第43課 原因や動作の先行の表現、経験の表現
<おさらい>
知りたいことがあるんですが…
アルゴ シップン コッシ インヌンデヨ
알고 싶은 것이 있는데요.
何ですか?
ムォンデヨ?
뭔데요?
携帯番号は知っていますが住所はわからないです。
ヒュデポ’ン ポノヌン アヌンデ チュソヌン モrラヨ
휴대폰 번호는 아는데, 주소는 몰라요.
教えますね。
カルチョ’ ドゥリrケヨ
가르쳐 드릴게요.
ハングルで手紙を書きたいんです。
ハングrロ ピョ’ンチルr ッスゴ シッポヨ
한글로 편지를 쓰고 싶어요.
本当に? 待っています。
チョンマリョ? キダリrケヨ
정말요? 기가릴게요.
<原因や動作の先行の表現>
#キーフレーズ
元気が出てよかったです。
キウニ ナソ タヘンイエヨ
기운이 나서 다행이에요.
나서←縮約 나아서
#公式:原因や動作の先行の表現「~(し)て」「~くて」
・「語幹 +아서/어서」(陰陽母音型)
・~핟の場合は→「 +해서」
@椅子に座る=의자에 앉다 ウィジャエ アンタ
@飲む=마시가 マシダ
↓
椅子に座って飲む
ウィジャエ アンジャソ マショヨ
의자에 앉아서 마셔요.
約束の時間に遅れてすみません。
ヤkソk シガネ ヌジョソ ミアナmニダ
약속 시간에 늦어서 미안합니다.
<経験の表現>
#キーフレーズ
トッポッキを作ったことがありますか?
ットッポッキ マンドゥロ ポァッソヨ?
떡볶이 만들어 봤어요?
#公式:経験の表現「~(し)たことがあります」「~(し)てみました」
・「語幹+아 봤어요/어 봤어요」(陰陽母音型)
・~하다の場合は→「 +해 봣어요」
@行く=가다
行ったことがあります=가 봤어요 カ ポァッソヨ
@読む=읽다
読んだことがあります=읽어 봤어요 イルゴ ポァッソヨ
@飲む=마시다
飲んだことがあります=마셔 봤어요 マショ ポァッソヨ
@着る=입다
着たことがあります=입어 봤어요 イボ ポァッソヨ
@考える=생각하다
考えたことがあります=생각해 봤어요 センガケ ポァッソヨ
<問題>
1,遅い時間に訪ねてすみません。
@訪ねる=방문하다
ヌジュン シガネ パンムネソ ミアナmニダ
늦은 시간에 방문해서 미안합니다.
2,韓国に行ってトッポッキを食べたことがありますか?
@行く=가다
@食べる=먹다
ハングゲ ガソ ットッポキルr モゴ ポァッソヨ
한국에 가서 떡볶이를 먹어 봤어요?
<ワンポイント>
ハングルできません。
ハングンマr モッテヨ
란국말 못해요.
お酒飲めません。
スr モッテヨ
술 못해요.
歌できません。
ノレ モッテヨ
노래 못해요.
<パッチムㄹの脱落> SPOr(l)Nの法則
#理由の表現「~(だ)から」「~(な)ので」
・「語幹 +니까/으니까」
・パッチムㄹはㄹを取って「 +니까」
@回る=돌다
回るから=도니까
@遊ぶ=놀다
遊んでください=노세요
遊びます=놉니다
遊びましょうか?=놀까요?
遊ぶから=노니까
※脱落が起こるのは、次に続く子音がㅅ(s)、ㅂ(p)、ㄹ(l)、ㄴ(n)で始まる場合。
ただし、パッチムでないㄹは脱落しない。
@~しに=-러
遊ぶ=놀다
遊びに=놀러
遊びますが=노는데요
<料理に使う言葉>
食べる=먹다
飲む=마시다
噛む=씹다
飲み込む=삼키다
なめる=빨다
<フィナーレ>
サムゲタン作ったことがありますか?
サmゲタ’ン マンドゥロ ポァッソヨ?
삼게탕 만들어 봤어요?
いいえ、作ったことはありません。
アニョ、アン マンドゥロ ポァッソヨ
아뇨, 안 만들어 봐ㅛ어요.
私は作ってみましたよ。
チョヌン マンドゥロ ポァッソヨ
저는 만들어 봤어요.
忘れてしまいました。
イジョボリョッソヨ
잊어버렸어요.
今度一緒に作って食べましょうか?
다음에 같이 만들어서 먹을까요?
はい、一緒に作りましょう。
ネ、カッチ マンドゥロヨ
네,같이 만들어요.
2,子、南容を謂(い)わく、邦(くに)に道あれば廃(す)てられず、邦に道なきときも刑戮(けいりく)に免るべしと。その兄の子(こ)を以てこれに妻(めあわ)す。
先生は南容を評して言われた。「国家に正しい政治が行われているときにはきっと用いられ、正しい政治が行われていないときにも刑罰を科されることはないだろう」。そして、自分の兄の娘を南容の嫁にした。
※浩→南容は孔子の弟子で、氏は南宮、名は稻(この字の糸偏:トウ)、字(あざな)は子容、略して南容です。孔子は自分の兄の娘の夫としました。南容は、魯の有力貴族であった三家老の一つ孟孫氏の令息で身柄のしっかりした人物だったので、孔子は自分の兄の娘の婿にしても問題ないと判断したようです。自分の娘の婿には前科者とされたことのある公冶長を迎えたように、孔子は自分の娘の婿の場合には家柄や身分にこだわらなかったのです。しかし、兄の娘の婿を推薦する場合には「正義のある国で重臣となり、正義のない国でも刑罰を科されない」ような無難な人物である南容を選んだのでした。公冶長はたとえ無実の罪にしても投獄されたことがあります。その彼には孔子は自分の娘を嫁がせ、自分の兄の嫁には、南容のような貴族の息子で間違いのない人物を嫁がせています。
これに類似した体験を私は持ち合わせませんから、コメントできません。「目上」をうやまう礼儀正しさは伝わってきます。今日の日本では、年寄りはとかく軽視されがちです。中国語では、日本語の「先生 teacher」を「老師 lao3shi1」と言います。「老」という言葉にすでに“尊敬”が込められています。“老獪”というと「ずるがしこい」という意味で敬称ではないですが、年を取り徳の高い人、また物事をよく知っている人を「老先生」「父老」「古老」「故老」とも言い、経験を豊富に積んで上手なことを「老巧」「老練」「老成」「老大家」とか言います。それなら人口の高齢化が進んで賢い人が増えるなら、世の中どんどん良くなっていくはずですが、そうでもないようで残念な気がします。
第4 名詞述語文
※「~です」の「是(shì)」は不要
1)日付
今日は6月6日です。
今天六月六号。 Jīntiān liù yuè liù hào
2)曜日
明日は日曜日です。
明天星期一。 Míngtiān xīngqīyī
3)時刻
今4時14分です。
现在四点十五分。 Xiànzài sìdiǎn shíwǔ fēn
4)年齢
私は今年51歳です。
我今年五十一岁。 Wǒ jīnnián wǔshiyì suì
5)値段
これは130元です。
这个一百三十块钱。 Zhèige yìbǎi sānshí kuài qián
<否定の名詞述語文>
来週の木曜日は30日ではありません。
下个星期不是三十号。 Xiàgè xīngqī búshì sānshíhào
※否定のときは「不是」となり「是」が必要。
<名詞述語文の質問形>
「几 jǐ 」
(一桁の数をたずねるとき)
今何時?
现在几点? Xiànzài jǐdiǎn?
※「多少」duōshǎoは数に関係なくたずねられる。
これはいくらですか? 这个多少钱? Zhèige duōshǎo qián?
「多+~」
何歳ですか? 你多大了? Nǐ duō dàle?
<曜日>
月:星期一 星期一 xīngqīyī
火:星期二 星期二 xīngqī'èr
水:星期三 星期三 xīngqīsān
木:星期四 星期四 xīngqīsì
金:星期五 星期五 xīngqīwǔ
土:星期六 星期六 xīngqīliù
日:星期天/星期日 xīngqītiān/xīngqīrì
<ピンイン> j:無気音、q:有気音
鸡 jī ニワトリ、 七 qī 7、 酒 jiŭ 酒、 球 qiú、
机器 jī qì 機械、 奇迹 qíjì 奇跡、 求救 qiújiù 救助を求める
休みには親戚に会いに行きます。
假期去见亲戚。 Jiàqī qù jiàn qīnqi
<日本の食べ物>
お刺身=生鱼片 shēngyúpiàn、 サーモン=三文鱼 sānwényú、
納豆=纳豆 nàdòu、 いなりずし=油豆腐寿司 yóudòufu shòusī
大好物=非常喜欢的食品 fēicháng xǐhuan de shípǐn、
マグロ=金枪鱼 jīnqiāngyú
第五 公冶長篇
1,子、公冶長(こうやちょう)を謂わく、妻(めあわ)すべし。縲紲(るいせつ)の中(うち)に在りと雖(いえど)も、その罪に非ざるなりと。その子を以てこれに妻す。
先生(孔子)が公冶長を評して言われた。「公冶長は娘を嫁にやってもよいほどの人物である。罪人として牢獄に入れられたこともあったが、実際には無実であった」。そして、自らの娘を公冶長の嫁とした。
※浩→公冶長は姓は公冶、名は長で、魯の生まれと言われます。彼は鳥の言葉を理解して伝達するという特殊技能を持っていたようですが、その詳細については明らかではありません。ただ、ある殺人事件が起こったとき、鳥どもの言葉から、屍体のありかを知り、そのため殺人犯の嫌疑を受けたという話があります。縲紲(るいせつ)は、罪人を縛る黒色の縄のことです。孔子は無実を信じて、自分の娘を嫁がせたそうです。「孔子が、自分の信ずるところには、あくまでも勇敢である態度の1つの表れであろう」と吉川幸次郎先生は解説されています。論語の他の篇に「公冶長」の名前や事績(問答)が残っていないことから、実際には儒家として大成しなかったとも言われているようです。万事に慎重なはずの孔子が、どこか見所があると思うと、その前歴にかまわず娘を嫁がせるというのは、意外な話です。この突飛な行動が弟子たちにショックを与えたので、この条が「公冶長篇」のトップに置かれたのではないかと、貝塚茂樹先生。弟子から、温・良・恭・倹・譲と形容される孔子の性格には、こんな無鉄砲な行動をする半面もあったと、これも貝塚先生の解説です。今の世の中、いつ身近な人に裏切られるかもしれないぶっそうなことが多いです。孔子のように芯から人を信じることができればどんなに素敵なことでしょう。アドラー心理学を学んで、「信用」と「信頼」の違いを知りました。「信用」は基本的はその人を信じていなくて、何か証拠や担保があれば、それを信じるということです。「信頼」は、証拠も担保もなくても、ただ信じ切ることです。そして、「良い人間関係」の条件の中に、「相互尊敬・相互信頼」ということが含まれています。この「相互」というのは、「自分のほうから先に」ということです。なかなか実践は難しいです。
<ジョブキソ33>
#テーマ
同僚のユミの様子がいつもの違う。
「何かあったの?」とたずねるには?
(Hey) Yumi, is there anything bothering you?
Is there any way I can help?
※注意!
Hi, ... = 挨拶の言葉
Hey, ... = 相手の注意を向ける表現
@ bother = 悩ませる、気にさわる(自然の流れをブロックする)
相手が仕事をしているときなどに話しかけるには;
Sorry to bother you.
※具合が悪そうな人にどう聞く?
Are you feeling ill / sick?
#相手の応答
I'm hitting a wall about the catch phrases for this product, "Open Mask Super".
超開口マスクという商品のキャッチフレーズで壁に当たっているのよ。