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三浦様 評への御礼  cofumi

お忙しい中、『消えた街/消えた足』への評をありがとうございました!
素直に佳作嬉しいです。
この詩、三浦様がおっしゃってる通りウクライナの街を自分なりに切り取り(ニュースやネットで見て)書いたものです。
悲しいかな、女性や子供の被害も多く、心痛めていたので少し立ち位置を変えて言葉にしてみました。
三浦様の評を読むたびに、そーそー、そーなんです。伝わりましたか!?とそんな心の声がこだましてます。
いつも丁寧に丁寧に読み込んで頂き、本当に感謝しています。
ありがとうございます。
これからも宜しくお願いします。

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三浦様へ評の御礼  西条紗夜

嘗ての英雄たちに評を頂きありがとうございます。
この作品は胸の痛みが強いので敢えてイノセントに書きました。
これは一冊の小説になり得る題材です。
でも詩でどのように書いたらいいのかわかりませんでした。
真剣に書くと僕以外の人は白けるし苦肉の策で無邪気さを出しました。
これからもよろしくお願いします。

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島様へ、評の御礼  西条紗夜

戦場の子は投稿してから間違ったかなと思いました。詩ではなくなっていますからね。論じているわけではなく素直な気持ちを書きました。僕の考え方が前面にでてしまった失敗作でしたね。反省します。どうもありがとうございました。

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評、5/27~5/30、ご投稿分、残り。  島 秀生

皆さん無事に移動してきてくれてるみたいで、良かったです。
ホッ!
ちなみに、このカラーリングは私の趣味ですので、あきらめて下さい。



●もりた りのさん「糸を離す」

ふーーん、よく書けてるねえー ぎゅっと詰まってます。
初回も思ったけど、やっぱりもりたさんは、なかなか上手だね。最初から長いのも短いのも両方書ける人、なかなかいません。すでにどこかで活動されてる方じゃないんでしょうか? かなり力量あります。
でもちょっとだけたどたどしいのと、映像をきちんとスロー動画で追いたいのでちょい変えましょう。

 ぴんと張ったあなたとの糸は切れ
 放たれた糸は高い空を漂う
 あなたはつむじ風に糸を連れて消えた
 涙に霞む目をぬぐうと
 切れた短い方の糸がひらり
 手の上に落ちてくる
 つながっていた糸を指が
 まだ握っているからだ
 ふわりあげても指が糸を離さない
 離さない 離れない
 指はわたしのものなのに


こんな感じです。この方が映像が動画で追える感じじゃないでしょうか?
短い詩は切っていくのがポイントですよ。文体自体はできてます。
それと「すぐに切れ」だと、もともと切れやすい状態だったみたいで、それよりも「ピンと張った状態」が恋人たちのあいだの一つの状態を表わしていると、見せたいと思いました。参考にして下さい。

恋人が逆立ちするような格好で、空に飛ばされていって、シャガールの絵みたいでした。
この詩は、もうそこで、ぐっときます。この詩の魅力の半分は、ここと言っていい。「つむじ風」と相俟って、別れをこんなロマンチックに表現できるのかと、むしろこちらに感心しました。
ちょい甘め秀作にしておきましょう。


●ピロットさん「晩翠先生」

土井晩翠の居宅には行ったことがありませんが、現存してるんですね。往年の大詩人、大作家と言われる人の居宅は、中身は違えども、どこか共通項があるんで、他の人の居宅の記憶と重ね合わせて読むと、雰囲気とても伝わってくるものがありました。
あまり他所にない意外な一点はベッドですが、翻訳もされてたことを思うと、海外渡航もされてたはずで、不思議でもないのかもしれません。
あと、いつも思うのは窓から何を見てたんだろうという点ですが、どうやら中庭のようです。
いろいろ興味深いですね。ピロットさんは多岐にわたって見識が深いですね。

ところでピロットさんの場合は、自身のおばあさんが住んでいた旧家の記憶と、すごく重なった様子です。私はこの詩のポイントの半分近くは、そこでもある気がしているので、お祖母さんの登場シーンは、くっきりさせたほうがいいと思います。
そこで思うのは、3連の後ろ2行も、(ただいま)(また参ります)と同様に、( )で括っていいと思いました。
本当は(  )部分こそを字下げしたいところなんだけど、詩(句)の一節を入れる部分で字下げを使ってるんで、それに遠慮しての( )付けなんでしょうね。
また、その字下げ部分は、「  」部分の引用とも分けているようなので、こっちはオリジナルということなのでしょう。
してみると、詩の長さのわりに、ちょっと盛りだくさんなことになりましたね。
そのせいかもしれませんが、今回はトータルで味わうに至らず、かいつまんでおいしいとこ味わったというのが、正直なところです。
秀作プラスを。

あと、「馥郁な香」はちょっと違うなあー
良い香りが漂う様を言うんだけど、「馥郁たる香り」「馥郁とした香り」あるいは逆並びの「(香りなどを)馥郁と放つ」に使われ方が限定されているもので、なんていうか、必ず「香り」を伴って、それを良い方に増幅する役割の形容詞的性質のもので、
「馥郁」自体は名詞のはずではあるんですけど、名詞として独立してないというか、名詞として扱われることがないというか、実際の使用法としては「馥郁たる」「馥郁とした」の形容詞しか、存在していないと、考えてもらった方がいいです。
ですから一般的な名詞のように、それを形容詞化した形の、「馥郁な」の使用はアウトだと思います。つまるところ「馥郁」は、ちゃんとした名詞じゃないから、ふつうの名詞的使用はアウトなんですよ。


●江里川 丘砥さん「空白-父の日に-」


これは凄いな、いい詩だねえーー
自分が大人になる前に亡くなった父の話は、詩でもちょくちょく目にするけれど、記憶にないほど小さい時から父がいない立場からの詩は、初めて読みました。いや、実際、こういう立場の子供もままいるはずなんだけど、そういう人は口に出さないし、ましてや詩にもしないから、その立場からの父の不在を、正面から見つめた、というのが、この詩の凄いとこですね。

ぐっと昔、戦争さなか、昭和18~20年あたりの生まれの人で、そのあと父が戦争に行って、そのまま帰ってこなかったから、父の記憶がないという人(きっと今のウクライナの赤ちゃんたちも、少なからずそうなります)の詩は、目にすることがあるんですけどね。こういう現代を生きる若い人の今の声で聞く詩は、初めてですね。現代性という点でも価値があります。とりわけ、同じ立場で、普段は口にしない人の共感を多く得そうです。なんていうのか、成長過程で父を失った人とはまた違う、「そもそも記憶にない寂しさ」というのは、独特のものだと思う。そこに向きあってるのが、この詩のすばらしいとこですね。

でもそれは決して特殊なことではなく、翻って現代社会を思うに、いま日本の離婚率は35%前後、3組に1組は離婚する時代なので、親と親とのあいだに挟まれて、こういう子達が増えるというのは、現代日本のれっきとした側面かもしれません。

ところで詩中もいい表現がいっぱいですね。

 昨日今日 空いたわけでもない
 もう傷口でも むき出しでもない
 くり抜かれた部分には
 草木が生えて
 風が通り抜ける

これ、状況を知るにわかりやすいです。

また、これの発展形のリフレイン
「空いたままの穴から/遠く入り江まで吹き抜ける風~」の連もよかった。

また、結びの部分となる

 父は空白により
 私の人生に問いかけた
 大きな存在を不在で示し
 世界を広げ
 感情を深めた

 この穴からしか見えない景色
 それを知るのが
 あなた由(ゆ)えの私

これらの連の帰結も良かったです。
名作を。そしてこれは江里川丘砥さんの堂々たる代表作ですね。
すばらしかったです!!

一点だけ。
詩の原稿って、印刷物としても、たいてい1行25字は取ってくれるので(30字までOKのとこもあり)、1行20字に無理におさめなくていいですよ。たとえば、

 愛だけでは一緒にいられなかった
 恋人のように



 愛だけでは一緒にいられなかった恋人のように

でも大丈夫だし、逆に間を取りたかったら、

 あるいは
 愛だけでは一緒にいられなかった
 恋人のように

としてもいいですよ。
もちろん、今のリズムで自分が合っているなら、そのままでOKです。
ムリに1行20字以内におさめなくていいんだよ、ということだけ知ってて下さい。


●朝霧綾めさん「夜風」

質感があっていいですね。五感全部を使って書いてる気がするし、ひとつひとつを丁寧に書いてるのがいい。

一点だけ、

 木の奥にある電灯のオレンジ色が
 星のような針を
 いくつも出して回転する

これ、フツウの外灯じゃないのかしら? 「回転する」の言葉が決定的にわからなくします。
フツウの外灯は回転せんからね。「回転する」がなければ、凝った表現かな?で済むんですが。「回転する」となると、なにかのネオンだったのかしら? となって、読んでる側に映像が浮かばなくなる。「回転する」は説明必要レベルですね。

そこだけです。あとは良いと思いますよ。いいセンスお持ちです。
また書いて下さい。初回ですので評価つけず、感想のみとなります。


●じじいじじいさん「たいようとせんせい」

後半、ちょっとだけ変えましょう

 たいようのごきげんで
 あつかったりさむかったり
 あめだったり
 どれかにしてよ
 やんなっちゃうよ

 がっこうにいるとき
 せんせいのごきげんで
 たのしかったりつまらなかったり
 せんせいもごきげんたいようみたいだ
 せんせいにおねがい
 たいようじゃないんだから
 しっかりしてよ


3連に「さむかったり」を足したのは、1~2連で半袖か否かの論議があるので、脈絡上「さむかったり」が抜けないと思ったからです。

4連の変更は、いっそ「ごきげんたいよう」にした方が、先生にあだ名つけてるみたいで、子供ごころに近づくかな?と思ったからです。
詩のタイトルも「ごきげんたいよう」」にしてしまってもいいですね。絵本にもそういう子供の造語のタイトル、よくありますからね。

うむ、今回は良かったです。秀作を。いつもこんなふうに粘り強く書きましょう。


●エイジさん「梅雨の楽しみ」

この詩の一番いいところは、皆が嫌がる梅雨にも、いいところがあるよという、ちょっと逆の発見があるところですね。
公園の中で1ヵ所屋根のあるところも知っていて、そこで雨を楽しむという、リアルな臨場感がよく、読んでるこちら側も楽しませてもらえます。
木々や葉の表情を描いてるところもいいね。秀作を。

うむ、だいぶ叙景の腕が上がりましたね。
あと、もうひとつやってほしいのは、オノマトペです。
「ポツポツポツ」と「ザーッ」のところ、ありきたりの擬音でなく、別の音表現を考えてみて下さい。こういうふうにも聞こえるよという、オリジナルの擬音を作るのです。これができるともう一段上がれます。
最初はちょっと難しいかもしれないけど、試していってみて下さい。伝わるか不安があれば、「屋根から滴る」「本降りだ」みたいにそれぞれ補足の言葉をつけて、2行立てにしてもいいです。
叙景のうまい詩人は、必ずと言っていいほどオノマトペを巧みに操るので、エイジさんも次の課題にしていって下さい。叙景だと毎回出さなきゃいけないってわけでもないんですが、「もし擬音を出すならば、オリジナル」ってことですね。

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三浦志郎さま  批評のお礼です

私の詩「祝祭」を読んでいただき、批評をありがとうございます。

気に入っていただけたようで、過分なお褒めの言葉に、嬉し恥ずかしでございます。
お忙しい中、時間を割いていただき感謝しています。

☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
新しい掲示板をありがとうございます。
私はパソコンから投稿していますが、書体、行間等、とても見やすいです。

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三浦様へ、ありがとうございます。 雨宮800より

今回もオレの作品を読んで、さらに評を下さって、ありがとうございます。

箱のイメージは安部公房の『カンガルー・ノート』や『箱男』、村上春樹の『蜂蜜パイ』などの
小説から影響を受けました。
ジオラマも一つの箱庭だと、書いた後に気づきました。
ちなみにですが、ジオラマという言葉は、歌手の米津玄師さんのアルバム『diorama』より、参照しました。
現在の楽曲のような洗練さはあまりありませんが、その不完全さがもつ叫びに似たなにかに共鳴したからです。

「愛をくれよ、愛を」は書いていらっしゃるように陳腐です。オレはその陳腐さをバカにしたかったのです。
オレは最近、オレが存在する理由を考えてしまいます。
他人(魔女の物語)に自分の存在理由を求めている奴らを、オレはバカにしたかったのです。
バカにすることで、なんとか自分を保ちたかったのです。
自分だけは気づいているという、特別感(存在理由)が欲しかったんです。(←その考えも陳腐だというのを承知で。)
オレは、自分は間違っている、他人とは違う、ということを存在理由にすることで、自分を保ちたかったのです。
(すみません。今、精神がやや末期を迎えています。また変な詩を送り付けてしまってすみません。)

今回、詩に意味を持たせることで、作品全体をつらぬくなにかが生まれると思いました。
しかしやっぱり、意味によって言葉の羅列を統制するのは、オレにとっては本当に難しいのだと実感しました。
改めて、考えます。

追記:オレはブルースを一切聴いたことがないのですが、こうやって言葉が自分から切り離され、
三浦様のもとで再構築され、ブルースに行き着いたことに、小さな感動を覚えます。
また、今回、掲示板という開かれた空間が生まれ変わったことに、敬意と感謝を。

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島様 評のお礼  荻座利守

この度は私の詩の「向日葵の花色」に丁寧な評をいただき、ありがとうございます。
秀作との評をいただき、たいへん嬉しく思います。
この詩は時間をテーマとして書きましたので、ウクライナのことは全く考えていませんでしたが、その視点から、もう一度考えてみようと思います。
今後とも宜しくお願い致します。

編集・削除(未編集)

評を頂きありがとうございます。

まず新しい掲示板、とても新鮮な気持ちになり
ドキドキしながら書き込みします。素敵な居場所を用意して下さりありがとうございます。秀作まで頂き、小躍りしています。推敲して書き直してみます!アドバイスありがとうございます。また頑張ります。

編集・削除(未編集)

そばかす おおたにあかり

そばかすは
星屑
シミなんかでは
なくって

歳が
寄る度
増していく
星の屑

お昼にたくさん
にらめっこした
お日様が
わたしの頬に
きらきらと散らばって
星の屑にかわる

もったいないから
かくさずに
夜毎拾いあつめては

シーツの波に
ささささと
ふりまいて
遊ぶのです

花いちもんめした
星の屑が
仲間ハズレにされた

戻ってきて

よしよし
私がママですよ
また頬にはりつけ
朝を迎える

そばかすは
星屑なのです

編集・削除(編集済: 2022年06月10日 18:49)

評、5/27~5/30、ご投稿分、その1。  島 秀生

お待たせしております。
残り6作も、ほとんどできているので、
明日の朝に。


●長森 正樹さん「祈り」

戦争を始める者は理念で始める(今回も非ナチ化とか言ってます)のだけど、実際、戦闘が始まると人の命がどんどん亡くなっていく。すると肉親を殺された者が黙っていられるわけはないから、私怨が広がり、やり返すことになる。戦闘の規模が大きくなれば大きくなるほど、長期化すれば長期化するほど、私怨はどんどん広がっていって、私怨同士が泥沼になり、停戦はますます困難になっていく。そして戦争を始めた人は、いつだって一番安全なところにいるのです。こんなバカな話はない。戦争を始める者、始めた者こそが、一番先に最前線に行って戦ってこいと思う。だけど、そんなやつに限って、いつも一番安全なところにいるんですよ。

プーチン政権が変われば、軍を引く可能性があるので、それが一番近道に見えるんですけどね、ロシア国内も旧東ドイツみたいな言論統制がしかれていて、なかなか動きません。今は一刻も早い停戦を祈るばかりです。
戦闘がやめば、その時こそ日本の出番。ウクライナの復興に積極的に尽力してほしいと思う。鉄道やインフラの整備、東南アジアで実績ある地雷・不発弾の撤去、そして戦車でなくトラクターを支援することこそ、日本の役目のような気がします。

長森さんの詩を読むと、ジョン・レノンのイマジンが流れるようでした。
また書いて下さい。初回ですので、感想のみになります。


●おおたにあかりさん「しんぞう」

うむ、おもしろい着眼から、よく突っ込んで書いてます。
おかあさんからなにをしてるのと聞かれたり、おかあさんよりいそがしいと比較してみたりするのも、子供らしくておもしろいです。
そして意外にもテーマは理科系。心臓の不思議を子供の視点で描いています。

終連だけイマイチなんで、終連に変えて、次の3連でどうでしょう?

 だまっててあげるよ
 ひみつにするよ
 だからときどき
 わるくちくらい言って
 いいからね
 
 しんぞうのはなしを
 きいている
 ありがとう
 ぼくのしんぞう
 
 しんぞうは
 いそがしい

こんな感じで着地にしてはどうかな? と思います。
おもしろい着眼でした。秀作にしましょう。


●荻座利守さん「向日葵の花色」

これ、ヒマワリがウクライナを暗喩してるようで、途中までおもしろく読んだんですが、ラストの2連、なんで「私は」に帰ってきちゃったんでしょう??? それがガッカリでしたね。 このままウクライナとのダブルイメージで進み、ウクライナへのエールで着地させればいいのにと思ったんですけどね。
「私」に帰ってきちゃうと、なんだか話全体が、商店街のシャッター通りに書かれてる絵を見てた、みたいなことになって、スケールダウンしてしまいました。

せっかく途中まで良かったんで、うしろ3分の1くらい、私が言った構想で、まとめ直されたらどうかな?と思いました。ちょっともったいないです。
でもまあ、秀作はアリです。

 失われた
 あえかな色の欠片は
 
 深い深い
 光の届かぬ未来の底に
 音もなく降り積もってゆく

ここ、とてもステキだったです。


●妻咲邦香さん「ジェリービーンズ」

少し意識して書かれてるかもしれないけど、これはセンテンスの主語が明快で、登場人物が二人ということもあるけれど、キャラが立ってて、キャラ同士の関係性も明快です。やはり創作性の高いものの方が、却って脈絡がしゃんとしてる気がする。もしかしたら今回はそのへんを気合い入れたのかもしれないけれど(逆にほかのところはぐっと抑えたかもしれないけれど)。

「ジェリービーンズを知らないのか?」から「ならわかるでしょう、その美味しさを」までの話のスライド具合がおもしろいです。まったく理屈になっていない理屈で、こちらを説き伏せようとするかの感で、このあたりのセリフ展開は上手です。

うむ、今回はこのままでOKですね。終連もひと味出しました。秀作を。

(ものすごく余談ですが、私もたまーに、ゼリービーンズが食べたくなるメンドクサイ客の一人です。あれ、しょっちゅうはいらないんだけど、なんでかたまーに(年に一、二度)食べたくなるんだよね。たぶん、チョコミント好きな人間は、ゼリービーンズも好きだと思います。あっちが元祖みたいなもんですから)

ところでこれ、いろんな菓子を買いに来る客を、シリーズ化するのもおもしろいと思う(同じ菓子でも食べられ方が違うケースもアリだし、現実にはあり得ないような空想の菓子を買いに来る客もアリ)。妻咲さんなら、何作かシリーズで書けそうに思うよ。おもしろいと思う。


●キングウルフさん「理解されない」

ちょおっっっと、範囲が広すぎますねえー
どこで、どういう場面で、こうなったかのヒントがまるでないので、どういう場面を想定してこの言葉の意味を噛み締めたらいいのか、というのがわからない。
わからないというか、あっちもこっちもいくらでも場を想定しうるので、無限大に範囲広すぎて、どういう場面の元に、この言葉が発せられてるのか、読者側として選び出しようがないです。

具体的にいうと、たとえば3連構成の詩にして、終連に今の詩を持ってきたら良い。
でもって前の1連と2連は、そこに至るアプローチです。どんな場所で、どんな場面・時に、そうなったか、映像的なヒントとなるものを、1~2連で書いてみて下さい。

結論だけ書くのでなく、最初からか、途中からか、書く、ということです。アプローチがあるから、結論が生きるのです。結論だけで何か伝えようとするのは、元来ムリがあります。
今回は一歩前です。でも、

 理由の無い涙は
 ムダですか

このフレーズはステキだったです。


●埼玉のさっちゃんさん「殻」

最近どういう詩を読まれてるのかわかりませんが、これ、前3分の1くらいは、ユーモアを入れる詩人の書き方に思えます。ユーモアで始めて、ウイットで終わるタイプの詩(たとえば初期の高階己一さんとか)に見える。そういうタイプの詩の場合に、「自分自身の成長の証に」なんて終行はまず来ないですね。
なんていうか前の方の趣と、終行の趣が、合ってないんですよね。

 卵の殻を一枚ずつ剥いてゆく
 薄皮まで丁寧に剥いでゆく
 それは
 新たな自身の誕生か
 それとも
 めくるめく出逢いが待っているのか

 出逢うべくして出逢う
 出逢えなくても出逢う
 全ては繋がっている
 理由もある

 時の狭間を旅して戻ると
 タマゴサンドとコーヒーができあがっている
 はたして探し物は見つかるか
 脱ぎ捨てた殻を土に置いてみる

これ、前3分の1からすると、本当はこういうふうに着地する詩でしょうね。
最近読んでいるであろう詩の読解が、まだちゃんとできてないと思います。
狙いはとてもおもしろいとこ突いてるんですが、あとの組み立てを理解してないから、間違えた方向に行っちゃってるの感ですね。

うーーん、まあなんでもしばらく取り組んでみることです。こだわり続ければ、何か生まれますから。一歩前です。


●西条紗夜さん「戦場の子」

うーーん、端的にいいますが、「(物事)~は、~だ」風に書くのは、論調の書き方になるので、論で書くと、反論されたら終わってしまいますよ。
論には、当然、反論が来る。反論された時に、この詩は耐えられるのか、詩として残るものがあるのかってことになってしまいます。
論だけで詩にできる人もいるにはいますが、そういう人って、物凄く卓越した思考力と見識を兼ね備えた人ですよ。ちょっとやそっとで反論されないだけのものを書ける人だけが、論で書けるのです。
私だって論をメインで詩は書かない。一般人のアタマでは到底その域に行けませんからね。

論で書くというのは、そういうことですから、「これはこうだ」「これはこういうものだ」的な、あまり大上段に構えた書き方はされない方がいいと思いますよ。論で書いたものは、反論で否定されたら終わりますから。

一方、「私はその時こう感じた」「それは私にとってはこういう気持ちだった」的な、折々の個人の感情や感慨の部分、前後の事情を含めた個人的な物語メインで書けば、
そもそも個人がどう思うかどう感じるか「気持ち」というのは個人の自由ですから、否定されません。「論」に対しては「論」で否定されますが、個人の「感情」は自由ですので否定されません。
なので、書くスタンスを、そういう風に変えられた方がいいと思います。
第一に、物事を主語にして書くのでなく、「私(自分)は」を主語にして書くこと(実際に「私は」を書かなくても、「私は」が主語のつもりで書くということ)。また、結論が大事ではなく、前後の自分の感慨こそが大事と思って書いて下さい。
次は、いまお話したように、スタンスを変えて書いてみて下さい。
私は初回ですので、感想のみとなります。

編集・削除(編集済: 2022年06月10日 17:59)
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