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この度は私の詩にご講評いただきありがとうございます。お褒めの言葉をいただき光栄です。
確かに最後の部分の説明が足りない感じが致しました。タイトルにつきましては、もともと古時計と安楽椅子が同じ部屋にあり一人の女の子を見守りながら会話をする情景からスタートして、どういうわけか安楽椅子視点で詩を書き始めてしまったので、書けなかった古時計については私の視点で「大きなノッポの古時計」(とその作者)への敬意を込めてという意味でした。他人に見せるものとしてはいろいろと説明不足でした。。。
また講評して頂ける際はどうぞよろしくお願い致します。
大変遅くなりまして失礼しました。お許しを。
「星に告げる」上田一眞さん
上田さん、こんばんは。すっかり寒くなりましたね。暖かくお過ごしですか?
冬は星の季節だなとわたしは勝手に思っております。なので、このタイトルも内容もとても心に触れるものでした。実は先日プラネタリウムにいったばかりだったんです。
北の街、小樽。星と星を繋いで描いたのは記憶だったようです。その情景が本当に心に残ります。この作品はなんといっても四連が美しく、この連だけで佳作です。実は少しおまけ。これは上田さんの思い出かもしれませんし、誰かの思い出かもしれませんが、二つ目の「いにしえ」という言葉がどうしても引っかかりました。すでにいにしえをギリシャ人と一緒に使っているので、これは古代というイメージを持っていますから、かなり昔、2世代くらい前の話、でしたらいいかもしれません。けれどもしも、そうでなかったら、もう少しだけさりげない表現の方が良いかもしれないです。例えば、「心の奥に沈んだあの日」とか少し間接的に書いても、その後から、まだ若く、が追いかけてくるので大丈夫じゃないかなと感じました。
タイトル「星に告げる」は最終連まできてなんとも言えない余韻を残していくところがとても素敵でした。上田さん、少し早いですが、どうぞ良いお年をお迎えください。
「瓦解した夜に雨を読む」人と庸さん
人と庸さん、お待たせいたしました。夜が更けてきました。
「雨を読む」ってすごく素敵だなとタイトルを拝見して思いました。夜に書いた雨の手紙、を想像しています。作品を拝見して「雨の音を読む」だったことを知りましたが、雨の音を読むのもとても素敵です。次に雨が降った時は、わたしもやってみることにしようと思いました。
こちらは佳作です。作品の輪郭がとても良いと思いました。何度も重なるオノマトペの部分も、雨が降り続いている、夜が続いていく、そういった深い孤独のようなものが静かに伝わってきます。それが「悲しい」とか「辛い」とかそういった言葉ではなく表現されているところがとても印象的で、雨が水溜りに描く波紋のように心に残りました。
本当に細かいことですが、一つだけ。これは他にも通じるところなので、参考にしてみてください。
いつも確かなものをつかもうとした
確かにひとつずつ積み上げようとしたが
この部分ですが、「確かなもの」と「確かに」が上下に並びます。この場合、下の「確かに」を少し変えて、例えば「正確に」にします。確の字は並びますが、「たしかな」と「せいかく」なので音が違うので少し変化がつきます。正確に変わるもので、同じような意味を持つ言葉を探してみるとなかなか見つからないというのが正直なところです。「確かなもの」を変えて、「確かに」を残す、という風に考えると、「しっかりしたもの」とか「形あるもの」とかいくつか候補はありますが、これは人と庸さんがしっくりくる言葉というのが大切なことですから、もし見つかったらのオプションです。どちらかの言葉で変化を少しつけるともっと良くなると思いました。
人と庸さん、暖かい年末をお過ごしくださいね。
「わたしにとってのたいせつ」松本福広さん
松本さん、こんばんは。お待たせしました。作品拝見させていただきます。
良い作品です。佳作一歩手前です。
そうですよね。小さい人たちはいつもこうして親に巻き込まれています。小さな人は父が不幸に見えても母が不幸に見えても全て自分のせいだと思ったしまうそうです。親が勝手に喧嘩して勝手にやっているのですが、小さな人たちはそれが自分と関係のないことだと線を引くことができないからです。そうしてこれは大人になっても見えない記憶となってその人を苦しめます。なんだかこの作品を読んでいるとそうしたことを思いました。ひらがなで書かれているからといって子供が描いているのではなく、大人がその古い記憶を言葉にするならひらがなになるかもしれません。ひらがなの詩はとても難しいのですが、今回はそんな気持ちがありこの作品はひらがなで良いなと感じています。
さて、ですが、ひらがなの詩はやっぱり難しくて、一歩手前というのはそういった部分なのですが特に六から八行目を少し見直してみてください。
おとうさんのめには わたしのひとりしかいない おかあさんはいない
おかあさんのめには わたしのひとりしかいない おとうさんはいない
ひとりしかいない わたしのだいじなひとどうしが
この部分が少しわかりにくくなっています。なかなか良い言葉が浮かんでこないのですが、わたしが書くとしたら思い切ってこんな風にします。
おとうさんのめには そんなおかあさんは うつっていない
おかあさんのめには そんなおとうさんは うつっていない
ひとりづつしかいない わたしのだいじなひとどおしが
もしかして、一行におとうさん、おかあさん、わたし、を全員入れたいという思いがあるかもしれないなと思ったのですが、ここはこだわらずに書いた方が伝わりやすいかもしれません。それから、ひとりづつしかいない、は、ふたりしかいないでもいいかもしれません。これは「わたし」にとってのことなので、この書き方だと少し語弊があると思います。
松本さん、なんといっても素直な書き方だったことがこの作品の良い部分ですね。どうぞ暖かくして冬をお過ごしくださいね。
「拝啓、ノッポの古時計」佐々木礫さん
佐々木さん、こんばんは。お待たせいたしました。
安楽椅子、ロッキングチェアですね。ロッキングチェアってとてもコージーな心地よい場所、ですよね。その椅子の気持ちが描かれたあたたかい優しい作品ですね。とても素敵でしたし、情景が浮かんできて幸せな気持ちになりました。全体としてストーリーはよくまとまっていましたが、最後の部分だけ少し気になったので書いてみます。
もしも、僕という安楽椅子が、
何十年も君を抱えて、
いつか年老いた君がふと立ち上がり、
向かうべき場所へ向かうなら、
それはとても美しい生涯だと。
この最後の一行は、安楽椅子の生涯、ということなのかなと思います。その場合、君が向かうべき場所へ向かった時に、安楽椅子の生涯も幕を閉じるという風に受け取りました。その場合は、
もしもの前に一行足すと伝わりやすいかもしれません。参考にしてみてください。
僕は満足だ
もしも、この腕で
何十年も君を抱えて
というように続きます。もう安楽椅子のことを書いているのはわかっているので、最後だけ完全に擬人化してしまうと椅子の感情が読んでいる人に伝わりやすいかもしれません。
最後にちょっと質問です。実はどうしても、タイトルと内容のつながりが見つかりませんでした。「僕も君みたいになっていくよ」っていうノッポの古時計への気持ちがあるのかなとも思いましたが、もしそうだったら、何かそれを示唆するような部分があってもいいかもしれませんね。敬具とかね。佐々木さん、どうぞ良い年の瀬をお過ごしくださいね。
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少し早いですが、今年最後の評かななんて思っています。
12月の分がありますが、多分評をお届けするのは年明けになるかなと。
(もしかしたら今年中かもしれませんが)
今年も大変お世話になりました。
素敵な作品をたくさんお届けくださって本当にありがとうございます。
みなさま、どうぞお健やかにお幸せに年の瀬をお過ごしくださいね。
この度は私の詩にご講評いただきましてありがとうございます。
佳作半歩前との評価ありがとうございます。
何事に対しても受け身な女性をイメージしました。そんな人を見ていると湧いてくる、本命に比べて好きではないけど放っておけないような感覚について詩的に考えてみました。
哲学的な思考ではなく詩を書くのだから美しい解釈をしたいと思った部分はあり、その点が伝わったことが嬉しいです。
今回も私の詩を丁寧にお読み頂き、誠にありがとうございます。佳作
との評をくださり、とても励みになります。
「仲間に入れといてください」とおっしゃって頂き、
本当に恐縮してしまいます。
今後とも、どうかよろしくお願い致します。
今回も評をくださりありがとうございます。
僕自身もなんか薄っぺらいなぁと思っていて、
とにかく投稿してみようと、えいっと投稿したんですけど、
なるほど、具体例を入れてみたらいいかもしれませんね。
ありがとうございました!
静岡県には
「ねえたらくわず」という方言がある
「ねえたら」とは煮えたらが訛ったもの
「くわず」は食わずだが
食わないという否定ではなく
食おうという意志を表す
だから「ねえたらくわず」は
何かが煮えたら食べようという意味になる
しかしこれは いつまで経っても行動せず
はっきりしない態度や性格を表し
遠州人は大変嫌うし
私の父などは駄目な奴と軽蔑していたものだ
物事が出来上がってから
さて食べようなど
怠け者、横着者と誹られる
決断も行動も素早いのが尊ばれる
たとえ失敗しても
手をこまねいているよりはいい
自分が率先して動く事を良しとする
私自身も結論を急ぐ性格だから
決断までに時間のかかる人を見るともどかしい
どっちだっていいのよ
自分が決めたら それに向かって努力する
結果はどうあろうと
たぶん どの道も正しい
もし間違っていると気づいたら
素直に過ちを認めて
気づいた自分を喜べばいい
私の出会った「ねえたらくわず」は
長い間迷った挙げ句
そこに留まることを選んだ
その理由は たぶん失敗することの恐れ
自分を守りたかったんでしょう
「ねえたらくわず」から見たら
決断が早ければ良いというものではないと
私の気の短さに呆れただろうが
自分の迷いが人を傷つけたことには
気づかなかったのかな
次に私が出会った人は
勢いよく決断したものの
途中で迷いが出てきたらしく
弱気な言葉を口にした
「本当に自分でいいのかな?」
やれやれ ここにも「ねえたらくわず」が
顔を出したなと思ったけれど
実はこれは甘えなんだから
こういう時は背中を押してあげればいいんだと
私もひとつ学んでいたので
失望もせず 慌てることなく
半年後にはジューンブライドとなった
縁があったと言うべきか
青島 江里さま 評ありがとうございます
君や君たちのなかには人間に限らず花や木、虫や小動物たちも含まれています。
どちらかというと自然に関連する名前に対する詩です。
人が両親から授かったというよりも子供も親も含めた全てのものたちが
誰か……例えば神様から授かったものという感じです。
人間よりずっと偉い神様が全ての存在に授けた名前といえばいいのかな?
人間を中心にすえると解釈が違ってきて、
青島さまの解釈が正しいといいますか、僕の解釈が描き切れていないのだと思います。
自分が書いた詩に対して、雰囲気だけで解釈してしまう癖が僕にはあるんだと思います。
もっと細かい部分をしっかり見つめていこうと思います。
こんにちは。上田です。
今回の三浦さんから頂戴した評にはたいそう勇気づけられました。
自分の中にも「聞き書き」が果たして詩になるのか。詩的純度を捨てた詩に価値があるのか。疑問があります。抒情を醸す才能に乏しいことからこのような作品に向かう、ということもあります。
一方で昭和精神史を大学で専攻したこともあって、父母の時代を知りたい、あの時代の人間の精神構造を知りたいと、強く思ってもいました。
大学時代、「荒地」の詩人達を知り、詩を持って自分のこころを表現することに思い至りました。長い社会人生活中ではできなかった詩作、ようやくペンを取るとテーマやはり父母の時代に戻っています。そんな折投稿をはじめましたが、評者のお三人に恵まれたとも思っています。
この度のアフターアワーズに書かれた励ましの言葉を糧に頑張りたいと思います。ありがとうございました。
まずは佳作ありがとうございます。
無電柱化の是非を問う姿勢ではない旨も読み取ってくださりありがとうございます。
そうです。肯定も否定もする気はないのです。
それは三浦様があげてくださった是非を語る上での三要件のうち二つは意識的に取り上げていない。
視覚のノイズが減り空が広く見える。その感じ方は間違っていない。
ただ電柱があったことでその恩恵は受けていたし、1連目の風景に懐かしい風景と感じられる思いだって嘘ではないはずで、感じ方は人それぞれになってしまう。
無電柱化を肯定するにしろ、否定するにしろ景観に対する感じ方は人それぞれ……だからこそ、伝え方には工夫が必要だよね。誰だって心の中の青空を悪いものと
誰かに強い言葉で評価されたくはないだろうう……とだけの肯定する気も、否定する気もない姿勢で書きました。
あくまでも、文学的な領域にとどめたいので自分のスタンスはここでは明らかにしませんし、他の方にももちろんお伺いすることもありません。
お互いに同じ青空を見上げて生きる生き物どうし、澄んだ気持ちで好きな空を描けますようにと締めさせていただきます。
ありがとうございました。励みになります。
1 佐々木礫さん 「淡い自我の君」 11/29
大変失礼ですが、具体的には、あまりピンとこなかったのです。 そこで「恋とは不思議なもの」といったひとつのテーゼを用意して読んでみました。事実、この詩には一種の不思議感は漂っていると思います。感知されるのは、この語り手、お相手に対して、遠慮がち、もっと言うと、やや優柔不断。遠くで見つめている感じ。ただし真面目で誠実で丁寧です。それは行間から常に垣間見えます。
それが彼の美点であるかもしれない。ただ、相手の心の不思議、自分の心の不思議、ひいては恋の不思議を考えているかのようです。最後のセリフ。ここに行き着くわけですが、それに至るまでの自分の心の整理、そんな風にも感じています。この詩はあくまで感覚的ということです。
語り手もさることながら、僕はここに綴られた、あるいは語り手にこのように語らせた「君=女性」のポートレートのようなものにも興味がありました。おそらく、無口で静かで水のように心が澄んでいる、そんな女性。タイトルからも、そういったことが知れるのです。これも感覚の世界です。うーん、僕自身は、どうしても“モヤモヤ感”がぬぐい切れず、佳作半歩前で。しかし美しい言葉、行間を持った詩であることは確かです。
2 司 龍之介さん 「心の声を」 11/30
残念ながら、というか、ちょっと淋しいながら、人はこの詩の通りです。正論だと思います。
この詩は順を追って書かれています。初連~2連ですでに結論めいた事が提出されます。以降、各論といった展開。これは良いと思います。3連に来るのが言葉の問題。4~5連では感情の問題。そこで考えられているのがその背景にある、生い立ち、育った環境などから来る先天的・後天的属性の違い。こう考えてくると、初連、2連が充分納得されるのです。そして、「だからこそー」といった感じの総論的最終連です。これを踏まえた上で他者と関わり、社会と関わる。そうすれば、失敗も失望も少ないことでしょう。僕は、この順を踏まえた書き方がとても好きです。噛んでふくめるような説得性を感じます。唯一、惜しいと思うのは正論というか、“まっとう”過ぎて、少し平板なところはありそうです。
具体的事例でも1、2連入れてみると、少しテンションが利くかもしれないです。佳作一歩前で。
3 上田一眞さん 「養母の記憶」 11/30
以前に満州のことやその引き揚げの作品群がありましたが、本作もそれらに連なるもの。連作風な趣があります。もしも詩集を出した場合、ひとつのグルーピングができるでしょう。始まりと終わりがいいですね。何か映画を観ているような心地がします。この詩は回想を綴ったもの。「1」は松脂=航空機代替燃料は聞いたことがあります。「2」「3」は憲兵のことがらです。この兵隊は「泣く子も黙る」、人々を震え上がらせる存在だったでしょう。「3」の事例は、たしか吉村 昭の戦記小説(題名失念)にも、似たようなことが記述されていたのを思い出しました。
「5」 そう、B29は本土以外でも意外と使われていた話は何処かで聞いたことがあります。偵察や雑務ですね。文中「まぁ綺麗!」は、ちょっと不謹慎ですが、夜間飛行中の当機を同様に感じた人はけっこういたようです。実際、記録に残っています。これはリアルで説得力があります。
松脂~B29あたりからすると、戦争も末期という気がします。その割に淡々と書かれているのは、軍部と新聞・ラジオが真実を伝えなかったせいでしょうか。それと本土と満州とでは戦争への皮膚感覚が微妙に違った気がする。むしろ満州の人々が辛苦を味わうのはソ連参戦~引き揚げだったかもしれない。すなわち「6、7」です。僕はこの作品で、ある種、日記を読んでいるような感覚を得ました。この事は当作品に有利に働いていると思います。それと上記した映画的な構成力ですね。それと、もうひとつの意義(アフターアワーズに記述)をプラスして佳作とします。
アフターアワーズ。
(以前もちょっと書いたかもしれないけど)リアルタイムの戦争を語る世代が一人もいなくなる時代がすぐそこまで来ております。
誰が伝えていくのか?たとえ聞き書きでも聞き伝えでもいい、僕たち世代が中継していかない事にはどうにもなりません。そういう意味で、今までの一連の聞き書きの詩は充分支持できるものです。当サイト主宰・島 秀生氏はその志を高くお持ちのかたです。
上田さんにおかれましても、ぜひ伝え続けられますよう。 (時あたかも十二月八日、日本が戦争に突入した日、来年は戦後八十年)
4 松本福広さん 「空の線」 11/30
とても今日的な話題を含んだ詩で興味深く面白い詩です。簡単に言ってしまうと、
「地上電線か地中電線(無電柱化)か」に尽きると思います。この件は防災・景観・コストの三領域で語られるように思います。どちらも一長一短ありで、日本では欧米ほどには無電柱化が進んでいないようです。ただ、東京や観光地では地中電線が推進されつつあります。僕の住む市も観光地を抱え計画案が成立しました。すでに市の中心部の観光で有名な通りは約1キロにわたって無電柱です。
さて、ここまでを予備知識として詩を考えます。
出だしの抒情味がいいですね。3連あたりから本論に入っていきますが、上記したような一長一短をさりげなく述べているようです。「小指に結ばれた~」の表現は秀逸です。僕は電気の技術論は門外漢なので、できません。あくまで文学的なこと。この詩もそういった路線で描かれるのがわかります。確かに電柱・電線は明治の昔から生活に馴染み、風景として馴染んで来た。その恩恵を目に見えるかたちで、日本人は受けてきたのです。この詩はその事を言っている。それはあくまで文学的なこと、です。「どちらか?」の論議は、また別の次元に属するでしょう。佳作です。
5 詩詠犬さん 「わくわく缶缶」 12/1
はい、可愛く、微笑ましく、おもしろく読ませていただきました。こういう詩があっていいんです。
こういう詩には、理論だの精神だのは似合わない。ただ読んで、ハッピーになれば、全てはOKというものです。お子さんでも読めるし、大人は比喩、隠喩といったレベルで楽しめます。ドラえもんの“どこでもドア”と並びそう。いや、それ以上か? ここには、生活、人生で必要なものが殆ど入っていますからね。缶缶に託した人生賛歌と見ました。内容に合わせて、リズムも考えられてる。こういう詩はリズムもいのち。
ホント、わくわくします。また絵が可愛いじゃありませんか! ”挿絵も入ってわくわくと“ お、おもわず、甘め佳作―と。
アフターアワーズ。
僕たちの子ども時分、サ〇マのドロップというのがあって、頑丈な缶缶に色とりどりのドロップが詰まってました「最初はどの色?その次は?」などと、おいしく楽しんでました。おそらく、しあわせの缶缶だったのでしょう。
6 森山 遼さん 「あいさつを しない おじさん」 12/2
「最近の若者はあいさつをしない、できない」とはよく言われることですが(あ、僕だけがそう思ってた?)、年配だろうおじさんがしないのは、良い悪いを通り越して珍しいかも?(まあ、やっぱりしたほうがいいんですがね)何か確固としたポリシーがあるのかもしれない。突然、ラジオ体操に来るようになったのも、ちょっと妙。この書きぶりだと詩の語り手もラジオ体操に来ているのだと思います。語り手の意識の流れを見ると―
「嫌悪→好意→共感」
となるでしょう。どうしてこうなったか?おそらく、自分との共通点が挙げられそうです。
「同じラジオ体操・似たような来歴?(サラリーマン)・同じような年恰好」などでしょうか。
ゆえにー
「嫌悪≦好意・共感」みたいな感覚でしょうか。あいさつは(そういう人なんだ)と割り切ってしまえば、別に腹も立たないレベルかもしれません。それよりも共通点でしょう。
実際にあったことを、正直に、あるいは少し脚色して書かれたものと想像されます。久し振りなので、すみませんが評価はパスとさせてください。
7 じじいじじいさん 「コミュニケーションツール?」 12/2
これ、バレンタインデーのほうがしっくり来る気がしますが。あれはチョコレート会社が仕掛けたもの、という噂が根強くあるし、義理チョコはまさにコミュニケーションツールの役割を果たしていましたが、最近は「やめよう」傾向にあるし。それと同じで、「義理~」=「コミュニケーションツール」とするならば、「義理チョコ」ならぬ「義理クリ・プレ」はこの詩の通りNGでいいと思いますが。世間は省略化・簡素化に向かっていますし。好きな人にはクリスマスもバレンタインもプレゼント、じゃんじゃんあげちゃってください!(まあ、交換が理想的か?)対象年齢を子供から中高生にシフトしてきました。そうですね。高校女子らしい考え方と文の感覚がよく出ていますね。ちょっとオシャレで可愛いです。 甘め佳作を。
アフターアワーズ。
そう考えると、お中元・お歳暮・年賀状などもけっこう縮小傾向にありそう?
(絶滅危惧種とまではいかないと思うけど)
8 静間安夫さん 「絶滅危惧種」 12/2
冒頭佳作。少なくなっていく秋への愛惜が情感たっぷりに語られ胸を打ちます。抒情に包まれながらも、本当にこの通りなのです。
文中「いや増すのだ」←この表現いいですね。年配のかたでないと、こうは書けないものですね。そして思いは秋だけにとどまらず、滅びに瀕しているものたちへの優しい眼差しへと移って行きます。そして作者、静間さん自身気づくのです。ふと(他ならぬ自分自身がその危惧対象なのだ)。ここまでの意識の流れ、呼吸感、行間がとてもいいですね。少し話を大きく取ると、日本人はこういった対象について、とても繊細な想いを持つことができます。この詩によって、今、静間さんはそういった国民性の中心にいるのです。そして終わりの2連です。どうやら結論が出たようですな。そう、書き残すことができる。時代状況や媒体は変わっても文字は無くならない。これは「書く者」の希望、矜持、責務でしょう。その意志表明としてのフィナーレ部分はとても深く美しいのです。
アフターアワーズ。
「わたしそのものが/絶滅危惧種のひとりなのだ…」 あっ、評者ミウラも仲間に入れといてください(笑)。
評のおわりに。
クリスマス音楽はその時期しか聴かないので、どうしても集中的(義務的?)に聴いてしまいます。
僕の場合、毎年決まっていて、あくまで参考に、軽いお薦めに書いてみます。
どちらもちょっと古いのですが―、(知ってる人もいるでしょう)
1 CHRIS REA「DRIVING HOME FOR CHRISTMAS」
この曲は「MY DEAR」のある皆伝者さん(今は退会)から教えてもらったものです。
2 VANESSA WILLIAMS 「STAR BRIGHT」 FULL ALBUM
こちらは全てクリスマス曲あるいは、ちなんだ曲集。祈りのように誠実に丁寧に作られたのが
よくわかります。仕立ての良い洋服みたいな感じ。
では、また。