心理職の資格
2002年08月12日(月)
鈴木二郎「臨床心理技術者の資格のあり方に関する研究」という文書が手元にある。ある経路から入手したのだが、別にマル秘文書でもなさそうだから、ここに引用しても問題は起こらないのじゃないかと思う。
5ページの薄っぺらい報告書なのだが、中を読むと、ただの研究報告ではなくて、心理職の資格について厚生労働省が考えをまとめるための公式研究班があるらしく、そこの平成13年度の報告書らしいことがわかる。「らしい」というのは、どうも文面だけからは、そのあたりのことがはっきりと断定できないのだ。故意に厚生労働省との関係をあいまいにするように書いてあるようにも思える。あるいは、そうではなくて、それ以前の報告書にそのあたりの記載があって、もうわかったものとして省略してあるだけなのかもしれない。
著者の鈴木二郎氏は、研究班の班長で、班員は以下のごとし。
鈴木二郎(国際医療福祉大)
東 洋(日本心理学会)
荒田 寛(日本精神保健福祉士協会)
大森秀夫(日本精神科看護技術協会
岡谷恵子(日本看護協会)
河合隼雄(日本臨床心理士会)
黒川由紀子(老年学研究所)
斉藤慶子(戸田病院)
坂野雄二(日本心身医学会)
谷野亮爾(日本精神病院協会)
樋口美佐子(全国児童相談所心理判定員協議会)
松尾宣武(慶応義塾大学)
穂積 登(東京精神科診療所協会)
三村孝一(日本精神病院協会)
宮脇 稔(全国保健医療福祉心理職能協会 )
山崎晃資(日本児童青年精神医学会)
これに、厚生労働省の課長クラスが加わり、文部科学省からオブザーバーも来ている。しかし、日本精神神経学会の代表がいないのは、どういうわけだろう。なにか経緯があるんだな。ともあれ、エラい人たちがずらっと並んでいる。
この研究班が、病院等で働く心理職のための国家資格がどうあるべきかについて議論したそうで、この文書では、その経過がきわめて簡潔に報告されている。その、きわめて簡潔な報告の中に、河合隼雄氏を名指しで、以下のような文章がある。
この国家資格をきわめて限定した領域に留めるため、医療保険施設にかかわる範囲に限定した資格とすることに同意した。これは名称独占の資格である。しかし、日本臨床心理士会の代表河合隼雄委員(平成13年度のみ出席、それまでは代理として乾吉佑氏)は、繰り返しこれに強く反対し、横断的資格を作るべきであると主張し、記録に留めることを求めた。その理由は、このような限定した資格であっても、いったん資格が出来ると、類似の資格が出来にくいということと、医療保険の分野に限定すると、後述するように医師の指示に従うことになるということである。基本的に臨床心理行為は、医行為とは別のものであるという考え方があると思われる。
河合委員(あるいは代理)は、極論すれば、臨床心理業務は医行為とは、全く別であると主張したり、(中略)いわば歪曲した認識で主張を展開された。つまり医療保健施設において、医行為と臨床心理行為が混在し、あるいは協力しあうものであるという認識ではないと思われる。しかし、精神療法(心理療法)は、少なくとも病む人を対象にすれば、明らかに医行為であり、精神科医はそれを実践しているのである。一方、精神科医は、薬物だけで治療するとか、人を見ないで病気しか見ないといった認識不足の発言があった。
精神病院からの委員からこの〔医師の〕指示の線は変えられないという強い意見があった。これにたいし、河合委員(その代理者)は、指示という文言は、絶対に受け入れられないので、記録に留めて欲しいと要望された。理由は、さきの臨床心理行為は、医行為とは全く別であるという点と臨床心理士の独自性を侵すという点にある。また医師がすべて責任を持つという考え方は、パターナリズムに基づいているが、そういう考え方は、現代の社会に合わないのではないかという指摘もされた。
わずか5ページの報告書の中に、河合氏の悪口をこれだけ書くということは、鈴木氏は河合氏のことをそうとう怒っているようだ。たしかに、河合氏と日本臨床心理士会の主張は、彼ら自身が発表している文書から読み取ってさえ、さまざまの点で、ひどく非現実的なものではあると思う。また、河合氏が、そのような非現実的な意見をこの委員会で言いつのったであろうことも理解できる。しかし、それにしても、鈴木氏は河合氏に完全に腹を立てているようで、主観的な意見というか、悪意というか、をはっきりと書かれている。公式の報告書に、こんなことを書いていいのだろうか。
事情のわからない人のためにすこし補足しておくが、河合氏らの日本臨床心理士会と、その背後にある日本心理臨床学会は、「臨床心理士」という国家資格を作ろうとしている。この資格は、以下のような特徴を持っている。
医療福祉の現場だけではなく、心理職がかかわるあらゆる現場(たとえば学校カウンセリング)で通用する。
臨床心理に関する仕事は臨床心理士の独占業務であって、他の職種のものは臨床心理に関する仕事をしてはならない。
医療福祉の現場においては、医師と心理士は対等かつ独立であって、心理士は医師の「指示」のもとに業務をおこなうのではない。
これに対し、厚生労働省は、「医療保健心理士」という資格を作ろうとしていて、それについては次のように主張する。
厚生労働省の管轄である医療と福祉の現場にだけ限定した資格を作る。
心理相談は医師や看護師もおこなうので、心理職の独占業務ではない。
医療福祉の現場においては、心理士は医師の指示のもとに業務をおこなうべきだ。
私は心理職ではないので、まあ、どっちに決まってもいいのだが、いずれにしても早く決まって欲しいと思う。国家資格がないままで働いている心理職の友人がたくさんいるが、資格がないと、さまざまの問題が起こる。たとえば、役所だと行政職採用だったりして、一般事務職に配置転換されるかもしれない。あるいは、給与表の上でも不利益があるかもしれない。あるいは、専門性を認められていないので、職場内での立場が弱い。あるいは、一定水準の技術を持っていることを保証されていなくて、ひどく質の悪い人も混じっている。などなど。
それが、こんな感情的なもつれのために、いつまでも結論が出ないでいるとしたら、それはとても困ったことだと思う。ま、この報告書のおかげで、どんなにくだらないイガみあいがおこなわれているのかが垣間見られて、それはそれで面白いのだが、しかし、面白がっていてはいけない話題なんだよ。
山に祈る
2002年08月13日(火)
10月におこなわれる日本アドラー心理学会の総会の余興でコーラスをすることになっていて、そのための楽譜を探しに、大阪駅前第二ビルにあるササヤという楽譜専門店へ行った。あまり収穫はなかったのだが、清水脩『山に祈る』(音楽之友社)という楽譜を見つけて、つい買ってしまった。学生時代に、ちょっと思い出のある曲なのだ。
この曲は、ダークダックスというクワルテットのために作られたのだと思う。朗読つきの合唱曲で、山で遭難する若者たちの物語を歌っている。歌詞が引用できるといいのだが、著作権の問題があるので、想像してもらうしかない。楽しい尾根歩きや満天の星のもとでのキャンプから、吹雪になってビバークするが、やがて力尽きて亡くなっていく。なんでも、ある大学の山岳会が遭難して、そのときの遭難者が残したメモ帳をもとに詩が書かれているとか。そのためか、妙にリアルなのだ。
大学の2回生のときだと思うが、指揮者がこの曲をとりあげた。私は、山で死ぬ曲を歌うのがいやで、ステージには出ないですむようにお願いして、かわりに照明係をした。登山をしない人にはただのおとぎ話かもしれないが、実際に山に登る者としては、つらすぎるのだ。舞台の上で泣いてしまう。
そういうわけで、この曲を歌ったことがない。しかし、山に登るとき、その一部を歌っている自分に気がつくことがある。曲そのものが嫌いというわけじゃないんだ。古臭い音楽なんだけどね。
Q
中3男子。塾に通っているが勉強するのは塾だけで、家では試験前以外は勉強やろうとしない。パソコン、漫画にはまっていて、ずっとどちらかをやり続ける。「勉強しなさい」と言っても、「わかった」と言って一向にやらない。結局何回も言ってしまい、最後「うるさい」と言ってキレる。行きたい高校も自分で何やりたいかもわからない。何かを自分でやりたいと決めて、少しでも勉強してほしいのですが…
A
僕もこんな子でした。家であんまり勉強しろって親じゃなかったんですよ。父親は、「家で勉強してまで行くような学校へ行かなくていい」って。「学校で聞いたことだけで行ける学校へ行け」って。そうでないとあとで苦しい思いをするから、カサ上げして行ったってしょうがないって主義者で、「家ではお父さんと一緒にいっぱいおしゃべりをしろ」と。母親はあまり子どものそういう面、生活面はいっぱい教えてくれたけど、「お勉強面は私わかんないから」って。「勉強しろしろ」とうるさく言ってもしょうがないですよ。あんまり家で 勉強しろって言われなかったからしなかったんです、実際。今でもそう思います。子どもにあんまり高下駄履かせていくとね、大学行ってから困るんですよ。このごろ、大学用の塾ができましてね、だんだんついて行けない子が出てきたから。大学行ったら困る。大学行くなら。いつか困ります。もしも大学行っても困らなかったら、今度は会社へ勤めたら困ります。だから、あんまり分不相応に勉強させないほうがいいです。塾行ってれば多分充分です。だから基本的に、そんなにうるさく言わないでおこうと思ってくださいな。で、「高校を選びなさい」と言うのは、凄いナンセンスな問いかけだと思う。だって、高校っていうのは多分手段であって目的ではないから。人生の目標は、社会でどんな仕事をするかなんですよ。僕たちが共同体に貢献するって何かというと、僕はこうやって精神医学とか心理学とかをお勉強したことをそれなりに理解して、社会に還元していると思います。道路工事しているおじさんは、学校で体操一生懸命やったか何かで体強くなって、毎日道を掘り返して社会に貢献していると思います。国会議員さんは方々からお金を集める才能があって、それで社会に貢献していると思います。弁護士さんは、嘘をほんとと言いくるめる力を使って社会に貢献していると思います。みんな何かの形で力を出し合って、社会が動くように助け合っているわけね。そこへ子どもたちが入っていかないといけないです。僕は、子どもは粘土だって言うんです。粘土っていうのは使い道がないんです。でも、お皿になったり瓦になったりお茶碗になったり花瓶になったりすると、使い道があるんですよ。それが学校教育というものの力ですね。そこから、「大人になったらあなたはどうするの?」と聞かれたら、急に決められないけど考え始めるじゃないですか。そのために例えば高校へ行くことが大事かどうか、大学へ行くことが大事かどうか、資格取ることが大事かどうか、だんだん考えることができるので、一番最後を決めないで「どの高校へ行くの?」はむごい。わかんない。「友だちが行くとこへ行く」くらいの答えしか出てこないんですよ。大人になるって何かというと、世のため人のために役に立つ人になるという意味なんです。どういう形で貢献するかは、話し合って決めようね、なんです。そのために学校が必要ないんだったら、学校行かなくていいんです。中学出てする仕事ならそれはそれでOKです。高校出てすぐする仕事ならそれはそれでOKです。だから「最後」を決めてほしい。(野田俊作)
盆踊り
2002年08月09日(金)
スタッフと飲みに行って、いい機嫌で帰路につき、いつも降りる駅のひとつ前の駅で降りた。古書店があるので、いい本が入っているかもしれないと思ったのだ。しかし、たいしたものはなくて、そのまま一駅歩いて帰ることにした。途中にある公園で盆踊りをしていた。河内音頭の「駒形茂兵衛」の「口説き」みたいだ。「一本刀土俵入」というほうがわかるかもしれない。「口説き」というのは、物語になっている歌だ。
こういう音楽は、もう通じなくなっているんじゃないか。若い人は、なんのことかわからないだろう。私の世代の人々だって、よくわからないかもしれない。私の場合は、祖母が芝居好きで、歌舞伎だの新国劇だの松竹新喜劇だのをしょっちゅう見にいっていて、ときどき子どもだった私を連れていったものだから、それで知っている。しかし、そういうことのない人は、国定忠治くらいはわかっても、駒形茂兵衛になるとわからないかもしれない。
そのむかし、映画もなくテレビもなかった時代、人々は盆踊りで口説きを聞くのを待ち望んでいたと思う。とてつもなく贅沢な娯楽だったんだろう。時代が変わって、もうだれも口説きを待っていない。けれど、歌だけはそのまま残って、聴衆と遊離したところで歌われている。つまり、河内音頭も古典芸能化したということだ。
しかし、どうして駒形茂兵衛なんだろう。セリフの部分が、大阪弁じゃ締まらないので、標準語的ヤクザ言葉だ。あれじゃ、河内音頭じゃなくて、八木節の口説きみたいだ。次弟が、どこで習ったのか、「八尾の浅吉」(これも勝新太郎「悪名」というほうが通りがいいか)の口説きの一節を歌えたりするのだが、あれだと河内弁丸出しなので、いかにも河内音頭らしいのだが。まあ、それにしても、誰も待ち望んでいないのだが。
もう一世代すると、河内音頭の口説きで盆踊りをすることはなくなって、土地とは何のゆかりもない東京音頭かなにか、あるいは歌謡曲かな、そういうもので踊るようになるのだろう。いや、そもそも、盆踊りそのものが消滅するのかもしれない。まあ、それはそれでいいのだろう。もともと盆踊りは念仏踊りで、死者との交感のための霊降し・霊送りの踊りだったのだと思うが、やがて宗教性を失って娯楽となり、そしていまは娯楽性を失ってたんなる惰性になっている。いつまでも続けるのは、町内会の負担が大きいだけのことで、あまり意味がないのかもしれない。そうでもないのかな。盆踊りで恋が生まれたりなんて、いまでもするんだろうか。
メリー・ウィドウ
2002年08月10日(土)
『メリー・ウィドウ』のDVDを見た。ジュネーブ大歌劇場で、アルマン・ジョルダンが指揮し、アンヌ・ホーウェルが未亡人ミシア・パリミエリ夫人(原作ではハンナ・グラヴァリ夫人だが、この上映では名前が変わっている。フランス語での上演なので、ドイツ語からの翻訳時に名前を変えたのだそうだ。オペレッタってこういうもので、適当なんだ)、ミカエル・メルビが相手役ダニロ伯爵をやっている。むかし、1982年に、ウィーンで開催された国際アドラー心理学会に参加したことがあって、このオペレッタを見にいった。そのときのことが、なつかしく思い出された。
話はとてもバカげている。舞台はパリ。ミシアは東欧の小国マルソヴィ(原作ではポンテヴェドロという国だが、これまた名前が変わっている)の大金持ちと結婚したが、夫はすぐに死んでしまって、莫大な財産を相続した。マルソヴィは財政状態が悪いので、ミシアを他国の男性と結婚させたくない。財産が国外に持ち出されてしまうからだ。そこで、公使ポポフは、部下の外交官ダニロに、ミシアに結婚を申し込むように強制する。ダニロはミシアのことを愛しているのだが、財産目当てだと思われるのがいやで、けっして「愛している」とは口に出さない。ミシアもダニロを愛しているのだが、ダニロが「愛している」と言わないので、どうしようもない。そこから恋の駆け引きが3幕も続いて、最後はお定まりのハッピーエンドだ。
オペラであれオペレッタであれ、大切なのは音楽であってストーリーではない。『メリー・ウィドウ』はウィンナ・ワルツでいっぱいだ。ヨハン・シュトラウスよりも一世代後の、19世紀末から20世紀初頭の、爛熟し退廃したウィーンの香りがする。おそろしく耳につく音楽だ。見終わってからもずっと耳の中で鳴っていて、うるさくて仕方がなかった。家族がテレビをつけて、他の音楽が聞こえて、はじめて消えていった。
Q
お話を聞いて、「止まる」「落ち着く」は何となくできる気がしますが、「考える」の点で、何を求めているのか、所属することを求めているのか考えるのが難しい気がいたします(野田→もちろんです)。つい先日ですが、息子に髪を切ることでつい感情的になってしまいました。今まで私が切っていましたが、年頃ですのでそろそろイヤかなということもあって、3つの選択を言ったのですが、返事が返ってこず、「僕は4番」と言われて困りました。私としては、新学期が始まるまでにという思いと、その日が私の仕事や用事の都合もあって聞いたのですが、何が気に入らなかったのかわからず、少しいらついた質問だったようにも感じます。何に所属したいのかを考えるヒントってありますか?いまだに何を所属したがっているのか見当がつきません。結論は、弟を切っていると寄ってきて「僕も切って」と言ってきたので、結果オーライでした。
A
これは勝ち負けですよ。両方がイライラしてたなら。お母さんの言うとおりしたら負けだと思った。だから、「ごめんね、言い方が悪かった。ちょっと落ち着いてからもう1回考えよう」と言って、引き下がったほうがいいと思う。(野田俊作)
エピソード2
2002年07月25日(木)
『スターウォーズ・エピソード2』を見てきた。見にいくというと、まま娘に「ええ、あんな映画も行くの?」と言われた。「あんな映画って?」と聞くと、「もっとマイナーな映画しか行かないんだと思っていた」だって。たしかにそうで、ハリウッド映画はあまり見ない。でもまあ、たまにはいいじゃないか。
結論から言うと、『エピソード1』を見ていないとストーリーが追えない。帰りがけに、『エピソード1』のDVDを買いましたよ。家電量販店系列のCDショップで、ポイントカードの点数だけで買えたので、現金は出しませんでしたがね。『エピソード1』を見てから思い出すと、なかなか味わいが深い映画であることがわかった。
ヒューマノイドというか、動物みたいで人間みたいなのの動きが、いかにもアメリカンなのがおかしい。英語もアメリカの下層階級の英語だし。人間は、言葉も動作もあまりアメリカンじゃなくて、ブリティッシュな感じなんだけれど。
機械たちは、あまり新味がない。このシリーズの最初のころは、さまざまの乗り物に感動したのだけれど、今はスピルバーグはヒューマノイドの動きのほうに興味があるみたいだ。
星はいくつかなあ。5つ☆満点で3つないかもしれない。
リカバリ
2002年07月26日(金)
東京に来ている。東京のオフィスのパソコンの調子が悪くなっていて、あれこれ触ってみたがどうにもならない雰囲気なので、リカバリすることにした。ハードディスクをフォーマットしてから気がついたのだが、メールをコピーしていない。マイドキュメントはバックアップをとったのだが、メールはマイドキュメント内にないのだ。気がついたときにはもう手遅れ。と思っていたら、スタッフが言うには、メールサーバー上に1ヶ月は保存するようにしてあるんだって。よかった。しかし、受信メールはそれでいいが、送信済みメールはどうしようもないな。ま、それはそれでいいだろう。
しかし、使っているうちにだんだん不安定になって、結局システムを入れなおすしか仕方がなくなるという現状は、いつまで続くのだろうか。一度入れたら永久に使えるような安定したシステムはできないのか。
カラオケ
2002年07月27日(土)
仕事が終わってからスタッフや友人たちと食事に行って、インド料理をしこたま食べて、みんな満腹してしまった。終わって出るとまだ午後8時だ。「もっと遊ぼうよ」という人がいたが、喫茶店に行ってコーヒーを飲むこともできないほど満腹だ。だれ言うともなく「カラオケ」ということになった。おい、ちょっとマズいぜ、それは。
日暮里駅の前のカラオケボックスに入った。11人の大所帯だ。これだけ多ければ、私の出番は回ってこないだろう、と思っていたら、勝手に私が歌う歌を次々と予約する人たちがいる。し、しかし、「さだまさし」はマズいぜ。「イムジン川」もどうかと思う。まして、「なかのし~まブルースよ~」なんて、どうしようもない。演歌は嫌いなんだよ、私は。
2時間そこにいた。声が枯れてしまった。明日は熊本へ飛んで講演だよ。声が出なかったらどうするんだ。のど飴を買ってホテルに入った。読者のみなさん、お願いだから私をカラオケに誘わないでね。
カラオケその後
2002年07月28日(日)
カラオケで咽喉を痛めたので、のど飴をなめてから眠ったが、起床時にはまだ咽喉の具合はよくなかった。羽田空港で別の種類の、メントールが強烈に効いているのど飴を買って、それをなめていたら、次第にマシになった。10時ごろ熊本空港に着き、午後1時から講演だったが、講演開始時にはすっかり普通の声になっていた。よかった。上々颱風の歌がいけなかったんだな。次回から気をつけよう。おっと、もうカラオケは行かないんだった。
今日の講演が終わると夏休みだ。火曜日から太平洋の真ん中にあるポナペ島へダイビングに行く。6日に帰ってきて、お盆すぎまで比較的のんびりとすごせる。もっとも、頼まれている原稿が3本もあるので、遊びほうけているわけにもいかないのだが。
ともあれ、講演終了後、6時から宴会になった。熊本市の中心部にある『一の倉庫』という、土蔵を改造した洒落た多国籍料理店で、おいしいものをたらふくいただいた。終わったら8時だったのだが、カラオケに連れていかれないように、そうそうにホテルに入った。そのまま眠ってしまい、午後11時半頃に目が覚めた。メールで追いかけてきた日本アドラー心理学会のニュースレターの原稿の訂正をしたり、その他、野暮な仕事をいくつかした。明日は早起きして大阪に帰る。