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(あのーー、私が言うことでもないんですけど、詩は自由を旨としていますから、どこにでも投稿しようと思えば、投稿できないところはないんですけど、いきなり大きなところに挑戦しても、世の多くのものがそうであるように、ポッと書いて、ポッと通用する、ポッと賞が取れる、なんてことは、まずありえないことというか、相当に稀有な話なのです。
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1 天さん 「晴天行進」 4/4 初めてのかたなので、今回は感想のみ書かせて頂きます。
予備知識として過去2作を読ませて頂きました。概観すれば、シリアスの大部分と“くだけ調”の散見が認められました。いわゆる現代詩寄りのかたでしょう。
本作が基調としているのは、上記2種のうち、比較的、後者でしょう。案外、この詩は朝、起きて出勤前を書いたのではないか?と思ったりするわけです。「今日も行きたかったところとは違うところに」とあるから。「降水確率0ぱーせんと」とあるけど、どんより曇って、雨降り無しとしない雰囲気。そんな微妙さもあります。注目したいのは、初連と終連の対句的対応性です。この採用は作り手の心理として、強調したい、(ここを読んでもらいたい)にあると思って、ほぼ間違いない。「夢をみた」「夢を見たい」を介在させて、その時の気分を勢いに乗せたい、そんな心理が窺えるのです。
ところで、大き目の余白の意味は何でしょうね?音楽の話をします。音楽の余白=音の全休止(ブレイク)があると、その曲に「個性・変化・テンション」をもたらします。(奏者にもテンション?)。
それと似た効果と想像されます。あるいは、ここで時間の流れをいったん切る効果。まあ、適材適所で願います。なかなか面白い書き手さんのようです。また書いてみてください。
2 上原有栖さん 「じゃないパパ」 4/4
微笑ましい「作風変え」ですね(微笑)。お子さん目線で書かれていますが、この詩、けっこう情報量もあるのです。早朝出勤。月水金は寝かしつけてから出勤。夜勤もあるのでしょう。
その不規則を、「お疲れさまです」と言いたいですね。この詩はお子さんを介しての自分詩、と同時に自分からお子さんへの愛情詩。その相互の中から生まれたものでしょう。「じゃないパパ」―このネーミングも絶妙でした。この詩に評価など、不粋というもの。感想のみ、そっと書きました。
アフターアワーズ。
「*」コメントに大変好感が持てました。評者にとっては遠く過ぎた時代。とても懐かしい。
3 森山 遼さん 「春がきた」 4/4
冒頭佳作です。
森山さんも難解、シリアスから、こういったものまで、領域が広がりました。
2連。文中の言葉通り、読んでるほうも、うっとりしてきます。「眠気眼」も活きてます、こういうのは、書けそうで、なかなか書けないものです。「ぼくは自我の中心点がふわふわして危うく」―ここもいいですね。明るく軽やかな春にあって「ぼく」には少し痛みがあるようです。
「逃げている」「許している」あるいは幸福と憂いの交錯。そのさじ加減、バランスも見事に詩に溶け込んでいます。
一見、サラリと書いているようですが、自己の心情内奥をよく吟味し言葉として再生しているのがよくわかるのです。大好きな詩ですね。
アフターアワーズ。
大勢に影響ないので、こちらで―。
「寂しい」「嬉しい」の直接表現は少し考慮の余地を残すかも?4連~6連の主旨が充分伝えていますから。
4 白猫の夜さん 「またね」 4/7
まず「イマジナリーフレンド」を調べてみました。語り手はこの言葉に否定的ですが、僕はどうも、この相手は「~フレンド」のような気がする。それに関連して、この事態を実話とするか、フィクションとするかは、議論の分かれるところでしょうが、それは読み手の自由に委ねられていいと思います。
僕としては「イマジナリーフレンド」心理で書かれた想像、幻想といった立場を採りたいです。つまりフィクションです。
実話としては、あまり信じたくないというのが正直な気持ちで、実話として読むには、3連目まではあまりに悲惨です。詩の本領はそれ以降にあると思いたい。それは「貴女」と世界との関係、「わたし」の「貴女」への愛惜でしょう。
実際の死者にも「再び世界」「再び笑いかけて」「産声」「待っているわ」といった思いは修辞として書けるものですが、僕は、どうも幻想の友人への語りかけのイメージが抜けきらないのです。
タイトル「またね」は恐ろしいほど。実に事態や心情の深みにまで達しています。佳作にします。
評のおわりに。
お待たせ致しました。
4名のかたには、大変ご迷惑をおかけ致しました。
お詫び申し上げます。 では、また。
ほんのり甘い佳作ありがとうございます、励みになります。
アフターアワーズも為なりました。
パクリにならないように、インスパイア元の空気はオマージュしたい。
とは考えていました。
言い方は違えど一致しているのかな?と思いました。
以下、少し訳のわからない話をします。
「想い出がいっぱい」にインスパイアされて少女目線を想像してみようと。
松本自身は生まれてこの方、少女になったことはないし。
少年少女の年を数十年前に通り過ぎたし。
「手に届く宇宙」がカラフルに思い出の色で散りばめたら素敵だろうけど。
その下の少女はシルエットでしか描けない解像度にしかならない。
今の子と時代も違うしなと手探りで書いていました。
ありがとうございました。またよろしくお願いします。
冬の旅は寒さで凍り雪道に馬車は止まる
(血色のいい娘はセーターをを編む 小鳥の声を聴きながら)
はるか向こうに見える山そこに宿屋があるらしい 氷の女の家。そこへ行くしかないのか。
(娘は散歩する 冬の庭 小鳥は軽やかに飛ぶ あの方はいまどこにいるかしら)
家来はいぶかる氷の女の屋敷は帰ったものがいない
(娘は踊るように思うあのかたこのセーターを気に入ってくれるかしら)
殿様は言う家臣よ寒い着るものはないのか
(娘は夢見る、春になってこのセーターを着たあのかたと踊るのを)
殿様は思うあの娘がいてくれたら、暖かくなって氷の女のところなどへ行かなくて済んだのものを
(娘はとび色の衣を着て窓辺で殿様のことを想いながらお茶を飲む。なぜかお茶に一滴の血がにじむ)
殿様は馬車の中で、あまりの寒さで凍傷にかかる
(娘は不吉なことにびっくりする。殿様に何かあったのかしら)
殿様は家来に命令する、あの氷の女は、魔女だ。あの女をひっとらえよ。
氷の女は美しい血色のいい娘と、体を入れ変えることを呪文でとなえる。
(美しい血色のいい娘は、どうしたのか、顔色が悪くなり、血の気も失せる)
殿様は言う、早くあの女を成敗せよと。家来が言う、殿様火急のふみがございます。
娘が、急に身まかってございます。
ああ。あの氷の女が、娘を道ずれにしたのじゃな。
いまとなってはしょうがない。ええい。この里のすべてと言うすべてを焼き払え。娘よ天上に!
(天上に行く娘は思う。ああ なんて暖かいのでしょ春のセーター,もうすぐあの方が
元気に帰られる。わたしは、なんて幸せなのでしょう。)
詳細な評をいただきありがとうございます。
確かにプロローグについての考慮はありませんでした。
また、詩の傾向が近似しているとのご指摘は耳が痛いです。
これらのことを意識して詩を書いていこうと思います。
ありがとうございました。
今後ともよろしくお願いいたします。
お疲れ様です。上田です。
江藤淳の「一族再会」ではありませんが、自分の作品に旗を立て、一族再会を期すことは私の望みでありました。
一昨年七月以来、常に私の作品に寄り添いサポートして下さった三浦さんには深く感謝しております。私の詩に「文学的香華を感ずる」と言われたのは三浦さんが最初です。この言葉にどれほど勇気付けられたことか。本当にありがとうございました。
本作にも佳作を頂戴しました。よき餞であります。
今後は同人として恥ずべきことのないよう作品を書いて行きたいと思います。
今回も私の詩に丁寧なご感想を頂き、誠にありがとうございます。佳作
との評をくださり、とても励みになります。
ただ、読み返してみると、考えたことをそのまま筆に任せて書いた感じで、
詩というより文章になってしまっています。仰るとおりだと思います。
改めて考え直してみます。
「元禄快挙録」の件ですが、今、下巻まで読み進めたところです。
読めば読むほど読み応えがあるのはいいのですが、その分、読み終わった後、
本当に旅立たせることができるかどうか?不安になってきました。
今後とも、どうかよろしくお願い致します。
申し訳ありません。下記の作品を把握しておりませんでした。
4/4 天さん 「晴天行進」
4/4 上原有栖さん 「じゃないパパ」
4/4 森山 遼さん 「春がきた」
4/7 白猫の夜さん 「またね」
4/19までにはUP致します。皆様にはご迷惑をおかけして、
申し訳ありませんが、今しばらくお待ちくださいませ。
1 こすもすさん 「灰色の砂漠」 4/4
普通、人はこういった趣向を書く場合、次のように悩み、プランニングしていくものと思われます。
「イントロのきっかけを、どうセットするか?その背景の必然性やプロローグの良い有り方はないか?で考え悩む」―たとえば、そんなこと。前回もそうでしたが、今回も上記のようなパーツは一切無く、いきなり本題に入っていきます。これは僕自身が思うところでは、ひとつの勇気。これは皮肉でもなんでもなく、“褒め”の領域に属しそうです。個性と言ってもいいかもしれない。では、具体的に見ていきます。砂漠をさ迷い悪戦苦闘。砂の窪みに落ちてしまった。サラサラで登れない、上がれない。絶体絶命です。そこで雨。砂が雨で固まり危機を脱する。このあたり、考えましたね。
朝が来て、高い岩壁の出現。これはこの詩の場面にひとつの変化をもたらしていますね。良い方向に向かうきっかけとしてセットされているでしょう。必死に登って見えたものが緑の森と青い海。これらはオアシス。運が向いて来た感覚で詩は終わっています。今まで4作読んでいますが、どれも幻想やファンタジー的なものが主軸のようです。ただ、直近2作です。背景・場面・登場物・対象物は違えど、その傾向値は近似しています。僕はその点を、わずかに柔らかく危惧したいと思います。まだ初期ですので、今のうちにフィーリングや作風の広げ方、その微調整・微変針を頭の隅に入れといてみて下さい。なに、急ぐ話ではありませんよ、長い目で。
今回は佳作一歩前で。
2 上田一眞さん 「春の海」 4/5
今 思い出しているのは、
私の“幼い頃という場所”に浮かんだ
一隅の風景である
出だしは、上記のような感覚のほうがいいように思います。「幽体離脱~降り立った」というのは
ちょっと……。似たような感覚の一文を最後に入れ、締めてもいいでしょう。
春の海、干潟、渚。美しい風景描写も適宜入り、若き父と(お馴染み)従妹きみちゃんが様々な所作をする。彼らを想い出という世界で見つめる作者の眼差しが、とても優しいです。
「のすたるじっくな」は感覚・表記にやや違和があり、浮いちゃいそうです。
「こころ懐かしい浜辺」みたいな感覚でお願いします。しかし、この詩の持つ風景といい、人物といい、心情といい、大変麗しいです。ちょっと古い言葉に「駘蕩」といのがありますが、その形容が実に相応しいのです。上田さんの詩文体には、独特の風合い、風姿があります。すでに確立されています。もちろん、文の正統を踏まえてのことです。どこから来るのでしょうね。おそらく年齢的な安定性が大きいと思います。あとは親族を非常に大事にする。これからも、それらを活かして書き続けられますようー。
佳作をお送り致します。
アフターアワーズ。
この度は免許皆伝、おめでとうございます。いよいよ本誌「新作紹介」に登場ですね。頑張ってください。僕は此処のライブ感が好きで掲示板に書いていますが、同人であること、変わりありません。これからは同僚であります。よろしくお願い致します。
3 松本福広さん 「思い出がいっぱい」 4/5
楽曲の前に、まずは詩本位で考えます。「飴玉」が思い出の象徴ですね。冒頭3行まで、そうですね、思い出の本質とはこういったものでしょう。苦い味、悲しい時の味。はたまた、宝箱にしまって、いつでも鍵を開けて眺めていたい、そんな味の飴玉もある。悲喜こもごも、といったところでしょうか。そんな飴玉を夜空に散りばめる。ここは想像の翼を広げてユニークでした。「もう会えない人」が、ちょっぴり切なく思い出に残っています。印象的です。終連のまとめもいいですね。「まあ、いろいろあったけど、飴玉は明日にも続くよ」のフィーリング。終わり2行はとても爽やかでした。飴玉にちなんで、ほんのり甘い佳作を。
アフターアワーズ。
楽曲との絡みはこちらで―。曲にインスパイアーされて(刺激されて)詩を作るケースは(ミウラ含め)、割とありますね。インスト(器楽)曲はイメージが自由ですが、むしろ難しいのは歌詞曲です。イメージ的に歌詞の制約を受ける。それと“パクリ”と思われる、これは絶対に避けねばならない。いきおい、①エッセンスは底流させながらも、②趣向は別方向を探すことになります。幸い、本作は「飴玉」といった対象を出すことによって②をクリアーしています。本作に見るカジュアルで正直な綴り方は、楽曲の少女への語り掛け詞に通じるものがあります。こちらは①のことです。松本さんも、この①②は考えていただろうと想像できます。
「大人の階段登るぅ~~」、メロディ―も歌詞もすてきですよね。
「少女だったと懐かしく
振り向く日があるのさ」
―そのとおりですね。
(余談。イントロ長め設定、4分音符換算で、しっかり9小節! 笑)
4 荒木章太郎さん 「かたつむり」 4/6
「~かしら」といった語尾使用は、荒木さんにとっては、やや異例と言えそうです。
この詩は何でしょうね。よくわからないですね。手懸りとしてタイトルと「生き方かしら」×3、を考えてみます。つまり、かたつむりに仮託した生き様のようなもの?ただし、そこで問題になるのは5連までのくだりです。
1~3連……かたつむりとはあまり関係ない「蛹」という生き方。
4~5連……僕には、この部分は”他人依存型“の生き方に思える。それを「希望」としている点。
そして、これらは―あくまで推測ですが―様々な生態=生き方のふたつの提示と見ます。
そして、それ以降のかたつむり。後半部を評者独白風に書きます。
「童謡にもあるように、はやしたてられ、少し小馬鹿にされ、少し愛される。そんな生き方。地味で鈍重で、ひ弱。でも、どこかユーモラスで可愛い。守りに敏感。背負って往くものあり。その生き方にはまだ謎も多い。いっぽうで、人間には有益・害毒両方をなす。害毒については一種の凄みあり(体内寄生虫が原因のよう)」
けっこう、いろんな羅列ができるわけで、その属性、我ら人間に、さも似たり、か?
まあ、以上のようなことを感じたしだいです。勝手な推測・解釈ばかりなので、すいませんが、評価は割愛させてください。
5 静間安夫さん 「古書」 4/7
まずは調べました、「元禄快挙禄」 福本日南著 岩波文庫(上・中・下) 成立は明治41年(1908)新聞連載からだそうです。岩波所収は1940年頃とありました。記録的要素もあり、現在の忠臣蔵像の原形とも言えそうです。
気に入った文章に線を引こうとして、ふと気づいた嬉しい偶然。話はそこから始まります。
古書を介して未知の同好の士と出会います。「どうして手放したのだろう?」そうですね、その疑問から、さまざまな推測が詩中出て来ました。この詩の本領は後半「いや、こうは考えられないだろうか?」以降にあるでしょう。なるほど、これはちょっと変わった考えながら、とても感動的な心理ですね。「不思議な縁で結びつけられた人々」「深く共感し合っている」が印象を代表します。とりわけ、「本を旅立たせた」が、この詩の結論です。そこには静間さんの感謝の念も読み取ることができます。
この詩はー失礼ながら―詩的技巧やその純度から言うと、それほどでもないのですが、後半、差し出された有意義な推測、その気高さ、感動の度合いが技巧を凌駕したと言えるでしょう。無類の本好きならではの本作。佳作で行きましょう。
アフターアワーズ。
あの~……余計なお世話かもしれませんが、「数々渡り歩いたかもしれないこの本を、此処で終の棲家にしてやろう」もアリか?
と愚考したりもするわけです。僕にも一生かけて読んでゆく、そんな本がありますが、けっして手放しません。ごめんなさい。
評のおわりに。
新年度早々、くれさんの受賞、三人のかたの皆伝選出がありました。
あらためて、お祝い申し上げます。
これから、まだまだある?そんな予感もする春です。 では、また。
空を見上げると白い月が見えることがある
夜に見る月とは明らかに違う
朝の月は白くて淡い
青い空が透けて見える
街路樹の下で雀たちがさえずり
何かをついばんでいる
駅に向かう道には出勤する人たちの姿があった
誰も空を見上げることなく黙々と駅へ歩いている
中には駅に近づく電車を見て走り出す人もいる
かつての私も彼らと同じだった
目の前のことに追われ
立ち止まることなく
空を見上げることもなく
黙々と歩いていた
月はそんな人たちを静かに見守る
雀たちが空へ飛んでゆく
朝の空に浮かぶ月
月を見ていると
心にかかった霧が晴れてゆく
心が透き通ってゆく
今日も私は空を見上げる
淡く白い月を探す
一人の科学者が命を絶った
動物を愛した彼は
ある発明品を遺して逝った
『アニマルトランスレータ(動物の翻訳機)』
それは動物と人間の架け橋になるはずだった
後に残されたのは記録映像と
装置に貼られた「廃棄せよ」というメモ
助手は記録映像を再生する
映っていたのは科学者の調査風景だった
まずはケージの中のマウス
次に動物園の檻の中で暮らす動物たち
更に空に飛び去る渡り鳥の映像が流れた
科学者はそれぞれ声を採取していったようだ
この世から去った科学者の声がする
「次に採取した動物たち鳴き声の翻訳を流す」
先程の映像に合わせて翻訳音声が流れてきた
その内容は━━━━━
動物たちから人への痛烈な罵倒だった
誹謗中傷に続き 罵り声 悪口 嘲り 皮肉
映像は真っ黒な悪意に彩られていた
画面が替わり科学者の顔が映る
目には涙
動物を愛した男の涙
「この発明は間違いだったのだ」
「動物の言葉を人間が理解できると動物たちに気付かれてはならない」
「私はもう耐えられない後の事は君に任せる」
映像は終了した
助手は放心して俯く 信じたくない
先程の映像と音声を思い返してみる
実験で傷付いたケージのマウスを
群衆にからかわれる檻の中の動物たちを
油や捨てられたゴミで汚れた渡り鳥の姿を
私は見てしまった
映像に見え隠れする人間の罪を
私は知ってしまった
研究所の隅のケージ
そこには━━━━━
こちらに向かってキーキー喚くマウスがいた
助手はこれから何を為すべきか
マウスの紅く血走った目をじっと見つめて考えている