Q
アドラー心理学を勉強して、まだ少しですが、何からどんなことから始めたらいいのか教えてください。PASSAGEで学びましたが、継続できないので、1つ1つ消化していきたいのですが、なかなかできない。
A
PASSAGEの1章と2章は、今までの悪いクセを消す側なんです。だから1章と2章を真面目に受けると、とっても苦しいんです。それまでやってきたことを全部No!って言われるから。2章の終わりから「話を聞く」という章が始まります。あれ、凄い基本なんです。だからもしも2章の終わりと3章の初めに出てくる「相手の話を聞く」というのができていないんだったら、それをしてほしい。「今日は話を聞こう」って毎朝決めてほしい。「家でも話を聞こう」「会社でも話を聞こう」と思ってほしい。話を聞くには10ほどコツがあって、10もなかったかな?それを1個決める。「今日はちゃんと相手のほうを向いてちゃんと聞こう」ってとか。それができれば、「今日は相づちを打つことにきめてやろう」とか、“一点豪華主義”なんですよ。一点突破でそれをマスターしたら次の段階をやります。PASSAGEは8週間ですが、8週間であれだけの内容をマスターするには凄い短い時間なんです。ざあーっと最後までやっちゃいまして、できたかというとできないんですよ。だから、凄い高い金を払いましたので、あのテキストの最初へ戻って、2章の終わりくらいから、「今日はこのページを実践しよう」って、「このページのこの項目を実践しよう」って、1個1個やっていくことね。そうすると充分お金の払いごたえがあります。いっぺんに上手になろうとか、理屈だけわかろうとか思わないで、1項目ずつやる。(野田俊作)
移行対象
2002年07月22日(月)
パートナーさんはネコを2匹率いている。1匹はアビシニアン種、1匹はスコティッシュ・フォールド種で、どちらも血統書つきだ。名前は、アビシニアン種のほうがシャクティ、スコティッシュ・フォールド種の方がラクシュミだ。ほんとうは、メインクーン種のサラスワティもいるはずなのだが、実際にはいない。私としては、サラスワティを味方につけようと思っているのだが、パートナーさんやその家族は、2匹で十分だと言う。
シャクティは、パートナーさんの胸部をモミモミする習性がある。母親の乳房をモミモミして、脳下垂体から乳腺刺激ホルモンを分泌させて乳汁を分泌させるという習性がネコにはあって、それが終生続くのだそうだ。そういう意味では、ネコは幼形成熟なんだ。イワナやアマゴなどと同じだね。
最近、シャクティは、パートナーさんの胸部だけではなくて、クッションをもモミモミするようになった。フロイト派の人が見たら喜ぶだろう。移行対象(transient object)だって。移行対象というのは、幼児が母親から離れる過程で、毛布や人形を母親の代理にして愛撫することを言う。それが自立への必須のプロセスだと、フロイト派の人々は言う。しかし、シャクティが自立するなんて、考えられない。ネコの自立っていったいなんなんだ。
要するに、人間の移行対象と、ネコのクッションをモミモミする行動とは、同じものだと言いたいのだ。事後的な説明はなんとでも言える。自立へのプロセスだという説明には、根拠がなにもない。きっと、遺伝子にこういう行動が書かれているのだろう。それは自立とはなんの関係もないのかもしれない。
それはさておき、ネコの行動は、ほとんど遺伝子で決まっているように見える。ラクシュミにはモミモミ行動はない。シャクティはトイレの砂をうまくかけることができず、床をむなしく掻いているが、ラクシュミはちゃんと便に砂をかける。ラクシュミは立ち上がってミーアキャット風のポーズをとるが、シャクティはそういう姿勢はしない。などなど、さまざまの行動習性の違いがあるが、学習によって習得したものとは到底思えない。遺伝的なものだろう。そういうことを面白がって見ている。
喉元すぎれば
2002年07月23日(火)
身体の痛みはほとんどよくなって、階段も下りることができるようになった。尾てい骨が痛いが、動くには支障がない。痛い間は、「もう年だから、沢も終わりかなあ。すくなくとも、滝つぼに入って冷えるってのはよくないな。水量の少ない沢にしようかな」などと、意気地のないことを考えてしまった。しかし、痛みが去っていくと、「次もたっぷり泳いでやるぞ」という気になってしまう。次回は8月中旬なのだが、泳ぎの多い沢へ行くぞと、仲間に宣言してしまった。病気だね。
構造は接近回避葛藤で、沢の美しさという快感を与える因子(好子)と、怖さや冷たさや痛みという不快感を与える因子(嫌子)があって、まずいことに、嫌子が大きい沢ほど好子も大きい。つまり、冷たい目にあう沢は、風景が美しい。そりゃそうですよ、水量が多くて、豪快なんだ。沢登りが終わった直後は、もう好子はないのに嫌子だけが残っているので、消極的になる。ところが、痛みがなくなってくると、好子の思い出が勝って、次回も、たとえ嫌子が大きくても好子の大きい沢へ行こうと思うようになる。つまり、水量が多くて泳がなければならないが、風景の美しい沢へ行くことになる。
このような感じかたが人間一般に普遍的だとは思わない。嫌子が大きいなら、いくら好子が大きくても、そのような状況へは行かないでおこうと思うタイプの人も確かにいる。罰感受性が高いというべきかな。そういう人は、はじめから沢などへ行かない。私などは賞感受性が高いらしくて、どんなにひどい目にあっても、快感を得たいのだ。つまり腕白なんだな。
行動主義者風に厳密に言うと、「快感を与える因子が好子で、不快感を与える因子が嫌子」というのは不正確な表現だ。好子というのは、生体がそれを増やす方向に行動するような環境からの応答であり、嫌子というのは、生体がそれを減らす方向に行動するような環境からの応答だ、というのが正確な定義なんだと思う。
なかには、怖いだの冷たいだの痛いだのを好むタイプの人がいる。沢屋にはめったにいないんじゃないかと思うが、登山家には多いかもしれない。そういうときには、怖いだの冷たいだの痛いは、不快感を与えるが、嫌子ではない。だって、できるだけ怖くて冷たくて痛い方向に行動するのだから、好子なんだ。普通の言葉で言うと、苦行主義者とも言えるし、マゾヒストとも言える。私はそんなに禁欲的じゃないので、後で痛くなくて美しいのがいいなと思っている。
ポートレート
2002年07月24日(水)
私のポートレートを、日本アドラー心理学会のある講演会のポスターに使うというので、ポートレート写真が上手なスタッフに撮ってもらうことにした。このクソ暑いのに、スーツを着て出勤した。オフィスの中は光量が足りないというので、近所のレストランへ行って撮影した。もうひとりのスタッフにも一緒に行ってもらって、あれこれ雑談をしているところを撮ってもらう。以前にも、雑誌に載るので2度ほどポートレートを撮られたことがあるが、撮られるほうもなかなか難しい。どうしてもカメラを意識してしまう。夢中になれるような話だといいのだが、無理やり話をしているだけなので、心に変にゆとりがあるのだ。きっと出来はそんなによくないと思う。もう一度、スーツを着て出勤しないといけないかもしれない。
Q
5歳男の子と4歳女の子。毎朝「着替えさせて」と言います。お着替えについて話し合い、子どもに聞いてみたところ、5歳の子は「自分で着替える。でもしんどいときは手伝って」と言いました。4歳の子は「お母さんがして。お母さんが大好きなの」と言いました。次の朝、5歳の子は「お母さん、しんどいからお母さんして」と言いました。1年間毎日しんどかった。それが続きます。まだそういう年齢かな?小学生になったら自分でするようになるかな?と思いますが、甘やかしかなとも思います。甘やかしでしょうか?
A
はい、甘やかしです。子どもが自分で着替えができるということを、子ども自身が誇りに思えるようにしないといけない。また、子どもが自分で着替えることを、親が誇りに思わないといけないと思う。だから、自分で着替えられた日のほうに注目して、自分で着替えられない日のほうに注目すべきじゃないんですよ。だから、たまたま自分で着替えられた日に、「わっ、自分で着替えられたんだ」って言ってあげないといけないんですよ。凄く大きな声で「お兄ちゃん、自分で着替えられるんだ」と言ってあげると、妹は「クソー、着替えてやる!」と思うじゃない。「なーんだ、あなたも自分で着替えられるんだ」って言ったら、自分で着替えるでしょう。成熟していくことを誇りに思ってほしいんです。着替えができるとか、食事の後片づけができるとか、宿題をちゃんと自分で管理してできるということを、子ども自身が誇りに思ってほしいんですよ。デューティーdutyを不承不承やるという図式から抜けてほしいの。今の世の中って、自立のための行動、着替えから始まって大学受験から就職まで、いやなことを自由を拘束されながら、憂き世の義理でしょうがないからやるという文脈を最初から作っちゃっていて、で、話をするからみんないやなんです。でも、自分の人生を自分でマネージできるというのは凄い誇るべきことだし、喜ばしいことじゃないですか。だからそっちの側から話を組み立ててほしいんです。(野田俊作)
秘境
2002年07月18日(木)
奈良県南部の大峰山系は、山伏の行場である山上ヶ岳や「日本百名山」に指定されてしまった弥山などを除くと、秘境といってよい環境である。最高峰でも2000メートルほどで、森林限界よりも低く尾根がブナ林なので、西洋風のアルピニズムが好きな人たちには物足りない。一方、アプローチが長い上に、尾根道が平坦でなく、日曜日に山歩きにでも行こうかという人にはちょっと険しすぎる。その結果、入る人が少なく、原始の自然がよく残されている。
山も秘境だが、沢はもっと秘境だ。無数の美しい渓谷があるが、そのなかでも、今回アプローチした十津川村旭ノ川本流は圧巻だった。両岸が数百メートルの切り立った崖の間を流れており、したがって岸がほとんどなくて、淵を泳ぐ覚悟をしないと遡行できない。滝があっても、滝つぼを泳いでとりつくか、あるいはものすごい大高巻き(脇の山に入って滝の上部に出ること)を覚悟しないといけない。
あまり大きな滝がないためか、これまでに遡行した人がほとんどいないので、高巻きをしても踏み跡がない。これはとても恐ろしいことなんだよ。崖の淵をヘツっていくと、何十メートルも下に渦巻く滝つぼが見える。あそこへ落ちるとひとたまりもない。歩いた人がいないので、足元がもろい。さいわい、誰も死なずに帰ってきたが。文字通り「イバラの道」で、あちこち傷だらけになった。
遡行困難な滝に出くわしたので、そこで引き返すことにした。帰りは、高巻きをした場所はすべて滝つぼに飛び込んで泳いだ。崖の途中から垂直の壁を、ロープを使って「懸垂下降」ということをして河原に下りたのだが、降りることはできても登ることはできない。だから泳ぐしかないのだ。激流の中を流されるのは快感なのだが、とにかく冷たい。あがったら、すぐに歩き出さないと、震えがとまらない。しばらく歩くと温まってくるが、また次の滝つぼだ。どれだけ泳いだか思い出せない。
ある滝つぼで、先に行った人たちが、逆流に巻き込まれて進めなくなり、脇の崖にへばりついたまま立ち往生してしまった。ダイビングのフィンを買い換えた話を以前に書いたが(03/25)、ザックに入るように短く切って持ってきた。捨ててしまうのもかわいそうだし、なんとか使ってやりたかったのだ。私は最後尾にいたのだが、マスクとスノーケルとフィンをつけてさっそうとレスキューに向かった。たいしたもんだね、フィンさえつければ、少々の流れなど平気だ。みんなに順番にロープを渡し、先に向こう岸に上がってひっぱった。「フィンを持っていく」というと笑っている人がいたが、持ってきてよかった。捨てられそうになったフィンの魂が、「まだまだ役に立ちますよ」とアピールしたのかもしれない。
朝6時にキャンプ地を発って、午後5時まで、たっぷり楽しんできた。帰りはもうくたくたで、腰は痛いわ太ももは痛いわで、運転が大変だった。温泉に入ると、全身の擦り傷がしみた。当分半袖シャツは着れないな。
空想と現実
2002年07月19日(金)
からだ中の筋肉が痛い。特に左の太ももが痛くて、階段を下れない。登るほうはなんとか登れるが、下るとき、左足一本で体重を支えられない。出勤のとき、いつも降りる地下鉄御堂筋線「西中島南方」駅だと長い下り階段があるので、次の「新大阪」駅まで乗った。そちらだと、エレベータやエスカレータで、階段を下らなくてすむ。帰宅時も、いつも降りる駅は陸橋があるので、別の駅から歩いた。水平に歩くのはなんとか歩ける。
冷えたためか、坐骨神経も痛いし、腰も少し痛い。椅子に座るのも立つのも気合がいる。正座はまったくできない。地面に置いたものが拾えない。和式トイレは駄目だと思う。さいわい、自宅は洋式だ。
痛みだけではない。腕と脚が擦り傷と切り傷でいっぱいだ。長袖シャツを着ないと、人々が不審に思うほどだ(笑:SMしたと思われそうだから?)。下半身は半ズボンは履かないのでいいのだがね。一緒に行った女性は、「当分、短いスカートは履けないわ」と言っていた。
「そんなことまでして沢に行くのはどうしてですか?」と、何人かの人に尋ねられた。それは、沢には「現実」があるからだ。都会は、養老孟司氏風に言うと、「人間の脳の産物」だ。「脳の産物」という点では、幻覚や妄想と同じものだ。純粋な現実ではない。しかし、沢は人間が作ったものではない。そこには、文字どおりの意味での、リアリティがある。逆に言うと、都会の暮らしにはリアリティがない。
沢から町に帰るとき、憂鬱になる。快感があって、醒めるとき憂鬱になる薬物は、中毒になる。そういうわけで、しっかりと依存症になっている。しかし、あと数年のことだろう。これだけ身体にこたえると、「この痛みもまたリアリティだ」と思っても、やはり考えてしまう。
空想と現実(2)
2002年07月20日(土)
沢は現実だと書いた。じゃあ、山はどうなのか。山はそれほど現実じゃない。なぜなら、山には道があるから。道というのは人間が作ったものだ。人間が作った道に頼らないと行けない山は、やはり脳の産物であって、なまの現実ではない。むかしは私も登山をしていた、というか、沢登りというものを知らなかった。沢登りを知ってから、登山はいくらか嘘臭い遊びになってしまった。沢登りの季節が終わると山にも行くが、それは沢に登れないための代替行為であって、山がいちばん好きなわけではない。
じゃあ、海はどうなのか。海には道はない。ないけれど、ダイビングに関していえば、ものすごい装置をつけないと潜れない。その装置は脳の産物だ。だから、ダイビングは脳の産物だ。もっとも、脳の産物だからいけないと言っているわけではない。脳の産物には脳の産物の味があって、それはそれで楽しいのだ。しかし、やはりどこかバーチャル・リアリティなのだ。ダイビングに行って、美しい珊瑚や魚を見ていると、とても楽しいのだけれど、ナマに触れあっている感じがしない。素潜りだとずいぶん自然なのだが、一瞬しかリアリティと触れあえない。沢のように、一日中その中にいるというわけにはいかない。
なぜそんなにリアリティがほしいのか。さあ、なぜなんだろうね。生きている実感があるからかな。感覚器官の外側にあるものが、人の手を経ていない「本物」だという感じ、そして、それを見ている私も「本物」だという感じ。これは、経験を共有しない人には説明できないことがらだ。
金沢に来ている。来るまでが大変だった。特急列車の2時間半、腰は痛いわお尻は痛いわ、同じ姿勢でいると痛いので、姿勢を変えようとすると、別の場所が痛い。そうしてようやく金沢に着いた。ところがなんと、金沢駅には、下りのエスカレータがない。階段は一歩ずつしか降りることができない。右足で支えて左足を下ろし、同じ段に右足を下ろし、右足で支えて左足を下ろし、の繰り返しだ。それも手すりをもっていないとできない。体裁が悪いので、一緒に降りた客が階段を下りてしまってから、一人で下りていった。老人の気持ちがよくわかって勉強になった。
講義をしている間はよかった。終了後、焼肉屋さんに連れていってもらったのだが、そこが畳の間なのだ。正座ができない。座布団を何枚も折りたたんで敷いて、馬乗りになってすごした。リアリティを感じるための税金だと思うと、高くはない。明日は大阪に帰るのだが、列車の中でまたたっぷりとリアリティを感じることができるだろう。
臨時列車
2002年07月21日(日)
金沢から大阪へ帰るのに、臨時特急『信州』というのに乗った。いつも乗る特急『サンダーバード』は、禁煙席があいていなかったのだ。予定時刻より30分以上遅れて着いた列車は、長野の山から帰る人々でいっぱいだった。ちょっと臭うぜ。汽車に乗る前に風呂に入っておけよな。いや、風呂には入ったが、同じものを着ているのかもしれない。こんな列車、とるんじゃなかったな。臭いだけじゃなくて、車両は古くて椅子は座り心地が悪いし。
山屋さん(登山家)たちを見ていて、「みんな、こんな季節に山に登るんだ。ご苦労さまなことだ」と、ヤクザな沢屋は思うのであった。だって、暑いじゃないか。山は10月からだよ。渓流釣りが禁漁になるまでは沢だぜ。沢は涼しいぜ。もっとも、沢登り人口は増えてほしくない。沢が、日本アルプスみたいに、人でいっぱいになったら大変だ。すごいエゴイズムだね。
新大阪駅で降りたら、山屋さんたちがたくさん降りてきた。荷物を見ていると、沢屋とは違うなと思う。多くの人がステッキを持っている。ステッキは沢では使い道がない。一方、ヘルメットを持っている人はいないし、ロープもガチャもの(金属製のもの。ハーケンとかカラビナとか)も、ぜったいに忘れてはいけない釣竿も、ザックの中に入っていないみたいだ。テントを持っている人が多いが、この季節には沢屋はテントを使わないで河原にゴロ寝する。だって、テントはどんなに軽くても2キロある。2キロもあれば、酒が一升もてるじゃないか。沢屋は、体重を減らしてでも、その分酒をかつぐ。一方、山屋さんたちは飲まない。飲まないだけじゃなくて、焚火もしない。沢登りで焚火をしないのなら、なんのために沢にいくのかわからない。拝火教徒なんだよ。
登山と沢登りは、ある時期に道を分かった。今でも登山家たちは岩登りの訓練に沢登りをする。しかし、沢屋は、なにかの訓練のために沢登りをしているわけではない。だから、岩登りにはこだわっていないので、先日の沢のように、泳ぎを優先するかもしれない。頂上まで行く必要はないので、いやになれば引き返すかもしれない。もし尾根まで登りつめても、山頂へいく気はなくて、向こう側の沢に下りる。ものすごくわがままなんだ。いつしか登山とはまるで違うスポーツになってしまった。登山家たちは禁欲的だと思う。沢屋は貪欲なんだ。
ともあれ、山屋さんたちは夏山に出かけるんだ。ご苦労さまなことだ。
Q
子どもが幼く経験などが少ない場合、問いかけをしても子どもがうまく答えを見つけられないときどうすればいいでしょう?親が教えるというのは大人が決めるということになるのではないですか?やはり最初は「教える」が先に立つのでしょうか?
A
先ほど、「お父さんの意見を聞いてみる気はありますか?」と言いました。たいていの場合子どもは「ありません」と言います。それはとても結構だと思います。で、「どうします?」と言うと、「もう少し考える」と言います。「じゃあもうちょっと考えますけど、1人で考えるかこうやってお話ながら考えますか」と言うと、多くの場合「お話しながら考える」と言います。これ成功だと思います。アドラー心理学の目標はこれなんです。僕たちとお話しするほうが自分1人で考えるよりも、子どもが考えやすいような対話の仕方を学びたい。お父さんやお母さんと話していると、なんか頭がだんだん変になって考えられなくなるという対話の仕方をやめたい。われわれの仕事、心理療法家の仕事というのは、まさにそうなんです。グジャグジャしている頭をお話している中で整理していってもらいたいわけね。僕たちが具体的に「ああしなさい、こうしなさい」という助言は滅多にあげないんですよ。向こうが「どうしましょう?」と言ったら、「私の意見聞きたいですか?」って言って、「じゃあ言います」っていうことはあるけど、こっちから「それいけません。こうなさったら」って言わないです。そうじゃなくて、お話していく中で、いけないことには自分で気がついてくれるだろう。もちろん小さい子どもは答えを知りません。けれども、多くの子どもは、話をする中で気がついていくと思います、経験上。ちょっと手間はかかりますけど。時間がかかります。気がつかないときに、子どもが「自分じゃわかんない」と言ったときに、「じゃあ、お母さんの意見言っていい?」って言って、そのときに「こうしてみたら?」と言えるお母さんは立派だと思う。たいてい言えないんです。例えば、「なかなか成績が上がらなくてどうしよう」って話になって、僕ら、最終的に「こうしてみたら」というアイディはあまりないんですよ。「お勉強時間延ばしてみたら?」くらいのアイディアしかないんですよ。そんなのくだらないアイディアでしょう。もっと楽して稼ぎたい、できたら。「学校でしっかり聞いてくる」のほうが、ずっと賢いんですよ。でも、学校でしっかり聞いてくるというのを、僕たちが「学校でしっかり聞いてきなさい」と言うよりも、子どもが自分で、「ああ、学校でしっかり聞いてこよう」と言ってくれるほうがいいじゃないですか。きっと実行するから。僕はお医者さんで心療内科のお医者さんを週1回だけやってるんですが、内科の患者さんが結構来るんです。その患者さんたちに、例えば、よそのお医者さんで狭心症だと言われて、まあ内科の先生に言われて一応落ち着いたんだけど、なんか「内科の先生は全然話を聞いてくれなくて、『血圧計ってお薬飲んでなさい』と言ってくれるだけで凄い不安なんですよ」と言って来るわけ。心療内科だと内科も診てくれるしお話も聞いてくれるかなと思って」と言う。で、最初に「あなた、狭心症について何を知ってますか?」と聞きます。そしたら、大体知ってるんです。「もう少し私の知っていることがあるんですけど、それについて説明してもよろしいですか?」って聞くと、「説明してください」と言うんです。それをね、「あなたはどんなことは知っていますか?」とか、「もう少し説明してもよろしいですか?」をすっ飛ばして、「あ、狭心症ですか。狭心症はね…」と最初から説明し始めると、聞いてないんです、患者さんは。でも、「あなたはどんなことを知ってますか?」言って、「残りの部分は私の説明を聞いてみる気はありますか?」と聞いてみて、「聞いてみます」と言ったら聞いてるんです。子どもも一緒なんですよ。「なんか成績悪いんだー」と言ったら、「どんな工夫をしようと思ってますか?」と聞いてみて、「じゃあもうちょっとなんかない?」と聞いて、それから「ちょっと考えたんだけど、言ってもいい?」「うん、聞く」って言ってから、「例えば学校の授業時間はどうしている?」「ああ、授業時間はわりとボーッとしている」と子どもが気がついて、「やっぱりあのとき聞いといたほうがいいよね。家で勉強するよか先生の話をちゃんと聞いてノート取っているほうが楽だもん」と、子どもが言えば実行すると思う。それを僕たちが先に言っちゃうんですよ。だからたいてい知っていると思う、丁寧にやれば。(野田俊作)