各句会の履歴(昭和58年4月時点 一部のみ)
圭日句会 ◎ 榊原二象
新樹句会 ◎ 高島みよし
半田俳句教室 ◎ 榊原二象
新生寮句会 ◎ 榊原二象
天狼俳句会 ◎ 榎本黙子
当時の中日俳壇選者は 山口誓子、橋本鶏二 で厳選
白桃の会員数は半田市だけで57名
各俳句会の履歴 平成元年分 ①~④ 半田市文化協会への登録句会
他は他市町句会、及び小句会、又は個人宅での句会など。
① 圭日句会 ◎ 榊原二象
② 板山俳句教室 ◎ 石川鶏子
③ 新樹俳句会 ◎ 矢浦詠正
④ 半田俳句教室
神戸俳句会
亀崎俳句会
天狼半田 ◎ 榎本黙子
乙川公民館句会 ◎ 榎本黙子
天王庵句会 ◎ 早川喜美代
小松庵句会 ◎ 丹羽佳子
水曜句会
常楽寺句会
新生寮句会 ◎ 榊原二象
山水会句会
半田大池句会
他市町村
東海市 ひこばえ句会 ◎ 伊東嘉範・笹木くにを
武豊町 武豊俳句会 ◎ 大石硯司
知多市 先鋒俳句会 ◎ 水野青涛
平成元年の頃は派閥があって、白桃系、ホトトギス系、天狼系、無派閥と4流があったように思います。
白桃系 ①圭日句会、③板山俳句教室、⑤半田俳句教室、常楽寺句会
ホトトギス系 半田神戸俳句会
天狼系 天狼半田、乙川公民館俳句会
無派閥 ②武豊俳句会、④新樹俳句会
これが10年ほどの間に①の会長、副会長がホトトギスの同人になったことから、数名を残して殆が
ホトトギスに流れ、また③、⑤からも沢山の人が白桃を脱会し、各会の勢力は同じでも 会の句柄もガ
ラリと変わってしまいました。
それと同時に各句会間の交流が無くなり、代表者に自分の句会会員の固定、他句会への流失防止を図
る動きが顕著となって現在へと続くことになります。
新樹俳句会は初代、2代目の「派閥に属さず、句の色を制限しない自由さを追求する」という方針を
踏襲し、会長ではなく世話人としての代表を置くこととし、年頭には必ず代表の選出、確認をするよう
にしております。
各句会とも高齢者がほとんどを占めるようになってきましたので、5年後はどうなっているでしょうね。
どうもありがとうございます。昔は各句会ごとの交流が活発だったのですね。私なども新樹に入ってからかれこれ14,5年になりますが、句会といえば新樹と半田俳句、嚶鳴庵以外に交流はありません。このうち嚶鳴庵は東海市、知多市の人が大多数ですので、半田に住んでいながら他の句会のメンバーを知りません。句会ごとの垣根を取り払い自由な交流があったらと思います。
もっとも「大福句会」=「大府市の俳句」という例がありますが…。
今日の一句
花の雲寺に小さき芭蕉句碑 杉浦けんじ
芭蕉の句「花の雲鐘は上野か浅草か」の句が下敷き。その句の碑が常楽寺にある。常楽寺の枝垂れ桜は名高い。
新社員シャツも若さのピンク色 石川里子
4月。フレッシュな新人が社会に出る。怖いもの知らずの若さが眩しい。シャツの色も若さの象徴のピンクだ。
西行忌あへて時代を追はぬこと 桑田隆行
時代遅れと言われても、守り抜いた価値観を大事にしたい。「あへて」の文言に揺るぎない信念を見る思いだ。
ー7.11 中日新聞 文芸サロン掲載句ー
ある方から「愛知川柳作家名鑑」なる小雑誌をいただいた。作家名鑑というものの実際は合同句集の体裁で、愛知県内の代表的な川柳作家20名がそれぞれ30句を掲載している。一流の川柳ともなると、普段私たちが目にする川柳とは趣が異なり、言葉が吟味され、表現に深みが感じられる。
以下に印象に残った川柳を紹介する。
ふところの深さ信じる夫婦箸 浅野滋子
下り坂シフトダウンが儘ならぬ 浅見和彦
龍の字の見えぬ高さに揚げる凧 川越洪太郎
未来のことは教えてくれぬ進化論 倉知武好
トリアージ切ない川は蛇行する 島津敏子
ちょっと来いと酒を飲ませてくれた祖父 鈴木順子
君が好き魔法が解けてからも好き 猫田千恵子
人差し指いつか凶器になるだろう 水野奈江子
様になってた企業戦士もゲバ棒も 山田初男
各種募集俳句のお知らせ
① 第3回天下布武俳句大会 岐阜市商店街連合会 締切り・7月20日 web投句・〇
② 「ひらめきが生れ、曲が浮かんでくる」俳句募集 主催・宗次ホール 締切り・7月20日 web投句・〇
③ 第78回芭蕉翁献詠俳句 締切り・7月31日 web投句・× 投句毎に選者を指定
④ 小群市観光協会「七夕俳句」締切り・8月7日 web投句・×
⑤ 南知多の思い出を俳句に 南知多町観光協会 締切り・9月30日 web投句・×(ファックスは〇) 町内4か所の投句ポストか知多郡南知多大字内海字先苅31−2(〒470-3321)へ郵送
*専用の書式等がありますから、主催者のホームページで確認してください。
*投句料はすべて無料
次打席の夫に手を振る白日傘
草野球での情景。白日傘の人妻と思しき若い女性がグランドに手を振っている。現にバッターボックスに立っている選手にではなく、準備のためベンチから出てバットの素振りを始めた彼女の夫であろう、次打者に対してである。彼女にとって試合展開はどうでもよく、良人の一挙一動だけが関心事なのである。そこで私は、野球場全体からこの若い夫婦の間だけを切り取ってみた。そのアイデアが良かったと自分では思っている。女性の白日傘が炎天下まことに印象的であった。ところで、日傘と言えば白日傘に決まっているかというと最近はそうでもない。結構、黒や柄物の日傘が目につく。しかし夏の季語としての日傘が黒では困る。たまたま女性の日傘が白だったからよかったが、もし黒日傘を差していたら、と考える。事実には反しても白日傘としただろう。これを「黒を白と言いくるめる」と言う。
この稿は俳誌「白桃」に掲載されたものに加筆して再掲載した。
ギャラリーの俳句が新しくなりました。
名鉄知多半田駅
放牧の馬の背光る蝦夷は夏 なづな
白靴や老いても尖る心持つ 隆行
縺れあふ緑の中の黒揚羽 倶子
JR半田駅
ハーモニカ何を吹こうか山開 故・樫内健
月無き夜心ときめく遠花火 里子
半田俳句教室の沿革を調べたいと思います。
設立は昭和〇年頃、設立当時のメンバーはどういう人がいた、歴代主宰、設立後各年代ごとの代表的な俳人及び代表句、等を探しています。お心当たりのある方は資料ご提供願います。また半田俳句教室に限らず、知多地方にどういう俳人がいて、どんな俳句をつくられたかというような資料をどなたか持っておられないでしょうか。
尾花さんのご厚意に甘えさせていただきます。
アイビーさんのお手元にないようでしたら差し上げます。
鉛筆で汚していますので消して・・・!
私はもう必要ないので次回お会いする日に持って行きますね。
貴重な情報を有難うございます。そんな冊子があったとは知りませんでした。そう言えば、伊藤敬子先生の花蓑に関する著作があった筈です。半田の図書館にあると思うので借りてきます。小冊子と内容が重複していればよし、別物なら、尾花さんのお持ちの冊子をお借りしたいと思います。
「鈴木花蓑の生涯とその作品」 伊藤敬子 著
半田市が市政50周年を記念して作られた冊子で20ページほどの薄いものですが、お役に立つのであれば差し上げます。
もしかしたら、半田市全戸に配られたものかもしれないですね?
よく晴れて授業は梨の袋掛 半田市 新美達夫
ー6.30.中日俳壇 高柳克弘選 特選二席ー
自分の句なので気が引けますが、慣例ですので掲載します。拙宅の近くに半田農業高校があり、米や野菜、畜産の様子を見ることができます。一画に果樹園もあり、柿や蜜柑、梨などを育てています。5月上旬だったと記憶しますが生徒たちが梨の袋掛けをしていました。その光景を詠んでみました。
手許に「かみさき]という合同句集がある。発行主は亀崎俳句教室で主宰は故・松浦夕童子(まつうらせきどうじ)先生である。昭和52年発行で、今から47年前になる。
巻頭に夕童子先生の句が掲載されているが、山口誓子、鷹羽狩行両先生の選を経ているので、「天狼」に所属後のことと思われる。
一口に言えば掲載された句はいずれも平明で分かりやすい。難渋な表現は出てこないし、表記がすべて新かなづかいに統一されている。
不遜を恐れずに言えば、少し物足りなさを覚えるほどだ。このことは、私たちが知らず知らずのうちに饒舌な俳句に慣れてしまったことでもある。
以下に夕童子先生の句の主なものを紹介する。
初篝囲む常着の氏子達
露座仏を拝み野営の水貰う
わが家なり老の裸を憚らず
一槽に金魚を集め露店閉づ
初日の出うながす浜の大焚火
妙齢の二の腕あらわ蜜柑狩り
―以上松浦夕童子の句―
他は姓名を記すにとどめ、収録作品は割愛する。
赤堀初太郎、天埜文子、奥谷登茂、大倉守、小出重夫、酒向ミチ子、鈴木一象、鈴木当丈、竹内喜代子、竹内建二、竹内寅太、橘省光、朝野開助、鳥居春野、西林利治、早川義美、早川喜美代、牧山松里、正木千鶴子、間瀬清、間瀬まさ子、間瀬京子、間瀬妙子、水野俊三、山田道野、山田実、