クリント・ファン・デア・リンデの変声前の歌声は、かなり多く録音されています。
「主を讃美します」(モーツァルト)
歌劇『魔笛』より 「夜の女王のアリア」(モーツァルト)
『全地よ、神に向かいて歓呼せよ』 (バッハ BWV 51)
アヴェ・マリア(バッハ=グノー)
変声後のカウンターテナーとしての歌声は、次のようです。
君は我が憩い(Du Bist die Ruh シューベルト)
クリント・ファン・デア・リンデの変声前の歌声は、かなり多く録音されています。
「主を讃美します」(モーツァルト)
カントーレス・ミノレス フィンランド(Cantores Minores Finland)
ピーター・キエラ(Peter Kiewra)
「天使の糧(かて) ラテン語: Panis angelicus)」は、トマス・アクィナスが聖体の祝日のために書いた讃美歌『Sacris solemniis』の最後の2節。祝祭日の礼拝式として完結したものの一部で、他にはミサや聖務日課のための祈祷文なども含まれています。なお、日本では、『天使のパン』という呼び名の方がむしろ一般的です。
この題名の曲で最も有名なのがセザール・フランクが1860年の『3声のミサ曲』Op.12の一部として1872年に作曲した、『3声のミサ曲』は「サンクトゥス」と「神の子羊」の間に「天使の糧」が挿入された6曲から構成されるミサ曲となっています。ソロで歌われることも、合唱で歌われることもあります。日本では、かつて広島少年合唱隊が歌っていました。
アレッド・ジョーンズ(Aled Jones)
あいざき進也の歌の動画には、「キャー」という少女観客の叫び声が入っているものもあるので、歌に集中できるものを選びました。あいざき進也は、67歳の現在も歌い続けていますが、同じキーで歌っています。従って、もともと高音に恵まれていたと言えるでしょう。なお、「あいざきしんや少年」という題名の付いたのど自慢番組に出演した少年の歌声は、本人ではありませんが、変声前のボーイ・ソプラノということで、比較のために掲載しました。
「気になる17才」
初めて投稿いたします。
小学6年生の息子が変声期前の記念にコンクール等に挑戦しています。
息子のことをこのサイトで掲載して下さっていることを知り、藤田様とコンタクトを取りたく書き込みさせていただきました。
今しか出せない限りある声なので、ぜひ聴いていただきたいです。
藤田様に直接ご連絡できるメールアドレスはございますか。
お返事お待ちしております。
ソプラノボーイ ママ さん
はじめまして。
音楽の素人の私が、このようなホームページを開設してから23年余りが経ちます。
その間、日本の少年合唱が危機的な状況にあることから、
素人なりに研究をして、この10年余りは、毎週更新をしてきました。
ホームページ開設頃は、掲示板でのやりとりが盛んな時期だったこともあって、
teacupという以前活用していた掲示板に書き込みされる方とのやり取りだけで、動くホームページになっていましたが、
最近は、メールでのやりとりがほとんどという状況です。
しかし、現在のロケット掲示板は動画をリンクできるので、母屋よりも多くの方が覗いておられます。
初期の頃、子どもさんがボーイ・ソプラノであるとか、変声期前が近づいてきたという保護者の方や
小・中学生のご本人がが掲示板に書き込まれたこともあります。
テレビで放映されるソリストの少年等は、プロフィール等がある程度わかる場合は、
「日本のソリスト」として、ご紹介しております。
メールでのやりとりの方が適切と思われたら、ホームページのINDEXページにもメールアドレスを書いておりますが、
メールアドレスから、ご連絡ください。
なお、責任ある発言をするため、現在は、ハンドルネームではなく、INDEXページに本名を記載しております。
メールアドレス:atu-yoshi-f@mtb.biglobe.ne.jp
昨日紹介した「花は桜木人は武士」や「ブルー・スカイ・マーチ」は、現実に今歌われておらず、その歌を歌っていた少年たちも今では50代ぐらいではないかという声が返ってきそうです。しかし、それならば、愛好されているクラシック音楽は、主として20世紀前半までのものがほとんどです。クラシックファンの高齢化という問題は、かなり前から言われています。確かに、NHKでは、EテレやBSでクラシック番組を放映していますが、民放でクラシック番組は、かつてはありましたが、現在はほとんどありませんし、あっても早朝の放送です。しかし、それを伝えるメディアがYouTubeチャンネルのように変化して残っていくのではないかと思っています。
先月に続き、年代を追って、少年が主人公のテレビドラマの主題歌を紹介します。なお、昭和34(1959)年は、皇太子殿下(現上皇陛下)のご成婚やプロレス人気もあって、テレビの普及率が爆発的に高まった年でもあります。
テレビは日本の戦後復興の象徴のひとつとして普及していった昭和28(1953)年にはじめて日本国産のテレビが販売され、同年にNHKと日本テレビが日本で初めてテレビ放送を開始しました。当時のテレビは非常に高価だったため、テレビを持つのは一部の富裕層だけであり、そこに近所の人が集まる形になっていました。(それは、地域のコミュニティがまだ健在であったということにもつながっています。)
また、繁華街や主要駅などに設置された街頭テレビには、プロ野球やプロレスを観る人で賑わいを見せました。
当時のテレビの普及率は8%弱でしたが、昭和33(1958)年には10%を超え、翌昭和34(1959)年には24%近くとなったそうです。これは、昭和34(1959)年4月10日の当時の皇太子殿下と美智子妃殿下のご成婚パレードの放送を機に、テレビの普及が全国的に一気に広まったものと言われています。そして、昭和40(1965)年には全世帯の9割がテレビを持つに至りました。これは、昭和39(1964)年の東京オリンピック開催が大きかったのでしょう。
その代わり、映画が斜陽産業となってきました。しかし、映画はテレビではできない質の作品を上映することや、シネコンという劇場の形をとることで生き残ってきました。
昭和34(1959)年
『鉄腕アトム (実写版)』 (上高田少年合唱団)
映画のコーナーに『宇宙怪獣ガメラ』を採り上げましたので、前田晃一が歌うこの映画の主題歌はじめ、ガメラ関連の歌を集めてみました。
「宇宙怪獣ガメラ」前田晃一 1980
ロナン・パークのブリテンズ・ゴット・タレント準決勝と決勝で歌った歌とその後のボーイ・ソプラノの歌声をご紹介します。イギリスでは、このイベントはジャンルを問わず大変人気があり、ブリテンズ・ゴット・タレント2023にマラカイ・バヨーが出場したことや、パンツ一丁の裸ネタで旋風を巻き起こしたお笑い芸人のとにかく明るい安村が、決勝進出したことは、日本にも伝わっています。
ロナン・パーク ブリテンズ・ゴット・タレント準決勝「Make You Feel My Love」
第38回童謡こどもの歌コンクール/こども部門/二次審査収録会の録画第3弾です。
内間 輝大 小4 「黒ネコのタンゴ」