Q
大人への対処の仕方。職場で社員教育をするのですが、何度説明しても危険な行為をしている場合、どのように対応すればいいでしょう?
A
解雇!「契約社会」、ドイツ語でこれをゲゼルシャフトと言います。「血縁社会」=ゲマインシャフトとは違うんですよ。これ凄い大事なことで、会社というのは一番根本的には契約社会で、一定のルール・約束を守りますよということで、会社へ雇いもし雇われもし、使われるわけね。家族はそういう約束なしに存在します。親族だってそういう約束なしに存在します。あんまり会社とか組織とかを、あんまりグジャグジャと「家族的」とか「家族のような」と言っちゃわないで、一番基本的に契約社会なんだと思いましょうよ。そのことをお互いどうしいっぺん確認したいんです。その会社で勤めるためにはこれこれのルールを守ってもらわないといけない。守られないんだったら、この行動はあなたのためにもならないし会社のためにもならないから、他を探してもらうしかしょうがない。ね、これ結末なんです。責任なんです。それはやっぱり冷静にお話したほうがいいと思います。「あんまり何度もおんなじ間違いを犯すんだったら、あなたはこの職業に向いてないかもしれない。危険のない職業へ行かれたほうがいいと思います」と。職業は適正というのがやっぱりありまして、僕いつも思うんですけど、カウンセラーに向いてない人に限ってカウンセラーになりたがるんです。どうしたことなんでしょう。学校の先生とか医者とかあるいはカウンセラーとかいうのは、支配的な人間が弱い人を支配するのにとっても適した職業なんですね。そうなんです。弱っている人の上に立てますから、いつも。人を助けている快感がありますからね。だからそのタイプの人って向かないんだよ。でもちょっとそういう感じで来る人がいて、まあたいてい辛抱するんです。長いことやっているとだんだんわかってくる人多いから、カウンセラーってほんとは何なのかわかってくる人が多いから辛抱していますが、最後言いますね。「あなたは向いてないから、他のこと探したほうがいい」って。何もカウンセリングするだけがこの世の唯一の職業じゃないし、カウンセリングできるということが尊いわけでもない。例えばわたくしはアイススケートに行って、三回転宙返りができません。何とかひねりジャンプってのがね。でも僕はそれができる浅田真央ちゃんよりも劣った人間だと思いません。それは人間の価値と関係のないことです。それとおんなじように、ライフスタイル分析ができるかできないかも人間の価値と何の関係もないことで、それは単に適正と訓練にすぎないから、向いてないものを無理やりしようとするより、自分の向いているものをやったほうが、自分自身も幸せですし、それから周囲の人も幸せになるでしょう。最後言います。だいたいカウンセラー養成講座を受けて、2回落第して3回目を受けたときに言います。「ダメです。あなたはこの道を諦めたほうがいいです」って。まあ、そんなんですね、はい。だから、内容がわかんないからわからないけど、わかるようにきちんと説明して、本人も「わかりました」って言って、しかも間違いをするのであれば、それは向いてないんだ。(野田俊作)
いつのまにもう秋(2)
2002年09月12日(木)
出勤前に日本橋(にっぽんばし)の電気街へ寄って、東京のオフィスで使うパソコン周辺機器を買い込む。秋葉原は土地勘がないので、大阪で買って持っていく。おかげで家電量販店のポイントが貯まって、同じ系列のCD屋さんでオペラのDVDが無料で入手できる。しかし、なんとなく会社の金を着服しているような気がする。
大阪のオフィスでは、夕方になって仕事が終わってから、オペラのDVDをかけて見ている。家では見られないのでね。今日はワーグナーの『タンホイザー』の3幕を見ていた。スピーカーがパソコンのおまけなので、音が悪い。いいスピーカーを探そう。
夜になって帰宅して、朝干しておいた沢登りの道具を取り入れる。風が涼しい。都会でも秋になったようだ。先日言及した立原道造の詩の全文を引用する。
また落葉林で
いつの間に もう秋! 昨日は
夏だった……おだやかな陽気な
陽ざしが 林のなかに ざわめいてゐる
ひとところ 草の葉のゆれるあたりに
おまへが私のところからかへって行つたときに
あのあたりには うすい紫の花が咲いてゐた
そしていま おまへは 告げてよこす
私らは別離に耐へることが出来る と
澄んだ空に 大きなひびきが
鳴りわたる 出発のやうに
私は雲を見る 私はとほい山脈(やまなみ)を見る
おまへは雲を見る おまへは遠い山脈を見る
しかしすでに 離れはじめた ふたつの眼ざし……
かへつて来て みたす日は いつかへり来る?
昭和13年、詩人26歳の詩だ。翌年3月、亡くなっている。最初の4行はかなりよく覚えていたが、次からは恋の終わりの詩だということを忘れていた。全体を読むと、あまり好きじゃないな。「私らは別離に耐へることができる」などという言い回しは、昭和13年には、そう不自然じゃなかったんだろうか。なんとなくドイツ語の直訳みたいな言い方だ。最後の「かへって来て みたす日は いつかへり来る?」というのも、妙に翻訳調だ。そういう翻訳調に生硬なところがこの詩人の語法なのだが、私はそういう日本語が好きじゃない。これは立原道造が悪いわけでも私が悪いわけでもなくて、相性が悪いということだ。彼がおそろしく力のある詩人だということは認める。
トラブル続出
2002年09月13日(金)
東京にいる。東京のオフィスのコンピュータのCD-ROMドライバを、CD-Rの書き込みができてDVDを見ることができるものに入れ替え、関連するソフト(Easy CD Creator 5 とPower DVD)を入れると、ものすごく調子が悪くなった。やたらにハングアップして、CTRL+ALT+DELを押しても再起動できない。しかたなく電源スイッチを切る。
あれこれ調べているうちに、ノートン・システムワークスを見つけた。私はこんなものを入れた覚えがない。東京のスタッフは技術水準が高いので(?)、私の知らない間に入れたのだろう。これがトラブルの原因かもしれないと思い、監視体制を可能な限り解除する。それでいくらかマシになった気がするが、なお調子が悪い。
そのうち、増設メモリが64メガしか入っていないことに気がつく。これが原因かもしれない。さしあたって増設メモリは手に入らないので、あきらめて、CD-ROMドライバを元のものに戻した。
ところが、今度はISDNが反応しない。さまざま試行錯誤したが動かないので、間に合わせにアナログ電話線をつないだ。作業から離れて、しばらくしてふと気がついて、ターミナルアダプタの電源を切って再起動するとISDNは回復した。なんでもない故障だったのだが、頭が煮詰まっていると、最初にすべきことに気がつかないで、複雑なことばかり考えてしまうものだ。
とにかく、今回は作業は中止だ。次回来るまでに、大阪で必要な部品を手に入れてこよう。ついでにハードディスクも増設しよう。技術水準の高いスタッフが4ギガ足らずのCディスクをすぐに一杯にするのでね。
仕事をまかせる
2002年09月14日(土)
東京で仕事が終わってから、仲間10人ほどとインド料理屋へ行った。いつもだと私が注文をするのだが、東京のスタッフ2人に注文してくれるように頼んだ。この人たちは、人数を見計らって適当な量をみつくろうのが苦手で、ひどく多すぎたりひどく少なかったりすることがこれまでにあって、信頼していなかったのだが、そんなことを言っているといつまでたっても成長しないから、まかせてみることにした。さいわい、ちょうどよい量がきた。
この前キャンプに行ったときも、テント設営や料理などをベテランメンバーにすべてまかせて、私はサボっていた。なにもすることがないので酒を飲んでいたら、食事ができるころにはすっかり眠たくなっていた。滝を登るのも、トップはやめにして、後からロープでつないでもらって登る。これは楽でいい。行き帰りの運転は好きなので、ほとんど自分でするけれど。
半世紀「お兄ちゃん」をして暮らしてきたが、それだと弟や妹がいつまでたっても育たないので、そろそろ引退しようと思っている。仕事面では、ずいぶん前から、あまり積極的に前に出ないようにしている。急に手を引くと困るだろうから、何年もかけてだんだん影を薄くしている。仕事だけじゃなくて、遊びも後ろに引っ込んで、人をひっぱるのはほどほどにしようと思う。ゆっくりと世代交代していかなくては。
Q
子どもが役に立ってくれたときに感謝することにまだ馴れていません。素直に「ありがとう」と言えないときが多いのです。どうしたらスムーズにできますか?鏡に向かって練習したほうがいいでしょうか?
A
そんなことはありません。「あーりーがーとーう」と言えばいい。5文字です、わずか5文字。なんて簡単。「5文字だな」って思うんですよ。最初「あ」が言えれば次は「い」が言えるんです、「い」がね。最初「あ」さえ言えばいい。「あ」さえ言えば、「あ・ありがとう」と、こう言えますから、まあ最初「あ」を言おうと思ってくださいな。わざわざ練習することはない。まあ何よりも感謝の気持ちを持ってほしいです、はい。「スピリチュアルワークへ出ては?」とよく言うんですけど、人間は自分の力で生きていくことができません。「私たちは“4つのもの”からご恩を受けて生きています」と、こう言うんですよ。1つは「天地の恵み」で、自然のおかげで僕らは生きています。地球のエネルギーというのは全部太陽から来ます、100%。今はほんとはそうじゃないんです。ちょっと困ったことが起きて、原子力というのはあれは太陽から来ているエネルギーじゃないんですよ。あれはへそくりなんですよ。それから石油とか石炭も大昔の太陽のエネルギーで、今のエネルギーじゃないんですよ。あれもあんまり使い崩さないほうがいい貯金なんですよ。ほんとは今の太陽から来ているエネルギーで地球全体のバランスができていますが、そこに変なものを付け加えないほうがいいです。人間が変なものを付け加えたら、他の動物に迷惑ですからね。それはともかく、まあ太陽から来たエネルギーで植物が育ち、その植物を食べて動物が育ち、その植物や動物をいただいてわれわれが暮らしているわけで、食べ物もそうです。空気もそうです。気温もそうです。人間なんて弱い動物で、最低マイナス20度ぐらいで最高プラス40度ぐらいの範囲内でないと生きられないじゃないですか。この範囲内にいるっていうのは、実は奇跡なんですよ。火星だって金星だってこうじゃありませんもん。200度とかマイナス200度とか、とんでもない温度であるわけで、地球だけが生命がいられる空気とかの状況です。酸素だって今大体20%ぐらいです。これがもう凄い多い50%ぐらいの酸素だったら死んじゃうんです、人間は。もの凄い少ないとまた死んじゃうんです。ちょうど良い加減なんです、今ね。そうやって天地の恵みというのが、1番目にあります。それから「衆生=人々の恵み」。みんなに助けられて生きていると思います。私がここにこうしていられるのも、私今この服着てるけど、これは私が作ったんじゃないんです。どっかで作って、どっかの人が運んでくれて、どっかの人が売ってくれました。ありがとうございました。朝は地下鉄で来ました。あの地下鉄を私は掘った覚えはないんですよ。誰かが掘ってくれて、誰かが運転してくれているんです。そうして、みんなが力を合わせて生きています。それに対して私たちは自分の力を社会に向かって返していかないといけないと、共同体感覚を持ちたいんだけど。それから「家族の恵み」ね。家族がなかったらどうなるのか。この間の地震と津波でねえ、80何歳のおばあちゃんが1人だけ生き残って、若い人がみんな死んじゃったおばあちゃんがいて、今どうなさっているか知らないけど、たまたまテレビがインタビューしてて、「何のために生きているのかわかんない」とおっしゃったんです。ほんとに僕だってきっとそうなると思うわ。家族みんなが流されて、歳取った自分だけがポツンと生き残ったときに、一体生きている意味って何なのか、何のために生きるのか、何に向かって生きるのか、なんもなくなるじゃないですか。われわれが生きているというのは、「今日も1日頑張って生きていこう」と思うのは、家族がいるからですよ。子どもたちがいて配偶者がいて親がいて、その中で自分の意味があり役割があって生きていくので、家族が僕らの人生の一番確実な意味を与えてくれると思います。それが3番目です。4番目は、これは絶対忘れてはいけない恵み、「先生の恵み」。私(野田)を含めてよ。僕たちが何かを知っているのはなんでか、何であれ何かをしっているのはどうしてか?いつかどこかの先生に習ったから。小学校や中学校の先生もいらっしゃったけど、本を書いた先生もいらっしゃり、テレビなどで解説してくださる先生もいらっしゃり、知識を僕らに与えてくれた方のおかげで僕らの知識があります。自分で発明した知識なんて、ほとんどゼロなんですよ。自分で思いついたことはほんとに少しで、みんな習ったことですね。だから先生の教えがあって知恵がある。だから、この4つの恵みの中で生きてるなって、まず思ってほしい。思ってると感謝の心が出るじゃない。このごろの人はみなこんなふうに考えないから、みな傲慢で、みな木の股から生まれて1人で暮らしていると思うから、「ありがとう」と言いにくいんです。そんなことないって。みんな大変個人主義の悪い方向で、人々が支え合い助け合って生きている観念そのものがない。そんなことないですよ。みんなで支え合って暮らしています。子どもは特に僕たちを強く支えてくれています。子どもがいる「から」頑張れるんじゃない。子どもがいる「から」苦労も耐え忍べるんじゃない。子どもがいなかったらどんなに人生が虚しいか。もう死んじゃったと思ってくださいよ。どれだけがっかりするか。親が死ぬのはそれは順番だからしょうがないわ。親が死んで悲しいけど、まあ、じいちゃんばあちゃんはしょうがないけど、子どもが死んじゃったときに親がどんだけ悲しいか考えて。生きてるだけでも嬉しいじゃないですか。そう思って、ああありがたいなと思えば自然に、「あーりがーとーう」と5文字ですから、言えるでしょう。(野田俊作)
2002年09月08日(日)
広島のホテルで朝起きたとたんに、「やばいな」と思った。頭痛の前兆がある。若いころから血管性偏頭痛があって、発作の前に目の中に星が飛ぶ。それから約一時間すると頭痛がはじまる。このごろはそんなにひどい発作にはならない。そのまま新幹線で福岡に向かって、なんとか仕事ができた。
中学生のころ初発して、高校・大学時代はずいぶん悩まされた。大学では、内科の先生たちに面白がられて、何度も脳波を取られたりした。けれど、たいした治療はしてくれなかったな。そのころは発作が起こると、何時間も苦しんだ。頭が割れるように痛いだけでなく、吐き気がして、何度も嘔吐した。数時間、七転八倒したあと、昏々と眠って、目が覚めると軽快しているのが普通だったが、ときにはそれでも治らず、数日間にわたって苦しむこともあった。薬はあまり効かなかった。大学を卒業した後、自律訓練という一種の瞑想法を習って、それから次第に軽快した。30歳台に、本格的に瞑想をするようになって、ずいぶん軽くなった。しかし、今でも年に2~3度は小さな発作がある。
夜になって、頭痛はほとんどなくなったが、激しい肩こりが残っている。福岡にいるとき、何人もの人がマッサージをしてくれたので、ずいぶん楽になったのだが、それでも完全には治っていない。ふだんあまり肩はこらないので、たまに肩こりするとつらい。まあ、明日には治っているだろう。
マッサージ
2002年09月09日(月)
今日はパートナーさんは休日なので、午前中にマッサージしてもらった。それでも肩と背中が痛いので、仕事からの帰りにマッサージ屋さんへ寄った。マッサージ屋さんといっても、床屋さんみたいに何人も並んで椅子に座って、顔をパットみたいなのに伏せて、背中をマッサージしてもらう、最近流行のスタイルだ。繁華街の地下にあるのだが、今まで縁がなかったのでただ前を通過していたのだけれど、思い出したのだ。30分で2,500円は高くない。プロにマッサージしてもらったことがないではないが、何十年も前の話だ。偏頭痛がひどかった時代ね。ひさしぶりにしてもらったが、とても快適で、やみつきになりそう。仕事帰りに気軽に寄れるのがいい。とはいえ、普段はあまり肩はこらない。腰痛はあるから、そっちのほうで世話になろうかな。
しかし、考えてみると、普通だとマッサージ屋さんにはいかない。何日かすると治ることを知っているからだ。「待てる」というのは老熟の証拠だと思う。たしかビンスワンガー(スイスの精神療法家)だったと思うが、「思春期の特徴はあせることだ」と書いていた。あせらなくなると大人だ。このごろ、さまざまのことについて、待てるようになったと思う。
今回マッサージに行ったのは、明日から沢登りに出かけるからだ。いい体調で遊びたいのでね。夏にポナペへダイビングに行ったとき、腰痛で困った経験があって、事前にできることはしておきたかったのだ。
いつのまにもう秋
2002年09月10日(火)
奈良県天川村の河原でキャンプしている。5人の仲間と一緒だ。ここへ来る途中のスーパーマーケットで買った冷凍タラバガニを焚火で焼いて食べる。他に、天川村の手前にある黒滝村で買ったシシトウだとかシイタケだとかも焼く。薪は広葉樹なので、とてもいい香りがする。
肩や背中は相変わらず痛い。マッサージは効いたけれど、効果は一時的だ。原因が筋肉の外側にあるらしく(中枢神経が運動神経を通じて筋肉を痙攣させているのか、あるいは中枢神経が血管運動神経を痙攣させ、血液循環が悪くなって二次的に筋肉が痙攣してしまうのか、両方とも見当はずれでその他の原因があるのか、そこまではわからないが)、末梢を治療しても中枢側から指令が来て、問題を復活させてしまうようだ。
こういうとき心理学者は、精神的ストレスが原因だと決めつけがちだが、そうでもないみたいに思う。生活上の諸問題はたしかにあるけれど、それはいつだって同じくらいあるので、最近とくに問題が大きくなっているわけでもない。たしかに、なんとなく暗いことを考えているし、しばしば悪夢を見るが、これは心理的ストレスが大きくなっている証拠にはならない。身体状況が悪いのが原因で、それが脳機能に反映しているのかもしれない。そういう風に発想するところが、私は医学部出身なんだ。私の偏頭痛は、あきらかに母方からの遺伝だしね。
屋外にいるとわかるが、すっかり秋の気配だ。都会ではまだ真夏のような気がする。山では、日がかげると、急速に涼しくなる。立原道造に「いつのまにもう秋、きのうは夏だった」ではじまる詩があるが(全文は暗記していないので、帰宅してから調べて書くかもしれない)、まさにそんな感じだ。体調が悪いのは、季節変動と関係があるのかもしれない。夏の身体から秋の身体にきりかわる過渡現象なのか。
Q
コモンセンセスを伝えるということで、食事のマナーのお話がありましたが、わが家の子ども(7歳)はときどき食事中席を立って歩き食べをすることがあります。負の注目にならずにマナーを伝えるにはどのような話をすればよいか教えてください。
A
「選択肢」を与えるというのが一番基本だと思うんです。アドラー心理学の育児というのは、「これをしなさい」「あれをやりなさい」じゃなくて、「これにしますか?」「あれにしますか?」からいつも選んでもらおうと思うんです。だから、「お食事をするんだったら席へ座って食べてください。歩くんだったらお食事を終わりにしてください」と言うんです。いっぺん言うんです。もしも歩いたら、「これでお食事は終わりですね」と言って片づけます。「もうありません。今日はお食事はありません。今日はあなた、『終わり』と言いました。体が言いました。行動で終わりということを示しましたので、本日の食事は終わりです」。「まだ食べるう」と言っても、「あなたは体で終わりと言いましたから、今日はありません。また明日にしましょうね」とやさしく言って終わり。これ「結末を体験する」なんです。で、翌日からちゃんと食べるでしょう。ここで怒っちゃダメです。言い聞かせたらダメです。口論しちゃあダメです。全部終わりにして終わりなんです。全部片づけます、あっさり。どうですか?これ勇気づけです。うるさくガミガミ言うのはまずいし、ほったらかしとくのもまずい。どっちもまずい勇気くじき育児だと思うんですよ。だから選択肢を与える。選択肢を先に与えておくほうが賛成なんです。その場になってじゃなくて、家族で会議をして、「お食事中に歩き回るのは、あれは困ったことだと思いますけど、まあ歩き回りたくなる気持ちもわかんないこともありません。でも、食事中は食べるか、あるいはやめて歩きまわるかどっちかにしてほしいです。もしも食事の最中に立ってどっか行ったら、食事が終わったもんだと思います。『ごちそうさま』と言わなくても終わりだと思いますから、それ以上その日に食べられるものはなくなりますけれども、それでいいですか?」って言って、「はい、いいです」っていっぺん了解をもらう。これをやらないで、その場でいきなりやると、僕らが興奮するんです。だから冷静なときに一度会議をして了解をもらって、それから現場ではとにかく冷静にニコニコと穏やかに手続きをします。それから議論しないこと。言い聞かせないこと。目にもの見せないこと。子どもにわからせようと思わないこと。ただただ機械的に事務的に作業します。この方法、いろんなときに使えますね。どうしますか?そのときはこうします。おもちゃは、さっきおもちゃ捨てちゃう話しましたが、「夜寝るときに床におもちゃがいっぱい落ちているのは大変困ったことだと思います。おもちゃ以外にもいっぱい落ちているものがありますので、お母さんは寝る前に一度お掃除をします。寝たときに床に落ちているものは、これはいらないんだなと思って捨てちゃいますから、よろしくね」って言っておいて、それでもしも出てたら捨てます。おもちゃをちょっと捨てることになります、もったいないけど。でもちょっとだけ、まあ500円分も捨てたらあと一生出しっぱなしありませんから、捨てます。そのときも、言い聞かせないこと。「言ったでしょ」と言わないこと。「捨てたよー、ざま見ろ!」と言わないこと。先に決めといて淡々と、「あれ、おもちゃは?」って言ったら「はあ?おもちゃありませんでしたけど、ゴミありましたから捨てました」でおしまい。(野田俊作)