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島 秀生さま 評ありがとうございます。
飛躍させすぎっていうところ、最もなご意見かと思います。飛躍させると書いてて楽しいんですよね。ちょっとキビしめの評だなあと思いましたが、実力あるんでしょうかね僕は。うーん、飛躍させると楽しいですが、詩の完成度というところで落ちるというか、飛躍できないとダメみたいなところが自分のなかにあって、それが逆に足を引っ張ってるのかも。最近ちょっとスランプ気味でして。どうしたもんだか。あんまりネタにはしらず、地に足のついた詩?を書くほうがいいかもですね。やりたいことに実力がおいついていないってところでしょうか。うむむ、ここで考えても答えはでませんよね。実力があるとのお言葉を信じて、精進していきたいと思います。
ごめん。ウソつきました。
日曜は一日不在になるため、こりゃ月曜になるかなあーと思ってたんですが、
土曜のうちに(いやもう日曜だが)滑り込みということで。
●まるまるさん「たどり着いたお通夜の夜」
難しい年頃の息子さん。あまり返事もせず、口数も少なく、なんでも無関心なシラケたふうに見えてしまうので、その成長を心配する親ごころが日頃からあるわけですが、
大切な命の話は、ちゃんと聞いていた。ちゃんと受けとめてわかっていたことに安堵した親ごころが描かれています。と共に、通夜の夜、二人は同じ方向に祈りを捧げています。ステキなエンディングですね。
小さい子が亡くなる話を聞くのは、とりわけ気の毒な気持ちがいつもします。
この詩は、その亡くなった子の話と、難しい年頃の息子さんの話が、実のところ相俟っているのですが、今回とても上手に処理できていると思います。
小さい女の子のことなので、終連の「お星さまになるね」の表現もよく似合っていました。
それから、いつか個人詩集を出される時、息子さんの話はシリーズで読むことになると思いますが、そういう補完関係を得た時に、この詩はシリーズの中でとても映える詩になると思います。今よりもっとね。
そこも見越して、ノーミスの名作を。
●大杉 司さん「4月」
後ろから2連目は、いい事言うなあー この連は今の世情を表わしていて、まさに!!です。
2連も、暖かくなって活動的になることや入学・進学などの人の移動を示唆していて、季節と人の関係性が語られてていい。
4連の
嘘なんて吐かず
この春を感じていたい
も、気持ちの入った、いい詩行です。
終連の、
「心は晴れやかであるべき」と
近所の犬が吠えている
は、そこまでの流れにない飛躍で、スルリと騙されるけど(ここで、よもやのウソかも?)、この詩全体にとっては、とてもいいアクセントになっていて、ラストでの使用が成功してます。
うむ、いいデキだと思います。秀作プラスあげましょう。
些細なところ少し。
初連2行目「余裕なく」 → 「余裕はなく」の方がいいかな。
3連「今となっては」の使用法が、それホントは正しくないので、「今は」か「今では」かにする必要があります。そこの変更によって前後の調整が少しあると思うので、一考して下さい。
●相野零次さん「ポテトチップス」
うーーん、なまじうまいので、筆がすべっちゃうタイプなんだろうなあと思いました。
この作品、まじめ路線で書いても、ちゃんとテーマ性が出る作品だと思うのだけど・・・。テーマ性のスジを一本通しておいて、ユーモアで逸脱しても、またテーマ性のところに戻ってくるべきだったように思いました。
思うんだけど、「ポテトチップス」は、詩を書くためのただの材料に過ぎなかったのかしら? 「ポテトチップス」で書く限りは、「ポテトチップス愛」みたいなものをはずしてはいけない気がしてたんだけど、この作品はそれがすっ飛んでしまっています。そこが一番残念な点です。
具体的にいうと、序盤でまず、きちんとポテトチップス愛を述べて欲しかった。1~2連の内容だけで5連くらい書いて欲しかった。ウンチクを少しは垂れて欲しかった。「卵」に行くのが早すぎです。
それで卵の話をしてから、話を本線に戻してきて欲しかったのだけど、ラストの2~3連はもう1回ユーモアの飛躍に行ってるようにしか見えない。もしかしたら家族の何かを言いたかったのかもしれないけど、現状は飛躍にしか見えないから、これだったら、後ろの2連はない方がいいと思います。
いきなりキビシかったかな? 相野さんはそれなりの実力者だとわかるので、レベルを合わせてしゃべりました。
できるなら、読者が読み終えたあとに、それが食べたくなるような着地になる詩を書いて下さい。その方が、みんながホントに笑えますよ。
今回、私は初回ですので感想のみとなります。
●akkoさん「優しい時間」
まず、ご質問の回答から先に言いますと
初連の、
何ごともなかった日の当たり前に返ってきた
3連の
籠りきり
終連
忘れそうになっていた
行ってらっしゃい
行ってきます
これらの表現があるので、今はいないのだと大丈夫わかります。副題は不要です。
Akkoさんは、いつもいい瞬間を捉えますね。その「捉える眼」というのも大事で、ちゃんと詩人の眼をしてらっしゃいます。
初連は、実は1~2行目と3~4行目で時間が違うのだけど、もしかしたら1~2行目は、間際ではなくて、何十年か前の若い時の夫の映像がありそうで、反して3~4行目には、夫の姿がない。両者間には、何十年かの時が流れている気がして読みました。
それと今回は2連の叙景を上手に書きました。今回はこの詩にピタリとはまりました。さらには、両者の距離感というか、絵の構図を表わす大事な連になりました。
作者も女の子も、どちらもおずおずとした、スローモーションのような動きとなる3~4連も、様子がよく伝わるし、
5連の「優しい時間が流れた」の言葉も、言い得て妙。
6連の「スカートの裾が隠れるまで」の表現も生きています。
終連も、初連の意が蘇るように結論づけられていて、いい。
うむ、いいと思います。「行ってらっしゃい」「行ってきます」で見事に繋がったね。それに、いい瞬間を捉えました。映画のようなワンシーンでした。名作且つ代表作入りを。
これは余談ですが、その女の子はまず、声をかけられたのが知ってる人かどうかの記憶を辿り、知ってる人ではないと思ったけれど、挨拶されたら挨拶を返すという礼儀正しさでもって最後は判断して、挨拶を返したんでしょうね。それが、その間でしょうね。
でも、その瞬間に二人の時間が繋がったのは間違いないし、詩だから主観的に判断してもいい。それに、2回目からは「知ってる人」になってることでしょう。
●温泉郷さん「仲春の高尾山」
この英語表現は知っていますが、よもやまじめに展開してくるとは、思いがけなかったです。足払いをかけられたような気分でした。スッテンコロリとしてやられましたな。
二人の会話スタイルで進むところ(でも、一人芝居)。
「ネコとイヌ」を、「土砂降り」の語のあとではなく、先に出しているところ。且つ、4連、5連で創作を膨らませているところ。
「おにぎり」を作る話を、もう一つのストーリーとして走らせているところ
など、なかなか念の入ったテクニシャンです。
それでいて、話の軸をはずさないとこもいい。
タダモノではありませんな。
初回は感想のみになりますが、なかなか楽しみな人が来てくれました。
●荒木章太郎さん「折り鶴」
あのーー、読む者としては、最初はまっさらで入るので、「病室」と言われると、それでもう想像は病院の病室に飛んでしまう。すると、2連以降の部屋の風景と合致してこない。
病院の病室として読むと、初連は「病室」として読めるけど、2連からもう瓦解してしまいますね。
気分は「病室」かもしれないけど、一般読者に「病室」と言うと、病院の病室しか思わないわけだから、詩の出だしはまず、イメージを他者と共有できる言い方からスタートされるべきですね。
詩の出だしは、これから展開される詩の舞台というか、場所というか、イメージする映像の外枠になってくるので、そこで読者側と違えてしまうと、あとはずっと書き手と読者が違う舞台の上に、ものを積み上げていってしまうハメになるので、話がどんどん空振りしていきますよ。
比喩は話が中に入ってきた時に使うべきで、まだ話が中に入ってきていない、話の外枠段階で使うべきでないです。比喩はあとから出してくるのが基本形なので、慣れないうちは出だしに比喩を置かない方がいいです。
それと詩の舞台となるところ、「場」は、きちんと書いた方がいいです。それが話の外枠だからです。初連からぐっと盛り込むのではなく、「初連は、ゆっくりと丁寧に、スロースタートする」という心得でやってみて下さい。
と、基本形であることを勧めますが、ちなみにもう一つの手、高度なテクをいうと、
絶望に宛てて
毎日のように
千羽鶴が届けられた
と、初行を削除してしまう手もあります。
これは逆に所在は2連の「この部屋」に譲って、初連ではまだ所在を敢えて出さない書き方になります。
次の話になりますが、2連の「捨てられたアルミニウム」はお酒を想起させるので、伝わりやすい比喩でいいと思います。内容からすると、かなり荒んだ状態のようです。
想像ですが、この「千羽鶴」というのもきっと比喩なのかなと思って読みました。毎日届く励ましのメールのようなもの(ただし、本人にとってはかなり負担になっている)を、「千羽鶴」に喩えているのかな?と思い、読みました。
終連の処理なんですが、このサイズの詩でしたら、センテンスは長くしない方がベターです。
押し付けられた願いが
時に行き場のない怒りに変わり
部屋中に響き渡る
折り鶴の腹に
そっと息を吹き込むと
やさしさが膨らみ
希望が息を吹き返す
このように2センテンスにした方がいいと思います。
一考してみて下さい。
依然ミスはありますが、全体としての心情は、伝わるようになってきたと思います。大事なのはまさにそこなので、進展してると思います。
もうちょっとですね。半歩前とします。
●理蝶さん「アクアリウムと平和」
世界の平和とは何か? と問われた時、「戦争のない世界」という否定語ではすぐ答えられるのだけど、じゃあ、どんな感じになることなんだと問われると、説明するのは、案外と窮する。
でも、この詩で描かれる風景は、一つの回答例になるのかもしれないなあーと感じました。
2連の「海はいくつかに章分けされて 物語を語る」が、実際にはどういう感じかはわからないのですが、提案としては、この章分けのそれぞれの海の様子が示されたあとに、
7つの海からきた彼らが
縦横に行き交う様は
さながら この世界の交差点のようだ
が来たほうが、「平和の図」に見えていいんじゃないでしょうか?
つまり、並びが逆の方がいいんじゃないでしょうか?
その方が、イルカが跳ねる図とともに、七つの海の統合が平和の図としてダブルで描かれている感じになると思います。
現状は1~2連と、3連以降の話が途切れてる感じになってるので、両方の話が内容的にも繋がってくる感じにする(どちらも5連に着地してくるようにする)のがいいんじゃないかなと思いました。
そこの構成だけ一考してみて下さい。秀作プラスを。
後半はこのままでステキです。「心の凪」あるいは「凪いだ心」という言葉が、この詩にはとてもよく似合う。皆が凪いだ心で暮らせますように、と祈らずにはいられない。
●上田一眞さん「おば様の歴史」
日米開戦後に、西海岸の4州にいた日系アメリカ人は、れっきとしたアメリカ人であるにもかかわらず、「敵性外国人」(日本軍のスパイ活動をしたり、日本軍が攻めて来た時に、日本軍側に寝返る危険性があるという嫌疑からです。)と見なされて12万人が立ち退きの上、人里から離れた強制収容場所に追いやられた歴史があるんです。これは全くの濡れ衣で人種差別なのですが、ご主人が職業軍人だったから、それは免れたのでしょうね。また、もしかしたらそのサンディエゴの新居自体も、軍関係者用の住居(官舎)で、州に関知されない「治外法権」的エリアだったのかもしれませんね。
ちなみに日系アメリカ人だけでなく、ドイツ系アメリカ人も当時差別対象でしたから(アメリカはドイツとも戦っていたので)、ご夫婦はそのへんも数奇な運命を辿られてる気がします。
また、(私の勝手な想像でしかありませんが)のちにフィラデルフィアに移られたのは、ご主人が眠るアーリントン墓地と近いことが、そもそもあったのやもしれませんね。
戦後、米軍が日本駐留するにあたり、通訳として日系二世が多数登用された(軍人として)と聞くので、その中におばさまもおられたのでしょう。
主人を殺した日本軍の将兵を呪った
憎しみの感情がたぎった
から、日本へ来ての心変化、縺れてくる感情のところは、この詩の醍醐味だと思います。
最後に、アーリントン墓地の桜で描かれた情景は、両方が入り混じった象徴的風景で、戦争によって翻弄された、一人の日系二世の人生が描かれています。またそれが親族ということで、作者との距離が近いところで書かれているのがまた良いところです。
文体も、やや硬めの上田さん流の文体として出来上がりつつあるというか、レベルが上がったんじゃないかな? なにより流れがにキレイなんで、触るとこありませんでした。
このままで名作&代表作入りを。
強いていえば、冒頭の強制収容の時代と、時と場所が重なっているので、そこは若干説明入れた方がベターかもですね。もしかしたら軍にいる人にとってはそれは当たり前のことなのかもしれませんが、当時の世情と照らし合わせてみる向きには、そこに住んでることに若干の不思議があるので、補足あった方がいいかもしれません。
●晶子さん「螺旋の君」
「君」は、神のようであり、地球そのものであり、って感じですね。
ただし、「天地開闢」というのは、地球の大陸の生成期を意味するものではなく、「世界のはじまり」を意味するものなので、「天地開闢より遥か遠く」という言い方をすると、もう「神様」の話になってきてしまいますね。
また「螺旋」と言われると、DNAの方が先に浮かんできてしまいますが、生命体が変化していく様子をこの詩では想起すべきなのでしょう。ただし「神」であれば、最初から人間が登場することになり、「地球」の歴史で語るなら、いろんな生物を経て人間に至るわけで(もしかしたら人間の先にも進化形が待っているのかもしれません)、それぞれに2択の解釈ができてしまうのです。
つまり、この詩は「神」のつもりで書いているのか、「地球」のつもりでその歴史を伴って書いているのか? 最初から「人間」だけの螺旋なのか、地球としての「生命体」の螺旋で書いているのか? そこをはっきり最初に設定して書く必要があります。
どうも読んでて、そこが曖昧に感じてしまうのです。
私の意見を言えば「君 = 地球 = 一つの生命体」で書くのがいいと思うのだけど、その方が「天地が破れて」の地球規模の天変地異の意も生きてくると思うのだけど、ただその場合には歴史的な部分は科学的に踏まえて記述する必要があるのだけど、この詩にはそこがないのですよね。だから「神と人間」みたいに読まれてしまっても仕方がないところがあります。
ただ、そう読んだ場合にも、神は「螺旋上の前にも後ろにもいない、別個の存在」なので、「君の螺旋の中に僕らはいる」という言い方は矛盾してくる。
なので、悪いけど、この詩はどう読んでもスッキリしないんです。
抽象性の高い詩を書く時は、図に書けるようにしといた方がいいですよ。これ、ランダムに追ってるから混乱があるような気がする。
この詩、構想は大きくて興味深いものがあるので、そこは非常におもしろいところだから、全体図が成り立つように、また、全体図のパーツがきちんと埋まるように、もう一度見直してみて下さい。
現状、断片評価で、秀作としておきますが、うまくできあがれば、スケールの大きい詩になれる気配です。
それからね、あのーー、
赤字に白十字は、スイスの国旗ですね。スイス製ってことでしょうね・・・。
下書きの時にはざらっと気にせず書いていいんですけど、推敲段階では、正確を期すべき記述部分については、きちんと調べて仕上げるという習慣を持って下さい。
下書き段階では誰しも思い違いがあるものです。だからこそ、仕上げ段階では、工程としてそれをチェックする習慣を持っておいて下さい。
ごめんよ、晶子さんには期待が大きいから、評もキビシメなんです。ご勘弁を。
しょうがっこうへいくみちをあるいていると いろいろないろがあるいてる
よくみたら1ねんせいのランドセル
ピンクにキイロにアオやミドリ
かわいくさいたランドセルのはな
たくさんのはなは あたまにきいろい
ぼうしをかぶってる
1ねんせいはちいさいからランドセルしかみえないんだね
キイロとピンクのはながてをつないで
うれしそうにあるいてる
みんななかよしそうでうらやましいな
わたしも1ねんせいのとき
がっこうにいくのがたのしかったな
でもね いまのわたしはがっこうがきらい
みんなはわたしをいじめるから
かみのけひっぱったり わるくちいったり
だれもわたしとなかよくしてくれない
わたしはがっこうがだいきらい
1ねんせいにもどりたいな
がっこうがすきになりたいな
おともだちほしいな
1ねんせいのみんなはなかよくしてね
みんなでたのしいがっこうにしてね
すみません、私の担当日の評、
月曜夜になりそうです。
申し訳ないです。
後ろの評者の方、
できてたら、先に行って下さい。
よろしくお願い申し上げます。
母が亡くなり
父が後添いを貰ったとき
僕は嫌々ながら〈おとな〉になった
人は少しでも
自分たちと違う匂いがする者がいると
たとえ身内でも
排除の論理が働くようだ
継母やその親族たちから
僕は鬼っ子扱いだった
まあそこらは容易く予想もついたし
覚悟もした
だが 意外なことに
実母の親族たちからも同じことをされた
父が再婚してから後
一人の伯父が
僕に対してよそよそしい態度をとり始めた
守ってくれるはずの人たちが
あてにならない
攻撃さえして来る
疎外感を感じた
古い因習と封建的価値観に縛られた
田舎のことだ
村八分など経験済みではないか
と思いつつも
身内の離反に寂しさが募った
これも人の持つ
保守性の表れなのだろう
僕はそのとき決意した
妹だけは嫌な目に会わさないようにしよう
この波浪を遮断して
彼女を守ろうと…
後年
妹と思い出話しをすると
なんと彼女も被害を被っていた
妹は父方の伯母から
「継母に育てられた娘」と位置づけられて
非ぬ扱いを受けていた
健気にも彼女はそれをひた隠し
自分の中で処理していたのだ
母の喪失が僕ら兄妹を成熟させた
幼い妹は賢く美しい女に成長した
しかし
なんという逆説だ
なんという皮肉だ
僕らだって母を失うくらいなら
〈おとな〉になどならなくてよかった
〈こども〉のままでよかった
「喪失と成熟」の節理
〈おとな〉になるとは
成熟するとは
生きとし生けるものにとって
哀しいことがらなのだと思う
これが人のみならず
万物に通ずる
節理なら
やむを得ないが 受け入れよう
傷心のこころを癒やそうと
夜空を見上げ
星々の煌めきを見たとき
直感的にそう思った
そして
遠い遠い遥かに遠いむかし
ビッグバンで星々が生まれたとき
宇宙も
なにかを失ったのだろうな
とも思った
ペペロンチーノに
朝陽が染まり
マティーニに
夕陽が染まる
背景には優秀な作り手がいた
額縁のような喫茶店
そんなカウンターの縁で
コテコテのショコラ塗りたくった
デコレーションケーキと
どこの豆がどれくらい混ざっているのか分からない
ブレンドコーヒーを頼み
真っ赤になって縮こまっていると
”汝自身であれ”と
手を振ってくれた主人
天井に張り付いた魂が
抜けた躰を眺めてる
その躰の持ち主は何やら沈んでる
水に沈んでるのではなく
いや風呂には入ってるのだが
そうではなく
気持ち的に沈んでいる
そう 俺は魂だけになった
気分が落ち込んで
躰もどんどん生気が抜けて
覇気も気合いも気力も根性も無くなり
どんどんお湯に浸かっていった
自分の躰があまりにも居心地悪くて
散歩気分で抜け出したのだ
抜け殻の俺はなんて無様なんだろう
笑える ハッハッハ
エネルギーの欠片も無いな
俺は裸になって風呂場に行くと
本当の自分を晒してしまう
さっきめちゃくちゃシャウトで歌った
意外と上手く歌えた(様な気がする)
喉も痛くなかった
でもジョンレノンに憧れて叫んでみたけど
汚い声しか出なかった ハハハ
歌い切った後はどっと何かが抜け
何も喋れなくなり(今は一人だから喋る必要はないのだが)
目は虚と化し 口は半開き 腕はピクピクする
情け無い全裸の男だ
何で沈んでたんだろう
何でだっけ 忘れた まぁいっか
言いたくもない
神様にしか言えない あと雀 あと鴉
こうして 魂だけになって 晴れて自由の身
どこへ行こうか もうこのままあの世へ行こうか
でも全裸で死ぬのはなぁ
ちくしょう! 戻るしかないじゃないか
この全裸の男を少し鬱陶しく思った
まぁ自分なんだが
やれやれ
でも意外と楽しい体験もできた事だし
そろそろ戻るか
すーっ
「ああ、楽しい!
風呂に入るのは楽しい!
シャワーも楽しい!
シャンプーも楽しい!
体拭くのも楽しい!
ドライヤーも楽しい!
生きてるのが楽しい!!」
恐ろしいほど前向きになっていた
これでいいのだろうか 逆に怖い
沈んでたんじゃなくて
飛び上がるためにただしゃがんでたんじゃないのか
だけどこうやってこの男は
人生を乗り切ってきたんだろうな
最近はめっきり
聞くことのできなくなったあの声
祖父が購読していた週刊誌に挟まれた
女の顔と富士山と訳のわからないものが
不揃いで並べられた不思議な絵
一瞬感じた引力のような力強い声に
操られ引き寄せられ
ある種暴力的でエロティックで
頭ん中を犯されたような妄想
体ごと攫われてしまいそうで
足元がぐらつく
拐かしにも似たその声は
祖父の呼び起こす声で
ふっと霧散した
何事もなく時はまた動き出し
こころのフィルムの中で
少し錆びながら
コトコト音を立てるけど
忘れた頃に逆さ周りして
懐かしく再生されるあの声
*先月の井嶋りゅうさんの評のあと、すぐお知らせしておりますが、
井嶋りゅうさん担当区間は、ピンチヒッター期間に入りますので、
よろしくお願い申し上げます。
<以下、3/20の再録>
受賞に伴うお役目の多忙により、井嶋りゅうさんの評は
4、5、6の3ヵ月間、お休みを頂戴します。
その間、下記3名の方がピンチヒッター評者を務めてくれます
4/9~4/11 秋冬さん
5/7~5/9 荻座利守さん
6/4~6/6 澤 一織さん
3名の方には、どうぞよろしくお願い申し上げます。
皆さんにおかれましては、
ご承知おきのほど
よろしくお願い申し上げます。
あこがれた日に 鐘は鳴る
焼き切れそうな くやしさの夕暮れに
とおくへ とおくへ と鐘が鳴る
うつろな胸に 響いて満たす
いざ挑む日に 鐘は鳴る
水をかけられた 箱庭のプライドに
とおくへ とおくへ と鐘が鳴る
うつろな胸に どろりと溜まる
逸る思いを 餌に肥る
言葉の汗血馬
おれを連れてゆけ
あこがれの火の最中へ
奔れ 奔れ
しみったれた情念は 慣性に引きずられ
おれは原始のかたまりになる
血を吹いて 地を吹いて
おれにとって ほんとうに本当なこと
勢いまかせに 掴み取りたい
汗よ尖れ 瞳よ冴えろ
脳のしわ一つ 油断するな
敵はない旅だ 矛はいらない
かわりに内を切り裂く メスを研げ
あぁ この夕暮れの赤!
先達の身が かの火に燃え盛る赤!
そして 彼らの手に握られ
強く発光する
ほんとうに本当な物事たちよ!
とおくへ とおくへ と鐘は鳴る
方角も告げず ただとおくへと
たまらなく迫る 鐘が鳴る
あこがれた日に 鐘は鳴る
垂れた4時半の街に
おれだけに聞こえる 鐘が鳴る