朝のバスはいつも遅れる
ちゃんと来たためしがない
まあ、それはさすがに言い過ぎだけど
実際、時刻表どおりに来るのは
週に一回くらいだろうか
でもいい
それでいい
むしろ遅れてほしいくらい
それも一分や二分じゃなく
五分ないし十分
バスが困った顔になるくらい
そう
これは僕の発見なんだけど
バスにはなんと
顔があるんだ
最初は気づかなかった
だから一分でも遅れるとイライラした
しかもここの路線の運転手たち
遅れても絶対に謝らない
それどころか
早く乗ってくださいと
逆に注意してきたりする
顔色ひとつ変えずに
でもあるとき気づいた
バス停のはるか向こうから
現れるときのバスの顔
伏し目がちに
目をしばたたき
叱られた犬みたいに
悪びれた顔
そうか
バスにはあるんだ
人間よりもよっぽど
ちゃんと顔が
以来
遅れるのが楽しみになった
あーあ
また遅れちゃったね
すみませんいつも
いいよいいよ
よくないですよ
いや、いいよ
ぜんぜんいい
だって君は友だちだから
えっ
子供の頃から好きだったんだ
パトカーより消防車より
マイカーという小魚の群れの中を
ゆうゆうと泳ぐクジラみたいな君が
……
いつかさ、連れてってよ
こんなさ、時刻表なんて縛りのない
こんなさ、渋滞なんて争いのない
自由な国へ
見わたすかぎりの草原を
青い青い野っ原を
クジラみたいに
僕を乗せて走ってよ
バスは目をしばたたき
初めてニコッと笑った
深夜2時の部屋には
事務的な明かり
それだけが光る
それが焦らせる
朝になっても変わらないだろうけど
朝にならねば変わり得ないこと
ただ朝を待つのみだ
冷えた桜桃を噛んで
随分前に買った
冷えた桜桃を噛んで
何かが待っているのか
どこか行かねばならんのか
暗がりの中唸り続ける
冷蔵庫と僕
カメを漢字で書いてみよう。
ペンと紙とで、旧字体でね
そう難しいもんじゃない
十六回だけなぞるんです。
録や整と同じだから。
書いたことあるでしょ?
大丈夫、ここに書き順の見本がある
明朝体だし、文句ないですよね。
では、どうぞ。
さあ、実際書くとなると参った
こいつは迷路だね。
十六画だよ?
録や整と同じなんだ。
まず肩を揃えるのが難しい
右肩下がりは忍びないが
脱臼も流石に笑えない
尾っぽの調子なんか大胆すぎるし、
揃える指の細やかさは
六画だって足りなさそうだ。
窮屈申し訳ないが、背伸びしてもらって
何とか開いた空白へ
〆を刻んでみたものの
いや、情けない。こりゃなんてハリガネムシだい?
なかなか侮り難いでしょう。
新字体の俯瞰だけじゃ気付けない
この一見控えめな生き物の
玄妙さは。
※龜 総画数 16画
部首 龜部
音読み キ ク コン
訓読み かめ
斎藤純ニ様、「柿」に評をいただきありがとうございました。
今回はどうしようか迷ったのですが、なかなかこういうの試す機会も少ないので思い切ってばっさり切る方を選んでみました。単純にうちの庭にある柿を見て思いついたのでそのまま。5年前に植えたものが今年やっと実を付けたので。
いやなかなか難しいです。短いと返って難しい。手数を減らした分、行間に力を込めないといけないので。でもたまにこうして違うことしてバランスを取っていくのも必要かなと思います。
勉強になりました。ありがとうございます。またよろしくお願いいたします。
雨上がりの公園
学校に行く私
木のスケッチをするおじいさん
私の瞳と
あの人の瞳は違うから
きっとみえているものも違う
公園にある木
私の瞳には
ただのモクレン
おじいさんの瞳には
凛として咲く白い花々
その人の瞳で世界をみれば
空はキャンバス
雲はアクリル白絵の具
モチーフ、鉛筆、デッサンスケール
射しこむ光は黄色、茶色い地面とのコントラスト
その人の瞳で世界をみれば
あたりは色の洪水
学校
教室でおしゃべりしている友だち二人
タイピングがはやい私
ピアノが上手な隣の席の子
私の耳と
あの子の耳は違うから
きっときこえているものも違う
シジュウカラの鳴き声
私の耳には
ツピーツピー、チ、チ、チ
あの子の耳には
レミーレミー、レ、ミ、ファ
その子の耳で世界をきけば
踏切はアレグロ
猫のあくびはフェルマータ
8分音符、スタッカート、三連符にハ長調
響く靴音は二分の一拍子
その子の耳で世界をきけば
街は五線譜の上をすべりだす
夕暮れの公園
鼻歌うたいながら家に帰る私
砂場ではしゃぎ声あげる子どもたち
あの子たちの声と
私の声は違うから
きっと言いたくなる言葉も違う
五時のチャイム
私の声は
一日が終わるなあ
子どもたちの声は
もっと遊びたい!
子どもの声で私も話せば
砂はごはん
落ち葉はお野菜
おままごとではぜったいにおかあさん役がいい
おかあさん、これから買い物にいってくるわね
子どもの声で世界を話せば
心には平凡な家庭の幸福感
しかし公園を通り過ぎてしばらく経ったとき、
歩きながら気づいた
私は永遠に
あのおじいさんのみている色を
みることはできず
友だちがきいている音を
きくことはできず
子どもたちが発した言葉を
完璧に理解することはできない
ああ、けれど
私が「木蓮」と言えば
おじいさんはほほえむ
「シジュウカラ」と言えば
友だちはうなずく
「五時のチャイム」と言えば
子どもたちは口をとがらす
私の瞳や耳や声を
すべてを知る人はいないけれど
私がひくく童謡歌えば
かならず誰か
一緒に歌ってくれる人が
この世界にはいるのだ
人気の映画
なんでもよかった
映画なんてよかった
あなたと一緒にいられれば
おっきなポップコーン
ちゃんと食べてくださいね
ウェットティッシュで手を拭いて
焦らないでこぼさないで
ひとつ摘んで
わたしが食べて
次にあなた
またわたし
わたしはジュース
あなたはコーラ
あなたのコーラを味見して
次にあなたもコーラを飲んで
あなたの肩に髪をあずけ
一緒にスクリーン
あなたの腕を胸に抱え
強く左手握り
女が走り
男が見送り
波が打ち寄せ
雲が流れ
走る理由は分からない
見送る理由も分からない
あなたとの時が続いたら
このままずっと過ごせたら
巣の卵のように
包まれて
雛が甘えるように
懐かしく
眠りから覚め
いつのまにか男
走り去り
しだいに暗く
暗闇のエンドロール
唇をほおに
あなたにキス
わたしを見つめ
よかった、とあなた
わたしも、とわたし
何にも憶えてない、
言えなかった
映画のタイトルなんだっけ
なんでも構わない
「あなたと映画」
、だったっけ
ひとり
わたしが
この世に生まれ
ひとり
だれかが
この世から消えた
たましいは
揺れる水面のきらめきのように
南の空高くのぼる太陽のように
ひとりでにかがやく
こころは
北極星のような道標を
シリウスのような白く強い光をもとめて
重たく靄のかかる空気のなかを
ひとりで浮いている
かなしみは深く
ひとりぼっちになっては
柔らかな木漏れ日のやさしさや
雪原にきらめく光のうつくしさなど
忘れてしまいそうになる
ひとりうたをうたうのは
かなしみがこころに溜まるから
やさしい旋律とことばが
かなしみをかきだしてくれるから
ひとり風に吹かれて
丘の上まで歩く
広がる景色に洗われて
風に向かって笑えるまで
ひとり
わたしがいなくなるとき
この世界は変わらなくとも
誰かのこころは痛んでしまうのだろう
ひとり
あなたがいなくなると
わたしの世界はこんなにも変わったのだから
齋藤純二様
今回も私の詩に丁寧なご感想を頂き、誠に有難うございます。佳作
との評をくださり、とても励みになります。
ご感想を読んで初めて気がついたのですが、そもそも、こういった
テーマそれ自体が、とても日本的なものなのですね…。日頃は殆ど
意識していませんが。
今後とも、どうかよろしくご指導のほどお願い申し上げます。Liszt
「憂世」(9/14)に評をいただきましてありがとうございました。
佳作とのことでたいへんうれしく思います。
最後から二連目についてのアドバイスも参考になりました。
なんとなく、話を元のネガの状態に戻すことで、
まとまりがつくように思いましたが、
ポジのまま続けたほうが良かったとなると、
最後どうまとめようかな、ん~、けっこう難しいですね、
しばらく考えてみます。
ありがとうございました。今後ともよろしくお願いいたします。
いつもお世話になっております。
詩の評、有難うございます。
ご指摘のとおりひまわりママとセミのなっくんの親子エピソードや2人が天国に行ってからの再会の喜びなど書くべきでした。
これからも宜しくお願いします。