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(あのーー、私が言うことでもないんですけど、詩は自由を旨としていますから、どこにでも投稿しようと思えば、投稿できないところはないんですけど、いきなり大きなところに挑戦しても、世の多くのものがそうであるように、ポッと書いて、ポッと通用する、ポッと賞が取れる、なんてことは、まずありえないことというか、相当に稀有な話なのです。
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お母さんの調子が悪いので
訪問日に見に来てください
訪看さんから連絡があった
母は色々な精神障害を持っている
今はうつ症状がひどいらしい
ちょうど私の仕事の休みの日に
訪問看護師さんの訪問日があった
その日母と看護師さんと私で
久しぶりに顔を合わせた
母は押し黙ったまま動かない
そのうち静かに泣き始めた
今にも消え入りそうな声で
寂しい寂しいと繰り返している
ああ私が子供の頃からの声だ
そのうち母の泣き声が聞こえなくなり
だんだん意識が遠くなる
私は昔住んでいた岬の町に迷い込んでいった
岬の町並みはいつも
強い海風にさらされている
いたるところに石が積んであるのは
家を守るためだろう
その石積みにはいくつもの
赤いよだれかけのお地蔵さん
あまりに古いものは表情が
消えかかっているものもある
みんな青い海を見つめている
その海までは10歩といったところに
たくさんの小さな家が立ち並ぶ
潮風に誘われるように私は歩き始める
家と家の間は狭く 1mくらいしかない
その細い路地を抜けると海だ
影になった薄暗い路地をそろそろと進む
狭ければ狭いほど気持ちが落ち着く
もしかしたら私には猫の血が
流れているのかもしれない
そして私の好きな時間は1人の時だ
いつも1人は落ち着くし安心で
1人で静かな時間を過ごすのが本当に好きなので
私には母の寂しいが今日も全く分からなくて
今日だっていつだってあてもなく
私の好きな岬の町を半分猫になって迷子になるしかない
いつも読んで下さりありがとうございました。本作では少しでも読み手に伝わる詩が書けて良かったです。私は1960年代後半生まれです。60年代、70年代のカルチャー、ウッドストックとか学生運動、反戦運動を行なっていた世代の人達にお世話になりました。そんな世代を生きた人達への憧れ、羨ましさ、失望、不満の感情だけではなく、批判や周りのせいばかりにして、甘えてしまって、無関心を装い自分から行動に移さない私自身、同世代を応援する気持ちも描きたかった。異質なものを排他したり、対立する考えを潰す、従わせるという方法ではない変革の仕方があるのではないか。それをリフォームで喩えてみました。今後も時代批判の詩を書きたい気持ちは強いのですが、とても難しいと感じております。
電車で勤務先のホテルへ向かう
反対側に乗って海に行きたくなる
そんな妄想を抱いてしまうのは
日頃からのことで
いつもの乗り継ぎで目的の駅に着く
勤務先の事務所に入ると
会社のクレドが目立つところに
掲げられており
最初にそれを目にすることになる
「私たちはお客様に非日常を提供します」
朝礼の接客用語声出し
おはようございます。
少々お待ちください。
お待たせいたしました。
かしこまりました。
ありがとうございました。
今日の宿泊予約をチェックして
リネン部門と打ち合わせ
今日はお客様が少ないですね。
そう笑う彼に
そうですね。お願いします。
その他の部門ともいつもの打ち合わせを行う
チェックインの時間
常連のお客様には
いつもありがとうございます。
新規のお客様には
ご利用ありがとうございます。
手続きはルーティンワーク
軽く会釈をしていく方
特に反応されない方
手だけあげる方
サービスに対する反応は様々
たまにクレームもある
改善すべきクレームと、理不尽なクレーム
理不尽なクレームは
残念ながらよくある
それを見ていた別のお客様
気持ちをきりかえて、いつものサービス
ありがとうございます。
お客様からの笑顔でのお言葉
業務が終わり帰宅する
先に帰ってきた妻が夕食を作ってくれていた
いつもありがとう。
私も疲れているし妻も疲れているだろうから
急にどうしたの?
そう笑う妻、一緒にビールを飲もう
今回も読んで頂き、誠に有難う御座います。その上、細かな所までご感想や評を頂き、とても勉強になりました。これからの創作の参考になりました。ありがとうございます。
いつまでキツい靴で歩き続けるの?
足の指も形も変わっちゃって
痛みは足首から膝 そして股関節から腰まで
気付けばまともに歩けてないじゃないか
普通に歩いていると思っていた
社会に出て靴を履き替えて
いろんな靴を履いてきた
最初は足に合った靴を探していたのに
気付けば靴に足を合わせて
押し込んで痛みを我慢して歩いてきた
そろそろ靴を脱いでみたらどうだい?
靴下も脱ぎ捨てて
素足で歩いてみなよ
アスファルトは冷たいかい?
土の上はどうだい?芝生の上は?
誰かが言ってくれた
『君は何処を歩いてるの?
ちゃんと自分の道を歩いてるの?』
俯いた顔を上げて見渡した
横には海が広がっている
夏の日差しの下 キラキラと輝く水面
靴も靴下も脱ぎ捨てて裸足で砂浜へ走った
砂は思ったより熱くて
それでもまだ感じることの出来る足が僕にはある
さぁ どの道をありのままの裸足で歩こうか…
水無川様、いつも評をしていただきありがとうございます。
これを書いていた時は、少しふさぎ込みがちだったので自然と死にまつわるテーマに惹かれていました。自分が死んだら誰がどんな顔をするのだろうということをよく考えます。悲しんでくれる人があんまりいなさそうで、大抵その後虚しくなるのですが笑。
そういう思いを膨らませてこれを書きました。
ブルーな気持ちではあったんですけど、メソメソはしすぎないように気をつけていたので、感傷に溺れていないとおっしゃっていただけて嬉しいです。佳作の評もありがとうございました。また投稿しますので、よろしくお願いします。
島様、いつも評をしていただきありがとうございます。ご指摘いただいた「おんなじことで 吹き出してしまった」は、自分の中のイメージとしては、例えば一緒に街を歩いている時に、看板にクスッとなるような書き間違えをお互い見つけて、別にそんなに面白くもないはずなのになんだかすごく笑えてきてしまうみたいなシチュエーションを想像しながら書きました。
なかなかそれを簡単に言い表す表現が難しくて、結果上記のような表現に落ち着きました。
普段短い詩はあまり書かないので、これでいいのか心配でしたが、一度島様に見ていただきたいという思いで投稿させていただきました。
なのでちょい甘の名作をいただけてほっとしております。とても嬉しいです。
さらに良いものを書けるように頑張りますので、これからもご指導よろしくお願いします。
孤独
おそろしい言葉
この世で最もおそろしいことかもしれない
真の孤独を受け入れたとき
人は人でなくなる
人は人と繋がっている
どんなときでも
それを忘れちゃいけない
いや忘れることなどできないのだ
受け入れなきゃいけないのだ
人はときに独りでいたくなる
物理的にも
心理的にも
人が人を嫌になることは
よくあることだ
しかしそれはできっこないのだ
一般的な社会生活を送っている限りは
人が人を本当に見捨てるには
ほとんどの事柄を見捨てなければいけない
それは例えば親兄弟にも値する
怖ろしいことだ
心が心底 震える
人が人を愛することを
こんなにも難しくしたのは
誰だろう
誰だっていいのだ
愛というのは
とても大きなものだ
小さな枠に捉えられるものではないのに
人は枠を欲する
例えば恋人であったり
夫婦であったり
親子であったり
ペットであったり
愛を枠で捉えたがる
決して悪いことじゃない
正しいことだ
そうだ問題なのは
そこに幸せを繋げたがることだ
愛があるから
幸せとは限らないし
不幸せともいえない
それは別の事柄
愛は何かと何かを
繋げるものかもしれない
親兄弟を
他人を
男と女を
動物や植物を
その他ありとあらゆるものを
繫いで結びつける
それが愛なのかもしれない
そうだと信じたい
信じることも愛の一種かもしれない
信じることは大事だ
信じる心があれば
人は孤独から救われるような気がする
難しいけど簡単だ
簡単だけど難しい
それが愛
それが信ずる心
今 孤独である人よ
恐れなくて構わない
人は誰だって
いつだって
孤独からは逃れられない
心底愛する恋人がいたとしても
母の愛を一心に受ける子であったとしても
孤独は免れない
そうでなければ
なぜ子供はあんなにも泣くのだ
すぐ目の前に母がいるのに
何かを見失い泣く
伝わらないと泣く
そう伝わらないのだ
愛は確かに何かを繋げるだろう
だがそれを相手に直接伝えるわけではない
都合のいいテレパシーなど存在しない
だから誤解を生む
誤解は孤独を生む
どんな間柄であっても
どうすれば孤独から逃れられるのか
それはやはり信ずることではなかろうか
わかってくれていると
思うからこそ
赤子は泣かないのではなかろうか
笑うのではなかろうか
孤独よ
お前は
信ずることを忘れた
人間の心なのか
ならば愛せよ
誰でもいいのだ
眼の前の自分を愛せよ
他人は自分の心に存在するのだから
鏡を見よ
己の手を見よ
血が流れている
お前は生きているのだ
お前はお前を信ずることはできるのだ
そうして
お前は今
生きているのだ
泣くがいい
泣けずともかまわない
笑えばいい
笑わずともかまわない
今
お前は何を思う?
何かを思い出すであろう
手
それはかつてお前の愛するものと
繫いだ手なのだ
今
お前は誰と手を繫いでいるのだ?
誰とも繫いでいなくとも
お前はお前と手を繫ぐことができる
お前には両手があるのか?
あるのなら簡単だ
五本の指を組み合わせて
握りしめるがいい
それは祈りの形だ
祈り 思い出すがいい
かつて愛する誰かのために
祈ったことを
お前には両手がないのか?
なくても簡単だ
お前は今までの人生で
祈ったことはあるはずだ
母や父のことを想い
祈ったことがあるはずだ
母や父がおらずとも
育ててくれた誰かのために
祈ったことがあるはずだ
今は
自分自身の明日のために祈るがいい
孤独は去っただろうか
一時でもいい
ならばそれでいい
孤独はおそろしいと言った
それは
間違いかもしれない
孤独はいつでも
誰でも持っているのだから
人間は間違える
間違え続ける
間違いの数だけ
正解はある
そこへ辿りつくことができれば……
道すじが見えたなら
孤独でも大丈夫だ
人は一人で生まれない
ならば一人でも死なない
そう信じて
愛に導かれて
孤独を受け入れよう
三浦志郎様
『河原で』に評をありがとうございます。
前回の評で「今後も見ていきたい」と書いてくださったので、今回も投稿することが出来ました。私は気にしいの小心者なんです。そのくせ、変なところで怒り出す。
石積み、人の作った物がこの世にあるということと、賽の河原のことと両方です。そして、賽の河原のことをもうちょっと調べた時に『賽の河原の石積み、転じて報われない努力、人生もそういうものかも」というのを見つけまして、「何をぅ💢!!」という気持ちが詰まったのが三連です。
二連、気高さを感じると言ってくださってありがとうございます。人の営み、人の作り出すものに見合う文章が書きたかったんです。たぶんまだ足りない。
今の終連の移動ですが、四連の後に少し文を変えて移動をしようかなと思っています。もう少し考えます。
ありがとうございました。