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夜10時も過ぎると
透析歴5年の僕にとっては
起きてるのも辛い
辛いと感じるや否や
僕はすかさず眠剤を飲み
布団にくるまって
心地のいい体勢を探す
右を向いたり
左を向いたり
仰向けに寝たり
同時に呼吸も感じている
飲水料の多いときは
すーっと深呼吸して
生命の安全を確かめる
息を吐く時も
静かに集中して
身体全体で呼吸を感じる
いまだに冷房をつけて寝る
冷房で冷たくなった
布団を脚や腕で感じる
夏の終わりとはいえ
日中は暑いこの九月に
冷たいふかふかの塊は
身体に心地よい
そうやって一時間近く
僕は自分の生命を抱く
透析患者は朝起きると
冷たくなっている事もあるという
大丈夫、大丈夫
そう言い聞かせながら
呼吸を感じつつ
僕は生命を必死で抱きしめる
がっこうへいくみちあるいてる
みちのいろがへんしんしてる
ゆらゆらゆれてるいなほのみんな
うたをうたっておどってるみたあ
おおきいいなほ ちいさいいなほ
あきがきたよとおしえてくれてる
あきのかぜにあわせてニコニコいなほ
やさしいかおのあきのみち
昨日確かであったことが
今日は わからなくなる
いや ほんの少し前のことも
もう わからない
ぬかるんだ道を やむなく歩いているような
しかも どこへ向かっているのかさえも
わからない
今朝、小雨のなかを 歩いていた
歩道の水たまりに 雨が落ちている
同心円が いくつも いくつも できては消え
できては消えて いる
どれも どれも 正確な円を描いている
不思議だ とても不思議だ
乱れなく 律儀に 執拗に
円は ひたすらあらわれては消えていく
しばらく それを見ていた私は
その規則正しさに 苛立ちを覚え
憎しみをさえ 抱きはじめていた
原因、それはこの世界にとっては比喩である。
酷く余計な比喩であり、しかし、とても明晰な誤算であって、的確な暗示である。
それは屹度、一度の過ち、うっかりの思い過ごし。
それは時間として過ごされていく。
こぼされた一杯、否、たった一滴の雫であった。
これらは全てそれが成す染みの幻影であり、その誤ちに対する贖罪なのである。
繋がれた罪は嗤った
曳かれてゆくものは血を滴らせる程度のことしか心得がなかった。
しかし、血とはそういうものである。生きていくものにとって。
繋がれる罪は、勇猛な英雄に向かって手を握りしめたこともあった。それは、しかしあまりにも呆気なかった。
彼女は思わず吹き出してしまった。
彼女は現象の全てである。
少なくとも、彼女とそのものにとってそうである。
ある一瞬から声が聞こえた
怒り、怒り、やれ、憎い。一つ躍って復、憎い。
ある一瞬から声が聞こえる
嗚呼、嗚呼、悦び。快き、快き。
そして呻きを上げるであろう。数々の一瞬が!
鬱、鬱、人性の深さ。探究の虚しさ。
辛苦、耐えうることのあまりの脆弱さ。
嘆き、嘆き、一息の深さ。ため息の孤独の深刻さ。
夏はめぐりめぐって
再び ふる里の渚を歩く
十歳の夏
学友たちからシカトされ
独り渚で百の石を割った
彼らとの交流を絶つと誓ったあの日から
六十年の歳月が流れた
渚にて再び割る石
投擲した石の波紋が広がる
ひとつ
ふたつ
みっつ
それから 小さくなる波の輪に
枯れたこころを
投げ入れる
孤独を
投げ入れる
なにひとつ変わっていない
こころのあり様
誰もいない晩夏の海
とろりとした濃密な潮(うしお)に
身を浸し
言葉が枯れたぼくは
ただ静かに沐浴する
異様に暑い酷暑の夏が
少しだけ背中を丸め
後退りしたかのやうに後退すると
秋を連れてくる秋雨前線が
南下を始め、
雨音と共に秋の予兆を運んできた。
地を這ふ風は
最早上昇する熱を持ち得ず
滝壺の冷風の如く横滑りするのみの爬行類に変化し、
シュルシュルと吾に巻き付く。
さうして吾は落涙す。
愛に恵まれてゐるとは言ひ難き吾は
ほんのり冷たいとはいへ、
秋風でも抱き付かれれば、
愛に飢ゑてゐた吾は
欲情し秋風を抱き締めるのであるが、
それは個体ではない風のこと、
するりと吾の腕から逃げ果せ
吾はまた、愛に逃げられたと落涙するのだ。
哀しき哉
吾が抱き締めやうとするものは
悉く吾の腕から逃げ果せ、
結局、愛に飢ゑた吾の欲情はすかさず憤怒へと豹変し、
吾、瞋恚で顔を赤らめ、
空を瞠目す。
いつものように
朝が来る
私の朝は5時から始まる
今はまだ薄暗い
太陽が見えない
7月には太陽に
私は力無くおはよう
とため息をついていたけど
この夏 裏の畑に出ては
作物を食い荒らしていた
あの大きな鼠
たまにしゅるんと
残像のように翻るしっぽを見ていた
今朝何か茶色いものが落ちている
鼠の死骸だ
動かないが毛並みは
つやつや 目も開いている
こちらを見ているようで
私は半日ほど放っておいた
夕方になるとそこには
鼠がいなかった
昨日は今年亡くなった
父の部屋の整理をしていた
一眼レフのカメラを見つけた
父のここ30年ほどが
詰め込まれていた
花 絵 畑 彫像 山 川
私の妹 妹の子 母
父には 精神疾患があり
好き嫌いが非常にはっきりしていた
父のカメラの中に
私だけが不在だった
恐らく父の中にも
私だけが不在だった
目を背ければ
何かはいなくなって
目を向ければ
何かはいる
そんな自然の流れの中
私も時々不在になる
それはとても空気抵抗が小さいから
最短距離で 超高速で こちらに届く
きっととても鋭いから
防御する間もなく突き刺さるんだ
それはとても権力が強いから
僕までの専用道路を持っているし
加えて意地悪で横柄で自分勝手で
ブレーキなんて知らないんだ
届いたって読めないし
それだから返事も出せないし
溜まった下書きを渡す方法もない
専用道路は一方通行だし
僕の下手くそな発進は丸くてぼやけているから
出かけて30センチで消えちゃうしさ
針みたいに細くて
槍みたいに長くて
刀みたいに鋭い
こわくてたまらないよ
ため息の文字を読みたいよ
わからなくて 困ってしまうよ
どんな才能のない人にも、才能ちょっとは、ある。
才能を開花させる必要なんて、本当は、全然ない。
桜の花の蕾が開いて、ちょっとそれが良いと思う。
その花も、いつかは散るのさ。
人に迷惑をかけていない人はいないし、人に押し付けていない人もいない。
囚われの心がない人もいない。
なんでも良いと言うことは、暗闇で原生林の中に一人でいることを選ぶって、ことだよね。
それで本当にいいなら、それはそれで、良いんだよ。
「揺らめく御灯明に照らされて」に評をしていただきありがとうございます。
いつもながら丹念な読みに感心しきりです。
夏生様の評に対して当方は何の不満もありません。
佳作、ありがとうございます。