◆ここは「MY DEAR掲示板」です。
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井嶋りゅう様
評をいただきまして、誠にありがとうございました。佳作をいただき大変うれしく思っております。ちょうど私がここに参加させていただいたタイミングで、井嶋様が受賞されて、すごい人たちがやっているサイトなんだなあと思ったことを想い出しました。タイトルについてのご指摘、ありがとうございました。タイトルを妙にひねってしまいました。ご指摘のタイトルに変更いたしたく存じます。今後ともよろしくお願いいたします。
井嶋さん。丁寧に読んで下さり、ご助言まで頂きありがとうございました。二連以降、詩の中に入り込んで勢いをつけて書き上げ、推敲の際、新たに牛を登場させてしまった。「反芻」という言葉にこだわってしまいました。ここは登場する動物も、蛾と猫に留めて、スピード感で統一すればよかったです。推敲の際は、詩全体の構成、リズム、調和等、詩全体を見る視点が大切だと思いました。もう少し、本作品と向き合ってみます。
8/27〜8/29までにご投稿分の評と感想です。
ご投稿された詩は、一生懸命書かれた詩ですので私も一生懸命読ませていただいておりますが、上手に意味を読み取れなかったり疑問を書いたり頓珍漢な感想になったりする場合もございます。申し訳ございませんがそのように感じた場合には深く心に留めず、そんな読み方もあるのだとスルーしていただけると助かります。どうぞ宜しくお願いいたします。
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「ゴーギャン 天気がよくて きょうも いいやつ」森山 遼さん
森山 遼さんこんばんは。
はい。んー。森山さんの書き方の癖だと思いますが、基本、ぷつぷつと切れてしまう書き方をされますね。前回のようにそれが効果的な時もあるのですが、私にとっては今回は不利に働いたようでした。それに加えて、大変申し訳ありませんが、私はあまり絵画に詳しくありませんで、そういう時はネットで調べたりするのですが、あいにく只今とても忙しく調べる時間がとれないというのが現状であります。そうはいっても勿論多少は調べてみたのですが、そうですね、メッセージ性がうまく掴めなかったというのが感想となりますね。この詩を書くことによってどのような深層心理を伝えたいのか?というところがよくわからなかったです、申し訳ございません。
絵画にお詳しい評者さん、音楽にお詳しい評者さん、植物、あるいは歴史など、みなさん得意分野があるかと思います。そこがmydearの良いところのひとつ。せっかく書かれた大切な詩ですので、お詳しいかたに読んでいただきたい、今回はそのように思いました。
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「カレンダー」喜太郎さん
喜太郎さんこんばんは。
この詩がフィクションなのかノンフィクションなのかはわかりませんが、きちんと物語になっていますね。私が想像するに、結婚記念日を書き込んだのは年明けだったのではないかと思いました。年始の抱負など忘れてしまうことがよくありますし、カレンダーもあまり見ない日常を送ることたびたびですので(我が家にはカレンダーはありません)、そういう意味では忘れてしまうことがあるかも知れませんね。ただ、少し細かいことを申しますと、人それぞれだとは思いますが、今月のカレンダーに変えるとき、あるいは今月のカレンダーを細かく千切って破り捨てる前に、一瞥するような気もするんですよね。くしゃくしゃと丸めてぽい、とするのなら見ないかも知れないのですが。なので、結婚記念日の文字を小さく書いた、あるいは、暑さでぼうっとしながら破り捨てた、などという描写があったほうが、しっくりくるかも知れませんね。細かくてすみません、よろしければご一考くださいませ。佳作一歩前といたします。芙蓉のお花、綺麗ですよね。
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「ここにあらず」理蝶さん
理蝶さんこんばんは。
改めまして、免許皆伝おめでとうございました。
この詩は、何かこう、伝わってくるものがありますね。詩中の「君」をとても守りたい「僕」が居て、切実でとても優しい詩ですね。「君」を支えるために「僕」はいろんなことに気づかないようにするという、もしかしたら自己犠牲的な?愛情をも感じました。本当は「僕」だって傷ついているのかも知れない。「ここにあらず」で越えていくこと、大丈夫だよって伝えたい思い、切ない気持ちを抱きました。佳作と致します。
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「公平な太陽」温泉郷さん
温泉郷さんこんばんは。
初めまして。井嶋りゅうと申します。どうぞ宜しくお願いいたします。
温泉郷さんは、私が春に評者をお休みするタイミングでこちらにいらっしゃったように記憶しております。良い詩を書かれるかただなあ、と思っておりました。
さて、この度の詩。やっぱり、良いですね〜。一枚の絵画をみているかのような気持ちにもなりました。「あまりにも暑い一日」が、本当によく描けていると思います。書き手は動かず、風景だけが世界に存在しているかのようで、でもきちんと書き手の存在を感じられます。
タイトルなんですが、この詩のタイトルは「あまりにも暑い一日」のほうがインパクトある気がするのです。今のままでももちろん悪くはないですが、少しかたい印象になるかなあ?と感じました。もしよろしかったらご一考くださいませ。とっても良かったです。佳作といたします。
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「卑屈な精神」荒木章太郎さん
荒木章太郎さんこんばんは。
この詩は3連目からぐっと良くなりますね。3連目以降、とても饒舌で面白く、引き込まれていきました。この詩はそもそもとても読み応えのある詩なんですよね。「が、しかし」があることで、テンポもまもられているような気もするんです。3連目以降がぐっと良くなるからと言って、1、2連目はスルーという意味ではなく、そうですね、私からのアドバイスを申しますと、全体的な構成の推敲を重ねる、ということにつきますでしょうか。少し気になるのは「牛」「猫」「蛾」と、詩の長さに対して生物が多すぎるところでしょうか。それぞれに意味はきちんとあるのですが、ごちゃっと感があるかも知れません。あるいは逆にもっと生物を増やして例えるという書き方もあるかもしれませんね。「が、しかし」が効いているので「が、しかし」から始まり「が、しかし」で終える書き方もあるかも知れません。いずれにせよ、もう少し推敲を重ねたらもっと面白い作品になるような気がいたしました。もし取り入れられそうなところがございましたら、どうぞ宜しくお願いいたします。佳作一歩前と致します。
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「翡翠」秋乃 夕陽さん
秋乃 夕陽さんこんばんは。
翡翠のあの淡い色味、綺麗ですよね。ネット検索をかけたところ、翡翠は国石となっていたようです。
さて、この詩なのですが、ちょうど真ん中辺りに、社会保険労務士試験というとても現実的な出来事が入ってきて、それに頭を悩ませていた時間がふとよぎる瞬間が書かれていました。この喫茶店タイムと試験の組み合わせがとても良かったんです。しかもちょうど真ん中辺りに、さりげなく告白するみたいに書き込まれているという構成がとても良いです。なお一層引き込まれていく上手な落差の出現だったと思いました。それから、これは勝手な想像なんですが、この喫茶店の佇まいが、まるで疲れたかたを癒すためにあらわれた幻の喫茶店のような感じも醸し出していて、幻想的な感じもうけました。佳作と致します。
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「作って楽しい子猫石けん」紫陽花さん
紫陽花さんこんばんは。
改めまして、免許皆伝おめでとうございました。
とても良い詩ですね。子猫の形の石けん、かわいいなあと思います。お子さんと一緒にお風呂で泡立てるのでしょうか。良いお母さんだなあと思いました。石けんが出来上がるまでの過程を詩にしたこの作品から、紫陽花さんの汗と笑顔が伝わってまいりました。特にアドバイスはありませんでした。佳作といたします。
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以上、7作品のご投稿でした。
この度もありがとうございました。
先日、横浜詩人会のジャズのイベントに朗読参加いたしました。久しぶりに三浦さんと水無川さんにお会いできまして、楽しいひとときを過ごさせていただきました。三浦さんの素晴らしいドラム、皆さんぜひ一度お聴きください!
埼玉のさっちゃん様
お祝いをありがとうございます。埼玉のさっちゃん様の詩は優しくて素敵ですね。1番最近の詩の最後2行とても好きでした。
これからもよろしくお願いします。
夏生様、齋藤純二様
お祝いをありがとうございます。
これからお世話になります。まだあまり実感が湧いていませんが、ご一緒できて嬉しいです。
まだまだここからがスタートだという気持ちで頑張りますので、たくさん勉強させてください。
今回も読んでいただき、ありがとうございました。そしてとても参考になるアドバイス、とても嬉しく、そしてとても参考になりました。ありがとうございます。これからも頑張ります。
もしも二人の物語に
後書を書くとしたなら
私はなんて書くのだろう
二人で綴った想い出の物語を
否定してしまう様な内容で締めくくるのだろうか
それともそこには確かな愛があったと
前向きな言葉で涙を拭うのだろうか
あなたなら二人の物語に
どんな後書を書いてくれるのだろう
読む人の心の中の隅の方にでも
二人の愛が残る様な1ページを書いてくれますか
もう物語は終わってしまったけれど
あなたはまた読み返してくれますか
そんな気持ちにさせる後書を私は書きたい
もう二度と物語は続く事はないけれど
お互いに新たな物語を綴る時に
せめて参考書ぐらいにはなれたらと願います
それがわたしの後書だから
メロン色の太陽が シャーベットになり
夕立ちを 連れてきた
やがて 宵闇の帳に 月光の雫が落ちる
私は 仮の世という 存在
この湖の 水面に映る すべてのものだ
命と大自然と愛を 知る
時間に 繋がりを 持ちたい
眩く 天空を 月は 滑り
隙間からは 悪魔が邪魔をしている
柘榴色に 瞬く
しかし 地には
月光の雫から 爛漫の花が咲き
風が吹く この世界
何者も 私の夢を 止めれはしない
夜は 鈍色に 輝き
浮かんでは 沈み
朝へと 向かっていくのだ 愛とともに
あぁ 私の麗しき人よ
夜明けの太陽は 再び 小豆色だろうか
密やかな一夜も 明けて
また 次の日の
陶々たる営み へと
我等を 誘う 陽の光
小学生の頃のわたしは、ひとりっ子で身体も小さく運動も苦手、だから、なかなか野球やサッカーのチームに入れてもらえない。いきおい一人で遊ぶことが多くなる。そんなわたしの恰好の遊び相手が虫たちだった。もとより住んでいたのが都心に近い住宅地だったので、人気のクワガタやカブトムシが捕まるわけじゃない。それでも春から夏はセミやチョウ、秋になればバッタやキリギリスと結構いろいろな種類を見つけることができる。多少マニアックな虫まで含めれば(たとえばカミキリムシ)わたしの旺盛な食欲を満たすに十分だった。
かと言って標本作りにはあまり興味がわかない。捕まえた虫たちを籠に入れ、動いている姿を眺める方が好きだった。しょっちゅう様々な虫を家の中に持ち込んでくるわたしを見て、ある夏の夕方、父が少し離れた大きな公園に連れて行ってくれた。
入日に映える百日紅の木陰まで行くと、父はしゃがみ込み地面を一渡り眺め回した。そして辺りに落ちている小枝を拾い、わたしにもっと近づくように促した。父が示す枝の先をよく見ると地面に小さな穴が空いている。
「セミの幼虫は朝早く羽化するから、前の日の夕方になると、もう地面の近くまで這い上がってきてる。この穴は幼虫の通り道さ」
そう言って枝を穴の中に少しずつ差し込んでしばらく静かに揺すっていると、手応えがあったのか父はちょうど魚を釣るような按配で引き上げた。するとびっくりしたことに枝の先に幼虫がしがみついているではないか。今まで抜け殻でしか見たことのないわたしは有頂天になった。さっそく枝ごと家に持ち帰り、夜っぴて待ち構えていると、翌朝まだ暗いうちに羽化する有様を目の当たりにできた。そのときの、全身が真珠というか象牙細工というか、透き通るように真っ白な姿は今でもよく覚えている。やがて日が差し始める頃にはすっかりこげ茶色に変わり、アブラゼミだったことがわかったのである。
また、秋にアゲハチョウの幼虫を取ってきてユズの葉を食べさせていたら、いつの間にか蛹になり、そのままわたしの部屋でひと冬越してチョウになったこともある。
ともかくこんな具合で夢中になって虫たちを追っかけていたわたしだから、あのときカマキリと出くわしたときも、よく考えもせずに捕まえて籠に入れてしまったのだ。そいつはよく見かける茶色の細くて小さなカマキリではなく、鮮やかな黄緑をして、胴体もずっと太くて大きいハラビロカマキリという種類だった。図鑑でそれこそ何回も繰り返して見ていたからすぐにわかったのだ。戦利品を抱えてわたしは意気揚々と家に帰ったが、そのときになって初めて気がついた。何を餌にやったらいいのだろう?カマキリなんだから葉っぱもキュウリも食べるわけがない。迷ったわたしは事もあろうにショウリョウバッタを捕まえてきて、カマキリに与えてしまった。
わたしにとってみればバッタも貴重な虫だったはずなのに、どうしてあのとき、あんな心ないことをしてしまったのか?カマキリを少しでも長く飼いたいと思ったのは確かだ。でもそれだけではない。カマキリは本当に生きた餌を食べるだろうか、という好奇心を満たそうとしたのだ。それは、翌朝、籠の中にカマキリしかおらず、バッタの姿が影も形もないのを確かめたときの行動を思い出せばわかる。わたしは父のところにすっ飛んでいって、昨日から今朝までの経過を得意気に話し「カマキリって本当にすごいね」と感に堪えない様子で付け加えたのだ。息子の思いがけない報告に対して、父はそれまでに見せたことのない険しい表情を浮かべ、厳しい口調で言った。
「カマキリとバッタが自然の中で偶然出会えば、カマキリはバッタを捕まえるだろう。だが、それは決して人間が勝手に仕組んでいいことじゃない。こんなことは二度とするな」
どうして叱られたのか、まだ少年だったわたしは、すぐにはわからなかった。ただ父に叱られたことが悲しくて、部屋に戻ると籠の蓋を開け、カマキリを窓の外に放り出してしまった。
ところが、それから間もなく、父の言いたかったことが身に沁みてわかる、そんな出来事が起きたのである。
父が勤め先からの帰り道、交差点を渡ろうとして信号無視のバイクに轢かれ、生死の境をさまよったのだ。夜も更けてから連絡を受け、母と病院にかけつけたわたしの心の内を想像してみてほしい。ついこの前、わたしが無力な小さな虫に対してしたことと、父を見舞った災難が関係ないとは、どうしても思えなかったのである。不安と後悔の念から泣きじゃくるわたしは、今度は母から
「男の子なんだから泣くのはおやめ!何が起こっても、しっかりしてなくちゃダメ!」
と叱られる始末だった。やむなくわたしは涙をぬぐい、ICUの前のベンチに座り込んだ。わずかの間、うとうととしてしまったが、そのとき夢に現れたのはあの羽化した直後の真珠色をしたセミだった。
どうやらその姿は吉兆だったようだ。まんじりともしない一夜が明けて、父は意識を回復したのである。担当医の「もう安心です」という言葉を聞いて、安堵から思わず涙ぐむ母の傍らで、わたしは喜びとともに、重荷から解放されたような気分も味わっていた。ただ、そんな自分の気持ちをピッタリと表す言葉を当時はまだ知らなかったのである。
そうした言葉に出会ったのはもっとずっと後、高校生になってからだ。イギリスの大劇作家の名セリフを集めた本を読んだとき、そこに次の二つのセリフが並べて書かれてあったのだ。
「雀一羽落ちるのにも神の摂理がある。覚悟が全てだ」
「セミやトンボがいたずら小僧の犠牲になるように、神々はわれら人間をもてあそぶ」
あの少年の日にわたしが抱いた気持ちを、これほどまでに的確に代弁してくれる言葉はないように思う。そうなのだ…好奇心は大切であり、それなくして人間の進歩はおぼつかないだろう。しかし、その人間の運命が、依然としてとてつもなく大きなものの手に委ねられていることを決して忘れてはならないのだ。
ちなみに、大人になったあとも、わたしは相変わらず虫たちの後を追いかけている。ただ、捕まえることはしない。じっとシャッターチャンスを待って彼らの写真を撮影するのである。今は、オオスカシバというスズメガの一種を追いかけている。透き通った羽と黄緑色の胴が美しい、一見ハチドリのような虫である。ホバリングしながらストローを伸ばして花の蜜を吸っている姿を撮りたいのだ。皆さんも機会があったら是非見てほしい。
夏生様
メッセージありがとうございます。書くうちに自分の感性ってこんなだったのかーとだんだん面白くなっております。評を頂くたびに私は、私でいいのだろうと勝手に安心しております笑これからもよろしくお願い致します。
齋藤様
メッセージありがとうございます。詩って何?という恐ろしく失礼なところから始まり、今日に至ります笑 評者の皆様と毎月やり取りしてないと無理という中毒症状にかかり、毎日楽しいので詩を書く方が増えますよう活動したいです。これからもよろしくお願いします。