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編集・削除(編集済: 2025年01月02日 01:55)

青島江里様 評のお礼です 紫陽花

青島様 こんばんは。青島様も、ちょうどさつまいもに注目されてたんですね。嬉しい。私先程、焼き芋いただいてました。美味しい季節です。
我が家の男の子は、何だかいつまでも幼いところがあり、しばらくくまちゃんと寝てました。え?まだ一緒に寝てる??ってくらい。外で強さを求められるせいなのか、精神安定剤だったんでしょうね。何もかも可愛らしかった頃を思い出しながら、くまちゃん回顧録を詩にしてみました。佳作ありがとうございます。

編集・削除(未編集)

青島江里さまへ 評のお礼です  樺里ゆう

青島江里さま

拙作へのご感想と評をありがとうございました.またあたたかくお迎えいただきありがとうございます.
「思った」「思い当たった」等の言葉を使わないことは,目から鱗でした.私も思いや考えを詩にするので,大変勉強になります.
詩の中で主張したいことを一つに絞るのもやはり大切ですね.
ひとに読んでもらえるのは本当にありがたいことです.
これからも精進いたしますので,どうぞよろしくお願いいたします。

編集・削除(未編集)

10月 4日(火)~10月 6日(木)ご投稿分、評と感想です (青島江里)

◎10月 4日(火)~10月 6日(木)ご投稿分、評と感想です。

☆くまちゃんはニュアンスグレー  紫陽花さん


小さい頃って、ものすごいお気に入りのグッズに出会うことがあり、ずっと一日をともにするところまでいくということも耳にしますね。周辺のお子さんでも「うちの子はずっとお気に入りのタオルをはなしません。」というお話を耳にすることもありました。

水族館でひとめぼれ!なんてしあわせな白熊さん。朝から晩までずっと一緒。途中で、商業施設で置き忘れて、離れ離れの危機を迎えるも、無事に再開!息子さんにとっても一大事な出来事だったでしょう。

第三者からみれば、子供さんがおもちゃを大事にしているぐらいの見方で終わってしまいそうですが、息子さん本人にとっては、アルバムに家族写真を並べるような大切な物語であるのだろうなと感じさせてくれました。

何よりも、そのような息子さんの仲間を大切に思う気持ちに気づき、見守ってあげているお母さんの気持ちが感じられる詩行がまぶしいです。

年月を重ねてくたびれていくぬいぐるみの様子を、負ととらえず、優しくうけいれてくれた証ととらえたところが、ほほえましいです。そこから更に自身について見つめ直す展開、白熊の灰色=息子さんの成長の足跡のように感じさせてくれるところが、反対に真っ白な心の色を反映させているようで、印象深かったです。

息子さんだけではなく、お母さんの成長をも感じさせてくれる作品になっていると思いました。佳作を。



☆季節工場【秋】  秋さやかさん


近頃、特に台風が過ぎ去った頃から、酷暑と呼ばれた時期より解放され、秋めいた気候なってきましたね。この作品は、そのような時期を思い起こさせてくれました。

作品を拝見した後、私は、はたちよしこさんのレモンの車輪」が思い浮かびました。レモンを切った断片が車輪みえて、薄く切るごとにシャリン、シャリンと音を立てて切れて、まるでレモンがどこかに動きたがっているように思えるという感じの素敵な作品です。こちらの作品も薄荷飴の味。あのスーッとする感覚が、季節がわりの風と似ているというところを起点として、そこから独自の物語を展開されている部分が面白い発想になっていると思いました。

さて、細かい部分をみていくと、三行目ですね。「忍ばさせた」は、「忍ばせる」の方がよいと思います。またそのあとの「どこにでもいるような人」は、省略しても意味は通ると思うので。「いつもどこかに飴を忍ばせるような人」とまとめてしまってもいいかなと思いました。あとは、「どこかに」ですが、忍ばせることができるのは、一般的に思いつくのは「かばん」か「ポケット」あたりになると思うので、具体的に記した方がわかりやすくなると思いました。

あとは最終連の「帰ってゆきました」の部分。どのように帰っていったかということを、更に付け加えることで、作品の雰囲気も変わってくると思います。私は、作品の最初に飴を忍ばせるような方々ということから、飴の好きな人ということで、分けてもらった飴のかけらをもらった嬉しいから早く帰ろうという気持ちになっているのではないかと推察しました。なので「いそいそと」をつけるかな。こんな感じでなにかひとつ付け加えることで、詩が動くと思いました。

あと、「台風」という言葉なのですが、このままでも全然大丈夫なのですが、「台風」というと、報道での被害の様子が入ってきて、涼しい風を味わう気持ちになれないという方もいなくはないと思うので、少し響きをずらして「夏のあらし」あたりにするのもいいかもしれませんね。まぁ、ここまで深く書きかえる必要はないとは思いますが。

童話やアニメーションにもなりそうな、作品。素敵な発想だと思いました。今回は佳作半歩手前で。



☆もうひとつの償い  妻咲邦香さん


この世には理不尽なことが多すぎる・・・そのようなことを思う日がたびたびあります。
連日に報道される話題の中にも、なぜこの方がこのような思いをしなければならないのだと思うことも普通にあります。

あえてバックボーンは書かないで投稿されたということですが、色々あてはまりそうなことがありすぎて、どういう時のことがあてはまるのか、私にはわかりませんでした。だから、知られたくなかったのであれば、ご安心ください。

ひとつだけ。あの人の優しさという想定です。読み切れずにすみません。「あの人の偽りのない気持ちがそうさせた」「あの人の優しさが深い霧で曇らぬよう」・・・思い浮かんだのは、SNSで知り合った人が共に命を絶つという記事です。ほかにも思い浮かぶものがありましたが、私の中で確定して拝読することはできませんでした。

この作品の中で一番印象に残るのは「~受け入れられずに/傷つけました/罵りました」の部分でした。

どういう想定かはわかりませんが、私は罵ってしまったことは、罪にはならないと思います。なぜなら、それは人の自然な気持ちだから。命を奪われてしまって沸き上がってくる思いを、我慢して我慢して、抑えきれずにぶつけてしまったのであれば、なおさら。自分を責めて責めまくって、心も体に不調をきたしてしまったら、生きていくことができなくなるから。その人の分まで生きていかないといけないから。けれど、ずっと罵り続けることは、自らの性質に汚泥を塗り続けるような行為になるような気がしますし、何も前に進まなくなる気もします。だから私は、奪われた方が生きたいと望んだ世界に少しでも力を添えることができるように、少しずつシフトを切り替えていくようにするのがよいと思っています。我慢できずに発生した罵声は仕方ないことだと思うのです。人間は神様ではなく、あくまで人間だから、100%善い人になろうとしてもなれないと思っています。それよりも何よりも、罵声をあげてしまった時のことを、罪に思ってしまったその時の自身を誉めてあげることが大切なのではないかとも思いました。

さいわいにも、人は地球上にたくさん存在し、理不尽を投げかけてくる人ばかりではありません。辛い気持ちを隠していたとしても、同じような体験をした人が気づき、そばにきてくださるケースもあります。奪われて残された者だって大変なのです。重いものを背負ってしまったような気持ちになり辛くなるのです。少しは薄れたかというような時期になっても、ある日突然色濃くなったり。その時は、我慢せずに泣くことも大切だとも思っています。

毎日を生きるって、手紙を書くようなものだと思うのです。だから、自分なりにこつこつと歩んでいけば、空の上にいる会いたい人にもその思いは届くと思います。会えなくても届くと思うのです。夢の中や、自然の風景に乗せて、そっと返信してくれると思います。いっぱい、いっぱい褒めてくれると思います。この作品を拝読して、そのようなことを思いました。デリケートな思いがたくさん詰まった作品だと感じました。今回は感想のみとさせてください。



☆触れる 樺里ゆうさん

樺里ゆうさん、おかえりなさい。ごていねいなご挨拶をありがとうございます。じっくりと、マイペースで、詩の時間をたのしんでいただくことができたら、とてもうれしいです。よろしくお願いいたします。

どうして人は、愛おしいと思うと触れたくなるのか。思いっきり考えたことは、ないかもしれません。自然現象・・・。そんな感じで受けとめていた感じがします。

好きな人同士ではなくても、小動物を家族として迎え入れて過ごすうちに、たとえば、犬や猫がかわいすぎて抱きしめてしまうことは多々ありますね。人って、う~ん、人に限らず、生き物って、ぬくみがあるから確かめたくなるのかもしれないですね。

そんなことを考えているうち、作者さんが考えているようなことが頭に浮かんできました。たしかに、考えてみれば、くちもとは、言葉や音を発する場所でもあるし、生きていくのに必要な食の入口でもあり。大変重要なところだったりしますものね。

人が生きてきたこれまでをふりかえり、そして出した結論、言葉が出なかった頃の名残であるという発想は、はっとするものがありました。

詩の全体を見て感じたことは、「わたしにはわからない」とされる部分の比率が多めのように思うので、整理してみるといいかなと思いました。

五連目ですが、他の連に比べると、一行の文字が飛びぬけて多くなっているので、行がえしてもいいかもしれないですね。たとえば・・・・・・

でも考えるうちに人間は
言葉が充分でない時代の方が
長かったじゃないかと
思い当たった


原稿用に書くイメージを浮かべると書きやすくなると思います。

あと、私自身は、詩は思ったことや感じたことを書くと思っているので、できる限り「思った」や「思い当たった」を使わないようにしています。その言葉を省略できた分、仮に投稿作品に字数制限があった場合、その分、他のことを書く余裕も生まれてくるからです。文章っぽくならないというよい点もあります。いつか何かのお役に立つことができたらと思い、追記してみました。

自分の思ったことを、言葉で表現できるって、気持ちいいですね。ふだんは、通り過ぎていることも、なぜだろうという気持ちをもって、見つめると新たな発想が生まれてくる・・・・・そのようなことをこの作品から感じました。今回は佳作一歩手前で。



☆キリギリス Osadaさん 


虫の音がよくきこえるシーズンになりましたね。自転車のハンドルにキリギリスが止まっていたそうですが、こちらの方でもつい先日、家のポストにキリギリスが止まっていました。

ハンドルに止まっていたとして終わっていれば、それでおしまいになっていたかもしれません。どうして詩になったのかと考えれば、やはり、もう一度みにきてやろうという思いがあった・・・その部分が大きいと思います。

結局のところ、荷物を置いてからもう一度見に行くの部分ですが、忙しさのあまりに忘れてしまうことになりましたね。ハンドルを見て思い出し、キリギリスについてもっと知りたくなるということになる展開。そして、人にまでキリギリスのことについて尋ねてしまう展開。キリギリス愛がじわりじわりと広がる様子がうかがえます。

ただただ、自転車のハンドルにキリギリスの止まっていたことを見かけて気になったという場面をテーマにしているのですが、感情を込めると、このように詩のかたちになるのだということをみせてくれている作品になっていると思いました。

広い場所に気持ちよい秋風が吹いていくような、さわやかでおだやかな詩の流れが心地よく、エッセイの風味も帯びていて、個人的には、登場する場面のひとつひとつに色がついている風景が浮かんでくるような、その世界にとても入りやすい作品になっていると思いました。

気になったことは、もう一度見に行くことを忘れてしまったことの原因の部分ですね。一から十まで書きたい気持ちはわかるのですが、盛り込みすぎていて、キリギリスのことよりも大きく幅をしめてしまっている感も否めないです。あと少し、整理することをおすすめしたいです。

最終連の「初夏の稲葉のような~」から始まるレトリックは、お上手だなと思いました。拝見しているだけで、自転車に毎日乗るたびに思い出すキリギリスのことと、時間が経ってその思いが薄れてきた頃には冬がくるんだということを彷彿させてくれました。色付きの時間の流れを感じることができました。日常のさりげない風景に切り込みを広げて、季節感あふれるおだやかな世界をみせてくれた作品。今回は佳作半歩手前で。



☆暗数事案 暗沢さん


投稿していただいた作品を拝見する時は、その時々そのままに感じたことをもとに、読み進めさせていただいているのですが、今回の作品について、私の読み込み力不足のため、何度も読み返すことになってしまいました。

つまずいてしまったのは、一連目。最低限の設備が整っている安いホテルに宿泊している人の様子が思い浮かびました。

そんな手頃な密室は
恰も手狭な空間にうごめくものを
別のフロアへと運んでいくようだ。

この部分の状況が見えにくかったです。更に、

目覚めと同時に定位置へと戻る、無意味な昇降である。

この部分。一行目からでは、定位置とはどのような場所かとは推測しにくく、また、無意味な昇降と記されている部分に関して、平坦なホテルの一室のどの部分を昇降するのかという迷いどころが発生してしまいました。二連目になるとなんとなく定位置というのは、カーテンを開く窓ということがわかるのですが、その窓が、サッシのような大きな窓なのか、小さい窓なのかということがわからないので、昇降という部分については解明できないままになってしまいました。

昇降に関しては、四連目にしてやっと、掃き出し窓という言葉を介して、様子を浮かべてつなげることができたのですが、もう少し前の連ではっきりさせていれば、個人的には、迷う時間も少なく読み進めていけたとように思いました。

四連目からは、スイスイと頭の中にその様子を思い浮かべることができました。私なりの解釈としては、今、自身が足を踏み外して命を落とすようなことがあっても、このような入り組んだ雑多なビル街、どこかの隙間に落ちてしまって、誰も気づかないかもしれない。事件のひとつに数えられることもなく、なかったことになってしまうかもしれない。そんな自身のちっぽけさ、世間に対する無関心な空気に対する虚しさ。そのような気持ちを、作品を通して感じました。

最終連の着地の仕方も訴えるものを感じました。「一級遮光カーテン」を使ったところがお上手だと思いました。その言葉を使用している連から感じたことは、世の中は、何かと便利になった。人の眠りを邪魔しないように立派なカーテンもつくられたりするけれど、それはよいことばかりではなく、朝に入ってくる光を断絶してしまい、朝の光で自然に目覚めるということも奪ってしまっている部分もある。時折、人の感覚に不安を覚えさせてしまうこともあるのだと。人の本来の規則正しい日常のバランスをいつのまにか崩していたり、個を守るということを重視しすぎることで、他の人への無関心を増長させている感もある。そういう世の中の空気に、時に大きな虚しさを感じるのだ・・・そんな気持ちが浮かんできました。この最終連、その前までの連が少し重めの雰囲気になっていることとは全く逆に、さらっと書き上げていますね。そんなところが、私にとっては、人のちっぽけさや世の中の無関心という部分を更に強く伝わるものにしてくれてくれているように思えました。

一連目と二連に迷う部分がなければ、個人的には、もっと、作品の世界の遠い部分に入っていけたのかもしれないと思いました。今回は佳作一歩手前で。



☆鈴 麻月更紗 さん

鈴っていったい、誰がどういうきっかけで発見したのでしょうね。調べたことはないですが、発見され、世に広めた方はすごいなぁと、この作品を拝見したあとに思いました。

なぜでしょうね。鈴の音って、人の心に響きますよね。色んな音があるけど、そんな中でも身近なのに飽きないし、どこかそばにいてくれるように響いてくれることもありますよね。作者さんは、この作品の中で、ご自身の鈴に関しての大発見を表現してくれていますね。日中は何も深く考えることはありませんが、たしかに、鈴が震えると、自身の心も反応するし、それが繰り返されると、鈴が自身の鈴を鳴らしているようにも思えてきますね。これは、詩を書こうとふだんから思っていないと浮かんでこない発見のようにも思えました。

鈴にも人にも心があるっていう呼応になる表現は、静寂なうつくしい空間をもたらしてくれました。

気になったことは、たった一点。二連目です。音色を「悲しかった」「嬉しかった」の言葉に全部まかせてしまっているとことです。どういうふうに悲しいとか、嬉しいとかを、作者さんの短くまとめた体験を添えると、更にぐっと、心にじわじわっとしみてくる作品になると思いました。今回は佳作半歩手前で。



☆SHOUT UP❗I M HUGRY❗  Diamond poet_muna さん


言いたいことを書く!胸の中にある、くすぶっているものを隠すことなく全部外に出す!
すっきりしますよね。そのあとは、少しだけ気が楽になったりしますね。

自分の思うことや伝えたいことを書くって、詩作に関しても大切だと思います。上手にみせたいあまりに、難解の単語や表現を連発したり、本来自分の書きたい方向とは全く別のスタイルを模倣してみたりするケースも中にはあると思います。

気持ちよく、すっきりと思うことを書くことができましたね。音楽をのせれば元気のある歌をつくれそうな感じもします。ここまできたら、次はこの自然素材を自分なりの表現に変換していくステップにつないでいけると思います。

詩のまん中あたりの「でも、ムカつかない」は、「怒ったら負け」という、著名人がよく話される理念につながるものがあると思います。経済とか経営とか、そんな感じのことを書かずに、自分が一番身近に思う話題の女の子に着地させたところは、茶目っ気たっぷりな表現になっているなぁと思いました。

Diamond poet_munaさんの作品に触れて気になったことは、「!」や絵文字を多く使っていることです。これは、とってももったいないことだと思います。親しい方とのメールのやりとりに関しては、文字だけではフォローできない部分を絵文字で表現することも必要になることもあると思います。ですが、詩作に関しては、そのような感情表現を記号無しでどれくらい相手に伝えることができるかということを磨いたり、考えるという時間を満喫する楽しみがあると思います。作者さんにも、そういうことを楽しんでいただきたいと思うのです。自分なりに書けた時の達成感は、何とも言えないものがあります。時間があれば、挑戦してみてくださいね。ぜひ!



+++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++

秋本番。スーパーマーケットをのぞくと、まるまるとしたサツマイモが陳列されていました。蒸してよし!焼いてよし。揚げてよし。煮てよし。ごはんにしても、パンにしても、おかずにしてもよし。スイーツにしてもよし。こんなにレパートリーの広い根菜は珍しいかも。古くから愛されている日本の秋の味覚、栄養たっぷりなサツマイモ。世代を選ばず愛されるサツマイモ。今年も、おいしい秋をありがとう。

みなさま、今日も一日おつかれさまでした。

編集・削除(未編集)

齋藤純二様 評のお礼です 紫陽花

齋藤様 こんばんは。上手に書けましたとの評ありがとうございます!楽しく読んでいただけて嬉しいです。ティという魚はフナに似た白身の川魚をイメージしてます笑なんと、細かい笑笑多分食べ慣れない味で美味しくないと思います。ただ、このショーパブはこの世のものとは思えない美しさのはずです。ま、好みもありますが。私はどうも、水辺の妖怪がお好みですね。人魚やら河童やら。今回のお直し、最後の1行不要ですね。これは、私も河童の中に座っときたくて。でも、どこからの視点で私を混ぜようか悩んだ1行でした。なしの方がサラッと寝起きが良さそうです。ありがとうございます。
Twitter#の毎日詩は、皆様の拝読させていただいております。ほー!凄い!私もそう思うとか感動や発見もあり、楽しい#です。Twitterをウクレレメインで作ってしまったので。詩を投稿するのに気後れしております。まだしばらく詩を読むだけTwitterです。
しかし、そのうち読むだけを卒業したいのでまたまたよろしくお願い致します。

編集・削除(編集済: 2022年10月16日 19:11)

夫婦  秋冬

本当に
 苛々する
  どうして
   お前は
    そんなに愚図なんだ

背中を丸め
カートを押す夫に
背筋真っ直ぐな妻が
怒鳴り散らす

三十年後の自分を
思い浮かべる

体力が衰え
妻に怒鳴られる
なんて
まっぴらごめんだ

メモ書きを
頼りに
買い物をする日曜日の午後

老夫婦の
周りから
人は自然と消える

関わりたくない
見たくない
でも
ちらちらと
見てしまう

夫は
怒鳴られても
表情は優しく
言い返す気力もないようだ


本当に
 苛々する
  どうして
   お前は
    そんなに愚図なんだ

レジに並んでも
老婆の怒声は
変わらず続く

セルフレジで
あんな風には
なりたくない
と思いながら
マイバッグに
黙々と詰める

頼まれた食材から
夕飯は
餃子だと分かる

餡は妻が作り
包むのは私の担当だ


家に戻ると
妻は
リビングで
韓国ドラマを
出掛ける前と同じ姿勢で
見ている

 おじいさんは
  山へ柴刈りに
   おばあさんは
    川へ洗濯に

 おとうさんは
  スーパーへ買い物に
   おかあさんは
    ソファでドラマ見る

見ず知らずの
人々の前で
怒鳴られるくらいなら
買い物を言いつけられるくらい
何とも思わない

よほど
ドラマが面白いのか
ただいまと言っても
聞こえないようだ

私は
食材を
冷蔵庫へ入れて
ソファでスポーツ新聞を読む


餃子の餡を
包みながら
老夫婦の話をする

 あぁ、もちろん知っているわよ
 奥さんが認知症で
 旦那さんが介護しているんだって
 偉いわよねぇ
 隠すこともせず
 施設にも入れず
 一人で
 面倒を見ているんだから

私は
覚えてしまった台詞を
諳んじる

本当に
 苛々する
  どうして
   お前は
    そんなに愚図なんだ

 あぁ、それはね
 旦那さんが
 奥さんを
 しょっちゅう怒鳴っていたんだけど
 認知症になったら
 奥さんが同じことを言うらしいのよ

私は
浅はかさを恥じる

夫は
過去に
懺悔していたのだ

言い返せないのではなくて
すべて受け入れていた
ということか


好きとか
嫌いとか
良いとか
悪いとか
幸せとか
不幸せとか
そういうモノサシで測れない
切っても切れない縁を
夫婦と呼ぶのだとして

いつか
その日が来たら
私たちはできるだろうか?

編集・削除(未編集)

齋藤純二様へ御批評のお礼

まずご批評の御礼を申し上げます。ありがとうございます。
そして誤字の御指摘、お詫び申し上げます。これは完全に見落としておりました……。

鏡は言うまでもなく哲学や認知科学、古典、怪談と派生するイメージは様々ですが、やはり根本的に「自己」というものが絡んでくるモチーフだと思います。
ではそんな荘重なこと考えて書いたのかというと案外そうでもなく、何気なく見た鏡像が一瞬、自分の顔ではないように映った様な錯覚からだと記憶しています。
種として多様なイメージを作り出す一方、案外日常的なモチーフなのかなと再確認する次第です。

ちなみに私、鏡や写真に映るのが大嫌いでしてこれも種になっているのだと思います。改めまして、ご批評の御礼を申し上げます。ありがとうございました。

編集・削除(未編集)

齋藤純二様。評のお礼。  Osada

 今回もご批評をありがとうございました。

 1.2.3.と分けていて長くなったこと、そして五七五の文言を入れるなど初めての試み
でしたので、ビクビクしながら投稿しました(笑)。
 俳句としてビシッと決まった良句であればカッコいいんだがなぁと思いつつ、もちろん
程遠いので、俳句もどきを作ろうとあれこれやっている、よくいる俳句初心者のオヤジ、
というのを読み手に伝えて、クスッとでも笑いを取るしかないかと思いました。
 好意的な評価に感謝しております。助言をいただいた「七五調で‥‥」の行の省略に
ついては、私も気になっていたところで、一行減らすことが出来てホッとしますし、
ご助言のとおりにしようと思います。

 ありがとうございました。またよろしくお願いいたします。 

編集・削除(編集済: 2022年10月16日 16:06)

齋藤純二さまへ 感想のお礼です  樺里ゆう

齋藤純二さま

拙作へのご感想をくださり,誠にありがとうございました.
作品の雰囲気や展開の流れをどう感じるかは,当然読み手と書き手では異なると気づくことができ,
大変勉強になりました.
これからも精進いたしますので,どうぞよろしくお願いいたします.

編集・削除(未編集)

いや、なんでもないよ 理蝶

駅前の古い喫茶で
水出しのコーヒーを飲んでいる
君はなにやら名前の長い一杯を
流暢に店員に言いつけた
それはまだやって来ない

昨日の晴れ間の話や
明日からのどこかのセールの話
君はあちらこちらに話を飛ばして
僕はそうかそうかと相槌を打って
君はなんだか満足そうだ

ねぇ、僕はふと君に
ごめんね と
言いそうになる

なぜそんなことを
言いたくなるのか
僕にもわからない

きっとこの世には
心の中ですら
言葉にしてはいけない事がある
見つめてはいけない事がある
それに立ち向かうのが
ほんとうのぶんがくだよなあ
そりゃあ文豪も辛いよなあ

思索はその突起を
みるみる伸ばし 
心の内へ
外の通りへ
向かってゆく

気づけば君は
火曜のドラマの
報われない脇役を
憐れんでいた
あまりに地に足のついた
君の話は少し退屈

君に限らず
誰かと話をする時
微笑みを浮かべる時
細い涙をこぼす時

僕の心は冷えた操縦桿を
握っている
それもとびきりきつく
夜道に怯える幼子が
親の服に縋るように

僕の心は冷えた操縦桿を
握っている
それも錆び付いて重い
喜怒や哀楽
どのあわいに居ても
そこからすぐ抜け出せるように

ごめんね、ごめんね、ごめんね

君の元に
湯気のたつ
名前の長い一杯が
やってきた
たぶん名前からして
それは南米から
やってきたのだろう

ひとしきり喋り終えた君は
それを口に含んで
通りを見ながら
満足そうなため息をついた

編集・削除(未編集)

2022/10/11(火)〜2022/10/13(木)の感想と評になります。  齋藤純二

夢を見た     紫陽花さん     10/11


かっぱっぱー るんぱっぱーと歌が流れる昔のお酒CMを思い出してしまいました。そして上手に書かれていましたので拝読しながら映像として浮かんで来ましたね。
カッパと人間が共生している世界という、なんとも愉快な世界になっていますね。それも夢の話なので、語り部はかなりカッパに何か惹かれる魅力を感じていたのかもしれません。
カッパの国と日本との国交があり、綺麗なカッパはパブで接待をしてティという川魚を得て、泣き出したカッパも体を揺らし踊りだし、なんとも酒場の雰囲気も出しつつ面白く描かれています。上手。
「カッパ料理」の川魚、なんだか食べてみたいなあ、なんて思いました。しかし、人間の口に合うのかな……。

みんな同じに朝がくる
夜は今日のみんなの心を キラキラ星にして夜空に留める
そしてほーっと一息ついてから 朝にどうぞと空を譲っている
そこに目覚まし時計の音が混ざってきた

ここの表現が見事でしたね。酒場に夜明けが近づいて結んでい様子が見事でした。
ひとつ、最後の行で語り部(私)がショーガールになっていた、とあります。夢の話なのでなんでもありだとは思いますが、この語り部がショーガールとして語っている感じがまったくしないので、あれっ、と。この一行、要らない気がします。
それにしても楽しませてくれる作品で素晴らしかったです!

評価は「佳作」です。





干し柿     ゆきさん     10/11


日常のふとした場面から話がふくらみ、豊かな感情を表現されていて、たまらなくほのぼのと癒される作品でとても好きですね。そして、干し柿を見かけ祖母の美味しくなれと仕立てる様子や昔ながらの風景が浮かんでくるという、なんともほっこり感が心地よい作品になっています。秋という季節、センチメンタルな気持ち、干し柿、そりゃ祖母に会いたくなってしまいますね。
すでに完成形ではないでしょうか、こちらの作品。私から何だかんだ言えることはなく、いい作品だとお伝えしたいです。

「佳作」です。





まっくろねこ     nさん     10/11


初めましてnさん。齋藤ともうします。何卒、よろしくお願いします。今回は感想を書かせていただきます。

黒ネコのタンゴ タンゴ タンゴ
僕の恋人は黒いネコ
黒ネコのタンゴ タンゴ タンゴ
ネコのように気まぐれよ
ラララ ラララ ララ ニャーオ

歌の「黒ネコのタンゴ」がBGMで流れてきそうな、愛らしい猫ちゃんの詩に癒されます。もしかして、こちらの黒ネコちゃんも恋人について書かれたのかな、とも想像しながら拝読しました。黒ネコちゃんは宮崎駿さんのアニメにもよく出てきて、愛されキャラですね。私の個人的は黒ネコのイメージは小さな黒豹って感じで、ハンター気質で運動神経が抜群です。
だらしない顔して、自分に対して無防備な感じがとても癒されるのでしょう。気まぐれで寄ってきて甘えてくる、マイペースな猫ちゃんの雰囲気を上手に伝えながら、自分の世界を持っている猫ちゃんのなんだか羨ましいところも後半で表現され、そのひと時が素敵でいいですね。


あなたはいつも どこかとおく

だれも知らない星に住む

あなたしか知らない星に住む

だれよりやらかく

気高くさみしい


この後半の連です。黒ネコちゃんに惹かれる表現が見事に書かれています。上手ですね。出だしのつかみ、そして全体の話の流れ、シメといい感じで読者もほっこりできる作品でした。
(私の家にも猫が三匹いて、毎日癒されていますっ!
そういえば猫ちゃんの詩って書いたことないかも……
なんだか書きたくなりましたね)
ちょっとあれっと思ったところは、寝ている猫ちゃんが三連でベットに寝転んで目を覗き込むという場面があったので、起きているんかーい、となっていますので流れとしては一連と三連を入れかえた方が、しっくりくるような気がしました。

またのnさんの作品を楽しみにお待ちしております。





ゴビの荒野     樺里ゆう さん     10/12


ご無沙汰とコメがありまして、もちろん樺里ゆうさんの常連さんと知っていますが、私の評期間では初めてのようなので、今回は感想を書かせていただきます。もし過去に違うペンネームでご投稿されていたのなら、初めましてではないのですが、その時はすみません。
規制に引っかかるワードのひらがな、置き換えて拝読させてもらいました。

おっと、ゴビ砂漠に行かれたんですね。それは凄い経験だと思います。そこで得た十九歳の「しにたい場所」を感じる感性が凄いですね。そして、そこから誰にも迷惑を掛けずにしぬというゼロの状態への願望、分かるような気がします。でも、誰にも迷惑を掛けずに死ぬというのは無理なことだと思います。存在してしまったのなら、もしその人が誰にも分からないところで死んだとしても、気にかける人物が必ずいるのですから。それは生まれた者の宿命なのでしょう。
二十一歳での気付き。これはちょっとはショックだったかもしれませんね。もしミイラになってしまったら……。「死」について語っている作品ですが、クスッと過去の自分が大真面目に思っていたことに可笑しくなるというオチが、緊迫した流れから急に緩んでそう来たか、と微笑ましい感じがしました。ちゃんと覚えていたよ、と少し大人になった自分が過去の自分に言っている場面もほっこりとして結び、このシビアな感じから急展開して読みごたえのある素晴らしい作品になっていました。

またの樺里さんの作品を楽しみにお待ちしております。





偸盗     暗沢さん     10/12


面白い内容になっている作品ですね。姿を映し出す鏡やガラスは、ぼくの顔を盗んでしまうというのだから、なんとも不思議な世界を醸し出しています。一気に拝読してしまいます。たぶん顔を盗まれた原因は映し出す鏡やガラスではなく、やはりぼく自身と社会にあるのだろうと想像しながら拝読しました。作品全体が比喩で表現されているのが凄く斬新で素晴らしいですね。ぼくらしく生きていけない鬱憤を鏡やガラスをあいつらと言い、鮮やかにそれも見事に「ぼく」を盗んでしまうのだから、と語り読者をその世界へ誘っていることに成功していると思いました。ぼくの訴えかける口調も統一されていて上手く、話の流れもいい感じで凄いっ、と頷いてしまいましたよ。お見事です。
ひとつ「年期の入った」の「年期」は「年季」かな。調べてみてください。

もちろん評価は「佳作」です。





鍋の蓋は閉めた方がいいよ     まるまる さん     10/12


帰省された時の久しぶりの対面での何気ない会話で、ほっこりとしている感じがよく出ていますね。お母さんの嬉しそうな笑顔が想像できるくらい親子の会話が、うまく表現されている作品となっています。「鍋の蓋は閉めた方がいいよ」の一本ネタで括った構成もすっきりとして分かりやすく、親子の嬉しさが「何となく」(作中の言葉を引用)に伝わってきて、親子間の雰囲気がいい感じに表現された作品で素晴らしいです。
あとは少し推敲が必要かなと思います。会話の部分を統一した表記にして、繰り返しての同じ言葉は諄くなってしまいますので、その辺をブラッシングするとよいと思います。例えばで作品に触れさせてもらいした。
評価は「佳作一歩前」となります。


年末 久々の帰省

お母さんは

そばを茹でる湯を沸かしてた

鍋で


 鍋の蓋は閉めた方がいいよ


何となく

私が言った

 

 そうかしら


お母さんが応え
た
たぶん何となく



鍋に向かっていたお母さんは

くるりと振り返った



 蓋をして沸かすと
 
 お湯なんてすぐ湧いちゃうね
 
 あんたの言った 通りだね



お母さんは言った

嬉しそうに

 

 そうでしょう



お母さんの嬉しそうなのが

嬉しかった





時計     Liszt さん     10/13


ロータリーを眺めコーヒーブレイク。仕事の合間に心が風景へ溶け込み、時計の打ち込む時間を感じながら現実にある時間へ戻されてしまう設定がよく、いい感じで表現されていますね。
ここでユニークなのが時計塔を素知らぬ顔をして時を刻んでいくというような、時計塔を擬人化しているユニークさもさらりと書かれていまして、ここの連がまたカッコいいです!


永遠に変わらないように見える
のんびりした風景の中で
おまえだけが素知らぬ顔をして
せわしなく時を刻んでいく
周りにお構いなしに
味気なく
無情なほどに


三連の「それなのに ふと」の切り返えにひと工夫欲しいかなと思いました。このような言葉を使うのは便利なのですが、少し無理やり感がします。意味合い的には「しかし」「ところが」ってことなんですが、言葉でガツンと切り返しされた気がしたので、ナチュラルに流れたらよいでしょう。この部分、ご一考いただけるとよいかと。ロータリーの時計に気がつく様子を少し丁寧に繋ぐといいかもしれません。
最終行「さあ急いで次の客先へ行かなければ…」は、少し具体的に説明し過ぎて、過ぎてしまった時間に対して焦る雰囲気を出そうとしていると思いますが、全体の流れから見て最後に言葉が浮いている気がします。「次の客先へ…」ぐらいでいいのかもしれませんね。あと最終連の「そういえば」のこの言葉も読者は詩の流れからわかりますので、要らないかもしれませんね。散文詩で使っていた接続詞的な言葉にひと工夫してゆけば、連分けでの作品でもさらなる輝きを増すと思います。

作品の流れ、雰囲気はとてもいいですね。「佳作」です。





熱気球試乗会     Osadaさん     10/13


熱気球に乗られたのですね。高いところは苦手な私ですが、一度は乗って足をブルブル震わせながらも360°の景色を堪能したくなりましたよ。
楽しい休日でしたね。作品ももちろん「佳作」です。

自分たちが気球に乗る前の「いや!」という女の子の前ふりが、気球に乗るという凄い体験という臨場感が伝わってきますね。我が家でも似たようなことがありました。富士急ハイランドにあるジェットコースターに乗る寸前に次男が、怖いと言って辞退したことがあり、ああせっかく並んでいたのに……と。でも残りの家族で乗ったのですが、私は怖さをこえたのか笑い続けてジェットコースターを降りて来た時に次男のバツの悪そうな顔が忘れられませんね。すみません脱線でした。
Osada家はとても楽しまれたようですね。みーちゃんにとっても最高の想い出になったことでしょう。

作品はとても臨場感が出てまして、その場の雰囲気や景色、話の流れも丁寧に表現されています。読者もかなり楽しめて拝読できる作品に仕上がっています。
そうですね、俳句のところ。「」が俳句になっているんですね。個人的には「七五調で呟いている場合ではない」の一行を省いてしまうといいかな、と。俳句だよ、って頭でこちらの作品のその部分を拝読しましと、やはり話の流れがいいのに「俳句」っていう決まり文句として読み、そこで流れが持って行かれてしまい、切れてもったいないかな。

最終連では、いずれ飛び立つだろうみーちゃんの未来をも想像しつつ、今という時間の充実がとても感じられて素敵でした。ほっこりした気持ちにさせていただきありがとうございました!





。。。。。。。つぶやき。。。。。。。
MY DEARのTwitterで#毎日が辞書ダーツ詩という、テーマを辞書から選び出し作品をツイートしてもらっています。前に木村さんにも言われたのですが「テーマが難しい」と、私もそう思っているのですが、皆さんいろんな角度からテーマに沿った作品をツイートしてくださるので、楽しく拝読させてもらっています。紫陽花さん、暗沢さんも参加いただきありがとうございます。気軽に楽しまれてください。

ん〜、今週もテーマがレベチな感じですが……。みなさん、気が向いたら参加ください!

~ テーマです ~
10/16(日) #泡沫詩(うたかた。水の上に浮かぶ泡。消えやすいことのたとえ)
10/17(月) #虚誉詩(きょよ。実力に伴わない名誉)
10/18(火) #馬鹿念詩(ばかねん。物事に念の入りが過ぎる)
10/19(水) #星の国詩(そら。天)


「MY DEAR 詩の仲間たち」
https://mobile.twitter.com/mydear2000s

編集・削除(編集済: 2022年10月17日 22:36)
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