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(あのーー、私が言うことでもないんですけど、詩は自由を旨としていますから、どこにでも投稿しようと思えば、投稿できないところはないんですけど、いきなり大きなところに挑戦しても、世の多くのものがそうであるように、ポッと書いて、ポッと通用する、ポッと賞が取れる、なんてことは、まずありえないことというか、相当に稀有な話なのです。
やってみることは止めませんけど、大きなところのノー・レスポンスにがっかりしたら、
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MY DEARは投稿された作品全部に評をお返しします。
本来、こつこつ実力をつけてから、賞などに挑戦するのが、スジだと思いませんか?
MY DEARはあなたのこつこつを、支援するところです。)
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人工月に直接繋がるエレベーターをシンボルとした電子塔が街の中央にある。あの人工月は二つ目の月になる。夜空に浮かぶナットやワッシャーは先代の人工月を解体した際の残留物。本当の星を知らない私たちは、あれを星だと誤解したままだ。
電子塔の下にアンドロイドや半アンドロイドが暮らしている。一人の半アンドロイドが呟く。「世界の保証期限は、交換部品がなくなる頃かな?」と。
error.error.最初は異音だった。
街中に住民の娯楽を目的としたシステムが作動している。街中をホログラムが歩き、それにマッチしたBGMがヴァーチャライザーによってリズムを作る。シティ・イン・ファントム。受信機能が失い、発信機能を残した個体にとっては錯覚とノイズでしかない。
談笑し合う老アンドロイドを横切る。Tokyoはドナウ川流域にあった、という話で盛り上がっている。病がなくなれば話題は昔日のことになる。「そう言えば、あの頃はカミサマが流行っていたな」呟きは街中のあぶくにしかならない。
彼らの話題に呼応するように、今日のシティ・イン・ファントムは平成の頃の秋葉原を写し始める。ケーブルとはんだ付けで接続されたパネル造りの通りに排泄物が転がっている。シルクハットに燕尾服の紳士。その紳士に未登録のアンドロイド・ガールたちが群がり啄(ついば)む。彼を巣へ持ち帰ろうとする映像だ。亡霊はいつだって出鱈目で驚かそうとする。
error.error.error.その音が日常ならば。
一つだけ残っていた神話があった。アポカリプス。
最後の、完全に人間であった男が、この世界を見て教えてくれた。彼の名前は、皮肉にもアダムだった。今日はそんな彼の命日。
私たちは彼を惜しむように誰もがアルミを細工したタンポポの綿毛を作る。生き物の振りだけ上手くなった。タンポポはこの街に咲かない太陽の偽物。綿毛は銃弾だ。所詮振りでしかない私たち。
無作為に街中に乱射する。無軌道な暴力こそが人間なんだと理解と共感に基づく敬意を私たちは示す。信仰のない慰霊祭は街中に新しい傷を作る。
error.error.error.きっとそれすら普通になる。
見ていますか?
アダム。
私たちは
鎮魂も祝祭も
滅びることも忘れたのです。
※評者の方に補足というか言い訳を。
秋葉原を意識しているのですが、行ったことがないんです。秋葉原。
聞きかじりの知識だと電気街として萌えの文化の発信地として栄えた?町。
で現在は日本人より海外の観光客が多くて
コンセプトバーの客引きの女の子たちが並んでいたり
夜になると治安が悪くなるという。
町としては都市開発を進めたい。で大型ビルを建てようとしている。
住民は「秋葉原らしさを失う」と反対の声が多いけど
建物の老朽化、そのメンテナンスの経済的問題
時代に合わせて変えていかないことは取り残されることに繋がるのでは無いか?
という問題が衝突している……という認識で書いています。
鋭い笛の音が
周囲に響き渡る
座り込んでいた人たちは
一人、一人、と立ち上がり
歩き始めた
笛は、等間隔に鳴り響き
音に合わせて
歩かなければならない
数千人の行進が始まる
ピッ……ピッ……
地響きが後を追う
ザッ……ザッ……
いつから
こうしてるのか
忘れてしまった
都心の雑踏に軍隊が現れ
ビルから
次々と道に引き出される
抗議、そして悲鳴
空中に一斉射撃
一瞬で
静まり返る群衆
スマホに
緊急警報が鳴る
一斉に表示される言葉
「Walk now」
歩きなさい、と
やがて
鋭い笛の音が
周囲に響き渡る
数千人が
環状線を右回りに歩いている
道の左右、等間隔に
武器を構えた兵隊が立っている
疲れて動けない
立ち止まる人たちは
何処かに
連れて行かれた
わからない
どうなっているのか
もつれる足と
喉の渇き
恐怖
そして絶望
あちこちで悲鳴が上がる
それでも
行進は止まらない
次々と倒れ
兵隊に連れて行かれた
このままでは
全滅……
突然の
理不尽に対する
怒りが
湧き上がる
沈黙
次に
まなじりを決して
大声で叫ぶ
皆さん、一斉に走りましょう
そうして
兵隊に襲いかかるんです
このままでは
全員、連れていかれるだけです
大声をあげる
今だ!
怒声が上がる
周囲の数百人が走りだし
一斉に
兵隊に襲いかかる
次々と
暴動は連鎖していく
荒れ狂う群衆
恐怖を覚えた兵隊は
散り散りに逃げていく
叫び声を上げる
やったぞ
さあ、みんな
逃げろー
蜘蛛の子を散らすように
生き残った人たちは消えていった
笛の音は
最後に
長く、消え入るように鳴り響き
消えた
荻座利守様
拙作「改札」に、ご講評とご感想をいただき、ありがとうございます。
佳作とのこと、誉れとします。
本作、通勤の途中で見かけた光景から、私風の好きな展開を広げて、一気に詩作を終わらせました。推敲も一度のみです。
四の五の考えて、時間をかけて、推敲を重ねて書く詩より、世界観や文章の構築を楽しみながら、短い時間で書き上げた詩の方が、今は良いように思います。
ご指導、感謝いたします。
ご指摘をいただいた点に関しては、推敲を繰り返し、改善に取り組みます。
次回も、よろしくお願いいたします。
4/28〜4/30 ご投稿分の感想と評です。宜しくお願い致します。
なお、作者の方々が伝えたかったこととは異なった捉え方をしているかもしれませんが、その場合はそのような受け取り方もあるのだと思っていただければ幸いです。
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4/28 「改札」 aristotles200さん
とても面白いですね。どこか小松左京の小説を想わせるような感じの作品です。
目に見えて触れることはできても、現実の世界とは隔絶されいるという状況は、何となく現代の社会を生きる人の姿に似ているようにも思えました。
まず駅員が対応し、救急隊が呼ばれ、警察が呼ばれ、医師、大学の先生と、事態が徐々に大きくなってゆきながらも、最終的には何もできずにアクリル板で囲われて終わりという展開が、今の世の中を風刺しているかのようです。
さらに続く、核戦争や太陽系の終焉という展開も、人の営みの儚さ無常さを表していていいですね。
表現の面では、3連目の
「よっこいしょ
…びくともしない」
「さあ、みんなで
よっこいしょ
…やはり、微動だにしない」
というところが、どこかユーモラスで巧みだと感じました。
また、後半の寿命を迎えた太陽が
「最後は白色矮星と化し
何処かへ行ってしまった」
という表現も、時の経過の虚しさや寂しさをうまく表していて効果的だと思います。
ただ欲を言えば、これらのような効果的な表現がもう少し欲しいかなという感じもしました。
例えばユーモラスさについては、昇降機が壊れる直前の異音について、「腰の痛みに呻くような」とか「過剰な負担に不平をもらすような」みたいな、擬人化した表現を入れても面白いかもしれません。
また、宇宙空間に一人で浮かんでいるところは、「一人」を「独り」と表記したり、「無重力に塗りつぶされた孤独に包まれて」とか「無重力さえも感じられぬ孤独を纏って」みたいな比喩を入れても効果的かなとも思います。
でもこれらはあくまでも「欲を言えば」のことで、特に問題視するほどのことではありません。
そして、最後に現実に戻ってきて、
「だ、大丈夫です
そのまま
改札を出た」
という表現で最後を締めているところに、日常に追われる現代人の侘しさや哀しさが滲み出ているようにも感じられていいと思います。
評につきましては、佳作としたいと思います。
4/28 「永遠のカタチ」 三津山破依さん
永遠への憧憬を描いた作品ですね。永遠が欲しいのにそれが何なのか、どうすればいいのかわからない。
「そもそも永遠がどんなものかさえ分からないのに。
「永遠」と名札に書いて、
突っ立ってくれていたら良いのだけれど。」
という表現が仄かに微笑ましく暖かい感じがしました。またその後の、「黒い爪楊枝」や「金平糖」の比喩も穏やかな感じでいいと思います。
そして最終連では、永遠との接続と出逢いの大切さを描いていますね。
誰もがその寿命の限られた有限なる存在です。でもその有限なる時間は、「永遠」の一部でもあります。「誰もがポケットの中に永遠のカケラを隠し持って」いることは、そのことを表しているように感じました。
でも自分の時間は、無条件で永遠の一部なのではありません。そこには他者との出逢いが介在したければなりません。その出逢いにより、自分の生命の有限なる時間は永遠に接続されるのでしょう。
「なんかヘンテコなものでも、
二人で作ったものなら
それはそれで一つの永遠のカタチ。」
というところに、そのことが表されていると思います。そのようにして己の生命を永遠に接続させることこそが、「一つの幸せのカタチ」なのでしょう。
ただ、個人的には最後にもう一度、「永遠を探しに旅に出よう。」という決心に戻ってきてほしいなと、そんなふうにも思いました。
永遠がどのようなものかはわからない、でも共に永遠のカタチを作り出せる人なら探し出せるだろう、という希望を最後に示してほしいなと、そんなことを考えました。
でもこれはあくまでも個人的な感覚に過ぎず、全体としてうまくまとまっています。
評につきましては、佳作としたいと思います。
4/30 「白日の淵」 ゆづはさん
外側に見えるものを手がかりに、自分の内側へと深く沈降してゆく、そんな印象を受ける作品です。
「窓枠に収まっていた空が/年を追うごとに/狭くなってゆく」とは、周りに高い建物が建ってゆく様を顕したものでしょうか。
「かつての月光を
幾何学に切り取る」
という表現が、その冷たさや無情さを表していていいですね。
そして次の連でその描写は、客観的なものから主観的なものへと移ってゆき、ここが内面への入り口となっています。光を奪われたのではなく、自分の余白がこの形をしていただけ、といった表
現が内面への入り口にふさわしいと感じました。
その後の、
「使い古したブランケットを
畳むように」
「無音の時間が
足元から満ちてくる」
のような表現も、内面の静謐さを美しく表していますね。
ただ、あまりにも繊細であるが故に解釈が難しいところもあるように思えます。
「日々の手垢がついた記憶を/一枚ずつ 奥へ仕舞い込む」と、「過去という薄い皮膜を/爪先で そっと剥がせば」とは同じことを指しているのか、それともそうではないのか。この「手垢がついた記憶」とは日常の雑事についての記憶なのか、忘れられず心に日頃から心に絡みついている記憶なのか。でも絡みついているものならば「薄い皮膜」ではないはずではないかなどと、いろいろと考えてしまします。
でもむしろ、細々とした理屈による解釈などせずに、表現や雰囲気を味わえばいいのかもしれませんね。
透けて見える名づけようのない光。すべてを放してゆく白日の淵。窓枠の中の欠けた空が、そんな自己の内面の仄かな光が顕れるための触媒となっている。そのことを美しく描いた作品だと思いました。
評につきましては、佳作としたいと思います。
4/30 「夢味」 相野零次さん
ファンタジーのような、あるいは絵本のような感じのする作品ですね。タイトルから推測すると、夢に見た情景からインスピレーションを得て描いたのでしょうか。
まず冒頭の「僕はある日 夢色の接着剤を見つけた」という一文から非常に独特で目を引きます。その後の描写も、どこかシュールレアリスムを思わせるような内容です。そして
「もうこの世界に僕という世代は存在しない
全てが混沌としたシチューのように煮込まれている」
というところは、どこかインド哲学の不二一元論を想わせる表現ですね。さらに
「果たして意味などどこにあるのだろう
愛してるって誰かが言った
僕もだよって笑いかけた」
というところは、ウィトゲンシュタインの言語ゲームの言う、「言葉の意味は、その使用にある」ということを思い浮かばせます。
こうして観ると何やら哲学的な内容にも思えますが、その後の展開はやはりファンタジーですね。
「赤黄緑の三色のグミでできたトランポリン」という発想に、何ものにもとらわれない自由さを感じました。そして
「夕焼けが僕らを焦がしにやってくる」
「優しく焦がして愛しく食べてね」
というところはやはり、シュールレアリスムを思わせます。
シュールレアリスムの提唱者である詩人アンドレ・ブルトンはオートマティスム(自動記述)による詩を多く書いたそうです。このオートマティスム(自動記述)とは、理性によるコントロールを止め、思い浮かんだ言葉や線をそのまま描き出す手法とのことです。
この作品は全くの自動記述ではないようですが、それに近いものが感じられます。とても興味深い作品ではあるのですが、抒情的な面がやや弱い感じもします。それでもやはり、鮮烈な印象を与える詩だと感じます。
評につきましては、佳作一歩手前としたいと思います。
河野博幸 様へ
ご投稿ありがとうございます。
「MY DEAR掲示板」管理人の島 秀生です。
こちらの掲示板はタイトル下に書いてありますとおり、
参加にあたっては、最初にペンネームとメルアドの届け出が必須です。
(管理人のみが把握致します。他には出しません。)
これは、掲示板内の安全を守るために必要なルールで、全員にお願いしております。
恐れ入りますが、
HP(掲示板上の「ホーム」ボタン)のトップページの右側にある管理人リンクから
3日以内に届け出て下さいますよう、よろしくお願い申し上げます。
<*ご注意 3日以内に届け出ない場合、投稿は削除措置となり、評もされません。>
なお、「初心者掲示板」(←こちらはメルアド届け出不要)をご利用でしたら、こことは別ですので、
最初の記事にありますリンクから飛んで下さい。
(その際、ここの書き込みは削除して、「初心者掲示板」の方に、再度書き込んで下さい)
よろしくお願い申し上げます。
貴方の瞳に私が映っている
私の瞳の中に
貴方は映ってくれているだろうか
貴方の中で溺れる私には
もはや呼吸もいらない
私は抜け殻
貴方に捧げたから
磔に向かう
恍惚の中
失礼します。
5/1『メビウスの名前』で直した点がありますので連絡いたします。
お手数ですがよろしくお願い致します。
七連目
(誤)
言い争うことも増えた。
そういうものだとは知ったつもりだ。
知っているつもりでも
我慢できなくなる時がある。
ねじれてしまった、たった1つの……。
↓
(正)
言い争うことも増えた。
そういうものだとは
知っていたつもりだった。
そのつもりでも
我慢できなくなる時がある。
ねじれてしまった、たった1つの……。
となります。申し訳ありません。
燦夏に輝ける青葉
金堂前に根を張る樹を見上げた
古き伝説の名木(※1)よ
中世の史跡
金沢北条氏ゆかりの称名寺
在りし日の実時(※2)の額にも
鎌倉の暑さで汗が浮かんでいたやも
境内に響く蝉たちの大合唱
何度 生まれ変わりてか
七日天下にて儚き命を繋ぐため
彼方此方で鳴く 泣く 哭く
楓よ
周りが紅葉に染まる頃
秋になったらまた来よう
お前の瑞々しき青葉を眺めたい
為相(※3)に褒められては
仕方なし哉
この後
実時の墓を拝み
参道を行くこと登山の如し
滴る汗 先は獣道のように草茂り
脇を黒揚羽が通り抜けた
八角堂に至れば昼寝する猫一匹
両者に一礼して
眼下に金沢の町を見下ろしながら
自作の歌を詠んだ
「金沢の北条祀る 称名寺
黒蝶に導かれ山登れば
八角堂にて先客眠る」
***
(解説)
※1)青葉の楓伝説:金沢文庫の境内に生えている楓の木。
周りが紅葉するなか、この樹だけは瑞々しい青葉を繁らせるという。
現在の楓は実は二代目。
謡曲能『六浦』の題材にもなっている。
※2)北条実時:鎌倉時代の人。
日本最古の武家文庫、金沢文庫の創設者。金沢北条氏の祖。
※3)冷泉為相:鎌倉時代の公卿、歌人。
藤原定家の孫。歌道の家元、冷泉家の祖。
当時、称名寺に生えていたどの樹よりも美しく
紅葉していた楓を為相が褒めた事から、それを
誉とした楓が以降は紅葉することを止めたという
逸話から件の「青葉楓の伝説」が生まれた。
今回も丁寧な感想と評を頂きまして誠にありがとうございます。
読みやすい詩、読んでスっと心に染み込む詩を
目指して紡ぎました。少しずつですが、自分の詩の形というものが見えてきた気がします。
細やかなアドバイスありがとうございます!
さらにこの詩が輝くよう推敲を重ねたいと思います。
タイトルは迷いました。
ご提案頂いた、『ステップ・バイ・ステップ』も良いですね!
次回も頑張ります。どうぞよろしくお願いいたします。