このロケット掲示板の『葵新吾"大好き大川橋蔵ファン広場”掲示板PARTⅡ』と
Rara掲示板『大好き大川橋蔵ファン広場PARTⅡ掲示板』【 https://rara.jp/fanhiroba/ 】は同時進行で運営中です。
使い勝手からどちらも一長一短はありますので、できる限りは同時並行で行くようにしてまいります。
どちらを見ても大丈夫なように管理者が責任をもって投稿記事は双方に分かるように掲載していきます。
🟨この掲示板は無料版の掲示板にしましたので、広告が入りますので見ずらくなってしまいました。ご容赦ください。
Youtubeを見ている橋蔵さんファンのため息が聞こえます。橋蔵さんを知った時からすると、舞台公演をやっていた事など全く知らないのです。私と同じような人には、大げさに言えば全く夢の中のようです。私は日本舞踊のことは全く知らないので意見は控えます。50歳位の時の女形姿の舞踊がここまで綺麗で見とれてしまうくらいですから、本当に残念な事だと思います。
金糸雀様
書いていらっしゃるように、その人の伸ばせる才能を早くに見出せる人が数人近くにいたことは、橋蔵さんが強運の持ち主だったともいえますね。
金糸雀様も、橋蔵さんのブログなどでやることが沢山ありますが、これも金糸雀様を見込んで託された事のように思えます。心待ちにしていますので、少しずづでもいいですから楽しみにしています。
新しい掲示板見てきています。金糸雀様の企画力がまたまた発揮されていて、気持ちのいい「掲示板Ⅱ」になっています。書きやすいと思います。
浅んちゃん様
何かをやってみようと思い立つ時は何かから刺激を受けているものです。きっかけ理由は何でもいいと思います。いつまでもエネルギッシュな人でいる事が大事です。トミーとマミーをお手本にして、託された事と思い挑戦してください。先ずは、京都検定3級に向ってですね。
なんだか偉そうな事を投稿してしまいました。恥ずかしいです。
何かに挑戦しようと言う気になったのも、こちらのブログ、トミーマミーの映画、日舞、トミーマミーの生きざまに刺激を受けたからです。お二人ともに努力の方ですものね、若くして私たちの前から姿を消された、お二人に負けないように頑張ります、と意気込みはいいのですが・・・歳のせいで感が鈍っていますから(悲し)
今回は当時の放送番組からの橋蔵さんの舞踊部分が投稿になっています。
これは、当時NHK教育テレビで、橋蔵さんが亡くなられた後に藤間紫さんをゲストに呼んで、思い出話と共に45分ほどに構成され、芸能花舞台という番組で「伝説の至芸 大川橋蔵」として放送されたものをテレビ録画したものの最後のところですね。
京鹿子娘道成寺・傾城音羽獅子・藤娘・手習子・鏡獅子
私はこの番組を見ることができなかったので残念に思っていたのですが、橋蔵さん関係の方から、録画したのをいただけとても感謝でした。
前に出してきた「あやめ浴衣」と「藤娘」は、橋蔵さん宅で録画していたものを真理子夫人がかかわる後援会でしか手に入らなかったものですから、何方かが放出されたということなのでしょうね。
見ました、見ました!もう一度「あやめ浴衣」を見ようと思い、YouTubeを見たら、
「藤娘」も見る事が出来ました。本当に舞姿が美しいくて、なんと表現すればよいのやら。
地方の三味線の揃っている事!さすがプロの演奏ですね。目と耳の贅沢です。
邦楽いいですよねー
コロナのおかげで⁉、筆ペンも習い、目標の初段までいきましたので、日舞に挑戦です。
笑われそうですが、今月京都検定の3級の試験にトライ。
日舞も京都検定も、本当に覚えられなくて四苦八苦しています。
何か目標をもって生きようと、思い立ったのはいいですが、仕事をしながら、勉強は若い時の4、5倍かかりそうで、正直検定は自信全くありませんが...
(小さい声で頑張ります)
♠浅んちゃん 様
舞台はやり直しがききませんから、毎回毎回が真剣勝負、一回一回を最高の舞台にしていくのですから、一人でもとちれば大変、踊り手の調子も見ながらの演奏ですから皆さん流石プロです。生の演奏で聞いているとジーンと響いてきていいものですね。
舞踊によって、舞台の形によって囃方の配置が換わると、また違った聞こえかたになってきますから楽しみがあります。
浅んちゃん様の意欲はすばらしい。ご当地検定に挑戦中なのですか。京都は魅力あふれるところが沢山ありますから、学びながらより深く知り、より深く感じとり、京都の知られざる所でここはと思うところなど教えてください。上を目指す楽しみがありますね。
目標を達成すること、それが全部できればいいことはないですが、目標に向って頑張ろうという気持ちを持ち続けることが大事だと思うのです。
私は、終の棲家は京都にと思っていました。若いころは、気分を変えたくなると、ひとり旅によく京都を旅したものです。橋蔵さんが住んでいたこともあり、後援会でのこともあり、また私が学生時代に出入りしていたしコード会社でも後援会の手伝いをしていて、京都へはよく行っていたものですから、私の京都への気持ちは観光客ではないのです。
🐦橋蔵さんは小さいときから踊りの素質がありましたね。それは、柳橋という花柳界の土地に生まれ、橋蔵さんの祖父母や母親の環境の血筋を体に持っていたのもひとつの利点かもしれません。6歳のとき藤間勘十郎さんに踊りの手ほどきを受けています。そして、6代目が避暑に行っていた信州へ行くまでの間に、勘十郎さんの家に居候していました。紫さんや大助さんと兄弟のようにして。その期間に芸の大切な栄養になるところを吸収し、橋蔵さんの舞踊という芽が大きく育っていったのでしょう。それを見て六代目は稽古をつけてやろうという気になったのでは。
踊りの会で「山姥」を上演のとき、橋蔵さんは金太郎に起用され、柔らかいこなしと筋目のいい振りで、周りを感嘆させたということです。
それは、橋蔵さんが藤間勘十郎のもとで、ひじょうに初歩から親切に教えてもらい、六代目の厳しい稽古を見て体に叩き込んできたことが、後の橋蔵さんの芸に現れているということでしょう。芸、日本舞踊は橋蔵さんの人生の糧になっていたのかもしれません。
橋蔵さんの勘のよさと習得の素晴らしさがそこにはありますね。プラス、スタイルがよく
顔立ちがいいとくれば・・・・皆様、おわかりになりますよねえ!!
今日梅雨明けした地方が随分あります。異常な暑さで今から電気容量がおぼつかなくなっているのでは、これから7月、8月はどうなるのか心配。
◆浅んちゃん
橋蔵さんの舞姿ご覧になったのですね。
YouTube毎日検索されている方は情報が早いですからすでにご覧になっていらっしゃるとは思いますが「藤娘」も前半の部分が投稿されています。
私はこの2つのDVDは持っていますので、後ほどDVDから抜粋し画像で何枚か載せてますね。
日舞を習い始めようと思い立ったことはすばらしいことです。私は、東京に出てきて学生でしたが、時代劇映画からと後援会での集まりから刺激を受け、好きな時間が取れたお師匠さんのところで小唄と三味線をならっていました。ファンは好きな方の影響を受けやすいですね。楽しみながら自分で決めた目的地に向ってより素晴らしい毎日を送れればいいですね。いいなあ、そういう行動ができることが、羨ましいです。
🐧そう思うと、私の趣味は向かうところは何だろう、限られた中で仕事第一でやれることは。橋蔵さん関係のブログ、掲示板等ファンが心底これは・・と思うような一式を、自分自身が読者になってみたときも頷けるものでなければ、普通の人は気にもせず過ぎてしまう。
私の手と頭脳が動く限り、合間をみて時間があれば、橋蔵さんの資料を整理する意味でも恥じないものを作り上げることぐらいしかできないのかな。
⌛私は只今橋蔵さんから少し小休止状態かもしれません。
“美しき大川橋蔵”私の想い出の橋蔵さんの映画からのブログは現在第61作品目の「新吾十番勝負第三部」を掲載中です。第73作品目の「赤穂浪士」までは内容把握しストック出来ていますが、次の「富士に立つ若武者」に取り掛かったところでどういう訳か気持ちが乗らなくなり、少し遠回りをしています。
各ブログのフリーエリアをどのようにしようか、新しい掲示板はどうしたらよいか、と雑念?にとらわれ、そこへもって、「富士に立つ若武者」は作品として嫌いというわけではないのですが、一つには頼朝と政子の恋愛描写に重点があるということが、ネックになっているのではと考えるのです。この作品の中に描かれている描写は前後の作品にもなかったのでは・・・と思うような、あの頼朝の無邪気なまでの感情表現が原因か?・・・。
ここを乗越えれば、橋蔵さんらしい頼朝の姿を書けるよ、前進可能と言いきかせています。暑い夏とともに元気に乗り越えなければ。
橋蔵さんの作品に関する別冊近代映画も9冊は仕上っているのですが、あと二十数冊ありますので、先ずは映画作品から始めたのですからこれを成し遂げなければ、先へは進めません。
後援会誌〔とみい〕の手元にある分は掲載できる態勢なのですが、ブログに載せるのにどうすべきか悩んでいます。
大好きな橋蔵さんの俳優としての足跡を、元気なうちに私なりに少しでも遺せたらとは思って頑張ります。お待ちになれる方は、どうぞ末永く・・・お付き合いください。
✱「藤娘」前編ということで、後編をすぐに出してくるでしょう。本当は一緒にのせたかったのですが、動画ということもあり、いつ消えるかも知れないので先に載せておきます。
1979年明治座薫風公演でのものですね。
偶然に私もYouTubeで「あやめ浴衣」見ました。俳優の若様、やくざ役とは、全く別人!きれい過ぎて同一人物には思えません!
歌舞伎出身の橋蔵様、流石に美しい舞姿に、ただただうっとりでした。映画もいいですが、もっと橋蔵様の日舞みたいです。
トミーマミーの日舞「君が代松竹梅」しか知らなかったので、感激です。
YouTubeのひばりさんの「汐汲」も素晴らしかったです。
このお二人の日舞に刺激されて、私も5月から日舞を習い始めました。歳のせいで、なんと覚えの悪い事!
目下「京の四季」をお稽古中!月2回のお稽古なので、いつになったら、1曲終わる事やら?
歳をとるっていやですね…
梅雨明けらしいですが、今年は猛暑らいいです。ご油断めさるな(笑)
橋蔵さんの薫風公演での舞踊"あやめ浴衣"の動画がYouTubeにアップされています。この動画がいつまで再生できるかは疑問ですが、橋蔵さんの女形の舞姿ご覧になったことのない方はどうぞ。
昔のファンの方の中には、このビデオをお持ちになっていらっしゃっる方もおいでだと思います。
私も舞台関係のビデオはいくつか持っていますが、この舞踊ものは当時の録画自体がぼけています。ここに載っているものより少しはハッキリとしていますが、画面を通して載せているのでこれが精一杯でしょう。
♦カオリ 様
「鮮血の晴着」のモノクロでの橋蔵さんは、お化粧がとてもきれいです。ここまでの美しさがでる人はざらにいないと思っています。
この作品の前の若さま侍はまだ顔も身体も痩せていて”艶”がない。私の中では、四作目にしてやっと橋蔵若さま侍ができ上がったのではと思っています。
えんぴつ1958年の「丹下左膳」は大友柳太朗さんの丹下左膳シリーズの第一作ものということもあり、豪華キャストで作られ、明るくてユーモラスに描いての娯楽編になっているのでゆったりとした気持ちで作品に向かい合うことができるのがいいですね。
✎丹下左膳といえばこけ猿の臺の争奪がお馴染みのストーリー。
今回は柳生源三郎が婿入りの品に持ち出した柳生藩の大切なこけ猿の臺をめぐり起る出来事はありますが、橋蔵さんとひばりさん共演で柳生源三郎と婚約者萩乃の出会い、そして夫婦になる経緯を司馬道場の跡目争いの話の方に力が入っていっています。意気投合した左膳と源三郎も充分に描かれていて満足いきます。
この作品では物語を進めていくうえでの役割に丹下左膳がなっていて、左膳は要所要所に顔を出すという感じですね。主役は橋蔵さんの柳生源三郎・・・ですね。当時のトミイ・マミイの人気で観客動員を狙ったのではという話もちらほら聞かれたような。
でも、この作品でファンが望んでいた橋蔵さん、ひばりさんの新婚夫婦の風景が少し感じられましたから、感謝です。
YouTube、丹下左膳堪能しています。
おなじく、昨日YouTubeで「大江戸喧嘩纏」がアップされているのを見つけて、見るのに忙しい、いそがしい、トミーマミー大好き人間には、嬉しい悲鳴です。
二つの作品共、ホントにお二人、他の相手役には見られない素敵な雰囲気をかもしだされ最高です。
喧嘩纏では屋根の上での、お雪さんと新さん、いいですよねー。
新さんの相撲取りとの喧嘩の場面の立ち廻りも迫力ありま。いつも橋蔵様にたすけられてばかりのひばりさんが、今回は命をはって、半鐘を鳴らし、橋蔵様を助ける。
ナイスファインプレー!