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三浦様、詩の評をありがとうございます。
歌にもなりそうな気がするとのことでしたが、歌は詩(うた)でもあり、時折気にして書くこともあります。この詩も最初の方はそんな気持ちで書きました。最近、形而上のもの、抽象的な表現が書けることがあり、この詩の前半もそんなアプローチを意識して書きました。
いつも本当にありがとうございます。今後ともよろしくお願いいたします。
お先に失礼致します
1 理蝶さん 「手遅れ」 6/16
試みに「つもり」を引いてみるとー
「前もって考えていること。そうしようと思っていること。意図」
「実際はそうではないが、そうなっているような気持ちになること」
―とあります。日常、割と使われやすく、それだけにわかった“つもり”になってるけど、こうして、改めて詩に置かれてみると、なかなかややこしく侮れない面がありそうです。この詩を「向こう岸」から原因的に見ると相手の誤解もありそうだし、物事とは誠に多面的。「僕」は右から入ったのに、「君」は左から受けているみたいな……。これは男女間のことのようですが、ありがちな事でしょう。前記、ややこしい部分をよく把握しコントロールされているのを感じます。そういったエッセンスを踏まえて「向こう岸」「言葉のオールが漕ぎ出す」などの隠喩はなかなか練られていて詩をいい方向性に展開させています。終連前などは気持ちの上での、ひとつの解決策にもなり得るでしょう。終連はオチ的でもあり、この詩を総合的に回収していると思えます。佳作を。
アフターアワーズ。
タイトルはちょっと違う方面という気もするんですが……。「つもり」?「向こう岸」?
判断はお任せしますが、ちょっと考えてみてくださいな。
2 ベルさん 「初恋」 6/18
「校庭のブランコ」で、この詩が小学生時分であることがわかります。こういう設定の知らせ方ってけっこう大事ですよ。いい感じ。さて「転校生」です。こういう人は気持ちがとても不安定です。
(どんなとこ?いじめられない?打ち解けられる?友だちできるかな?)全てが疑問符。こういう緊張をほぐすのは在校生の率先した声掛けです。打ち解けて扉を開けておいてやることです。
その意味で1連に見る「僕」の触れ合いは正しく優しいです。その気持ちがやがてタイトルにも繋がってゆく。ただ、そういう微笑ましい中にあって、下記の行は僕を妙に落ち着かなく哀しい気持ちにさせるのです。
その一瞬のジャンプが
永遠になった
僕はまだ生きてる
……です。もしかすると、この部分がこの詩の肝かもしれない。2連では此処が現在で前連が遠い回想部分であることがわかります。どのくらい経ったかは明らかにされませんが、その書きぶりからすると、だいぶ月日が経った「今」を思わせます。
上記抜き書きが何を意味するか、僕が何を連想したかは敢えて書きません。ですが、転校生という境遇も含めて、今に蘇り、今も共に歩む過去であるようです。佳作を。
3 エイジさん 「永遠のこだま」 6/19
たまたまの偶然を結論的に書くと、これ、歌にもなりそうな気がしてます。多少分析的になりますが、
まず初連はイントロにして序論にして総論的。以下、サンプルの連です。蜘蛛・レコード音楽・書物。
(蜘蛛の登場がおもしろいですね)いつでも、どこでも、何にでも“常在”する、の謂いでしょうか。
さて、それはなに?書かれていません。書かなくていいです。書けないです。詩はそれを感じさせるだけで充分な存在と僕は思っています。
5連からは以前の定型的を離れて、詩的結論を得る為の態勢を取っています。6連が結論、それを踏まえて7連で、願いや祈りにまで至る。構成の妙と言っていいでしょう。これらの部分を読むと「時間・空間」は下部概念として把握されています。すると、もっと形而上にある何か。
ところで経済用語に「見えざる手」がありますが、経済学を離れて、この言葉を詩的に把握しイメージを広げていくと、この詩のタイトルにも近づけそうな気もしてきました。「見えざる手がもたらす永遠のこだま」―なんちゃって……!この世界に大きく投網するような把握の仕方。佳作です。
4 晶子さん 「私」 6/19
シンプルに読めますが、不思議な詩です。難しい言葉はひとつもありませんが、この詩の真意を含めて指向するところのものが難しいのです。この詩は後半すなわち「私は今」から最後までをよく検証する要ありと認めます。「私」とは「晶子さん、Aさん、Bさん」ではなく客体化された「私」。
人間全てを大括りに集積して出て来た総体としての「私」―僕の場合、そうとしか捉えられないのです。生死のラインに人を等しくおけば、これすなわちみんな「私」です。私事になりますが、「あなたの立っている~囁気かけるのです」のくだり、今僕が関わっている自作と底流で繋がっているのです!個人的に非常に共感できるのです。さて、終わり3行もすこぶる難しい。ただ、上記「総体としての私」を援用すれば、辛うじて解釈できるか?
エイジさんと同様、これは実は壮大な詩ではないか、そんな予感があります。そういったものが「私」というパーソナルな語感の中に埋蔵されているのではないか?地下の宝物のようにです。佳作です。
評のおわりに。
6月もあと1週を残すのみ。今年の半分が終わることになります。この早さ!
紫陽花が枯れてゆくのを見るのが恐怖の日々。 では、また。
井嶋りゅう様
この度は詩集のご上梓、おめでとうございます。
念願だったとうかがいました。
「影」を通して井嶋さんの気持ちや考えに
触れさせていただければと思います。
改めまして、おめでとうございます。
墨絵のイメージ、濃淡の感じ方、私も同じように感じるのでハッしました。嬉しい驚きです。
できるだけ余計なものを削ってみて、濃淡のグラデーションと墨絵のような余白の拡がりと余韻を意識したのですが、やり過ぎて遠ざかっちゃったかもしれませんね^^
おかげさまでもう少し客観的に見れそうです。ありがとうございました。
また朝だ
カーテンから
太陽が手を伸ばして
握ってくるから
握り返して、引き上げられる
その中にいた、淀みを流して
笑ってくるから
僕が手を伸ばして
空を掴んだ
それから
逃げることができるのに、
夢のような時間を、貪ってる
沈んだヘドロみたいな現実を。
ずっと見なかったフリを、し続けて
そのまま、
生きている。
呆れた
雨音様、「その次のこと」に評をいただきありがとうございました。
今回の詩はまんま実話?といいますか、そのまま内容のまま感じたことを書きました。今年は気候のせいか何故か桑の実が豊作で、いっぱいとれました。お菓子の材料に使おうと思っています。詩の技術的な部分に関してはもう私は全然わかっておりませんので、指摘していただくと嬉しいです。助かります。
最後の部分のトーンに関しては全然意識してなかったので、考えてみます。ただその最後の一行が最終的に伝えたかったことを含み、最後にタイトルへと帰っていくようにしたかったので、ちょっと意図が先走ったかもしれません。
ありがとうございます。また次回よろしくお願いいたします。
この度も評をいただきましてありがとうございました。
佳作をいただきとても嬉しかったです。
人間でないものにセリフをつけたり、飼い猫に勝手にアフレコをしたりして遊ぶのですが、そういう詩を書くのもいいのかなと思えました。
月光は言い換えで見てみましたが、「蒼白い光」
あたりがいいかなと、なんとなく思っています。一個のモチーフを見つけるとそれに集中して表現の仕方も集中してしまうので、言い換えは広がりをもたせるためにも確かに大切だと思いました。
いつもありがとうございます。
また投稿をすると思いますので、よろしくお願い申し上げます。
時代が彼らを求めていたのか
それとも
彼らが時代の変化を導いたのか
ドキュメンタリー番組を観ながらそう感じた
先入観を持たず
ありのままを受け入れる姿には胸を打たれる
影響力を持つ人は皆ではないが
手本となる人がいる
見習いながらも自分の答えを出し
未来の為に今を大切に生きている
そこまで到達していないが
私も少しずつ手本となる人を見据えながら
日々を暮らしていきたい
誰のものではない
自分の人生は自分で切り拓いていくものだから
アドバイスを受けつつも答えは決まっている
背中を押してもらいたいのだ
確信が無いと前へ進めない
ただ単に臆病なだけかも知れない
乗り越えた先に何が待っているのか
すぐには答えは出ないけれど興味はある
皆、壁を壊す為にあらゆる努力をし今を生きている
未来の自分に繋ぐために
湯舟にたっぷりと浸かり
すこやかに濡れる
ちいさな背中の蒙古斑
思春期になったとき
あなたは気にするだろうか
雨の朝を
閉じこめたように優しい
その色を
プールの授業中
背中に注がれる視線を
恐れるだろうか
空を模す
紫陽花のように淡い
そのあざを
降りくる灯りと
立ちのぼる湯気に包まれて
曇った鏡に
わたしを描いてくれている
肩甲骨の滑らかな尖りを
そっと撫でると
くすぐったそうに笑いながら
振り向いて
水飛沫を浴びせてくるあなた
それとも
いつか腋窩に生えてくる
か細い毛を
気にしだすころには
消えてしまうだろうか
夏の光に飲み込まれていく
紫陽花のように
ご批評ありがとうございます。
お褒めの言葉に少し照れてしまいます。
今回は推敲の甲斐があり、苦手なリズムが良かったのかもしれません。