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編集・削除(編集済: 2025年01月02日 01:55)

三浦志郎様 評のお礼です 上田一眞

こんばんは。上田です。

現在から過去を振り返るとき、一つの作品の中に複数の人間と時制がある、これをどのように整理して詩として纏め上げるか、今回の課題でした。ご指摘のようにスマートに纏めることができず、ゴリゴリした印象を与えてしまいました。

今後見直して行くにしても、当面ご指摘頂いた点を考慮して修正を加えてみました。些か長くて恐縮ですが、修正しますと非常にスッキリしましたので全文を表示したいと思います。

毎度のことながら拙作を丁寧にお読み頂き感謝しております。


「二人の零戦搭乗員」

私が高校で「倫理・社会」を教わった
K先生
なんと右腕がなかった

何か深刻な理由があったに違いない
しかしそれは
絶対聞けないことだった
誰もそのことは触れなかった
当然なことだった

ギリシャ人を思わせる彫りの深い顔立ち
縦に割れた眉間の傷跡 二筋
焦点を結ばないドスの効いたまなこ
ひと目見たら忘れがたい風貌だ

只者ではない雰囲気を漂わせながら
ギリシャ哲学者からサイバネティストまで
古今東西の哲学者や思想家について
饒舌に語るK先生

私にとって
「リバイアサン」を記したホッブスや
ベンサム J・S・ミル など
イギリス功利主義の哲学・倫理学者たちを
知る切っ掛けとなった

文学にも造詣が深く
ショートの名手
山川方夫について話しが及ぶと
K先生の相好が崩れた

私は週一回の「倫理・社会」が
待ち遠しくてしかたなく
教養溢れる先生の授業に
非常な感銘を受けた 


**

太平洋戦争末期 慶應義塾から
学徒出陣
その男は零式艦上戦闘機の搭乗員
台湾にある
海軍航空隊に属していた

ある日 バシー海峡方面に出撃して
索敵するも発見できず
基地に帰投しようとしたときだ
着陸態勢に入ったとき
後方から 突然
敵戦闘機グラマンの銃撃を受けた

左に旋回して
回避しょうとしたが遅かった
防弾装甲のない零戦は受け身になったら
頗る付きの脆弱さだ
一二・七ミリ焼夷徹甲弾に
羊羹を串刺しにする如く撃ち抜かれて
あえなく 炎上

機体だけでなく
自分の身体も弾丸が貫いた
気がついたときは野戦病院の寝台の上だった
右肩を砕かれ右腕を失った


このとき上空から一部始終を見ていた
味方の零戦搭乗員がいた

彼は広島の師範系大学を繰り上げ卒業して
海軍に入り
台湾の航空隊で零戦の戦士として鳴らした
猛者だ

その日出撃して
丁度基地に帰投したとき会敵
乱戦となった

グラマンを一機屠って戦闘を終えたとき
彼は事態に気づいたが
掩護に行くにはすでに遅い
上空から見守るしかなかった
着陸時に狙われ
火だるまになりながら横転する零戦

あの様子では
とても搭乗員は助かるまいと思った
帰投して
やられたのが同郷の戦友だと知り
彼は見舞いに行った

幸いなことに一命を取り留めたその戦友
見舞った彼は戦友の頑強な身体と
強運を嘉(よみ)した

この二人こそが私の恩師
K先生であり Y先生*だったのだ


**

私は大学三年時 母校で教育実習をした
「倫理・社会」の実習だ

改めて
K先生のお世話になった
伯母の親しい友人でもあるK先生
その縁もあって
親身な指導を授かった

二週間の実習 最後の日
お別れ懇親会でK先生と膝を交えて
語りあった 
軍国少年であったことなど
今では想像つかない少年時代を送っていた

そして
最前線に赴いたときの心情
実際に体感した戦場について語られた
三つのエピソードが印象に残った
それは
私の帝国海軍に対する認識を一変するにたる
インパクトを有していた


**

K先生は戦争とは何かを噛み締めながら
淡々と語った

(エピソード1)
 
 燃料も満足にないことから
 金属製の重い戦闘機は飛ばせられない

 だから上層部は
 軽くて燃料が少なくて済む
 複葉の練習機「赤トンボ」を爆装して
 体当たりさせようと
 企図した

 自分は重症を負ったため
 配属されることはなかったが
 「赤トンボ」での
 特攻要員候補となっていた
 そのように聞いた

 二五〇キロ爆弾を抱える必要があり
 それだけの重量物を装備したとき
 弱い発動機推力からして
 満足に飛べるかどうかさえ分からない

 発案者は「赤トンボ」は布張りだから
 米軍のレーダーに映らない 
 そこに依拠して
 特攻が成功する確率が高いと
 踏んでいたようだ

 特攻を阻止する米軍艦艇の凄まじい
 弾幕
 統計学に基づいた
 対空戦闘能力の高さを
 全く理解していなかったか
 無視していた
 
 実際 上層部は部隊を編成し 
 台湾と先島諸島に 
 「赤トンボ」部隊を配備した
 お偉いさんたちの狂気 
 頭の螺子がぶっ飛んでる様子が分かる
 

(エピソード2)

 ある特攻兵が
 低速のゲタバキ水上機で米艦に突っ込んだ
 体当りしたとき 
 大型の八〇〇キロ爆弾が機体からはずれ
 しかも爆発しなかった
 不発弾だ

 艦船の土手っ腹にカエルの死骸のような
 飛行機の跡だけがクッキリと残った
 搭乗員は投げ出され
 甲板に叩きつけられて絶命した

 決死で突っ込んた戦友の無念の死
 せめて飛行機だけでも
 まともなものであれば…
 本当に浮かばれなかったであろう
 犬死だ

 これが僕らのいくさだ


(エピソード3)

 台湾は当時日本の統治下にあった
 内地と一緒だ
 だから比較的兵站には恵まれていたが
 終戦間際は目茶苦茶だった

 あっちこっちの機体や部品を繋ぎ合わせ
 でっちあげたエセ零戦
 発動機がやたら振動して
 ボッボッと息をつく
 しかし 部隊に
 飛ばせる機体はこれ一機しかなかった

 オクタン価の高い航空機用燃料は
 底をつき
 発動機がかかるかどうかもわからない
 怪しげな
 松根油(代用燃料)を使おうとした
 燃料欠乏もここまで来たか!
 と情けなかった

 芋の蔓しかない乏しい食料事情
 毎日 芋の蔓や葉っぱではいくさにならん
 まあ米があるから
 飢え死することはなかろうが
 まともなものが食いたい
 空きっ腹を抱えながら空襲を警戒した


**

K先生は少し酔っていたように思う
呑まずには語れない
苦々しい思い出だったのだろう

これら苦境に耐えながら
なお国のため
徒手空拳に近い状態で戦った二人の戦士 
K先生とY先生

台湾の美しい群青の空を翔け
傷を負い
ぼろぼろになって
成し遂げた事跡は大きい

二人の零戦搭乗員の知られざる敢闘は
戦史の中に埋もれている






*Y先生 生物の教師で私の高校一年時
 のクラス担任
 夏休みに先生の自宅に招かれ
 零戦の搭乗員であったこと
 台湾でのK先生との係わりを話された

編集・削除(編集済: 2024年03月29日 22:07)

螺旋の君   晶子

天地開闢より遥か遠く
君が始めた螺旋の道を
僕たちの喜び悲しみも
僕たちの命も刹那として
君が君になるために歩いて行くのを
螺旋の中の僕たちが
見つめている

紺色のスーツを着た女性が
カフェから背筋を伸ばして駅に向かって行った
バッグには赤地に白の十字の札が揺れてた
彼女の喜び悲しみを僕は知らない

天地が破れて
一つの種族が滅ぶ時
最後に食べた温かいご飯の記憶と
歴史と呼ばれる日々を抱えて
消えていく一人を思う

全ては君の中で
君を孵化させるための準備をしている
そして僕らは君の目

生の嘆きと滅びの静けさの脈動を君は求めたの

誰かの嘆きに呼応して
生まれたこの詩のように
僕らの嘆きに呼応して
君は自分を手に入れる

僕らが魚だった頃を忘れたように
君も僕らを覚えていない
でも確かに君の螺旋の中に
僕らはいて
螺旋の階層を透過して君を見ている

ないものの世界からあるものの世界に転化した意思が
合わないネジを捻じ込まれるネジ穴のように
今も僕らを潰し苦しめる
そしてその熱量が
僕らを生かす

螺旋の君
今朝も太陽が町並みを照らし始めたよ
沢山なのにたった一つの君
光と陰がつくられていくよ
僕らの命を巻き込んでつくられる君
朝食に僕が食べた蜂蜜パンは美味しかったかい
君は僕らだ

編集・削除(未編集)

三浦様、評のお礼  理蝶

三浦様、いつも評をしていただいてありがとうございます。
毎日詩のことを考えているけど、詩とは一体なんだろうと自分なりに考えていくうちに浮かんだ詩でした。
堂々の上席佳作とまで言っていただき、恐縮ですが本当に嬉しいです。
最近いろんな人の詩を見る機会が増えて、すごい方沢山いるなあと少し落ち込んでいたので、お褒めいただいて少し救われた気分になりました笑。
「詩は志である」、僕もまさにその通りであると思います。
これからも志を持って、詩に一生懸命かつ楽しく向き合って行きたいです。
ありがとうございました。また投稿しますのでよろしくお願いいたします。

編集・削除(未編集)

御礼 三浦志郎様へ

評ありがとうございます。
甘め佳作と面白いと言ってくださりありがとうございます。
楽しんで頂けたようで嬉しいです。
畦道を散歩中に草を踏みながら歩いてると
ふと浮かんだ詩です。
またよろしくお願いします。

編集・削除(未編集)

三浦さま、評を頂きありがとうございました。  freeBard  

ご心配ありがとうございます。子供の頃の心の動きを大人になって書いてみました。
質実、実直で在りたいとは思うけれど、まだまだ幼稚な心に囚われてしまうこともしばしばで情けなく思います。
教えて頂いた展開による驚き、それは違和感なのでしょうけれども、なかなか自分では気がつけないことなので助かります。
お陰さまで主観と客観のバランスについて考え直す良い機会を頂けたように思います。
どうもありがとうございました。

編集・削除(未編集)

約束の春 紫陽花

今年の桜は遅い
お客さんが残念そうだ
聞いてみると
病気で家に閉じこもりがちの
お母さんが 桜が好きで
まだかまだかと
お花見に家族で行く日を
待っているらしい

私も例によらず
お花見が好きな人だ
ただ桜に限らない
ムスカリだとかたんぽぽだとか
れんげそんな色とりどりを
眺めながらの出勤を
春は楽しんでいる
地面の低いところから
青や黄色やピンクがふわふわ揺れて
春もふわふわやってくる
そうしてるうちに
あのごつごつした黒い幹に
桜の花の白っぽいピンクが
頭上いっぱいに広がる
あっという間に

これは約束なのだろう
春には 春のこの道には
この桜の木があって
私はここにいるという存在感
足元の小さい春の子たちとは
また違う存在感を持って
桜の木は花を咲かせる

だから私も
お客さんのお母さんも
今年も桜に会いにいかなければならない
春の約束だから

編集・削除(未編集)

三浦志郎様 評のお礼です  あこ

感想をありがとうございました
行間 空間の認識を誤っていたと実感いたしました
今後それを頭に入れて詩作に励みたいと思います
ありがとうございました

編集・削除(未編集)

青島様 評のお礼です 紫陽花

青島様、こんばんは。丁寧に読んで下さりありがとうございます。青島様とバシロサウルス共有できまして、まずはそれが嬉しいです。ロマンがありますでしょう?爬虫類が海に入ってクジラになるなんて。しかも、大きさが規格外。クジラにも名残の後ろ足が骨だけ残って体の中にあるようですが、バシロサウルスには後ろ足が歩けないけど付いてたみたいです。その骨を私見てたんです。なんででしょう。その、1週間の色んな事が吹っ飛ぶような衝撃を受けたのです。これ、やっぱり書いた方がよかったのですね。私、思い出す度興奮しますもん。おかしいですねえ笑。
雨に叩かれて、小魚になっちゃうところ、私も伝わるかな?という一抹の不安ありました。でもいっぱい書くとバシロサウルスがかすみそうな感じもしまして。悩んでみます。この詩も直しがいがありそうです。
また、よろしくお願い致します。

編集・削除(未編集)

青島江里様 評をいただきありがとうございました  温泉郷

青島江里様
はじめまして。この度は、暖かい感想をいただきまして、大変感謝しております。
幸い、スギ花粉はそろそろ終わりそうで、症状も落ち着いてまいりました。
この季節だけは、スギを恨みたくなりますが、
それをこらえているうちに、おかしな考えが頭に浮かび、書いてみた次第です。
今後ともご指導いただけますと幸いです。

温泉郷

編集・削除(未編集)

◎2024年3月19日~3月21日ご投稿分 評と感想です。(青島江里)

2024年3月19日~3月21日ご投稿分 評と感想です。

◎「本当の悲しみ」 森山 遼さん

本当の悲しみとは何か?哲学的なテーマ。こういうことを書いてみようかと思う機会にはあまり巡り合うことはないと思います。詩を書いている……そういう日常の一幕があって巡り合えた機会であるようにも思えました。考えてみれば、とてもラッキーなことかもしれません。

一連目。よそへ行ってほしいとハブられた悲しみなのか。君の悲しみは大変だからとは、めんどうだから関わりたくないよと思われることからくる悲しみなのか、或いはもっと大きな意味で違うことを言っているのか。そのようなことがはっきりしないので、個人的には入りにくいで出だしとなってしまいました。どちらかといえば、二連目を先頭に持って行った方が入りやすくなるような気もしました。

一連目が入りにくかったので、三連目からの宇宙的なものモチーフに掲げた展開、想像のつかない世界を広げることで、はっきりとメッセージ的なものが読み手側からとしては、つかみにくいものになってしまっていると感じました。しかしながら、悲しみというものが得体のしれないものであったり、かたちのない、つかみようのない存在であることは、伝わってきました。

悲しみについてのアプローチの方法ですが、今回はかなりテーマが大きくなりすぎているので、宇宙のような世界を詩の中に展開したいのなら、最初に抽象的な世界を表現して徐々に日常の想像しやすいあれこれの様子につなげていくか、逆に日常のありふれた光景から徐々に宇宙のような広大な世界に広げてゆくという感じにすれば、表現しやすくなると思いました。

どちらかといえば、今回はどちらかといえば、漠然とした「悲しみ」となっていて、かなり難しいテーマになっていると思いました。書きやすくなる一例としては、「本当の悲しみ」を頭に置きつつ、それはどんな悲しみを思い浮かべるかと考えて思い浮かんできた様子を詩にして広げていくと更に表現しやすくなるかもしれないと思いました。

読後感。印象に残ったことは、次のような感じです。ちっぽけな僕と広い宇宙の対比。宇宙の広さと「僕」を思い浮かべることで読み手側の心には、真剣に思い悩んでいるとしても、宇宙の広さにはかなわない。そのような、そこはかとなく滲んでくる、広い世界の中で気づかれることのない置き去りのような悲しみを感じました。

詩を書いていないと出会わなかったかもしれないテーマ。これからも詩生活特有の体験をいかして、世界を広げていくことができますように。今回は佳作二歩手前で。


◎あの海まで 紫陽花さん

暮らしていく中で、いろいろとあるはずなのに、一瞬みたものだけが頭の中を巡ってしまう。そのような感覚。特別に突起しているもののようにみえるけれど、実はそうではなく、自身の中にある何かのどこかに繋がっているからなのではないのかと、ふと思ってしまいます。バシロザウルス。拝見したことはないのですが、その生命の姿の中に、作者さんの生命の中の何かが反応したのかもしれない。そんな風に感じました。

一連目の私の空を覆う黒い雲とは、将来に対する不安、暗雲をさすのだなとわかりました。不安になって考えれば考えるほど不安に。そして、悲しみが広がってゆくということがわかる土砂降りの雨という言葉。この先を生きていくという不安な気持ちが伝わってきました。後半の方では、暗雲について考えた不安な日々がきっかけで海を目指すことができたという前向きな姿が描かれていますね。

気になった部分は中盤でした。

土砂降りの雨になる
雨粒が私をたたく
私はたたかれて たたかれて
雨粒ほどの小魚になる

土砂降りの雨から小魚の私につながる部分ですが、たたかれて小魚になるということですが、読み手側から感じたのは、すぐに小魚になる様子へと移行できなかったということでした。「私はたたかれて たたかれて」と雨粒ほどの小魚になる」の間にあと少しクッション的な言葉を添えるとよいのかなと思いました。「雨粒みたいになってゆく/やがて」を加えるような感じで。この作品の流れの中で、繋がっていく部分はけっこう重要な位置になると思うので、作者さんの納得のいく言葉の表現が見つかればいいなと思いました。小さな魚が泳ぐ広大な水辺。思い浮かべると、どこまでも泳いでいけるという本当の自由への希望を感じることができました。

注釈を入れてくれたおかげでバシロサウルスがどのようなものかということがわかりました。ありがとうございます。もしも、注釈なしを想定するのなら「遠い昔バシロサウルスが/海を目指したように」→「クジラの祖先/バシロサウルスが/遠い昔に海を目指したように」にすることも可能だと思います。なんなら、バシロサウルスはこの作品の主役的存在なので、こちらを独立一連にして強調してもロマンがあっていいかなと感じました。

あと、注釈にいれてくれた「1週間いろいろ心に残る出来事があったのに、なぜか一瞬テレビで見たバシロサウルスが頭から
離れず」この感覚も注釈にしておくのはもったいない感覚なので、作品の中の一部分に取り入れてもおもしろいかもって思いました。今回は佳作半歩手前で。


◎涙 喜太郎さん

涙には大きく分けて2種類の涙がありますよね。嬉しい涙と悲しい涙。この二種類をもっと深堀しつつ表現してくださいましたね。

自己の成長とともにある涙を時系列にそって表現してくださいました。幼子の時代から受験生、社会人、結婚、出産、子供の成長、パートナーとの別れ。詩の中で連呼される「その時に流した 涙」は、一行、一行重ねるごとに、人の一生という時を表現する役割を果たしていると思いました。一行単独、ひとマスあけて涙とした記述方法は、涙という言葉が強調されていて、読み手にズシリズシリと生きてゆくという時間の重みを感じさせてくれました。

このままでもいいのですが、一案をお伝えしたい行がありました。最後の方の「愛する人と再会した」という部分です。どうしてかというと、この再会どういう意味かと思うことは、読み手それぞれになると思いますが、自らもいつか旅立った時という意味とも捉えられますよね。仮にそうだとしたら、この一行に辿り着くまでに重ねられてきた現実の数々。重みのある時間を重ねてきて、ラストがいきなり天国で再会ってなると、これまでの現実の重みを描いた表現が作中にいかしきれないような気がしたのです。

天国というのは、あの人は、きっとあそこにいるのだと、かなしみにくれる人間の救いとなる場所でもありますが、実際にあるとは証明されていないところ。これは私のものすごく勝手な思いなのですが、私がもし、この作品のラストを描くなら、まだ現実の世界でどうにかふんばって生きている私を書きたいなと。だから再会は、いつか愛する人と天国で再会できると信じている私の、今生きる現実の場所で、その人と再会したいなと。具体的というか、実際に体験したのは、夢の中とか、空を見ていたら急にその人の顔が浮かんだとか。応援してくれているのだなという嬉し涙でした。こうでなきゃダメという決まりは勿論ありません。天国で会いたいというのは多くの方が思われると思います。ただ、今回の作品の流れの中、丁寧に現実の時間を積み重ねられていかれた、その作品の組み立て自体がとてもよかったので、こういう感想に辿り着いたのだと思います。

どの涙にも感謝しかないと理解した時
愛する人と再会した

作中でのこの表現。涙は人生そのものという表現。すごく胸にしみてきました。涙と人生について語られた一作。今回はふんわりあまめの佳作で。


◎その時に備えている  荒木章太郎さん

近頃は、楽しいニュースが少ないと感じる人も多いと思います。反対に、戦争だとか、災害だとか、そのようなニュースが多いのは不安ですよね。人間の出すぎた行動が、お天道さまを怒らせているんだという高齢者の方の声を耳にすることもありました。「大地は何に怒っているのだろう」という一行で、そのことを思い出しました。

二連目から三連目の書き手の持論。「はやる気持ちで/人を突き飛ばさぬように/その時に備えている」……日頃からいつか誰かに役立てるようにという想像力を働かせることが準備になるということ。口だけではない思いやりを持ちたいという気持ちが伝わってきました。

風で作られたセメントを壊すため
幻想で作られた壁を壊すため
僕はきみと旅に出ることにした

ラストの連の現実の行に添えられた、少し別の次元よりの表現は、どことなく詩的な香りがして印象的でした。お金に関する表現について露骨になりすぎない役割を果たしているとも思いました。ラストの連の4行目の「寄付」ですが、ちょっとストレートすぎるかなとも感じたので、「愛を育むために、この手で稼いだお金を使いたい 届けたい」くらいの表現の方がよいかなとも思いました。お金に関する表現って本当に難しいですよね。また、ラスト二行で急に出てくる「あなたがた」という言葉。意味は分からなくないですが、あなた方をはずし「互いの復興を創造する」とする方が「僕ときみ」の周辺や関係性ということに焦点を合わせやすい気がしました。「きみ」という単独に発しているのか、大勢の「あなたがた」に発しているのかということをわかりやすくするための一案でした。

自分なりに考えている想いも難しくなりすぎず、ほどよいやわらかさで読みやすく、独自の表現も盛り込まれている作品になっていると感じました。今回は佳作一歩手前で。


◎スギを訴える  温泉郷さん

身内の一人が花粉症です。目のかゆみに始まり、くしゃみ、鼻水、喉の不調。ひどくなれば咳も。時期がきたら耳鼻科に通いで本当に大変そうです。そして、作中に書かれていた通り、医者に行ってもお薬で眠くなったり、何も手付かずになるということでした。

花粉症を題材にされた作品ということで、どんな内容になるのだろうと思いました。辛い→国の植林政策を訴える……までのことは、なんとなく想像できましたが、その後は全くの予想外の展開でした。スギを擬人化するまでのスライド的な表現がとても自然でした。まさか、スギを訴えるっていうタイトルの意味が、スギの国の植林政策について訴えるではなく、自然法廷という場所で、擬人化したスギを訴えるシーンがあるなんて。樹木、草花、昆虫、環境破壊……にまで話が及んでいます。でも、とってつけた感0%。見事な流れで、興味深く拝読させていただきました。

これはあくまでも空想をふくらませた世界。我に返る時の小道具的な目薬の使い方もよかったです。スギの花粉についてやっかいなものと思いつつも、スギに罪はないのだとする作者さんの心。最終連にある「この痒さをがまんするだけで許してもらっている」という一行には、愚かな人間を許してねという気持ちと、自然の抱擁力に感謝している、自然への愛を感じさせてくれました。辛いことを書いているはずなのに、あたたかい空気さえも感じさせてくれる独特な空気感のある作品でした。


+++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++

肌寒く雨の日が多い今年の三月。日頃の青空のありがたみをひしひしと感じつつ、まだ咲きそうにない公園の桜の様子を見ながら通勤するこのごろです。さよならとはじめましてが、いつもより多く混在する春。慣れないことで疲弊することもあると思いますが、せめて一日の終わりは、静かにすごせますように。

みなさま、今日も一日おつかれさまでした。

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