Q149
中学校の教師です。現在2年生の生徒のことです。中1のときからかなり気をつけていたのに、2年になって急に反抗的になり非行化しました。短期間の間に何か悪いコミュニケーションがあったのでしょうか?自分ではあまりわかりません。この子たちは他の教師たちともうまくいかず、数名の部活の監督の話だけは聞きます。
A149
子どもが非行化する原因はわからない。およそ原因というのはいつもわからない。
反抗的になったら反抗的になったで、しばらくその子と仲良くする算段をすれば、仲良くするグループに入れてくれるでしょうから、あんまり自分を責めないで。
仲良くすること。「その子たちが関心を持っていることに関心を持つこと」に注意を向けてください。
Q
高2の娘ですが、ときどき「友だちの○○さんのところへ泊まりに行っていいか?」と聞きます。友だちもわが家に泊まることがあるので許しています。今年の5月、2歳年上の社会人のボーイフレンドができました。毎回ではないのですが、彼と一緒のときもあるのではないかと思います。このままで友だちの家へお泊まりということでいいのか、話し合ったほうがいいのか迷っています。また妊娠についても心配なんですが。
A
話し合ってどうするかの結論のほうを先に聞きたいんですけど……。私のところは話をしました。全部話しました。
まあ、今どきの若い人のことですからボーフレンドとつきあうのもいいし、外泊するのも別にかまわない。今どきの若い人のことですから、セックスするのもこっちの課題ではないからかまわない。あなた方が全部マネージしてくれればいいと思う。行き先も別に言ってもらわなくていい。「これからラブホテルへ行く」と一々報告をもらいたくないから。「彼と一緒にいる」で十分です。
ただ、彼と一緒にいるということは、どっちかというと知っておきたい。全然違う女友だちのうちへ行くと言って彼と一緒にいて、何か連絡したいことがあって、その女友だちのうちへ電話を入れたりしたら、そのおうちに迷惑でしょう。だから、「彼と一緒にいる。行き先は言わない」だと、「ああ、今日は連絡できないな」ですむから、それはそれでよろしい。どこへ行くか言わなくていい。セックスするのも一向にかまわない。
ただ妊娠したらお互い生活力がないから困るだろうから、避妊はしてほしい。「避妊の仕方を知ってますか?」「はい知ってます」「じゃあ避妊してしっかり頑張ってくださいね」「イヤらしいわね」と言われて終わり。
話し合いをしたとき、「こっちが何を伝えたいか」を先にきっちりと考えてほしい。今どきの若いお嬢ちゃんに、「エッチしたら駄目よ」と言うのはすごくナンセンスだと思う。別にエッチしろよということではないが。するなと言ったってするだろうと思うから、それはしょうがない。「行き先をちゃんと言いなさい」というのも、言えないところも当然あるでしょう。私も昔、思春期があって親に言えないこともさまざましましたから。彼らだって親に言えないこともさまざまして大人になるでしょう。それはオッケー。
ただ、言える範囲のことだけは言っておいてほしい。第三者に迷惑をかけるようなことはやめてほしい。友だちの家に泊まると言って、そこにいないのは困る。これくらいのことしかないんじゃないでしょうか。
もしも、わざわざ言ったほうがいいと思うなら言ってください。見て見ぬフリをしてもいいなら、見て見ぬフリをしてください。どっちでもいいです。
Q
姑のことです。家族は、夫、子ども3人と姑です。私は仕事を持っていて1日中家にいません。帰ると、待っていましたとばかり、「○○さんがどうした、ゴミ当番はどうした?」と、あげくの果てはワイドショーのことまでしゃべりだします。しばらくするとうんざりする。「今日も帰るとああなるのか」と思うと、家に帰りたくなくなってしまいます。人生の終わりに淋しい思いをさせたくないと思いつつも、姑につらく当たってしまいます。姑は、何か言っては、夫にも息子たちにもイヤがられています。
A
私は、おばあちゃまに育てられました。父親は開業医で、子ども時代は母親が薬局とか受けつけとか手伝いをしていたので、まあ母子家庭のようなもので、母方の祖母が同居していたのでそれに育てられました。そのおかげで、年寄りの繰り言を聞くのが好きです。何時間でも聞いている力がある。その力が長じて私をカウンセラーにしました。
ほんとに平気なんです。同じ話を聞いてもちゃんと同じ助言する。だって、さっきのゲームをやめさせたい高2の子のお母さんのような話なんか、今までに570回くらい聞いたよ。毎回同じように言っている。
毎回同じ話を聞いたからといって、私はそれで何にも傷つかない。次どうなるか知っているけど、最後まで聞いても安全です。最後にヤバイ結論が待っているわけではない。聞いたらいいじゃないですか。面白いんですよ、きっと。おばあちゃんがこれは大変面白い話だと思っているんだからきっと面白いんだよ。あなたも面白がってみたらどうですか。
反抗的な子どもとつきあう1つのコツですが、毎日外へ出てなかなか帰ってこない子どもがいたら、きっと外で面白いことをしているんだ。その面白い話について興味を持って聞かせてもらいたいと思う。そうすると子どもたちは聞かせてくれるかもしれない。「何が面白かったの?」「それ内緒」「そんなこと言わないで教えてよ」「こんなゲームして勝ったよ」「すごいなー」と聞いていると、子どもたちとの関係が良くなる。「そんなこと聞いてたらゲームセンターやめますか?」。やめますかと考えたらいたらやめないんですよ。やめるかやめないかよりも、子どもと関係を保つことのほうが大事だから、しばらくゲームセンター奨励で、しっかりと面白がって聞いてください。
おばあちゃんもそうなので、ワイドショウーや近所の噂話は、そのうち減ると思う。興味を持って聞いてあげていれば。
私の父親は晩年、ちょっとだけボケかかっていて、「この話はもうしたかなあ?」言っていました。最初に言うなよ。聞く前には、したかしてないかわかんない。「最後まで言ってごらん。そしたらしたかしないか言うから」。最後まで聞く。で「どうだった?」「聞いた」。こんなふうに5回でも10回でも最後まで聞くことにしている。
早期回想と同じです。ある話題を、例えば1週間に1ぺん5週間聞いたら、必ず変わっていく。細かいアクセントの置き方が変わっていって、親父も成長してきたなあ、同じ話でも少しアクセントの置き方が違うじゃないか、回想が変わったぞと思ったりしていました。
Q
私は47歳の母です。現在高校2年生の息子はゲームが好きで夢中です。私はその姿を見るのが嫌いで、勉強してほしい。昼間のテレビ使用は、「私の許可なく使用しては困る」と言っています(野田:ああ、強制的なんだ)。一応許可を取ってゲームをしていますが、私としてはもういいかげんにしてほしいと腹が立ってきます。いっそ本人がしたいだけさせるのがいいのか、このままでいいのか。本人は大学へ行く希望を持っているようですが、勉強していないのが現状です。私は勉強してほしいと思っています。
A
こんなんよう取り合わんわ。この(親子-)ゲームを続けると、子どもは永久に勉強をしませんよ。だって、勉強したらお母さんの勝ちで、勉強しない限り子どもの勝ちだもの。「権力争い」というゲームです。
なんでそうだとわかるかというと、途中で、「腹が立つ」と書いてあるから。お母さんが腹が立つということは、権力争いをしているということです。ということは、お母さんの望む方向へは絶対に行かないことを子どもは決心している。そこから降りないと、まったく話は前に進まなくて、子どもをますます勉強しない、ますますゲームばかりする子にするでしょう。
ということは、母親が子どもを勉強させようとする心が子どもを不幸にしていっている。「何とかあの子に勉強してほしい、ゲームやめてほしい」と願えば願うほど、子どもの未来はどんどん暗くなる。子どもの大学はどんどん遠ざかる。
どうしましょうか?今日からもっと願いましょうか、今日で願うのをやめますか、好きなほうにしてください。
Q
早期回想の変化についてお教えください。
『実践カウンセリング』を読んで、最大のショックは、カウンセリングを受けることで早期回想が変わることがあるということでした。現在が過去と未来とを規定するということから当然のことかもしれないですが、1つのエピソードとしての記憶が変わるというのはショックでした。
私自身、夢に関して、見る内容がまったく変わるという経験が最近ありますが、これは今の自分が変わることで過去の経験に対する意味づけが変わったために、夢を見たことの選択肢を変えただけのことではないかと思いました。
「すれ違った女性が目をそらしたこと」をどう意味づけるかが変わることと、実はすれ違った女性が私を見つめていたと思い返すのでは、次元のまったく違うことではないかと思うのですが、早期回想の変化について教えてください。
A
こんなん興味を持たないでくださいな。どうしてかというと、まずそれは当たり前なんです。僕たちの記憶が変わるなんてまったく当然なんです。
たぶん10歳くらいを境目にして、記憶のメカニズムが変化するように思う。10歳の以前の記憶はスナップショットで、動きのない1つの場面だけです。
夕方にお手伝いさんに連れられて、南海本線住之江駅に電車を見に行ったら、何か泣いちゃった。視野がにじむんです。にじむと電車がウニョウニョとして面白かった。
という早期回想があるんです、僕。
そこで見えているのは、泣いてウニョウニョとした電車だけ。そこへあとから今、説明をつけている。このスナップショットそのものは子ども時代に撮られた写真で、これは変わらない。基本的にずっとその写真のまま。でも、説明のほうは絶えず変わる。お手伝いさんに連れられたかお母さんに連れられたか変わるかもしれない。泣いて電車ウニョウニョは、「あのとき結膜炎で目薬を差した」と言うかもしれない。電車じゃなくて自動車かもしれない。見えてる写真はそんなに鮮明なものではないから。今私の必要に応じて説明を付け加えるから、説明は絶えず変わる。
出てこなくなるかもしれない、必要がなくなったら。記憶というのは、たぶん倉庫に蓄えてある。倉庫の入り口へずらっと並べておく。新しい記憶が入ると前のを奥のほうへ押しやる。また新しいのが入るとまた入れる。ずーっと奥へ押しやるから、一番向こうのほうは闇の中に消えていく。あまり使わなくなるとやがてなくなる。思い出すと一番こっち側へ来る。
早期回想も、こんなこと言っているけど、実はしょっちゅう思い出している。そのことを何かのときに。だからすぐ思い出せる。あまり思い出さなくなると闇の中へ消えていく。スナップショットが消えていってしまう可能性もある。
ひょっとして今まで覚えてなかったのが、たまたま取り出されるかもしれない。写真そのものも、中身は変わらなくても種類は変わる。昔のアルバムが残っているとして、自分の機嫌の良い写真だけ集めて新しいアルバム作ると、とても機嫌の良かった子ども時代ができる。機嫌の悪いときだけ集めて作ると不幸な子ども時代の写真ができる。思い出だって同じことです。不幸な部分だけ集めたら不幸な子ども時代が再構成できる。幸せな部分だけ集めたら、幸せな子ども時代ができる。その上で「私の人生ってこうなのよ」と最後に言う。結局全部嘘です。編集員の手が猛烈に加わっているから。
中学生以上になると、記憶はビデオ化してちょっと動いたりする。何枚かあるんで全部ビデオかどうかわからないけど、少し複雑です。それだって変わるんです。やっぱり説明があとからいっぱいついている。出したり入れたりする。あるものだけ集めたり違うものを集めたりする。
夢もそうです。夢の実体はよくわからない。何かあるビデオ写真みたいなもの。僕たちが臨床で扱う夢は、それを報告したものです。本人も治療者も気にしているのは、夢の「中身」のほうでなく「説明」のほうです。言葉になっている夢。それはしょっちゅう変わる。変わらないと考えるほうが不思議なの。
過去はまったくアテにならない。その時点その時点で、今再構成するから。