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島秀生様、今回も詩を読んでいただきありがとうございます。
今回の文の言葉は先生のおっしゃるように周りの雰囲気の言葉だけで筋道が分かるような言葉じゃないですね。反省します。
省略技法がどういったものかの了見が曖昧で空回りしてしまいました。ただ、先生のおっしゃった最低限に省略されて、その分量になったもの。その原型となった内容の分量の痕跡が残っているもの。というお言葉で少し分かった気がします。
今後は中身の部分まで省いてしまわないようにしたいです。雰囲気だけの作品にはしてしまいたくないです。
今後とも、よろしくお願いします。
たいへんお待たせして、すみませんでした。
りくりゅうペアのフリーの演技は、何度見ても涙、涙、ですね。
あの二人の演技は、一歩間違うと大けがするようなことをしてるから、二人のあいだに絶対的な信頼関係がないとあれはできない、と以前から思っていましたが、
それがまさしく証明されたオリンピックでした。
実はフリーの前の、ショートの時も私、感心してたんです。リフトの手が合わなかった時、そのあと、肩に手が入ったのは偶然じゃない。あれはとっさに龍一くんがりくちゃんを助けようとしたのだと。
あそこで、肩に手が入ってなかったら、自分が下敷きになってでも、りくちゃんを助けたんだろうなと思った。
私はショートは失敗だと思わなかった。ちゃんと二人を見せてもらった。
●多年音さん「ペープサート」
あのね、真正面から受け取りますとね。
初連では表情が2種類しかないことを言っているから、次の2連に引き継がれているのも、「表情の種類が少ない」点でしかないのです。それを「彼もそうだった」と肯定しています。
その流れの先に3連がありますので、3連にあるのは「2種類以外の表情をした」「複雑な心情下にあった」ことを示してることになります。
ただし、初連に「悲しんでる」の表情はあるので、悲しんでるのとは違うことになる。
では、3連の「顔隠し」&「一言」を、どう受け取ったらいいか、それはまったく書かれていないし、手がかりすらないので、お手上げです。
ゆえに、3連が不明状態ですから、終連も空振りです。
真正面から読むと、こうとしか読めないのです。
ペープサートを例に、リアルな彼に持ってきた、この比喩的展開はおもしろいと思ったんですが、後半がいけない。
言い方は悪いですが、作者は雰囲気だけ入れて、あとは読者が想像しろと、勝手に投げてるようなことになっている。作者は雰囲気だけ入れて、実のところ書いてないんだから、読んでるこちらがわかるわけがない。
あのね、省略技法というのは、作者がしっかり考えられたもの、もしかしたら一度順序立てて書いた上で、最低限に省略されて、その分量になったものなんです。その原型となった内容の分量の痕跡が残っているものなんですよ。そうした痕跡であるから、元の書こうとしたもの、書きたかったものが辿れるんです。
言うなれば、目には見えなくとも、実は透明なインクでそこにもっとたくさんのことが書かれてあるものが省略技法の詩なんです。
でも、この詩の後半は違う。最初から書いてないんです。最初から書いてないものは辿りようがない。辿りようがないから、わからないとしか言いようがない。
センスのいい言葉が並んでるのはわかるけど、その雰囲気だけですね。実のとこ、その実体(正体)に迫ろうとした言葉は見当たらないです、ここには。
前半の展開はおもしろいものがあるけど、あいにく、後半はそれが生かせてない。後半もうちょっと思考を深めてみて下さい。
悪いけど、これは現状、秀作一歩前としておきます。
●TICOさん「メモ」
連作となっているので、連作だろうという前提の元に構成が意味するところを考えるのですけれど、これ、なかなかに難解な構成ですよ。
解釈に確証が持てるほどの、ヒントは用意されていないので(ヒントが複数あると、その全てのヒントに共通するものが正解だと思えるのですけど、そこまでは用意されていない)、あくまで解釈の「仮説」として読ませてもらいますが、
だから、これが正解かどうかはわからないとお断りした上で、我流の読みをさせてもらいますが、
仕事で後天的に心を病む人は、仕事のストレスだったり、過重労働だったりを原因とするところが多いんですが、そうした原因による心の病み方とは違うのかもしれません。例えば事故による記憶障害のようなものであったとしたら、何かの引き金で画期的な改善が見られるかもしれません。
4連目の、
消えた床に
君は落ちていった
は、その意のヒントではないのかな、と読みました。その前に「消えていた床」に「君が落ちる」というのは、つまりは「床があった世界に戻る」、もしくは過去の記憶に戻っていく様子を比喩したものではないのか、と受け取りました。
ちょっと遠回りな言い方ですけどね。
重厚な木製の扉があるのは、老舗の喫茶店のようです。お店の人とは旧知のようですが、誰かと待ち合わせてるという様子はありません。一人でカウンターに座るようです。
「君」がそこへ走っていったのは、馴染みのその店と、その店の自分の定位置を、思い出したということなのでしょう。
思い出すまでに時が経っているので、いつの間にか、イスは新しいものに変わっているようですが。
止まっていた時計の針が、動き出したのかもしれませんね。
この連作は、2作目の症状の重篤な期間を経て、復帰の途についたハッピーエンドの3作目であるように思いました。
何かを思いついたように、部屋のものを引っかき回し、そしてメモを持って駆けだしていく。そしてメモの店に到着して入り、マスターと店の中を見回して、記憶を蘇らせてゆく。今回の展開はとてもドラマチックでした。映像がとてもよく浮かびました。
一点いうと「コーヒーの粒子」が、コーヒー豆を想起されると困るので、
控えめなBGMが
コーヒーの微粒子の
隙間を縫って
くらいにしませんか? そこだけ変えておいてほしい。
あとはオッケーです。まず単独の作として名作を。
そして3作の連作合計で、名作&代表作入りとしましょう。
私の解釈で合ってるんだとすれば、たいへんな経験とご苦労をされたのだなあと思いました。壮大なドラマが描かれていました。
まあ、全体ちょっとヒントが少ないのだけが難なので、もちょっと足してもらえるとありがたいですけどね。でも3つ合わせれば、お互いを補完して補うところもあるんで、現状でもオッケーラインです。
●ゆづはさん「雪解けの栞」
2連、凄くいいですね。そこだけで、いろんな想像が羽ばたいていく連です。
8~9連の
私はただ一篇の詩を栞として
心の襞に挟んでゆきます
いつか 雪解けの水に流れればいい
ここもステキですね。
作った本人自ら、流れてくれればいいと言えるのは、スゴイ気がする。
私の解釈では3連は自分側で、4~7連は「あなた」の側に思いました。冷たく閉じてしまったものがあるのでしょう。
「雪解け」は、春を待つようでもありますが、融和して「あなた」との交流が戻る、再開するの意も含んでいると感じます。
終連、「新しい靴紐」がちょっと気になるんですよね。例えば学校にせよ、会社にせよ、春になれば新しいところに通うから → 「新しい靴紐を結ぶ」ということであれば、時点は「春」になりそうなものですが、どっこい、ここは「明日の朝」としてるので、そういうことではなさそうなのです。
となると、「新しい靴紐」の意味がわからない、というのが正直なところです。
「あなた」については、いろいろに読めそうではありますが、私はいちおう「愛する人(異性)」をイメージして読ませてもらいました。
まあ、詳細な部分まで話すことはありませんが、にしても両者の関係性の想像のところで、不明が多かったんで、こちらもだいぶ遠いところからの想像しかできなかったのが、ちょっと残念かな。その点くらいです。秀作プラスを。
●人と庸さん「野辺の枯れ花」
一つ疑問があるんです。
砂防ダムの内側に溜まっているのが、枯れ穂の花束だとするなら、それって鎌で刈られたあとのものが流れてきてるんじゃないんですか? 草を刈る過程で、穂の部分が自然に落ちて流れるのか、あるいは、邪魔だから穂の部分は切り落とした上で、茎だけ束ねているのか。それって、草が先に落としてるものじゃなくて、草刈りとともに落ちて流れてきてるものなんじゃないんでしょうか?
花が咲いて種を飛ばす時期でもないのに流れてきてるんだとすれば、たぶんそっちじゃないんですかね?? あるいは完全に枯れた状態の時に、猛吹雪のような強い風が吹いて落ちたという可能性もありますが。あるいは雪の多いところでしたら、地表や雪の中に落ちていたものが、雪の溶解とともに、流れ出てきてる公算もありますが。
もう一点気になるのは、なんとなく、焦点が2つに分散してる気がすることです。「枯れ花」なのか、「山に入る者」なのか。
前者の解釈に立つなら、これだけで終わるのも、いちおうアリですよ。
残されたものだけが佇む
かれらは自身の花穂に
かつて光や風をいっぱいに湛えていたが
いくつかの種子を送りだしたあとは
その枯れた間隙に
わずかな空気が行き交うのみ
早春 きまぐれに鎌刃の閃光がはしる
かれらは右腕からゆるやかに麻痺してゆき
もはや 風に揺られることもない
山の入り口から見下ろす砂防堰
堤の内側には
上流から流れてきた
みわたすかぎり
みわたすかぎりの
枯れ穂の花束
なけなしの
しかし常に外側に向く矜持を束ねて集う
そこはかれらの祝宴だ
こんな感じです。一考してみて下さい。
終連もちょっと盛り込みすぎに思います。焦点がさらに分散します。
でも、
いま 山に入ってゆく者がいる
その者は戻ってくるのか こないのか
戻ってこなければそれでよい
戻ってきたなら
腕いっぱいになるまで
○○○を束ねて贈ろう
このフレーズはとてもおもしろいんで、
また別の詩で使ったらどうでしょうか? たしかにボツにするのはもったいないです。
今回の詩は、ちょっと全体は構成難がありました。全体構成を考え直してみて下さい。
一所懸命書いてくれてるのはわかるし、個々の連はおもしろいんで、おまけ秀作を。
●上原有栖さん「over.」
リアルのようであり、白昼夢のようであり・・・、の作ですね。
「******」の区切りごとのパート分けで呼ばせてもらうと、
第1パートでは、構成上、前の連が優先されますから、となると、後ろの連の位置って、そこで良かったんだろうか?? というのが第1の疑問でした。
「アイス・キャンディ」というアイテムが、なんとなくポカンとした図を想像させるので、後ろの連の場面とは合いにくいもののように思えたんです。しかしながら、ここは前の連が優先の場所だから、となると後ろの連の位置がここでいいのかな??になりました。
第1パートは前の連だけでいいのでは? 後ろの連は、第2パートのアタマでもいいような気がしました。
それから第3パートがね、時の経過というだけでなく、視点の変更らしきものも感じるんですが、いまいちはっきりしなんですよね。内容でなく、「視点変更」の部分です。そこ、もうちょっとメリハリがきくといいんですが。
気になったのは、以上です。
「都合のいい関係」って、難しくないですか? 私は苦手です。
白昼夢として終わらせるなら、これで終わりではありますが、なんとなく連作で、で・ない場面の人物像にも触れたい気がするんですけどね。私はやっぱり興味があるのは「人間」で、「人間」を知りたいという気持ちがあるんで。
まあパート分けの仕方には異論がありましたが、逆にパート分けを抜きにした全体構成で言うならば、これで合っています。小説的に、あとは中身をいくらでも膨らませうる構造すら持っているので、エピソード部分は(関係ない内容も含め)もうちょっと詳細でも良かったかもしれません。
どっちかというと、カナメの言葉ばかりが続いてるような気がしています。
連作案も含め一考してみて下さい。
おまけの秀作プラスくらいで。
●aristotles200さん「交差する時間」
第一印象は、役割を持った人工物が、その役割を終え、放置され、一物質化していく。喧騒が戻ることはなく、むしろ雨でも降れば、風景の中に溶け込む静物の一つとなって、ただそこにあり、「時」になじんでゆく。そんなイメージを持ちました。
極端な例で言えば、人工物でありながら「~遺産」と呼ばれるたぐいのものに、気配が近づこうとしてるのかな?といった想像しました。
もちろん人がいるはずのところに人がいなくなってるのだから、寂寥感が漂います。もしかしたら壊れたブランコ自身が過去を懐かしく思い出すことがあるのかもしれなくて、月明かりのある深夜に、そっとブランコを揺らしてみせることがある。それがラストかな?って思って読みました。
しかしながら、このイメージで、私の中に忘れることのできないもう一つのものがあって、原発事故の帰還困難区域に取り残された公園の映像で、時の経過とともに朽ちるのではなく、ある日突然に人がいなくなった、ゴーストタウン化した町に残された公園の映像です。何も壊れていなくて、さっきまで人がいた気配すらあるのに、まるで人だけが突然消滅してしまったかのように誰もいない光景。あれには「時」との親和性は感じなかった。やっぱり異様でしかなかった。
この詩の終連の「瓦礫の山、黒い雨」のフレーズがね、それをちょっと思い出させるんです。
また、その前の連の「子供たちの笑い声」と、終連の「ホワイトノイズのような、無音」もケンカしてる感じがする(両立が困難な2つのものがあると思える)ので、終連は削除で、その前で終わった方がいいんじゃないでしょうか?
そこだけ気になりました。
絶望か
否
ようやくの
安らぎに満ちている
時に溶け込む
命に還っていく
寂寥感だけで終わらずに、この見解をもったことが、この詩のいいところでしたね。
「新叙景」とでもいいましょうか。自然物でなくても、主たる風景となりうる一つの事例に思いました。
秀作プラスを。
私が捨てたのは
女ではなく男でもなく
人間でもなく
猫でもなければ犬でも
普段美味しく食べている豚でもなく
私が捨てたのは
私に捨てられたもの
噛みついてから
その歯が抜け
長いこと痛がって
それから逃れようとした狼が
死んで残した
牙
別名は
絶望
私に
それを探す旅が
どれだけ長かったというのだろうか
青い空の下にある
風が寒さを通りすごそうとしている
季節は二月という
曖昧な
それもまた
絶望
私に
あなたの笑顔を
肌色ではない
それでもちろんいいから
重ねさせて欲しい
風が吹き 心は揺れている
その風は春の訪れを知らせるのか?
それなら桜の蕾も膨らんで
やがて桃色に町は染まるだろう
心の中にも寒さに耐えた事を
労う様な風となるだろう
日が差し込み 心が汗をかいている
その日差しは夏の訪れを知らせるのか?
それなら梅雨の紫陽花の色も褪せて
やがて太陽の日差しの強さに
町は挫けそうになるだろう
それでも心の中では
選んだ道を額に汗し歩くだろう
夕焼けの紅が 心の思い出を突いてくる
その紅は秋の訪れを知らせるのか?
それなら物思いにふけて記憶を紐解いてみる
あの頃は……と悲喜交々に肩まで浸かり
町はあの日の面影に戻るだろう
それでも後悔は無いと言い聞かせて
明日を信じてみるのだろう
すくめる肩が 心の中まで震えたのなら
その震えは冬の訪れを知らせるのか?
それなら愛する人を抱き締めて
心の中まで温まるのも良いだろう
自分を好きでいてくれる人が側にいる
『寒いね』と言える人がいる
この幸せは白い雪さえも美しく暖かい
寂しくは無いと言えば嘘になる
一人で過ごす春夏秋冬
冬の寒さは切なくて悲しみに包まれる
それでも君との思い出が
雪解けの春を期待させてくれる
春夏秋冬 君がいて 君がいた
下から見るか 上から眺めるか
交わる所はひとつだよ
もう時期春が訪れる
もう時期風が吹くだろう
君からの便りの様に
深夜の2時
ピンポン、ピンポン
ドアブザーが鳴らされた
共有廊下から賑やかな音がする
寝ぼけまなこで
はーい
ドア向こうから声が聞こえる
おめでとうございます!
スネアドラムが鳴らされる
タタタ、タタタタタタ、ターン
はい?
トランペットの音が聴こえる
タータタララ、タラララーン
あの、近所迷惑なんですけど
おめでとうございます!
貴方は選ばれたのです
深夜楽団に
カスタネットとしてお迎えします
扉を開ける
警察を呼びますよ!
目の前には
黒服と蝶ネクタイの指揮者
パジャマ姿の団員たちが数人
ヴァイオリンが美しい旋律を奏で
フルートも演奏に加わる
指揮者は、カスタネットを手渡す
な、なにを
指揮者は微笑んでいる
トロンボーンが低音を奏で
スネアドラムは、小刻みに叩く
……
そ、そうか
僕はカスタネットなんだ
赤い色の方を下に
中指をゴムに通す
残りの指で、優しく包み込む
指を開き
鳴らす
タタタ、タン
全員は笑顔に
靴も履かず
パジャマ姿で指揮者の後をついていく
指揮棒が動き出す
全員が演奏を始めた
ご近所さんや
向かいのアパートの人たちが
口を開けたまま、呆然と見ている
何という誇らしさ
解放
最後尾でカスタネットを鳴らす
タタタタタタタタタ、タン
✳
翌朝、目覚めた
夢か…
汚れた足と
枕元にはカスタネット
借りた参考書
誰かがこぼした跡
貴方も飲みながら
ページめくってたんだね
ゴミ箱に捨てられた
同じ銘柄のコーヒー
貴方もこれで
一息ついたりしたのかな
誰かの跡と同じ跡
側にいる訳じゃないけど
共に歩む気持ちで
灰色の雲が覆う
今日も風の冷たい日
でもそよいでる
そっとそよいでる
今日もこれといって何もなかった
時間が過ぎて身体が元気になればなるほど、
時間が鉛のように身体に絡み付いていく
昔はこれじゃあ駄目だ、何かしなければと焦ったが、
今は安らかな時間の波に任せようと思っている
僕が今日、何もしなくても
誰かが愛しあい子どもが生まれ
兵士となり誰かを守るために
誰かをころしている
僕が今日、何もしなくても豚や牛は殺され
食事として僕のまえに並ぶのだろう
カニバリズムが禁忌とされているは
せめてもの救いかもしれない
無力な僕はせめて世界が平和であるように
祈るべきかもしれない
その祈りが誰かの平和の誓いと同期するかもしれない
僕は仲間が欲しい
こうして詩を書いて投稿するのも
自分のためでもあり仲間のためでもある
僕は今 無条件に降伏する
見返りを求めない
ただこの詩を読んでくれたことに
感謝します
あなた方にも良い詩が書けますように
神様に祈ります
そして願わくば全ての出来事に平和を
今回も丁寧な感想と評をいただき誠にありがとうございます。
タイトルの「弱水三千」という言葉は
中国の歌手の方が同名の曲を歌っていまして、
そこからこの言葉を知りました。
(石头と張曉棠という方のデュエット)
恋愛専一の言葉を新しい解釈をもって、
拡げられたことは自身の成長に繋がったと思っております。
私がこちらで今まで投稿してきた、いくつかの作の根底には『循環(ループ)していく』というテーマがあった気がします。
この気持ちを、今作にも昇華できてかつ嬉しい評価を頂けたことはより一層の励みとなりました。
アフターアワーズでのアドバイスもありがとうございます!
次回もどうぞ宜しくお願いいたします。
『春と空』を読んでくださってありがとうございます。
今の気持ちを重視するあまり自分よがりな文になってしまったなと思います。
あと省略技法とかではなく自分に書ききる勇気がなかったのが分かり難さを増してしまった原因だと思います。
テーマから見直してみようと思います。
ありがとうございました。
これまで積み上げてきた
専門書を電子化するために
朝の新宿西口を登る
老朽化した肉体の
立て替え工事が続いている
改善と改悪の階段を上って
地上に辿りつけば
通勤を急ぐ人達が交差点を行き交い
間違いを認めたらその価値を
失うかのように時を進めていた
人々が踏みしめるたびに
凝り固まる思考の下で
考察を待つ歴史を後目にして
電子化の店に入った
これまで積み重ねられた
体験は裁断されて
肉体を離れる思想
これで僕は実体を所有しない
全ての言葉はスマホに捧げた
これを誠実なもので包み
いつも身につけて祈るのだ
聖書は前世に置いてきた
この世界では聖霊は情報に
置き換えられる
夕暮れの頃は
ゴールデンに輝いていた街が
今では白昼に消え入る月に変わる
電光掲示板だけが光る
想い出横丁も電子化されて
固く口を閉ざしていた
回想に浸る魂に鞭打つ
健康な風が冷たく
酔うことを許さない
僕の内に神様がいた頃のほうが
汚れていた
もう温もりは人に求めないと
決意したとき
熱い涙が流れる
強い自我を神様に捧げると
人の想いが胸に宿る