俳句を齧り始めた人と蕎麦屋で二人句会とは、粋なこと♪
小筆遊びの日。書家はコロナで自宅療養していたのだけれど、ちょっと微熱が出ただけ。入院とみなされるので、数万円の保険金が入ると喜んでいました。同じ屋根の下に住む、糖尿病のお茶人も、全身悪いところだらけの酒豪でヘビースモーカーのお連れ合いも微熱が出ただけ。この二人は、病院にも行かず保健所へも問い合わせず、自宅待機のみ。お吟さんも、きっと後者の真似をするな。もっとも、「お吟さんは40年風邪を引いていない。鼻が悪くて年中鼻をかんでいるので、菌やウイルスは身体に入れない。伊達に鼻水垂らしてるんじゃないよ」と豪語してますが(笑)。
クラシックの雑誌から盗んだバイオリンを弾く猫。色っぽくて気が強そうなのが気に入った。書家に染筆してもらったので、こんど名曲喫茶のマスター夫人に押し売りしよう。
墨すれば今宵雨月の香ありけり 村林星汀
御主人を長患いで看取った未亡人のお婆さんから朝の8:30に電話があり、俳句が溜まったので見てくれないかとのお願い。実は妹の亭主のお母さんが94歳で亡くなったので告別式に参列したら義弟も俳句を齧り始めたようで、最後の挨拶で「ここで一句」と追悼句を詠んだとこと。それがお母さんが西瓜が好きで西瓜売りが来るのを楽しみしていたので、
西瓜売り今年はまだか母逝く日 妹の宿六
と詠んだので、「わたしも俳句やりだしたばかりなのでよくわからないけど季語もわかりやすくて一回で覚えて忘れないからきっといい句よ」と言ったらものすごく喜んでくれて、実は聖教新聞に彼女が買ってきた本の作者夏井いいつきさんが載っててびっくりして読んだら「俳句が上達するには最初にいい先生に付いて覚えるのが一番の近道」と言っていたので猫髭さんのこと思い出して電話したのよということだった。俳句の本質は背伸びせずに自分の身の丈で詠むことだから妹さんの御主人の句は直すところのないいい句だよと言ったら我がことのように喜んでくれた。
で、今日の夕方に町外れの蕎麦屋で二人句会をすることに。前回は参議院選挙の前だったので遅れてきた彼女の友だちともども立候補者の後援者にされてしまったので、今回は勧誘無しよと言ったら騙し打ちはしませんとこと。わたくしが平成14年に買った初めての歳時記『季寄せ』を俳号を塗りつぶして彼女に上げよう。どっちが持っていても冥土の土産だ。(*^▽^*)ゞ。
>たれひとり褒めてはくれぬ夜なべかな
いや毎晩見に行ってますよ。ただ「いいね」を押すにはabemaの会員登録をしなければならないのでわたくしはSNSには一切参加しないので目でいいねとウィンクしてるだけです。そうですか、稲負鳥はアライグマでしたか。どこでも出てお月様の顔も洗って血だるまにしてるからねえwww
猫髭さま、みなさま、こんばんは。
ああ、ようやく書き込める。
灌木さま、2013年をありがとうございます。
そこから数えてももう十年近いということで、いつまでやるのやら(^^ゞ
撫子さま「モキュ♪」って米さまかと思いました。
選んでいただいてありがとうございます。
猫髭さま、
ぺろっとは自分の癖です。誰も見ていないと確信しているときにはぺろっ。
稲負鳥は使ってみたかったことばで、三日月の頃はまだうす明るくて
飛んでいるのは何の鳥だろう・・・ちゃーんす!!と思ったことでした、
失礼しました。蝙蝠だったかしら?www
ラスカルちゃんさまが鳥の代わりにちょこんと坐っていただいたので、
あれは鳥でも蝙蝠でもなくアライグマだったということで。。。(;^^)逃げろ~~
猫髭さんが難解な文章を寄せてくれているので、昨日のふらふらが治まっているんだろうなと、一安心。難解な文章もなぜか好きなのよね(笑)。
昨日のお客さんから預かった久留米絣、手織りでお高いんですが、少々織りキズがあるため買えたそうです。染めの濃いところと淡いところのバランスが抜群。ざっくりとした斜めのラインや星に見える絣織がキュート♪
織るまへの糸のしめりも良夜かな 長谷川双魚
夜眠るときにベッドに横になった途端、頭のなかがくらりと回る。突発性めまいは耳の石を戻す運動で治ったが、この「くらり」は一回で終わるので気にしなかったが、昨日の白昼のめまいはこれではなかったのかと思い当たった。昼間自転車で走っていたときにこれが起こればさすがに驚く。もし車の多いところでこれが起こったらただではすむまい。雨で視野が狭くなり緊張して起こったのかも知れない。雨合羽を見通しのいいものに変える必要がある。バイクはもう乗れないなあと思ったのだろう。ヤマハの大型バイクを買って中央フリーウェイを走って会社へゆく夢を見た。バイクを裏の駐車場に停めて、ここは大洗の工場の自然に似ているなあと会社の入口を覗いたら応接間に社長のEと営業のMがいて、顔を合わせるのも面倒だとバイクの所にもどったら、バイクが見当たらない。時間は10時でバイクをどこに停めたのか盗まれたのか探しているうちに社長のEは数年前にWに譲って他の会社の顧問になっているはずで、営業のMも辞めて会社を興しているはずなのに何故いるのだろうかと不思議に思っているうちに、バイクは東北大震災を機に65歳で免許証を返しているので筑波サーキットと菅生サーキットの走行許可証しかないからバイクは買えないはずだと気づいた。バイクを買ったというのは夢だったのだ。しかし、バイクを置いた場所の草いきれとか日差しをよく覚えていて夢にしてはなまなまし過ぎるが時計は11時を指しているので夢とうつつを一時間うろついていたことになる。と、ドアのイヤホンが鳴って出てみると、郵便局からの書留配達だった。それはETCの更新カードだった。免許証は失効したが、ETCの方は失効されずに2025年までの延長が記されていた。偶然とはいえ、不思議に夢と現実が照応した出来事だった。
わたくしは若い頃、夢が現実に劣らずリアリティを持っているのは夢の中にも真実があるからだろうと毎朝「記夢誌」を付けていた。毎日誰もが夢を何回も見る。体が寝ている時に眼球が動くのは夢を見ているからである。ラピッド・アイ・ムーブメントREMといいREM睡眠と呼ばれ、これを疎外すると人間は発狂に至ることもある。夢は欲望や懺悔のはけ口でもある。慣れると結構長く夢を記せるようになる。このまま行けば小説が書けるなと面白がっているうちに、厭なものを見ているような気分になった。「太陽と死は直視出来ない」と言ったのはラ・ロシュフーコーだが、「真実」も直視出来ないのである。普通の人々はここまで自分自身の真実を直視出来ない。直視し続ければ発狂する。
しかし、そこまで自分を凝視してしまうと、どこかに踏み止まる足場が必要になる。
それはささいだが、毎日の平凡な日常の素朴で誠実な関係を大切にすることしかないのではないだろうかというのがわたくしの今の心境である。人間はひとりでは生きてゆけない。人間は人の間と書いて中国では世間と同じ意味を持つ。フランスの哲学者メルロ・ポンティはサン=テグジュペリの『戦う操縦士』の「人間は関係の結節点にほかならない。関係こそが重要なのだ」と『知覚の現象学』の序文の最後で述べている。序文しかフランス語の原書を読む力がなかったので、あとは翻訳で読んだが。この言葉は忘れられない。十代のわたくしは関係の間にその人間の真実があると読んだ。関係の暴力性に対してどこまであるがままに受け入れられるかにすべてはかかっている。暴力性とは諍いとか戦争と云った暴力だけではない。男女間の性もまた暴力性であるということだ。
「私は人間である。人間に関わることなら何でも自分に無縁であるとは思わない(Homo sum, humani nil a me alienum puto)」(テレンティウス『自虐者』)。
あるがままを受け入れ合うことほど、難しく、また親切なことはないとわたくしは思うが、もう余命いくばくもないからねえ。(*^▽^*)ゞ。
時々母が気弱になるので、「みんなが雑巾縫いあがるの待っとるよ」と励ますと、「そうか、ほんならうちゃあしねんな」と応えてくれるので「そうそう、しにょったら、『なんしに棺桶入りょん!』とひっぱり出されるよ」と言ってやると「くくくっ」と笑ってくれる母ですが、猫髭さんのそのふらふら何なんでしょうね?年齢的にいろんなパーツに不具合が生じるのかしら?五十代の少女にぶつからなくよかったわ(笑)。とにかく、変なときはすぐ自転車を降りてくださいませね。
ふだん着が着物の、今日の言語聴覚士のお客さん、阿波しじらに、秋刀魚の柄の手ぬぐいを半衿に、帯留は月うさぎの銀細工♪
新涼や手織木綿の肌ざはり 石田あき子
今朝秋雨のなか中野の十貫坂まで雨合羽着て仕事に行ったが(お客の体重計では66.7キロと減量維持)、台湾まで行ってUターンして日本へ北上するというふざけた台風11号のせいか帰りに寄ろうと思った阿佐ヶ谷のトンカツの「かつ源」は土砂降りで雨合羽では無理であきらめて裏露地を抜けてゆっくり走っていたら左手先に少女が歩いていたので避けようと右へ寄った、つもりが少女に近づいてゆくので「まっすぐ走れない」と声を上げたら驚いた少女は左に避けてくれたが、今度は右へ寄って行って電信柱にぶつかりそうになって、避けるとまた左へ寄って行くので、慌てて自転車を止めて視界が落ち着くのを待って自転車を降りて押し歩きで帰るしかないと歩き出したら、少女が寄って来て「大丈夫ですか」と言うので、まだ居たのかと見ると四五十代のおばさんだった。「ごめんなさい。めまいがしたようでびっくりさせてしまって。鉄分が足りないわけじゃないんで異常気象の変動に年寄はついていけないようで」と言うと「いえ、私なんかも今年は体調崩しますから」と言ってくれたが、先月も視界が黄色くなって神社で休んで快復したが、今回はそんな前兆がなくふわふわして、あれまっすぐ走れないという浮遊感覚に陥って、自転車を降りたらおさまったので、昨夜もいきなり体が揺れる動悸が始まったので「れいめい丸」をひと粒飲んで「雌株と椎茸と油揚げの煮物」を食べたらおさまったから栄養に偏りがあるのか、いよいよ老人用栄養ドリンク缶入りエンシュアを飲む年になったか、それとも三途の川から呼び出しの声を待つばかりとなったか、いずれにしても死が否応なくおいでおいでをしている兆しであることは間違いあるまい。
死後七日目に渡るという、冥途にある三途の川には三つの瀬があり、生前の業によって、善人は橋を、軽い罪人は浅瀬を、重い罪人は流れの速い深みを渡るというが、わたくしの場合は間違いなく流れの速い深みを渡ることになるが、泳げるからなあ俺は。それも手だけで足だけでひっくり返っても泳げるから戻ってくると困るなあ。川流れで落ち行く先はなんなのかも知りたいが、実は死にかけた奴の話では病院のベッドで激痛にさいなまれて生き返るとか。一回でいいのに人生は、ねえ。
写真は黄花コスモス。「自由学園」の生徒たちが育てているお花畑に咲いていた。黄花と云うが朱色が美しい。コスモスではこの花が一番好きである。
