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三浦志郎様
拙作、「黙示録」の評とご感想、ありがとうございます。
佳作との評価をいただき、とても嬉しいです。
今後も、詩作に精進したいと思います。
本作、イメージを膨らませて詩にしましたが、ご指摘の通り、私もどうなるか不明でした。
月が、もし地上に落ちるなら、どんな状況だろうか、そこから今、そして過去、大昔へと想像を巡らせました。
状況は、出来るだけしっかりと論理的に造られねば、私自身が面白くありません。
こういうタイプの詩は、レゴブロックを組み合わせるような感覚で、日数をかけて作詞します。とても楽しいです。
次回も、ご指導のほどお願いいたします。
1 aristotles200さん 「黙示録」 9/5
このかた、こういったものを書いてもらうと(やっぱり上手いな)と思ったりするわけです。
トラペトゥムを引くと「奴隷が回す謎の棒」とあり、何を何の為に回すか、は曖昧、謎、明かされません。続いてゴーレムは「自動で動く泥人形で、作った主人の命令のみ忠実に実行する」などとあります。前者は古代の絵画やイラストで見たような記憶はあります。このふたつの用語を頼りに前半を読んでみます。その道具のこと、、動かすゴーレムのこと、がなかなか具体的に書かれています。
それに安堵しながら読んで行きます。が、どこかヘンなんです。この装置の部分図も含めた全体像がちっとも見えてこないんです。
それもそのはず、作者さんは“全体像がわからないように書いている”と推測できるからです。ご本人もおそらくわからないでしょう。
なぜなら、この器具が冒頭書いたように、現実的にも「謎の棒」だからです。
逆に言えば、それでもこれだけ書けるのは作者さんの想像力と筆致力と言えるでしょう。
ゴーレムもその実態・意味づけが曖昧、多岐にわたるので、ここではこの詩の描写通りに謎の棒をひたすら回していると考えていいでしょう。そして作者さんはちゃんと結論を言っているのです。
「誰が何のために造ったのか/今や誰も知らない」
さて、後半です。これは全くのオリジナルな古代幻想詩と推測します。洞窟壁画はある種の預言書。満月が落ちて来る=地球の破滅。巨大な船、巨大な塔、巨大な満月が詩のトーンに非常にふさわしく盛り上げています。タイトル「黙示録」も意味としては、一人歩きしかねないほどに広範囲なものですが、ここでは破滅の暗示と捉えても差し支えないでしょうか。タイトル的にはこちらの方が色濃く投影されているように思いました。謎めいた感覚や幻想性もいいですね。佳作です。
2 こすもすさん 「追われる夢」 9/6
自分も含めてですが、人は目下の関心事・心配事が、よく夢にも出て来る、といった現象があると思うんですが、この詩はその事を言っていると思います。「夢の中で、追いかけられている」―この疾走感・切迫感・脅迫観念が実によく表されていると思います。一種の臨場感ですね。そして「焦り」という気づき。その連から「できることから始めよう」まで、この詩のメインを成しています。ここの構成が面白い。ショート連とロング連。その交差の妙味を感じます。しかもここで、左右対称的に自問と解答が成されているわけです。この詩を代表例として、こすもすさんの作品特色として―、
ある問題・課題を事象・背景に託して提示する→まず悩み逡巡し思考する→しかしながら、自分なりの解答を常に用意する→自問自答のニュアンスあり。しかしながら、それらがなかなか正鵠を射ており、コンパクトな詩サイズの中で自己完結する。
ある意味、心のスタイリングと思うわけです。 佳作を。
アフターアワーズ。
エッセイ風に。 ある小説で「随所に主となれ」という言葉を読んだことがあります。臨済禅の教えで「どんな場面でも、常に自己が客観的情勢の主人公であるべきだ。つまり自らの存在を意識し、主体的に生きること」―だそうです。この詩で言うと「焦り=自己がいない」「他人から=自己がいない」―そうならない為の、この詩であり、この禅の教えでありましょう。お互い、かくありたいものです。
3 温泉郷さん 「水鳥の鼓動」 9/6
これは、ある意味「場面詩」なんです。すなわち「酷暑・葉は萎れ・花が落ち・水草腐食・水面こげ茶」の中で一羽の水鳥が羽ばたいている。「そういった情景をたまたまランナーが見ていた。そういった詩です。」―と、そういう読み方で立ち去ることもできるのです。場面だけの詩としても秀逸なんです。とりわけ憂鬱な淀みの中にあって水鳥の生み出す水紋がとても映像的で読み手に爽やかに伝えてきます。でも、それだけじゃないでしょ?だいいち、それだけじゃ、この詩に対して失礼というもの。刻々、「負」に傾いてゆく何かを水鳥に象徴される何かが堰き止めようとしている。いや、もっと言うと「正」に向かわせようとしている。そこに「水鳥の鼓動」といった、少し奇妙だが印象的な隠喩が存在するのでしょう。そして「水紋の広がり」といった伝播もある。ランナーに隠喩された僕たち人間がどういった立場を取るのか?詩はそこに課題を投げかけています。
その意味で、この詩の終連こそ、最も詩的かつ重要なのです。佳作なのです。案外、この詩は今年の酷暑がきっかけで生まれたのかもしれない。
4 水井良由木さん 「投稿詩」 9/7 初めてのかたなので、今回は感想のみ書かせて頂きます。
よろしくお願い致します。
作品は面白おかしい調子で書いて頂きましたが、作者・評者・選者にまつわる大変重要な事が読み取れたのです。
たとえば、此処の掲示板は僕はけっこう守備範囲は広いと感じていて、この詩の前半部分にまつわることを「作者と評者の相性」といった感覚で、このサイトは把握できると思っています。
ところで、この詩にも書かれている通り、詩を含めて芸術全般は二つの狭間で常に揺れていると思われます。
① 先方に合わせる……えてして先方は”売れセン“・わかりやすいもの・ポピュラーなものを求めてくる。芸術にも「営業」あり。
② 自分の詩(作品・主義)を貫く……世間にあまり迎合しない。自己の中の確固とした芸術性を発揮し守る。収入にはなりにくい。
上記、両者のバランス、TPOが重要。そんな気はします。
文中終わり近く「だって、それで食べて~」以降、最後まで、が折り合いのラインのような気もします。 わかってらっしゃる、そう思います。また、書いてみてください。
5 相野零次さん 「飛行機」 9/7
この詩の基調にあるものは、生き難い世間から来る自嘲、自虐の気分なんですが、何故、喩えに飛行機墜落事故が出て来るのか、ちょっと理解に苦しみます。表現の自由は当然ありますがー。
たとえば、この飛行機のくだり、実際に事故で大切な人を亡くされたかたが読んだら怒る気がしますねえ。40年前に日航123便墜落事故があって(知り合いはいませんでしたが)僕はいまだに心に残っており、これを読んで、あまりいい気分にはなりませんでしたね。まあ、それほど目くじら立てる必要もなく、別に非難というわけではありませんが、相野さんが、冒頭「ひどく疲れて」と書いたように、なんだか、僕もすごく疲れてしまいました。そんな感想です。そう、感想のみにしておきましょう。
6 晶子さん 「重ねる」 9/7
お久し振りでした。一年振りくらいでしょうか?その月日にちょっと驚きを感じています。
今回はそういった意味で、感想のみでお願い致します。
何かあったのでしょうね。そういった感触の作品ではあります。静かな悲しみを感じます。なるべく「実話か否か?プライベート・評価」には触れないようにしましょう。
初連の書きぶりは少し複雑かつアイロニーを含んだものであります。2連の結果の連を挟んで、初連と終連は呼び合うように書かれているように感じます。2連を読みます。「あなたの不在・非在」それを生別か死別か?を判断する資格も権利も僕は持ちません。代わりに、あるラブソングの歌詞を書いておきます。女性からの想いです。この詩を読んで想い出されたものであります。
あなたの声をそっと真似て
わたしの名まえ呟いたの
そんな風に呼ばれたのが
昨日のことみたいね
7 じじいじじいさん 「さち」 9/8
冒頭からセリフ、いいですね。印象的です。しかも最初から最も重要人物登場です。
先に指摘だけ、1点済ませときます。これは全部読んでから気づくのですが、2連目「バアバのちいさいときのしゃしんみたい」は削除すべきですね。これがあると、終わり近く、クライマックス的種明かしが活きてこない。それ以上に辻褄が合わなくなりそうです。2連目段階ではまだ知らない方がいい。代わりに「ほかのおともだちと どこかちがうみたい」とかなんとか、考えてみてください。
上記を条件に、これは佳作になります。幻想譚ながら、構成がしっかりし、場面の筆運びもいいですね。ストーリーも自然に流れます。識別上の「ホッペにきりきず」もよく考えられています。それ以上に、バアバの愛情を感じ、ほんわか、しみじみの雰囲気が素晴らしかったです。
8 静間安夫さん 「決断」 9/8
大変重い作品です。テロという危機的状況での、被害・加害両者の命の問題です。
三つのエピソードが語られます。
① ネオナチによるトルコ移民襲撃……これは事実です。ここでは日本と違い、半ば常態化した地域の人々の精神の在り処が語られます。
② 戯曲……この存在は事実でしょう。その内容はフィクションを通じての人命の課題を投げかけています。究極のことを書いてしまうと「救うべき人と犠牲になってしまう人」その数字の多寡のことです。極限状態での一瞬の判断として、これは容認されるでしょう。ただし、「テロ機は本当にスタジアムに突入し7万人が本当に犠牲になっただろうか?」という疑問は残るわけですが、それは誰にもわからないし取り上げても仕方ないことです。
③ 誘拐され無理やりテロ加害側にされた兄弟の結末……②とは状況も立場も違いますが、基調は同じ「少ない犠牲でいかに多くを救うか」です。ここで最も悲惨なのは、その犠牲になったのが「テロ側の自分達・アキフとセリム」ということです。もちろん姉のエメルも無事ではないでしょう。
僕は実話か否か、はあまりこだわりたくないのですが、③については、ちょっとこだわりたい。
というのは、③を含めて、全篇、詩というよりもルポルタージュあるいはノンフィクション文学の匂いを感じるからです。カテゴリー的に難しい部分がある作品です。カテゴリーといった概念には「便利・不便」「気にする・気にしない」などいろいろあり、けっこう厄介なしろものです。―この件、Aとして後述します。今回は「気にしない」を取り佳作とします。
アフターアワーズ。
本文中Aの件。結論から言います、上記した通り「これが詩であるかどうか」です。もしかすると、ノンフィクション文学かもしれません。ノンフィクションの問題を外しても別方面の課題も存在します。「この文体が詩であるかどうか」です。次に私事から入ります。
僕の出した本の全てが厳密な意味で詩とは言えないものなのです。去年もそういった作品をここに連載しました。早い話が、この作品と僕の傾向が似ているからです。(お互い、純粋な詩スタイルのほうが多いんですが)、似たような部分で心配になったりします。次に自分の経験をお話しします。 箇条書きで。
〇作品全量の約半分程は詩的スタイル(具体的には行分け)、+詩的情緒を加味する。
〇「ここぞ」というところ、ロマンを感じてもらいたいところ→詩の体裁。
〇ストーリーの都合上、話を動かすその推進力→小説の体裁。
これらは全くのテクニックです。下品な言葉で言うと、詩のアリバイ作りです。打算です。このように書かないと、いくら此処のサイトの度量が大きいとはいえ、排除も自然なことです。言葉は悪いですが、これ、意外と必要な気はしているんです。参考になれば良いのですが―。要は客観的他者が「これも詩の一種かもしれない」、それ以上に「なるほど、これは詩の新しい分野かもしれない」と思ってもらえれば、めっけもんなんですよ(笑)。そのあたりを目指してみてください。
もしも将来、こんな領域で悩むことがあれば、ここのオーナー兼主幹の島 秀生氏に相談してみるのも良いかもしれません。
島さん、その節は畏れ入りますが、何卒よろしくお願い申し上げます。
評のおわりに。
「ある俳優」
今年の夏、「雪風」という映画を観た。戦争映画で、戦時中を最後ま
で生き抜いた軍艦と人々の物語である。この映画の評価は当初から賛
否両論あった。残念ながら私自身もあまり評価できなかった。しかし、
ここで批判を並べる事はけっして好ましい文章にはならないだろうか
ら、一切書かない。代わりに印象深かった事をひとつだけ書こうと思
う。俳優・中井貴一のことである。彼は劇中、大和特攻作戦司令長官
の伊藤整一中将を演じて、出番は少ないが存在感を示した。ちなみに、
中井は私より6歳若い。大学在学中の1981年にスカウトされ、やはり
戦争映画の「連合艦隊」で特攻隊員役で俳優デビューした。当時「連
合艦隊」での伊藤中将役は鶴田浩二だった。今回、同じ伊藤中将役を、
中井が演じたわけだ。実力と年齢がその役どころに至ったということ
になる。そこに彼の順調で幸福な歳月を感じた。硬軟どちらも演じら
れる人材である。
* * * *
では、また。
ありがとうございます。
ゲームでキャラクターに名前をつける時にテキトーにボタンを押していると「ああああ」になったりしますが、そんな気持ちではないことをご承知いただきありがとうございます。
感じられた幸せな日常を奪う理不尽をスノーノイズのように表現したくて。
時間、治療過程、それから、お子さんのことを知って亡くなりゆく過程でご本人が感じていただろう苦悶。
この時間の時に生まれていなかったけれど、絵本を読み、はじめて知った時の衝撃。
それから、頭のどこかに残り続けて、また向き合って、その時に感じた気持ち。
叫びたくなるような気持ちを、抑えて簡潔にして、「あ」を多用しました。
言葉にしきれないモヤモヤも乗せて。
いい日々をお過ごしください。またよろしくお願いします。ありがとうございました。
はじめまして、Ema(エマ)と申します。どうぞよろしくお願いいたします。
この度は貴重なお時間を使って、詩をお読みくださり、ご感想をくださりありがとうございました。
いただいたご感想が嬉しくて反芻しています。私の書いた言葉や表現にとても寄り添ってくださったように感じています。恋はなかなか手を出せないテーマなのですが、個人情報の取り扱いが厳しくなり、かつ今のようなSNSもなかった学生時代の初恋への恋文に挑戦しました。連は増やしながら気が狂うほど入れ替えをしました…順番や削ることが本当に難しいです。またの機会にご指導いただけたら幸いです。
蒸し暑い日が続く上、秋の味覚が乱入してきてよくわからない状態ですが、お身体どうぞ自愛ください。
はじめまして。よろしくお願いいたします。
拙い詩をお読みいただき、とても丁寧なご感想を書いてくださり、どうもありがとうございます。うれしく拝読させていただきました。
これからも、詩的な表現を楽しみたいと思います。
ふわふわしている
ふわふわしている脳みそがある
風にゆられてたくさんの脳みそが飛んでいる
そのなかのどれが僕の脳みそかわからないが
僕はちゃんと考えている
明日の休みのこと
小さな生き物たちのこと 世界平和
殺されたくない
淡い光に照らされた部屋のなかで
肺や唇や食道、肝臓、大腸あらゆる内臓がある
隣の部屋にはばらばらになった手足や頭や性器がある
たぶんその部屋で合体して人間が出来上がるんだろう
僕はちゃんと考えている
これが夢じゃないこと
ずっと続いていること
何の意味があるのだろう
そのときひとつの脳みそが弾けて透明な液体になり
それがまた新たな臓器となって形作られた
ここは生まれ変わりの部屋だろうか
人がばらばらになっているのに
不思議と気持ち悪さは感じない
ある種の芸術作品のように感じる
きっとここは神様がお作りになられた部屋なのだろう
◎2025年9月2日(火)~ 9月4日(木)ご投稿分 評と感想です。
☆記憶の味 ゆづはさん
はじめてさんですね。今回は感想のみ書かせていただきますね。
食べ物を口にした感覚、味。今回は、今一瞬の味ではなく、記憶に残る味についてですね。作品は、個々、感じる味は違うということを絡めながら、最終地点では、ほっこりするような記憶の味を今一瞬の味を交えることに成功していて、非常に読後感の良い作品になっていると思いました。
あの頃の甘酸っぱさを
どこかに落としたままで
今はただ、熟れすぎた実となり
時が静かに流れ押し寄せる
上記の部分は、時の流れをトマトに重ねてうまく表現されていると思いました。また、今のトマトの味はこんなものだという冷めた意見を起点として、私らしい意見としてのトマトの味、そして記憶を、下記のように描いたところも詩的だと思いました。
薄れゆく味わいの中に
まだ残る 幽かな記憶の感覚を
私は見失いそうで──
また、フライパンに乗せて調理するところで「細胞壁」という言葉で過去と今を繋いだところも、DNAのようなものを感じさせてくれ、「記憶」という言葉にうまく繋げることができていると思いました。自然と、このトマトは過去からやってきたトマトのように感じられました。
何か一つ手をかけてあげれば、あの頃の記憶の味を引っ張り出してあげられるのかもしれないという「私」の優しさ、感性の細やかさが、フライパンから聞こえてくる、じゅうじゅうという音から、こちらの方へしみわたってくるような気持ちにさせてくれました。ということで、最終地点では、ほっこりとしてしまいました。とても読後感のよい作品でした。
☆エスプレッソ、或いは苦いだけの泥水〈ファンゴーゾ〉 上原有栖さん
コーヒーは大人の飲み物。幼い頃、大人から、まだあなたは子供で、眠れなくなったらだめだから、ミルクにしなさいと、よく言われたことを思い出してしまいました。コーヒーに憧れて、泥水でコーヒーごっこをしたことも(笑)
そうなんですよね。言われてみれば、初めてコーヒーを口にした時、想像している味とは全然違いました。無理矢理、「これが大人の味なんだ」と自分を納得させていたような記憶が。読み手さんの多くは、そういえばそんな記憶があるなと、頷かれる人も多数でてくるのではと、感じさせてくれました。題材としては、興味を引く、または、読み手が作品に入る窓口が大きく広がるものになっていると感じました。一連目、ちょっと皮肉ったところが面白かったです。
気になるのは、三連目から五連目にかけての「泥水」の連発かなぁ。せっかく「ファンゴーゾ」というあまり耳にしない響きを、補足付きで取り上げているので、「ファンゴーゾ」という言葉を使い続けて、補足で実は泥水だと明かす、或いは、泥水を何発も使うのを減らせるように、泥水のようだとわかる独自の表現方法を考えてみるのもいいかなと思いました。
最終地点の「あのさ、追加でパフェ頼んでもいいかな?」は、僕はやっぱり、コーヒーを好きになれませんということを、とてもわかりやすく強調させることができていて、読み手にクスリと笑いさえも誘ってくれました。今回は佳作一歩手前を。
☆9月 あ の日 松本福広さん
タイトル「9月 あ の日」。タイトル中の「あの日」の「あ」の間に空白が空いているのは、拝読してからわかりました。作者が作品の作品に込められた思いが詰まった空白が生み出したものでした。
横浜米軍機墜落事件、早乙女勝元氏の「パパママバイバイ」という、強く心に残った絵本について、政治的意図はなく、感じたことを描かれたということですね。しっかりと補足を拝見しました。
母と子のどこにでもあるおだやかで仲の良い風景。それは、一つのことがきっかけで、あっという間に奪われてしまうということが、ひしひしと伝わってきました。それが理不尽なことであったら・・・・・・。そう思うと胸中に黒い渦が轟轟と音を立てるようにまわり始めました。
詩の元手となっているのは、絵本であるということですが、作中のあらゆる箇所に恐ろしいほどの勢いを感じさせてくれました。「あ」の使い方も効いているのだと感じました。読書で出会った本に衝撃を受け、その気持ちを忘れずにいようとする気持ちを、何からの形で自身の生きる時間に刻んでおくという気持ちの表れを強く感じました。
作品の中で一番に印象に残った連はこちらです。
9月の あ の日
理不尽は
親子の未来を燃やした
明るい日差しと
秋風がどこかの公園に注がれる
それは
三人が
手を繋ぎたかった
近い未来……だった場所
「明るい日差し」は、まるで祈りのようでした。「秋風」は、計り知れない焼けつくような悲痛を振りほどいてくれるもの、年月が解き放ってくれようとする救いと安らぎのようなものを感じさせてくれました。
内容について詳しく伝わってくればくるほど、息のしづらい思いに駆られました。評価については、作者さんが政治的なもの意図されないものとしてのコメントを拝見し、私自身も色々と考えましたが、評価というものにとらわれない作品として広くはばたいていただきたいという願いし達し、今回は保留とさせていただくことにしました。しっかりと表現したいと思う、作者さんの筆量の大きさを感じさせてくれた作品でした。
☆自由の研究 荒木章太郎さん
夏休みは長いです。そのリズムに慣れすぎて、新学期に学校に行くということは、多くの子が、行きたくないなんて感じているのだと思ったりします。なんだかんだ言いながら、ほとんどの子が登校します。けれど、どうしても登校できなくなる子もいます。影で嫌なこと、ひどいことをされていたりすれば、行かなくてはいけないのに、体が動いてくれないでしょう。学校のクラスの中で一人ぼっちで、耐えなくてもいいことを、耐えなければならないって、本当に辛いことです。そんな時、逃げてもいいよって、ここから一緒に抜け出そうって言ってくれる人や場所があると、どんなにありがたいことか!そんなことを考えさせてくれる一連目でした。
友達でしょうか。親でしょうか。星を見ようと誘いだしてくれる人のおもいやりを感じさせてくれる作品です。誘い出してくれる人の気持ちを描いている二連目、この包み込むような思いですが、「権力」「平等」「重力」「浮力」という言葉、語り掛ける範囲を子供さん世代もいれようとするなら、少し固い感じがするので、個人的にはもう少し生活でよく使用するものを意識してもよいかなと思いました。例えば「権力→振りかざすゲンコツ」など。次の連の「ひとりの尊厳を守り」も同じような印象を受けました。「自分らしく生きることを奪われてなるものか」ぐらい、砕けた表現にしても良いと思いました。
最終連の夕暮れの存在の感じ方。私自身もある日を境に、夕暮れを明日へ続く時間だと感じることがありました。沈んでゆく太陽の中に、生きる力を感じさせてくれる表現になっていると思いました。今回は佳作半歩手前を。
☆蝉の鳴かない夏でした 喜太郎さん
線路の間に継ぎ目があるように、季節の間にも継ぎ目がありますね。そして、わずかながらも、継ぎ目の中には余韻というものがあったりもしますね。
今年は、とんでもない酷暑で、蚊さえもお見かけけしないほどの暑さでした。そしてまだ今も、真夏のような暑さが続いています。その継ぎ目にあたる部分。本来なら秋の虫の声など、静まる熱を感じさせてくれるもののはずなのに、足元のトンボの死骸で、それを感じるという驚き。その視点。通り過ぎずに詩として刻んでゆこうとするところ、その独自の視点。残酷なようにも思えるけれど、自然の厳しさ、温暖化についてなど、現在に生きる自然との接し方を、ふと、考えさせてくれました。
作品の中盤では、自らの日本の夏についての思いを切々とつづってくれていますね。最後の方では「らしくないんだよ」と、むきだしの叫びのような声まで届けてくれています。そうかと思えば、次の行ではトンボについて「まさか羽化したらこの暑さじゃ………」と「・・・」で「死」という言葉を伏せて、トンボの命を思いやるように思えるような表現の展開をしています。
自らの夏の思い(動)→トンボの命への思い(静)と、きて、最終連は問題提起を兼ねた大きな余韻を残してくれました。
10年後の僕は笑っているのかな
その時の僕の足元には何が落ちているのだろう
「足元に何が落ちているのだろう」という部分は、とても深い表現になっていると思います。自然に対する人類の課題や、未来への不安など、読み手によって、いくつもの分野のことを想像させる連になっていると思いました。佳作を。
☆恋文 Emaさん
はじめてさんですね。今回は感想のみでいかせていただきますね。
全体的にみて、言葉の使い方や選択の仕方にとても細やかな心使いを感じられる作品でした。夜の静かでゆっくりとした空気を感じさせるため、まるで予め統一するために用意されたかのような言葉の並びになっていると感じられるほどのこまやかさでした。
目がさえて眠れない→「暗闇に目が慣れて/羊たちにそっぽを向かれてしまった」
学生時代→「制服におさまっていた季節」
あの人をそっと思い出す→「あの人の名前にふれてみる」
遠い思い出がぼんやりと消える頃、夜明けがきて→「空の裾が琥珀色に滲んで/街が夢から醒めはじめたところで」
とてもやわらかさの感じる言葉の用い方の数々。やわらかさからくる、儚さ、輪郭のはっきりしないものの雰囲気を醸し出し続けることに成功していると思いました。
また、「あの人の名前だけは/私の深奥に永く留まりつづけて/ごく稀に/ 蛍のように しずかに 光る」の「長くではない永く」や「ごく稀にかけられた、蛍のようにしずかに光る」も、探せそうで探しにくい儚さや、つかめそうでつかめそうにないものを感じさせてくれるフレーズでした。
タイトルに「恋文」とあるように、恋心が描かれているのですが、特に「会いたいとは思わない/この空続きのどこかで/生きていてくれたらいい/いや、できれば幸せでいてほしい」という中での、特に「会いたいと思わない」というフレーズには、作中の主人公の切なさが感じられました。
ラストの「日常をはじめるために/頼りがいのない眠りにつく」は、やわらかさのなかにも、私が私を支えるんだというような健気な気持ちを読み手に感じさせてくれました。「眠れない夜」ではなくて、「眠らない夜にする」という気持ちも、夜の静けさに飲み込まれてしまいそうな不安を感じさせてくれるようなフレーズでした。子供の世界の恋とは違う、大人の心を感じさせてくれる作品になっていると思いました。
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どこかの季節商品を扱う会社の記事で、最近は四季ではなく、五季を考えて商品を販売していかなければなどとおっしゃっていました。なんと、夏が二つあるのです。「初夏」「猛夏」というような感じだったかな?慣れないことで、調子くるって体調まで少しおかしくなったこの夏。やっぱり四季がいいですね。暑さよ、どうぞ、どうぞ、元通りに静まってください。
みなさま、暑い中、今日も一日お疲れさまでした。
看板立ち並ぶ商店街も
体験型のミュージアムも
夕暮れ時の海辺も
今回は全部一人で
抹茶アイスはやっぱり好きじゃない
オムレツは記憶通りでおいしかった
二度目の体験でもミュージアムは新鮮で面白い
鏡だけの部屋は何度でも行きたくなる
景色も綺麗で良かった
海に沈む夕日はいつ見てもいいもんだ
楽しめた
平然と楽しめてしまった
涙するぐらいは期待したけれど
あちこち巡る中で
確かに君の顔がちらついて
手を繋いで歩く姿を
下らない話で笑い合う姿を
幸せな二人を見出すけれど
でも、きっともう思い出に過ぎない
懐かしんでも羨みやしない
勘違いしていたよ
ずっと君の事思い出すままだから
止まっているような気がしていたけれど
存外自分は強かで
前に進んでいたんだな
本作「病」を丁寧に読んで下さりありがとうございます。佳作の評を頂きとても嬉しいです。本作は、自分の内面から湧き上がる感情を言葉にすることができた作品でした。その反面、作成時は、太陽照りつける猛暑からゲリラ豪雨と、激しく移り変わる天候に影響されて、私の感情も作品に巻き込まれていたかもしれません。ですので、雨音様の時間を置いて推敲するというご指摘が胸に染み入りました。
二連と四連目の繋がりをいろいろ推敲してみますと、私が描きたかったことが、病との対話が自然との対話につながること、自然と人間との関係性の改善がテーマであることに気づきました。本作品とはもう少し向き合ってみたいと思いました。
背伸びして計画を立てた
夜のデートは
いつもより特別だけど
今日という一日が
人生のこの瞬間(とき)限りなのが
僕には少し不満でした
高台から見下ろした
輝く夜の街の先
遠くのビルヂング 赤い点滅が
左胸と同じリズムで瞬きしてるよ
「綺麗な光だね」
彼女が吐いた感嘆と
二人で見つめた夜景の美しさに
僕は思わず唇を噛みました
早くこの夜が明ければいいのに……と