10年間は、少年合唱団として活動し、録音もしています。今回紹介するものは、家庭で鑑賞するよりも、小学校の音楽室に備えられた文部省唱歌の範唱レコードとして活用されることが多かったのではないでしょうか。当時、ステレオのある家庭は少なかったでしょうが、学校にはステレオがあったという時代です。
東京少年合唱隊 ♪もみじ・村まつり♪ 1953年
VIDEO
&t=8s
東京少年合唱隊 ♪冬景色・スキーの歌♪ 1953年
VIDEO
フレーベル少年合唱団 今週の歌は、「LET'S GO!いいことあるさ」です。YouTubeにリンクしています。約3カ月にわたってフレーベル少年合唱団の合唱を連載してきましたが、とりあえず現時点ではここまでとします。また、新たな歌声を発見したらリンクします。
『DENNIS』という少年のファーストネームと顔写真のCDジャケットは、かなり前からネットで見てはいたのですが、最近になってやっと入手しました。確かに実力派のボーイ・ソプラノで、クラシックもポップスもどちらを歌っても、人の心を動かす歌を歌います。録音の場面の映像もあり、マフラーをして歌っているのは、寒いというよりものどを守っているというのではないかと感じさせます。 なお、姓のChmelenskyは、チメレンスキーと表記しましたが、正しい発音がわかる方は教えてください。~skyは、スラブ系の姓のようにも感じます。~skiなら、ポーランド系か。 デニス・チメレンスキーの生演奏の録画は、いくつかYouTubeのコーナーにアップしています。そのほかにも、CD『DENNIS』からの歌を紹介します。 映画『コーラス』より「凧」
VIDEO
フリース「モーツアルトの子守歌」
VIDEO
フランク「天使のパン」
VIDEO
『THE カラオケ★バトル』の常連化してきた久保陽貴の歌には、声が変わっても心惹かれるものがあります。今年の8月12日に広島市アリスガーデンで行った野外コンサートは、何人もの人が録画してYouTubeにアップしています。久保陽貴で検索すると、何人もの人が野外コンサートを録画してアップしています。
また、11月10日には、指田郁也の「花になれ」を広島交響楽団のフルオーケストラの伴奏で歌いました。久保陽貴は、歌手になるよりも、小椋佳のような別の仕事をしながら歌を歌い続ける生き方をするのではないかと思っています。こればかりは、わかりませんが。ボーイ・ソプラノの歌唱とは言えないので、YouTubeのコーナーには載せていません。
久保陽貴「銀の龍の背に乗って」
VIDEO
五味輝心(ごみ だいや) は、10月10日に安城デンパーク フローラルプレイス(花の大温室)で、HAPPY MAMA PARK 内イベントとして歌っています。
VIDEO
フレーベル少年合唱団 今週の歌は、「老眼のおたまじゃくし」です。YouTubeにリンクしています。
掲示板に書き込むことのできるアドレスの数を5までできるように変更しました。(これまでは1でした。)また、一度に表示される書き込み数を10にしました。この掲示板を使い始めて3カ月になりますが、まだまだ使い慣れていないと感じています。
イタリア映画『鉄道員』は、あまりにも有名なので、何度もテレビ放映されていますが、日本語吹き替えも、3通りあります。ここでは、サンドロ役の内海敏彦と鈴木一輝を採り上げています。鈴木一輝(かずてる)は、子役として1980年代に、主に声優として活動しました。先月下旬に内海敏彦が吹き替えた『鉄道員』のBRとDVDが発売されたので、以前ビデオに録画していた鈴木一輝と比較しました。 併せて、「少年声優」のコーナーで、熊谷俊輝について加筆しています。 内海敏彦の写真は、どういうわけか帽子をかぶったものがほとんどで、INDEXページのような帽子をかぶっていない写真はかえって珍しいです。一方、鈴木一輝(かずてる)は、子役で、声優以外でも活躍していたようですが、写真は不明です。最近、映画『るろうに剣心』などに出演して活躍している鈴木一輝(かずき)とは別人です。 先週、映画『ドクターTの5000本の指』の主人公の少年バート・コリンズ(トミー・レティグ)の歌声の吹き替えをしたトニー・ブターラは、1951年からミッチェル少年合唱団で歌い、映画でいろいろと活躍したようです。後年、この映画の吹き替えについて語っています。アメリカ映画において活躍した(ロバート・)ミッチェル少年合唱団の出演した映画を研究する必要が出てきました。 二代目コロムビア・ローズが歌う「長い一本道」にバックコーラスとして、コロムビア少年合唱隊(上高田少年合唱団の選抜)が歌っていますので、YouTubeにリンクしています。
VIDEO
また、一時期消えていた ノアム・カニエルの「愛のセシール」が復活しているので、YouTubeにリンクしています。
VIDEO
小林佑玖が、変声期に伴い、出演中の『キンキーブーツ』大阪公演を降板することとなりました。最近、ミュージカル少年俳優が次々と登場していますが、当然のこととはいえ、いつかはこういう日が来ると思います。しばらく休養して新しい声で再び舞台に立つ日を期待しています。小林佑玖のボーイ・ソプラノの歌声は、何枚かのCDに刻まれています。とりわけ、「君をのせて」~『天空の城ラピュタ』は、素晴らしい出来栄えでした。多くの人がTwitterに励ましのメッセージを送っています。少年時代にそれだけの業績を残したこと自体素晴らしいことです。「日本のソリスト」を加筆しています。
「世界のソリスト」にも掲載している元アイドル歌手のアーロン・カーターが、11月5日アメリカ カリフォルニア州の自宅で死亡しているのが発見されました。34歳でした。「世界のソリスト」に加筆しています。ご冥福をお祈りいたします。
先々週、YouTube等の映像によって匿名の少年の独唱を鑑賞できることについて書きましたが、おそらく、保護者が、変声前の声を残しておこうと録画され、YouTubeにアップしたものと考えられます。数年前の歌声ですから、今では皆さん変声期を迎えられていると思います。
匿名である以上、鑑賞することはあっても、ホームページに勝手な名前を付けてリンクしたりしません。
ttps://www.youtube.com/channel/UCaUd4epQ2LO2JcMYsgB4aXA(最初にhを入れてください。)
ttps://www.youtube.com/channel/UCF3NGk8aq-ec9xvSaOm3x-g
ttps://www.youtube.com/channel/UC6wStSks-EHQGbQOfKK0gmQ
フレーベル少年合唱団 今週の歌は、「シドロアンドモドロ」です。YouTubeにリンクしています。
10月30日の広島少年合唱隊第63回定期演奏会では、マスクでの合唱とミュージカルでしたが、合唱においては、広島少年合唱隊らしい選曲と、ミュージカル「11匹のネコ」では、マスクをネコのお面に仕立てるという逆転の発想で、ネコらしい顔の表情を作っていました。 また、予科生が11人と多く入隊したのは、中国トラックのCMの影響もあるかもしれません。しかし、今、この映像をYouTubeで見ることができないのが残念です。毎年このCMというわけにもいかないでしょうが、中国トラックさんは、この映像をホームページに公開してほしいと思っています。 ところで、合唱におけるマスク着用は、どうあるべきかということについて、この秋の合唱コンクールや学校における文化祭において、マスコミもこの問題について執筆しています。 非常にデリケートな問題であると共に、その時期のコロナの感染状況によっても左右される問題ですが、文化庁は、「マスクを必ずしてくださいとは通知していない」という一種の逃げの姿勢を感じますし、鑑賞する立場だけからすれば、マスク着用はない方が合唱を楽しめるというのが正直な想いですが。 Nコン「マスク姿の合唱」に違和感続出 NHK「文科省ガイドラインなど踏まえた」...文化庁「認識古いのでは」2022/10/4(火) J-CASTニュース ttps://news.yahoo.co.jp/articles/92baba93eb55458288d09089d743869538cb129f?page=1 文化祭で「合唱」どうする マスクで実施、音読劇に変更…頭悩ます教育現場 ttps://news.yahoo.co.jp/articles/ed35294b97139cdc91c9fae68bd963c5f12b0ea1 合唱でマスク必要?国の見解は 2年前には「原則着用」だったが… 朝日新聞社 2022/10/27 ttps://news.yahoo.co.jp/articles/9bc2b5a1e372fa1655c37044510a801f59c246cd 映画『ドクターTの5000本の指』単独のDVDは、日本では発売されていませんが、最近著作権の切れた古い映画10枚セット1800円+税が数多く発売されている『テンプルの愛国者』の中に、含まれています。(コスミックDVDコスミックディブィディ〈ファミリー名作映画コレクション〉) 後年、バートの歌唱の吹き替えをしたトニー・ブターラ(後年ボーカルグループ ザ・レターメンのリードシンガー)が、この映画について語っています。顔の可愛いトミー・レティグと歌声の美しいトニー・ブターラを合体させていることろが、この映画の歌における特色ではないでしょうか。そういう意味で、映画内での吹き替えということは、よくみられる手法と言えます。ウィーン少年合唱団を描いた映画も、主人公たちのソロの部分などは当然吹き替えで、もしかしたら、合唱部分も子役は歌っているふりで撮影して、後から録音を入れた吹き替えだったと考えられます。
VIDEO
レターメン 「ミスターロンリー」
ttps://www.youtube.com/watch?v=s0al7nEkEvE(最初にhを入れて鑑賞してください。)
「テンプル」と言ってもご存じのない方が多くなってきたかもしれませんが、シャーリー・テンプル(1928~2014)は、1930年代のアメリカを象徴する少女スター俳優であり、後年には外交官を務めた名士です。私が、シャーリー・テンプルを知ったのは小学生の時に、昭和36(1961)年と昭和38(1963)年にNHKで『おとぎの国』シリーズとして、司会者をしていたので、母から「テンプルちゃんは、大人になっても活躍している。」という言葉を聞いたことがきっかけです。
シャーリー・テンプルは、22歳で引退し、結婚・子育てを経て8年ぶりにカムバックした番組。実生活でも3人の子を持つシャリーが進行役となり、シャーリーや彼女の子供たちも出演。本で読んだアンデルセンやグリムの童話がドラマ化されて視覚的に見られるのは当時たいへん魅力的でした。
シャーリー・テンプルの代表作は、『テンプルちゃんの小公女』(日本語字幕付)ではないでしょうか。この時代としては珍しいカラー映画です。
ttps://www.youtube.com/watch?v=RdO5jjKAAjY(最初にhを入れて鑑賞してください。)
映画“Let's Sing Again”は、『ボビーの初舞台』(1936)という題名で、翌年日本公開(していることがわかりましたので、映画のコーナー等を一部修正しています。
フレーベル少年合唱団 今週の歌は、「雪の街」です。YouTubeにリンクしています。
合計285件 (投稿275, 返信10)