◆ここは「MY DEAR掲示板」です。
詩をある程度の期間書いている方、詩に意欲的に取り組みたい方、詩人に向け成長を目指す方はこの掲示板をご利用下さい。
あなたの詩をしっかりと読み、評や感想を、しっかりと書かせて頂きます。
ここから詩人として巣立った人は数知れず、です。あなたの詩を継続的に見守り、詩の成長を助ける掲示板です。
(あのーー、私が言うことでもないんですけど、詩は自由を旨としていますから、どこにでも投稿しようと思えば、投稿できないところはないんですけど、いきなり大きなところに挑戦しても、世の多くのものがそうであるように、ポッと書いて、ポッと通用する、ポッと賞が取れる、なんてことは、まずありえないことというか、相当に稀有な話なのです。
やってみることは止めませんけど、大きなところのノー・レスポンスにがっかりしたら、
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本来、こつこつ実力をつけてから、賞などに挑戦するのが、スジだと思いませんか?
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手記出版のお祝いにと
母がもらった
シャコバサボテン
水と液肥だけで
20年
生きてきた
朝鮮半島から
引き揚げてきた
幼い母
遺体に群がる
無数の虫
雪の上に残る
黒い人影
「これの世話だけはお願いね」
ほかの植物は
すべて人に託し
サボテンだけを残して
母は町を離れ
施設に行った
たまに
片付けにくるだけの私は
水やりを忘れないよう
サボテンは
ベランダから
玄関のポーチに
多忙と焦燥の酷暑
久しぶりに行くと
サボテンの葉が
白くなり
鉢の土に届くほどに
垂れ下がっていた
それは
誰かの代わりに
身を絞る乾きを
耐えているようだった
蘇生の水と薄緑の液肥
毎週の懺悔の儀式
しばらくして
サボテンの葉は
ピンと上向き
緑を取り戻した
しかし
緩んだ姿のまま
元にはまだ 戻らない…
水は砂の間をめぐって
根にしみ込んでいく
肉厚の葉は
命の やわらかさ
命の 無言の抵抗
誰も鑑賞しない
サボテンは
玄関で淡々と
何かをまとって
生きている
サイレンと黙とうの夏
サボテンの
あの白かった葉
その揺らぎ
その乾きは
ずっと刺さったまま
母にはまだ何も
話す勇気がなく
サボテンとともに
静かに秋を待つ
時間とは
不思議なものだ
速く流れたり
遅く流れたりする
楽しい時
何かに夢中になっている時
好きな人と一緒にいる時は
速く流れる
あっという間だ
眠れない時
何もすることがない時
苦手な人と一緒にいる時は
遅く流れる
時計ばかり見てしまう
速く流れる時
心は透き通っている
渓流のように
遅く流れる時
余計なものが溜まり
心は淀む
決して
流れが止まることはない
時間という川
ある時は速く
ある時は遅い
そんな流れの中を
今日も漂っている
ぐつぐつ、ぐつぐつと煮えたぎる生命の音がする
愛とか蝶とか、春とか光る朝とか
生命そのものを味わうための具を選ぶ
最終的には僕自身が具の一部となるのだろう
闇のナイフで切り刻む
腐ったキャベツや熟れ過ぎたトマトを
生命そのものを脅かすような輩を全て切り刻む
そうして煮込んでいる鍋にぶちまける
生命そのものの疑問全てをぶちまける
ああ 明日はもうこないのだろうか
昨日の疑惑を夢の中にしまい込んで
僕は銃口の狙いを自分自身に定めて
もうお手上げだと銃を撃った
ばんばん、ばんばんと今日と共鳴する音がする
生命そのものの驚きが一緒になって
僕の魂だけが生き返った
魂だけになった僕の周りに絵を描こう
生命そのものがキャンバスには散らばっているから
より鮮明に絵の具と筆を使って蘇らせよう
ああ 明日は来るんだと僕は悟った
朝になれば誰の元にも
愛を冒涜した僕の元にも朝は来るんだ
そして愛の太陽で焼け死んだ僕のむくろは
誰かの鍋にまた放り込まれるのだろう
7/29~31投稿分の評ですが、諸事情により遅くなります。申し訳ありませんが、よろしくご了承ください。
お待ちの評者の方がいらっしゃいましたら、お先にお願いします。
海はどこまでも海で 知らない世界へと続く
僕はどうしたって僕で いつも少しだけ疲れている
0にも100にもなれない毎日を 振り子のように揺れて
真ん中で止まっては また何かに動かされていく
階段を上っているのか 下っているのか
どちらが正解なのか 50でいたいのか
答えのない答えを 軸を 光を 小さな闇を
求めていた 今日も夜が始まる
砂時計の砂が全て落ちても 時は流れ続ける
空白の中にも 何かが存在している
僕の心の空白も 埋めなくて良いのかもしれない
僕はどこまでも僕で 知らない世界へと続く
いつかの知っている世界に 夢の中の約束のように静かに佇んでいる記憶がある
ガラス玉や万華鏡 木漏れ日や誰かの優しさ 楽しそうな子供
そんな眩しさが 確かな 触れられそうな希望が
僕の答えで
軸で
光で
小さな闇を
照らしてくれるのかもしれない
今日も朝が始まる
青い空
異国と繋がる空はばたくため
彼らの若きひと時が散る
同じような青い空を眺めて
時代も繋がるような錯覚に
青が散らばる
(第一陣世界大戦以降、世界的に航空機の需要が高まる。日本も例に漏れない。旧海軍はより若いうちから基礎訓練を行い熟練の搭乗員を育てるため14歳から17歳までの少年を全国から試験で選抜して基礎訓練を行う予科練習制度を始める。)
青を目指して
青に大義を抱く
時代の小さな雫
絞られても
雫は日差しに煌めき
地面を濡らす
(予科練の一日は管理されたもので、寝る場所は吊床と呼ばれるハンモックのような移動も駆け足だったとのこと。)
一葉の写真に残された
笑顔の少年(※1)
もしも
時代を超えて
同じ青があったとすれば
きっと
その証明は
彼の表情に
(予科練の厳しい生活の中の憩い。例えば、酒保があげられる。旧日本軍独特の名称で、売店のことです。日用雑貨や菓子類、うどんやお汁粉などを販売している売店で、夕食後が「酒保開け」となり、温習までの自由時間に利用することができた。)
時代が違うはずの
見知らぬ彼が
どこかで見た少年に重なる
ひたむきな彼と
変わらないように見える
青が変わらない証明を
彼が望んだ戦争の「終わり」と
たった今ある平和が結ばれることを。
【補足】
※1
載せた写真。酒保の饅頭を運ぶ少年。饅頭の匂いに表情がほころんでいる。
土門拳 撮影 『酒保開』
※2
茨城県稲敷郡阿見町「予科練平和記念館」
https://www.yokaren-heiwa.jp
訪問にて書いた詩です
今回は感想のみでお願いします。
周りは言う
君は一途だな…と
それは少し違う
あの人の魅力が
あの人の全てが
僕を一途にさせる
周りの景色も
あの人を引き立てるための舞台
移り変わる季節も
あの人の数多の美しさを飾る
発する言葉や
所作や表情も
見惚れる事を改めて知る
僕が一途なわけじゃない
僕を一途にさせる
あなたに少しだけ
怖さを感じてしまう
この怖さが嫉妬なのか
それなら怖さも愛しいよ
不穏は足音を立てずにやってくる
都市伝説の看板掲げて
夕暮れの路地にセピア色の匂いを漂わせ
なぜか懐かしさで油断させる
それは肉食獣の口の形をした依存物質
人の形に入り込み骨や血を似せてくる
俺は牛タン、レバ刺し、あん肝、白子
夜ごと命を呑み込んで
酒を流し込み唾を飛ばして議論した
歴史に疲れ果て、切り取り、要約、早送り
思考をどこかへ預け
考えることをやめてしまった
——その瞬間、俺はもう死んでいたのかもしれない
かつて見た頭が大きく手足が細い宇宙人
いま画面を覗く子どもに重なり
柔らかな言葉ばかりを噛まずに飲み込み
顎は細く歯は溶けて
走る力を失っていく
それは鏡に映る未来の影か
頭の中にやつらは忍び込み
脳を舐めて食らう
それでも俺は「考えるより検索」を選び
思想的な死を想像できない
だからーーー
宇宙から見れば幽霊の宴
地上から見れば侵略の足音
不穏は疑心暗鬼となり
互いの肉を食い合う
はるか昔から人類は
戦争をやめられない
八十年の平和は
成長を止めたかわりに
足音を遠ざけた
それでも耳の奥では
乾いた靴底の音が
途切れることはない
そして俺は宴の締めに食べる
麺類がやめられない
姿を消した屋台の代わりに
二十四時間灯る看板の下で
先が見えない湯気に顔を突っ込み
敗北をやさしく煮込んだスープに
先伸ばしにのびる麺を啜り朝を迎えた
田舎育ち、家の横に川の上流があった
夏場はよく川で遊ぶ
上流でも、堰の深みは3mはある
麦わら帽子を被り、首にはタオル
釣り道具とゴム付きの銛、バケツを持って
ゴムサンダルで真夏の農道を一人歩く
人の来ない
藪の向こうに自分だけの場所がある
釣りに飽きれば、川に潜り銛を突く
水は夏場でも冷たく
寒くなれば、大きな石の上で昼寝する
そんな夏休みを過ごしていた
堰の上下を挟んで、自分の王国である
河童のように泳ぐ
流れの速い、遅いところ
身体が沈む淵や、魚のいるところ
一日中いても飽きない
夕方、釣果をバケツに入れて帰宅する
ハヤは、母が塩焼きにしてくれた
水が透き通っているので
淵の魚が丸見えで、よく潜っていた
堰の真下にある深い淵は
上から飛び込んで、底まで泳ぎ
下流に向かって、潜水泳ぎで水面に上がる
立ち入っては危険な場所もある
川の中ほど、突然深くなり流れも緩い
泳いでいても身体が沈む
淵の下のように、川底に潜水すれば
もはや水面には上がれない
青みがかった、深く
暗い水の色をした川底は
子ども心にも何処か、恐ろしさを覚えた
足ヒレとシュノーケル
これらを手に入れてから
文字通り、河童と化したのだ
それでも
急流に入る愚は一度もない
美しい川と、一つになっていた
遠野物語、ゲゲゲの鬼太郎、河童の三平
日本の妖怪を
身近に感じられる時間を過ごしたように思う
✳
歴史博物館の資料によれば
この辺りは昔から、大きな淵があり
河童が住んでいたらしい
たびたび
人や馬が、川底に引きずり込まれていたとか
そんな伝承があると知ったのは
大人になってから
さもありなん、と思った
漆塗りのしゃれこうべ
いったい いつの頃からあるのやら
我が家の物置の片隅に
ひっそり目立たぬ暗がりに
小箱に入れて仕舞って在る
これが誰の骨なのか
どんな由来の物なのか
身内の誰も知らぬのだけど
子どもが十を迎えたその日に必ず
親は箱の鍵を開けて子に見せることになる
そんな慣わしがあった
私もかつて「それ」を見た
暫くは悪夢にうなされた
落窪んだ鼻腔と眼窩
何も無い空間は「恐怖」そのものだった
もう一つ怖い話をしよう
このしゃれこうべは 偶に嗤う
ケタケタ ケタケタ 揺れながら
それに合わせて小箱も揺れる
コトコト コトコト 音が鳴る
不気味だろう
だからと言って我が家に不幸が降りかかる
なんて事は一度もなかった
誰かが怪我をすることも 家が火事になることも
今まで一度も起きたことがなかった
ただ しゃれこうべが嗤うと
この村の中で誰かが 近いうちに 死ぬ
だから物置から音がしたら
我が家では屋根の上に
黒い幟ををたてる
風に長い幟がたなびくと
長閑な村の空気がピーンと張り詰めるのが分かった
それがしゃれこうべが嗤った合図なんだ
不気味で不思議な話だろう