Q0388
神経症というのはだいたいどういうものなのでしょうか?鬱病とは違うのでしょうか。私は何をしても後悔する人だと思っています。だから、何かをする前にもう、つまらないことであとで後悔するかもとくよくよと考えすぎて行動できず、ひとり疲れてしまいます。この、ひとり考えすぎて疲れてしまうことから脱出する方法はあるでしょうか?なお、私は友人が少なく、相談もうまくできないので、自分で対処できる方法があれば教えてください。
A0388
簡単です。後悔することを先に決心しておけばいい。「よし、後悔しよう」って。きわめて簡単です。若い人によくアドバイスします。「あとで後悔する側を選びなさい」と。学校を選択するとか、友だちを選択するとか、職業を選択するとき、「どうしようかな?」というとき、安全な側を選んではいけません。安全な側には喜びがありません。後悔する側は、喜びがある可能性が高い。ただ、後悔するかもしれない。後悔したらやり直せばいい。後悔して「ダメだった」と思ったら、もう1回選択肢がありますから、より後悔しそうなほうを選べばいい。そうすると当たるかもしれない。でもやっぱり全然当たらなくて後悔するかもしれない。そりゃ簡単で、その次、またより後悔するほうを選べばいい。そうしているうちに、虞(おそれ)がなくなるでしょう。われわれは、考えること、くよくよ考えて後悔するとか、未来に不安を持つとか、考えることでもって、何をしようとしているのか?考えは、いったい僕らにどんなことをさせようとしているのかというと、今と同じことを続けさせようとしている。考えは、普通100パーセントといっていいほど、「現在やっていることを正当化させるため」に考える。神経症の人ほど、やっていることが汚いから、やっていることが醜いから、やっていることが嘘に満ちているから、たくさん考える。たくさん考えているのは、神経症の証拠です。ほんとに健康なら、ほとんど考えないで生きられる。だって、考えることなんか何もないもの。後悔することに決めてあるんだし。できるだけ不安な側に飛び込むことにしているし。当たらないかもしれない宝くじを買うことに決めているし。全然返ってこないだろう寄付はするし。そうすると考えることは何もないもの。こうやったら相手に好かれるだろうかとか、嫌われるだろうかとか、こうやったら、みんなに受け入れられるだろうかとか、受け入れられないだろうかとか、考える必要がないもの。「あっ、嫌われよう」と思っていればいいわけだし。みんなののけ者になっても、私は私の一番やりたいことをやる。それが私の力を、私の持っている可能性を、この世の中に一番活かすことになるんだろうからと思うから。もしも、人に決めてもらうと、私の持っている可能性を最大限発揮できない。私の持っている力を一番大きな形で、世の中の歯車と噛み合わせて、それで世の中に対して私のエネルギーをパワーを与えていくというのが、私のこの世の中の方針だと決めちゃえば、考えることが何もない。逆をやっている人は、絶えず他人が自分をどう評価するとか、どう考えるだろうかとか、みんなが私を好きになってくれるだろうかとか、私の好きな人は私を嫌いじゃないだろうかとか、私のやったことは報われるだろうかとか、考える。ということは、神経症なんです。その人は結局何もしていない。ものすごいエネルギーを使って考えているけど、それは犬が自分の尻尾を追っかけてぐるぐる回っているように、ただ飯を無駄に食っているだけで、何ひとつ生み出していない。その生き方をやめてほしいと、アドラーは言った。いつも、リスクテイキングをしなさい、いつも後悔する側を選びなさい、いつも不安なほうへ入っていきなさい。安全な側を選択するのをやめなさい。そこを基準にものを考えるのをやめなさい。あなた自身のパワーをあなた自身の可能性を、どう世界に返していくか、どう他人に役立てるかを考えなさい。その見返りを求めるのをやめなさい。そうすれば考えなくてすむでしょう。そうすれば神経症から抜け出せるでしょう、と言いましたが、どうですか?やってみません?後悔する側を絶えず選ぶこと。(回答・野田俊作先生)
2,子張、政を孔子に問いて曰わく、何如(いか)なればこれ以て政(まつりごと)に従うべき。子曰わく、五美を尊び四悪を屏(しりぞ)ければ、これ以て政に従うべし。子張曰わく、何をか五美と謂う。子曰わく、君子、恵(けい)して費やさず、労して怨みず、欲して貪(むさぼ)らず、泰(たい:ゆたか)にして驕(おご)らず、威あって猛(たけ)からず。子張曰わく、何をか恵して費やさずと謂う。子曰わく、民の利とする所に因りてこれを利す、これ亦(また)恵して費やさざるにあらずや。労すべきを択(えら)んでこれを労す、また誰をか怨みん。仁を欲して仁を得(う)。また焉んぞ貪らん。君子は衆寡となく、小大となく、敢えて慢(あなど)ることなし、これ亦泰にして驕らざるにあらずや。君子はその衣冠を正しくし、その瞻視(せんし)を尊くす。儼然(げんぜん)として人望んでてこれを畏る、これ亦威にして猛からざるにあらずや。子張曰わく、何をか四悪と謂う。子曰わく、教えずしてころす、これを虐(ぎゃく)と謂う。戒めずして成るを視る、これを暴と謂う。令を慢(みだりに)して期を致す、これを賊と謂う。之を猶(ひと)しく人に与うるなり、出内(すいとう)の吝(やぶさ)かなる、これを有司(ゆうし)と謂う。
子張が孔子に政治についておたずねした。「どうすれば、政治に携わることができますか?」。先生は言われた。「五つの美徳を尊び、四つの悪徳を退ければ、政治に携わることができる」。子張がおたずねした。「五つの美徳とは何ですか?」。先生は言われた。「君子は、恩恵を与えるが費用をかけない。働きながら他人を恨まない。意欲を持ちながらがつがつしない。どっしりしていて高慢でない。威厳があっても激しすぎないことだ」。 子張がおたずねした。「恩恵を与えるが費用をかけないとはどういうことですか?」。先生は言われた。「人民が利益とすることを察して、それを政治により実現してやる、それが、人民に恩恵を与えながら費用がかからないことではないか。働きがいのあることを自分で選んで働くのだから、他人を恨むことはないではないか。仁を実現しようという目的のもとに意欲をもって努力して、結局仁を実現するのだ。何をがつがつすると言えよう。君子は相手の多勢・無勢、相手の力の大小に関係なく、ちっとも侮ることはない。これは、どっしり構えていて、しかも高慢でないことではないか。君子は衣冠をきちんと正、見かけを立派にする。他人はこの現前としたさまを眺めて畏敬する。これは、威厳があって激しくないということではないか」。
子張がおたずねした。「四つの悪徳とは何ですか?」。先生は言われた。「人民を教化せずに、ただ死刑にする。これを虐と言う。人民に事前に注意しないでおいて、急に仕上げろと命ずる、これを「暴」と言う。曖昧な命令を出しておきながら、期限を厳しく設定して取り立てる、これを「賊」と言う。人民に分け与えるのに出納(会計)がケチである、これをお役所仕事(役人根性)と言う」。
※浩→吉川先生によれば、この条は、「五美」「四悪」という数え方が図式的で、これまでの諸篇に見えた言葉と重複するものが多い。最初のころの『論語』のあちこちに見えた言葉を綴り合わせ挟み込んで、無理に前篇の結語とした感じが強い。書かれていることは、一々もっともながら、かくも完全な政治のもとにいる人間は、かえって息苦しいだろうと。
学ぶ者には「五美」「四悪」と“箇条書き”にしてもらえるとわかりやすくはあります。野田先生も何かを説明されるときは、まず「3つあります」と予告してからそれぞれを箇条書き的にお話になりました。「五美」=「恵して費やさず」「労して怨まず」「欲して貪らず」「泰にして驕らず」「威あって獣けからず」。「四悪」=「虐」「暴」「賊」「有司」。
「四悪」はこれだけでは意味が不明です。「虐」はきちんと教育していないのに、悪いことをしたと言って罰すること。これは、学校の生活指導でありがちです。問題行動・違反行動を見かけたら、先生たちは、ろくに事情を聞きもしないうえ、間違いを正すことも省いて、いきなり罰することが多々あります。「暴」はあらかじめ通告していないのに、仕事のできあがりを見せろということ。これも、今こんなことをすると、「聞いてないし」と反感を買います。「賊」は命令をいい加減に、実行の意思もないのに出しながら、期限を切ること。これは、不信感を買います。野田先生は、人から信頼されるには、「言ったことは実行する。実行できないことは言わない」とおっしゃいました。「有司」は限られた職掌を有す役人のこと。分掌です。君主や宰相のようには政治のすべてを管掌していない者。君主や宰相はそうであってはいけない。これは管理職への戒めです。全体を大まかに掌握していて、あとは各分掌や各職員にを信頼し任せてくれる管理職のもとでは、働きやすいですでしょう。トップが細かいことに気づきすぎて、あれこれ口出ししては、下の者はかないませんが、大局を見忘れていては組織は混乱します。
Q0387
引っ越ししたばっかりで学校にも行かない小学校1年生の子のことです。友だちもできませんが、社会性はどうやって身につけられるんでしょうか?
A0387
小学校1年生?そりゃあ行くでしょう。小学校1年生が学校へ行かないから、不登校児だと決めつけ、社会性が身につかないだろうと思い、今後の人生は真っ暗、ずっとこの子は10歳になっても20歳になっても30歳になっても40歳になっても、家の中で引きこもりをするという、この親の愚かさ。今7月ですよ。まだ3か月しかたっていない。その時点であわてないでいい。そのうち行く。今は学校へ行くことの意味、なぜ子どもは学校へ行くかということについて、小学校1年生だからよくわかっていない。
人生の意味はいつごろわかるか?人生の意味をおぼろげにわかり始めたのはいつごろですか?心理学者は10歳くらいからだと言う。人間が過去と未来について、過去と未来の連続の中に自分があると思えるようになるのが、だいたい小学校5年生くらいからで、それまではその日その日を生きている。だから、小学校1年生の子が学校へ行かないというのはその日が楽しくないからです。ということは逆に、その日が楽しければ学校へ行く。だから、その日が楽しくなるように先生とお話すればいい。学校の側も次第に受け入れ体制が良くなってきて、保健室登校もあるかもしれないし、適応指導学級もあるかもしれません。そのあたりのことも先生たちがちょっとずつわかってきていると思うので、まあ学校とゆっくり相談してください。
小学校1年生が学校へ行かないからといって、社会性の問題まで考える自分の愚かしさ。何か1つのことが起こったら未来の先まで、風邪ひとつ引いたら肺癌があるんではないかと思い、熱が出たら白血病じゃないかと思い、下痢したら大腸癌ではないかと思うその愚かしさ。頭が痛いと脳腫瘍じゃないかと思い、やめなよ、そんなの。未来のことをそうやって思い煩って何か良い対策が出てくることはまずないから。まず目先のしなきゃならないことをする。子どもとゆっくり、この子を助けようとか改造しようとか思わないで、子どもと問題の共有をして、ゆっくり子どもと話をしていけば、子どもがだんだん動くでしょう。(回答・野田俊作先生)
第二十 堯曰(ぎょうえつ)篇
『論語』全二十篇の最後に位置するこの篇は、大変特殊な篇で、全部で三条ですが、第一条は堯・舜・禹・武王の交替に際しての言葉、その収録です。文章はどう見てもうまく続いていない。孔子のいだいた政治の理想は、堯舜以来の伝統を基礎とするために、それらを列記したのでしょう。さらに第三条、『論語』の最後の条は、「孔子曰く、命を知らざれば、以て君主と為すなきなり」は、孔子が堯舜らと同じく、帝王となる能力を持っていたにもかかわらず、時代がそれを許さないという天命を知っていたために、帝王とならなかった、そのことを明らかにしたのでしょう、と吉川幸次郎先生の解説です。
1,堯(ぎょう)曰わく、咨(ああ)、爾(なんじ)舜(しゅん)よ、天の暦数は、爾の躬(み)に在り。允(まこと)にその中(ちゅう)を執れ。四海困窮、天禄(てんろく)永く終わらん。舜も亦(また)以て禹に命ず。
(殷の湯王)曰わく、予(われ)、小子履(しょうしり)、敢えて玄牡(げんぼ)を用いて、敢えて昭(あきら)かに皇皇后帝に告ぐ。罪あるは敢えて赦さず、帝臣蔽(かく)さず、簡(えら)ぶこと帝の心に在り。朕(わ)が躬(み)罪あらば、万方(ばんぽう)を以てすること無かれ。万方罪あらば、罪は朕(わ)が躬(み)に在り。
周に大賚(たいらい)あり、善人是(これ)富めり。周親(しん)ありと雖も仁人に如(し)かず。百姓(ひゃくせい)過ち有らば、予(われ)一人に在り。
権量を謹み、法度(しゃくど)を審(つまび)らかにし、廃官を修むれば、四方の政行われん。滅国を興し、絶世を継ぎ、逸民を挙ぐれば、天下の民、心を帰せん。民に重んずる所は、民の食・喪・祭。寛なれば則ち衆を得、信なれば則ち民任じ、敏なれば則ち功あり、公なれば則ち説ぶ(よろこ)ぶ。
堯帝がおおせられた。「ああ、なんじ舜よ。天の運行・運命は汝の一身にかかっている。誠実に中庸の道を握って、政治を行え。もし政治が常道をはずれ、四海の人が困窮困難したならば、せっかく天から与えられた幸福も永遠に絶滅終焉するであろう」。
舜帝もかつて堯から聞いた言葉を禹に言った。
殷の湯王は言った。「このささやかなるおのこ・履(湯の本名)は、あえて畏れながら、黒い牡牛をもってお供えとし、畏れながらはっきりと、天帝に告げまいらせます。罪ある者を許すわけにはまいりませんのは、天の定め、地上の定めでございます。地上の人間の善悪は、すべて天帝のみこころに選ばれ見通されている。(夏の桀王の罪は明白だが)、自らにも罪があるかも知れぬ。もしわたくしの身に罪がありますならば、それは私だけの責任です。人民たちとは無関係とお考えください」。
わが周王朝は、大いなるたまものを天からいただいた。すなわち善き人を多く持っている。それは周(したし)き親類もいるけれど、他人でも仁の徳ある人物には及ばないとしたからである。もし人民に過ちがあれば、そのその責任は我が身一つにあるのだ。慎んで目方と升目の基準を整え、明瞭に法の尺度を定め、廃れた官を復活させれば、四方の政治はうまくいくようになる。滅んだ国を復興させ、絶えた家柄を引き継がせ、隠棲者(世捨て人)を用いれば、天下の民は政治に心を帰属させる。民の重んずるところは・食糧・服喪・祭祀にある。寛大であれば大衆の人望が得られ、信(まこと)の情があれば人民から頼りにされ、機敏であれば仕事で功績を上げ、公平であれば人民に喜ばれる」。
※浩→古代中国の伝説の聖王である尭・舜・禹の間の「禅譲」について書いていて、殷の湯王と周の武王の「仁徳」に満ちた偉大な業績についても記録されています。四海(=世界)を安定統治するための君子の王道についてや、滅んだ国の復興や断絶した家の建て直しなど「永続的な政治原則」を解説しています。人民の安楽と幸福のための政治を唱えた儒学らしく、民が重視すべきものは「人民・食糧・服喪・祭祀」と、さらに「寛容性・誠実性・機敏性・公平性」の四つを人民から敬服される徳治の要素としても挙げています。
吉川先生の解説のとおり、文章が噛み合いにくく、解釈の分かれるところもありますが、つぎはぎで何とか一つにまとめてみました。「所重民食喪祭」は古注と新注で解釈が違います。ここでは朱子の新注にもとづいています。古注では、「重視するところのものは四つ。民・食・喪・祭」となっています。なかなか難解な箇所です。
アドラー心理学は、創始者アドラー博士から、高弟・ドライカース~野田先生のお師匠様・シャルマン~われらがお師匠・野田俊作先生と、継承されてきました。他の流れもありますが、私たちはこの流れの中にいます。野田先生はご自分の講演の中で次のように語られました。↓
私はアドラーの5代目の弟子。5代目にもなると、遺産はすっかり食いつぶして何もないという感じもする。そもそも最初から大した遺産はなかったという説もある。アドラーが何を残したかというのは変な考え方で、彼はどんな仕事をしたか、われわれにとって彼の仕事は何なのだろうという意味であろうと思う。
アドラーは1902~11年までフロイトと一緒に仕事をした。これが精神科医・心理学者としての出発点で、それ以前彼がどんなふうなことを考えてどんなふうに暮らしていたか、実はあまりよくよくわかっていない。
わかっていることの1つは、マルクス主義者だったということ。これはずいぶん遅い時期までマルクス主義に関心があった。1902,3年頃、匿名で書いた新聞記事がある。新聞の論説委員をやっていて、かなりマルクス主義的論調の記事が残っている。
彼がマルクスのどんなところに惹かれたかに関心がある。なぜマルクスを見捨てたのかにも関心がある。
もう1つはフィルヒョウという病理学者の弟子で、社会医学・予防医学に関心があった。治療より予防の医学。社会全体の衛生にずっと関心を持ち続けた。これは一生そう。
この2つがアドラーの出発点です。
文化的な背景を見ると、アドラーはユダヤ人で、ハンガリー国籍で、オーストリアの生まれ。ややこしい立場。大変彼の思想の発展に意味がある。
フロイトと出会う前、関心があったのは、1つは社会の政治的なあり方。
マルクス主義と別れるのは、1917年のロシア革命を見て失望したからです。それまではどこに惹かれたのか、ほんとはよくわからない。たぶん、「疎外」という概念だろうと思う。疎外というのは、“モノ化”。物化。人間を、自分であれ他人であれ、人間じゃないものとして扱うこと。道具・手段として扱うこと。疎外のない状態が、人間らしい生き方のできる状態。疎外をしていたりされたりしていると人間らしくない状態。マルクスは、疎外のない状態を、社会のシステムを変えることで実現しようとした。
ところが、実際に革命が起こってできてきたものはむしろ悪い。人間をモノとして扱う、人間を手段として扱うという点では。実現したとたんに失望したのはその点。逆にマルクスのそういう点に惹かれていたから、彼は早い時期にマルクス主義を見捨てた。
経済的平等にはあまり関心を示さなかった。マルクス主義の経済学的・政治学的部分でなく、心理学的な部分に関心があった。人間が他人の道具とならない生活の仕方に関心があった。これには一生関心があった。他人の道具とならない生き方、一生言い続けたことはそれ。脱疎外。私は他人の道具にならない。私は他人を道具にしない。私は自分の感情の道具にならない。私は自分の思考・イデオロギーの道具にならない。
それを彼は、政治的なシステムの変換では達成できないと考えた。けれどもあきらめなかった。何でもって達成できるか? それは教育で達成できる。
なぜわれわれは他人を道具にしてしまうか?そういう教育を受けるから。小さいときから他の人を道具に使うように教育されるから。自分でもそういうふうにトレーニングするから。だから、使わないようなトレーニングを受ければ、そういう社会ができるだろう。
今僕たちが教えている育児の方法は結局これ。人間が他の人を道具にしない。親が子どもを、子どもが親を道具にしない。親が子どもをちゃんと別の人間として扱う。子どもが親を別の人間として扱う。これを例えば、相互尊敬、相互信頼、協力、横の関係という言葉で表したり、あるいは平等という言葉で表している。
私は他人を道具にしない。他人は私を道具にしない。マルクスが言っていたより深い、心理学的な意味で言っている。
例えば、子どもが学校へ行かないので、親が子どもについて心配しているという状態は、疎外。なぜかというと、親を安心させるために子どもに学校に行ってほしいと願っているので、親は子どもを自分の安心の道具に使っているから。だから子どもを疎外している。こんな言い方をしてもピンと来ないから、別の言い方をする。理論的にはそういうこと。
いつも自分を他人を道具に使っていないかに、気をつけていてください。アドラーがマルクスから受けた影響では、これが一番大きいだろう(まだまだ先がありますが、ここまでにしておきます)。
Q0386
私にはどうしても人間関係を悪くしたくない人がいるのですが、私もその人も男性です。その人が私から見て、ちょっといけないと思う女性とつきあっています。つきあってだいたい4年ぐらいになり、正式に結婚されています(奥さんなんだ)。いろいろ話を聞いていると、この女性はやめたほうがいいのではないかと、よく思います(なんだ、こりゃいったい)。もちろん彼の人生なので、私がとやかく言う権利はまったくなく、彼と彼女がお互いOKなら、他の人がどうであろうと、それでOKなのだと思いますが、いろいろ聞いていると、「私ならそんな女性と別れるが、あなたの人生だからあなたがどうするか考えて自分で決めて」とつい言いたくなります。けど、そんなことを言うと、彼が激怒して人間関係が悪くなるのが恐く、また私が口出しすべきことでもないとも思い、言いたくても言えません。それに今から離婚となると、大きなトラブルになるし、彼も彼女の人生もめちゃくちゃになるし、もしも裁判にでもなったらそれこそ大変なので、何も言えませんが、彼がこのままの人生を送っていっていいのかと思い内心焦っています。私の意見を言っていいのか、言わない口出しをしないのがいいのか、大変悩んでいます。本当にプライベートなことなのですが、真剣なので、どうかよろしくお願いいたします。
A0386 なんで言いたいのか瞑想してごらんよ、自分の欲を、自分の汚れた心を、世界征服の野望を。僕たちは世界を変える権利はないんです。自分自身を変える権利だけあるんです。人間は、私がどう生きるかは私が決めればいいです。もちろん、大犯罪者になってもかまわないです、権利的には。でもそれしますと、その分の見返りがあって、自分も不幸になるし、他人も不幸になるという結末もあります。ほんとはそうではなくて、世のため人のために役に立つ人になったら、自分も幸せ他人も幸せになるでしょう。ならないかもしれないけれど、確率は増えるんです。宝くじを買えば当たる確率が増えるように。でも、他人については自分の子どもであっても配偶者であっても、改造できないと思う。私と接する中で、向こうが影響を受けて変わるのは、これは大事なことで、すごい影響力のある父とか教師とか妻とか母とかであるのはいいことだと思う。見習いたいような人生を送っていて、その人をモデルにして暮らしたいと、人々が思うなら、それはとてもいいことだと思うけど、あの人の言っていることはまともだけど、やっていることは変よねとか、言っていることもやっていることも変よねと思われてしまうようなわれわれ、私たちってそのレベルだと思わない?自分のことをちょっとゆっくりと冷静に考えてほしいんです。そんな人から模範として仰がれるような人物かしら。みんなが私のことをモデルにし、私のように生きたいと願うようなそんな人間かしら。僕も違うから、あなた方もきっと違うと思うんですよ。その人間が他人の人生を変える?つまり、自分の不幸まで他人を引きずり下ろす?そんな権利があるわけないじゃないですか。
こうやって他人の人生を変えたいという欲望はいったい何なのか。それは何を目指しているのか。たぶん、深いところで考えると、世界を自分の好みの色に塗り替えたいんです。何もかもが私の願いどおりに動く世界にしたいんです。じゃあ、あなたの願いどおりに動く世界には、絶対あなた以外の誰も絶対に住みたくないんです。イヤなんですよ。私だってそうなんです。私は、いつも言っていてみんなに不思議な顔をされるんですけど、アドラー心理学を普及したくないことはないけれども、公的な方法、例えば大学とか、文科省の教科書になって、中学や高校の必須科目になって、アドラー心理学的人間関係のあり方について、学校で教えるなんて、地獄だと思う。そんなの絶対間違った世界だと思う。子どもたちはもっともっと多様な場所から多様な選択ができるべきで、こんなものが公的機関から押しつけられるのは間違っていると思う。私がこうやってそれをしゃべっていることで、それを聞きつけて、誰かが来て聞いてくれて、「ああ、これはいいな」と思う人は残り、「つまらんよ」という人は去っていくのが、最もまっとうなアドラー心理学の普及法だと思っている。自由競争の世界で暮らしたいと思っている。インドに行くと、ヨガとか瞑想とかのお師匠さんたちがいっぱい住んでいる場所があっちこっちにあって、一番有名なのは、北インドのヒマラヤの麓にリシケシというところがあります。リシケシへ行くと、ギリシャふうのおうちなんです。大きな建物は列柱がいっぱいある。その柱の1本ごとの根元にお師匠様が座っていて、お説法なさっているんです。お釈迦様みたいに。ヨガというと、みんな逆立ちするとか思うけど、インドのヨガは逆立ちするだけの話ではなくて、お釈迦様のように人生の深い根本の真理を解き明かすものですから、毎朝お説法しているんです。生徒さんたちは、ある先生のところへ行って、お説教を聞くんです。その人たち・説法なさっている人たちは出家ですから、神様仏様にあげるように寄付をして聞きます。次の日にそのお師匠様のところへ行くかどうかは、生徒が決めます。次の日も続けて来るかもしれない。5年間続けて来るかもしれないし、20年間続けて来るかもしれないし、あるいは全然来ないかもしれない。あれは良い教育システムだと思う。完全な自由競争です。生徒は全部の先生の講義を聞いて回れる。それから自分の先生を決めることができる。もちろん質問もできるし、討論もできる。日本の学校制度は、大学に至るまでそうなってない。ほんとの意味で自由に生徒が教師を選べない。そこでアドラー心理学を教えるのはイヤなんです。ほんとの意味で生徒が自由に教師を選べる場所で教えたい。というのは、僕は世界を自分の色に塗り替えたくないから。私の色もかなり間違っているから。その間違っている色から皆さん方がちょっと持って帰って、皆さん方の色を配合したり、他の先生の色を配合したりして、もっと良い色を作って、世界がパステルカラーにいろんな色になるのが一番良かろう。アドラー一色なんてそれは気持ち悪いからイヤです。
だから、他人の結婚生活とか、社会生活とかに口出す気は全然ありません。私のところへ来て、「野田さんカウンセリングして」と言ったら、それは私の考えを言うかもしれないけど、それはあくまで私の考えで、こうしなさいああしなさいは、何もないんです。あなたがどうするかは最終的にはあなたが決めるんです。あなたが決められるようにあなたの話を聞きましょうと思っているだけです。わかりました?(回答・野田俊作先生)