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編集・削除(編集済: 2024年09月10日 18:37)

焚き火  上田一眞

小鳥が囀る森の中に深くわけ入り
「なば」を狩って        *1
焚き火で焼く

小枝が燃え
パチパチとはぜる音
それは 
森の静かな宴のようにも聞こえる

焚き火が燃えあがり
火舌がゆらゆらと揺れる

赤く透き通った焔(ほむら)を見つめると
辛い過去の記憶が 
まなこから剥がれ落ち
露わとなる

「なば」がほどよく焼け
口に放り込むと 
苦みの効いた味がする
ああ これは修羅の味だ

再び口腔に現れた
〈うつ〉という名の死神が 
私の肩を叩く

 こっちにおいで
 まだ早い
 いや そんなことはない
 楽になるよ

おかしな問答だ

ふと思う
人生最後の晩餐に
「なば」は美味いのだろうか
不味いのか

燃え落ちた焚き木を
灰の中でかき混ぜ
食べかけの「なば」を見る

私は ある想念に囚われ 
静かに
独りごちた…





*1 なば 茸の地方名

編集・削除(未編集)

卒業  相野零次

そろそろ僕も卒業しなきゃいけない、僕自身から。
詩のためにも、死のためにも。
難解な数式は解けないとか、難解な表現はいらないとか、言い訳だよ、諸君。
さあ、壇上にたってスポットライトを浴びて、自分の無力さについて存分に語りたまえ。それがいずれ魅力になるかもしれないさ。
そのとき壇上にひとりの少女があがって、僕に賞状をくれた。
中身は大したことのない内容だったが、ひどく緊張して震えていた賞状をもった指先を僕はわすれないだろう。
僕は壇上から降りるとき段差につまづいて苦笑いしたが、もう誰もこちらを見ていなかった、ちくしょう。

編集・削除(未編集)

「痛い」とは、言えない心臓。 佐々木礫

指先の小さなささくれ。いつも気になる。いつか大きく剥がれて、血が出て来そうで。
ふと顔を上げる。目前には、透明な、浅く広い湖。
その中に一つ、ささくれ立った心臓。動脈から血を噴き出して、浅い湖を必死に進む。
その度に半身が水底に擦れて、濡れた傷口が一つ増え、水面に浮き出た傷口が、乾いて新しい鱗になる。
「いつか干上がった湖の、赤味がかった底を見て、あいつらはなんて言うかな」
そう言った彼は、静脈から涙が出て来て、立ち止まった。けれど、すぐに身体はドクンと波打ち、血を吹き出して動き始めた。
指先の、小さなささくれ。その隙間から血が滲んだ。死ぬまで動き続ける心臓が、今も遠くで、一人静かに涙している。

編集・削除(編集済: 2024年11月08日 22:09)

悲しい教え  温泉郷

思うに恥ずかしさにも種類がある
すぐに忘れてしまえる恥ずかしさ
自尊心から忘れられないだけの
身勝手な恥ずかしさ
忘れることがなくふとよみがえり
教え導いてくれる
教師のような恥ずかしさ

小学生のころ飼っていた気性の荒い雄ネコが
喧嘩をして眉間に深い爪傷を受けて化膿し
エサを食べては吐くようになった時のこと

私はネコが吐いたエサを片付けるのが嫌で
台所の母に「また 吐いたよ」
と言いつけに行った

そのときの私の顔は
実に小賢しく迷惑そうに
ネコを責めるような表情だったろう
普段口うるさい母も同調して
しかめ面くらいはするだろうと
思い込んだ顔だったろう

母は何も言わずに雑巾をもってネコに近寄り

   いくら吐いてもええからね
   そのかわり 早く良くなりや

と言った

私はどこかに行ってしまいたいような
居心地の悪さを感じた
それは同時に軽い痛みを伴っていた

ネコは病院で治療を受けたが
死期を悟ったのか 家を出ていなくなった
見かけた人から聞いた場所を頼りに
何度か探しまわったが見つからなかった
ネコが死んだのは自分のせいだ
そう思った

あのとき
自分も母と同じことが言えればよかった
そう思った

今でもときおり
あの母の言葉がよみがえる
なぜか その言葉は
いつも悲しそうに響いてくる

編集・削除(未編集)

雨音様へ、評のお礼

お忙しい中、評をいただき有難うございます。
「人」の部分、たしかに唐突すぎました。
強引に入れてしまったのでそこを削除して推敲したいです。

名前について触れていただけて嬉しいです。
秋生まれで秋が1番好きな季節です。心がすっとします。

ありがとうございました。
また宜しくお願いいたします!

編集・削除(未編集)

テニスコートの誓い  荒木章太郎

卒業間際の夕暮れに
交わした約束、なんだったっけ

未来の伏線を回収するために
牧師になる者、弁護士になる者、
政治家になる者――
時の流れは、ただ過ぎゆくだけ

契約の概念が
元々なかったから
長い契約書を読み飛ばしていたら
革命の意味がいつの間にか
自分勝手に変わってしまった

人は秩序を求める
混沌を父とする俺は
生まれたときから支配を嫌い
指切りをしながら契約を交わし
国境線を引く自由な人々を見た
約束を結ばない俺は
見境のない砂漠で
区別のない無法者になっていく

孤独が月夜に吠え
闇に怯え、実存を求める
このままでは液体のように
ただ流れてしまう

ずっと咀嚼を続ける山羊は
深みのない虚無を真っ黒な瞳に映し
哀しみも喜びも漂わせて
ただ焼きつけることなく
草食だの肉食だのと
その種で不当な扱いを受け
沈黙を守り、傷ついてきた

「深掘はしないで欲しい」と言われるが
土地を耕し、少し掘らなければ
根菜類は収穫できない
冬に備えるためには
少しは取り組まなくてはならない

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井嶋様 評のお礼です。  荒木章太郎

いつも丁寧に読んで下さり、また貴重なご助言ありがとうございます。本作につきましては、ご指摘の通り、後半三連は違う日に書いた作品をつなげました。その際、個性を活かしたスタイルが確立したような気がして、形式にこだわってしまい気持ちや感情を繋げて一つの作品にする作業を怠ってしまいました。やはり後半三連は別作品として、改めて向き合ってみます。

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一次関数  人と庸

辺AB、辺CDが2cm、辺AD、辺BCが4cmの長方形ABCDがある。
点PはAを出発して、毎秒1cmの速さで長方形の周上をBを通ってCまで動く。
また、点QはBを出発して、毎秒2cmの速さで長方形の周上をC、D、Aを通ってBにもどる。
点P、Qが同時に出発してx秒後の△APQの面積をyⅽⅿ²とする。
xの変域が3≦x≦5のとき、yをxの式で表せ。


「走ってくるわ」と言って
君は夜の道にとび出した

君は点Pになって
今日も問題集の縁をなぞっていた
自分より少し速い点Qと
動かないAとでつくる三角形が
どんなものになるのかなんて
さして興味はなかった

だから
角っこについた折り目につまずいたりすると
長方形は破れて
外で吹いていた風が
一気に流れ込んでくる

視覚や聴覚を刺激する
とてつもない量の情報
これ以上走り続けなくても
すべてうまくいくという
砂糖菓子のように甘く怠惰な空想

刺さったそげのような罪悪感と一緒に
ひとしきり味わったあとに待っていたのは
止まったままの計算式と
思ったより進んだ時計の針

だから君は走り出した
もう一度点Pになって
大人が舗装したかたい道に足が痛むが
土がむき出しの山道に入る勇気もない

「結果」とは
どんなかたちをしているんだろう

焦りも 怒りも 諦念も
「君」を構成する辺のひとつひとつだ
(たとえそれが
どんなにいびつなかたちであろうとも)

点Pと
少し速い点Qと
動かないAとでつくる三角形は
今日も世界のそこかしこで
絶えず変化し続けている

君は今
どこら辺を走っているんだろう
x秒後の未来では
どんな三角形が描かれるんだろう

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井嶋りゅう様へ 評のお礼です。  人と庸

井嶋りゅう様、はじめまして!
佳作との評をありがとうございます。
取り組んでいた詩がなかなかできなくて、諦めて本を読んでいたら、「拾う」という言葉が出てきて、その字を習った時のことを思い出しました。
詩作のきっかけはいつも思わぬところにありますね。「拾う」を拾えてよかったです。
私が前に持っていたけれど、手放してしまったもの、結局それが一番大事だと気付かせて下さった方が何人かいました。それがカッコ書きの会話の部分です。でもまだ拾えていませんが…。
これからもよろしくお願い致します。

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今は此所にいる 津田古星

母が八十九歳で逝った時 
父は九十歳で
既にアルツハイマー型認知症と診断されて
数年経っていた
長男夫婦や孫と共に暮らし
今聞いたこと 言ったことを
すぐ忘れてしまったが
困った症状はそれほどなく
歩くことも出来たし 食事も普通にして
穏やかな毎日を過ごしていた

母が元気だった頃の父は
持病もなく 寡黙であったためか
「忘れっぽくなった」と母に言われても
認知症とは気づかれず 発見が遅れた
母が八十代半ばで脳梗塞を発症して
介護サービスを利用するようになっても
父が「最後まで世話をする」と言っていたくらいだから
一年後に自分が介護される身になったことに
抵抗があったようだったが 
夫婦二人一緒にデイサービスに行くことにも慣れ
歌を楽しんだり パン作りを褒められたりして
仲の良い話し相手も出来たようだ

母がいなくなってからは
月に一度のショートステイも利用した
その施設に父の異母姉が入所していて
この先 父も入所するのかと聞いたらしい
すると 父は
「今は此所にいる」と答えたそうだ
先のことはわからない
しかし今はこの施設にいる
今居るところで生きてゆくしかないという
諦念であったのか
今居るところを自分の天国にするという
心構えであったのか

父は老いも病も受け容れた
長男の都合でショートステイに
行かねばならなくなっても
それを淡々と受け容れた
今居るところで生きてゆかねばならないと
思っていたのだろうか

母の死から二年経って
肺炎になり入院すると
父の回復は見込めなかった
亡くなる一週間前 病床を見舞ったとき
母の最後には言えなかった言葉を伝えた
私だけでなく 皆が感謝していると
父が小さな声で「うれしい。……の番茶」と呟いたのが
やっと聞き取れたので
お茶を飲みたいのかと思って
用意したが 飲もうとしなかった 

父は番茶が気になったのだと
後になって気づいた
七十代半ばで畑を人に貸すまでは
新茶の刈り取りと製茶を終えて
一息着く間もなく番茶を刈らねばならぬのが
毎年のことだったし
製品にした茶の取引先との交渉を
繰り返し聞かされたこともあった

五月末の茶園を思ったのか
家族と番茶について語らっていたのか
その時父は十月の病院ではなく
最も愛した場所に居た

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