◆ここは「MY DEAR投稿掲示板」です。
詩に意欲的に取り組みたい方や、詩をある程度の期間書いておられる方、
また、詩人に向け成長を目指したいという方もこの掲示板をご利用下さい。
あなたの詩をしっかりと読み、評や感想を、しっかりと書かせて頂きます。
ここから詩人として巣立った人は数知れず、です。あなたの詩を継続的に見守り、詩の成長を助ける掲示板です。
自分の大切な表現としての「詩」に、どうぞ、ここで磨きをかけていって下さい。
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本来、こつこつ実力をつけてから、賞などに挑戦するのが、スジだと思いませんか?
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なお「MY DEAR投稿掲示板」では、新規ご参加の際に、ペンネームとメルアドの届け出が必ず必要です。
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◆初めて詩を書く方や、おっかなびっくり詩を書いてみようかなあーという方、
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誰でも、どんな人でも、気軽に詩に親しんでもらうための掲示板です。学生さん、小中学生の方も歓迎です。
投稿された詩については、詩を読んだ感想を、レギュラーメンバーの誰かが、手短なコメント(5行程度)で返してくれます。
どうぞご希望に応じて、各掲示板をご利用下さい!!!
街行く人達を横目で流しながら
胸に少しの重りを塗り込められた感覚を
ざわつく気持ちも寂しさも
夢見るラムネで誤魔化すの
ラムネが溶ける…
夢を見る
青い世界に流される
あたしは今、どこにいくの?
いつも同じものを探すの
あたしが駄々を捏ねても怒らない人
優しく頭を撫でてくれる掌
いつも探しているの空っぽなの
埋められない暗黒を
夢を見るラムネで誤魔化すの
ラムネが溶ける…
光を見る
青い星が流れてく
誰かあたしの手を引いて?
大人になったあたしは
紫煙を燻らせ思い出す…
冷たい流浪の日々が
煙に乗って空へ流れてく…
ここは温かいの
大きな手があたしを掴んでるから
あたしは今、生きてくの…
もうラムネは要らないの
深い茂みのなかで 朝を迎え
雲間から注がれる陽気を浴びれば
危うい青信号
小刻みに震える膝を
寸刻 惜しんで 抱えたら
ただちに
酷く 心地悪い
役務の支度を開始せよ!
時の操る風を遮ったのは
ボタンダウン
──── 通し忘れて雑踏で憂う
湖上の小舟では
浮遊の静寂が 悠長に 語られている
天から降《くだ》った薄黄のベールの向こうで
古傷のような遣る瀬なさが律動し出して
次第に激しくなる
* * *
キツネの頭上で煌めくのは
精霊が落とした黄金《こがね》の被り物
超然とした喧騒にあっても
瞭然として表される福音の奥義に
およそ二千年前
戦慄した!
(が
つい70年ほど前まで
断続的に 見失っていた)
「秘密があるなら 今ここで 明かしてちょうだい」
野蛮なキツネは どことなく 不安げな顔付きで 詰め寄る
所業は見知る必要のなかったことかも知れない
けれども
残忍さ,残虐さの極みとして
世界のどこかで
善美な生を
絶えず
阻みつづけている
* * *
添加物もりもり の悪魔の旨さ!
求めて止まないキツネによって
教義は破綻に至っても
なお長らえる
ギャングエージと組織的犯罪との相関関係は
不運にも
筆舌を絶するほどに密らしい
「世の中そんなに甘くないよ」に反論する試みは
出現を厭う、パンチの効いた言葉に
決まって
敗られる
殺し合いのない世界
→ → → 実現できると信じていた幼い頃
傷付け合わない世界
→ → → 実現できると信じている拙い瞳
* * *
ナチュラルに寄り添う歌が流行るとき
キツネは不可思議な感情に悩まされる
できないことを100コ数えるあいだに
強烈な幸運を受け取るパワーを
90%以上失った
画面の向こうにある現実は変えられない
という比類を見ない無力感から
却って 肥大した傲慢さが
不真面目かつ不誠実で 悪戯なコメントを無数に招ぶ
* * *
日常にある豊かさと便利さとの享受
それと引き換えに
何をどれだけ犠牲にしているのか
しかし
引き返して畏れるほどの余裕はなく
いつも 思考停止を余儀なくさせられる
繰り返し口を衝くキツネのおべっかが
無情にも
低刺激の好奇心をそそる
* * *
最も劣等な分際が
社会を変えられると思い上がる
しかしながら
変えられるのは
神
お一方のみ
(だと信じることが
全頭に等しく許された)
まったく新しい世界を
創造されようとし
そして
今日までに
此処に
成し遂げられた
神
被創造物としての自覚を持たないキツネは 曝しつづける、
屠られまいと 躍起になる 醜態を
──── 間接的に且つ直接的に
荻座利守さま
こんにちは。拙作に評を下さりありがとうございます。
3連目の表現などお褒めいただき、嬉しいです。
最終連は、自分の内にだけ目を向けた書き方でしたね。伝わるような構成や表現を、考えてみたいと思います。
佳作一歩手前とのご評価をありがとうございました!またよろしくお願いいたします。
紗野玲空さま
こんにちは。拙作に佳作との評を下さりありがとうございます。
雨上がりの空を見て、この景色をとても描き切れないと思っていました。一行目は最初に浮かんだ言葉をそのまま用いたのですが、描写力を信じてとのお言葉、嬉しいです。最終連も違和感があったので、提案して下さった行分けを参考にさせていただきます。
「閑話ひとつ」もとても興味深く拝読しました。下から見上げるのではなく、日々雲と相対している方のお話は真に迫るものがありますね。それに、近ごろの豪雨被害のことを考えると、ただ感傷にひたってばかりもいられない、切実な現実がありますよね。
色々気づかせていただきました。またよろしくお願いいたします。
ご丁寧な講評をいただき、ありがとうございました。
「セピノール」が僕特製のネーミングだと見抜いていただき、思わず笑ってしまいました。実際には存在しない商品を、もっともらしい効能や注意事項、利用者の声までつけて、本当にありそうな広告にしてしまうという遊びを楽しんでいただけたこと、とても嬉しく思います。
また、「人間が本来的、潜在的に持っている願望を、パロディ的、ユーモア的形式によって代弁したもの」という捉え方も、とても興味深く拝読しました。自分の作品を少し離れたところから見せていただいたような気がします。
「僕はもう終わってますけどね、笑」からのアフターアワーズの「オペレーターを増員して」という締めまで、こちらも楽しく読ませていただきました。
軽いレクリエーションとして楽しんでいただけたこと、そして温かい評価をいただけたことに感謝いたします。本当にありがとうございました。
追伸
あまりの混雑ぶりに電話がつながらず僕は購入をあきらめました。セピノール! 人気沸騰中です。
島 秀生様
拙作「泉」にご感想とご講評をいただき、ありがとうございます。
名作&代表作入りとのこと、誉れとします。
本作、お盆休みで読んだボルヘスに刺激を受けて、詩の世界を広げました。
自然体で、私の本体と言葉、そのままの詩です。
技巧面は拙いままですが、思いと言葉は通じる、思いを強くすれば言葉も強くなると信じます。
私は儒学を学ぶ一学徒です。
かと言って、論語や孟子をそのまま詩にすれば、説教臭くなり現代詩とは遠くなります。
孔子、孟子の生きた時代はデイストピアそのものでした。
世の中の理不尽に対する怒り、悲しみ、だからこそ、思いやりと連なりを広げたい。
この思いは、現代でも変わらず大切にしなければならない。
これ以外に私のテーマはありません。
ご指摘の箇所、最後まで悩み、推敲していました。まだまだです。より精進します。
今回も作品を深く読み解いていただき、感謝します。
次回も、宜しくお願いします。
島様、「いつか」へのご評価ありがとうございます。
ご指摘いただいた件、詩作に没頭するあまり、抜け落ちていました。
第三者が初めて読むときに伝わるかどうかが大事ですね。
もう一歩、冷静に作品を眺めるよう努めます。
甘め秀作をいただき、ありがとうございます。
三浦様
「言霊」へのご評価、ありがとうございます。
「言葉=人生」ということは無意識でしたが、今回ご評価いただいて、あらためて気づきました。
親として子に諭すというより先に、子供から「親になるように」育てられているような気がします。
「甘め佳作」をいただきまして、ありがとうございます。
●光山登さん「同じ時間の中で」
主人公は囲いの外に出た豚(しかも文字が読める)で、元いた囲いの中の豚を見ながら、思っている図です。
主人公の「僕」には、満足した今があり、心も晴れやかに鎮まりかえっていると書かれているので、それで良いのではないかと思われるのですが、
どっこい、囲いの中に戻りたい衝動もあるようです。少々不条理ですね。
さらには、
不満足な昔と、満足した今。
どちらがよかったか、僕にはわからない。
という自問もあります。
うーーん、まあ、フツウの理屈でいうと、「知識は得たけど、幸せでない」「自由は得たけど、幸せでない → だから不自由であっても「囲いの中の方が良かったのではないか?」の疑問に至るわけですが、
この詩の場合、今に満足し、心も晴れやかだと書かれていて、「今が幸せだ」に極めてニアーな状態にあるので、だのになぜ「囲いの中に戻りたい」になるのか、理屈上ではわかりません。不明です。理屈ではない、不条理な感情があるとしか言えない。
そういう「感情の問題」みたいな、問題提起の仕方で良かったんだろうか?
まあ、どこまで満足しても「どちらがよかったか、わからない」の問いはつきまとうでしょうけど・・・。
あるいは、自分の昔と今ではなく、
今の自分は満足だが、囲いの外をそもそも知らない囲いの中の豚たちにも、囲いの中の豚たちなりの満足があるのではないか、という、別々の満足の両者の対峙の方が良かったんじゃないだろうか。
はたしてこの問題提起の仕方で良かったのか、ちょっと引っかかりは残りました。終連の終わり方はこれでいいと思うんですが。
まあ、囲いの中の豚と、囲いの外の豚(主人公)とした設定の思い切りはおもしろかったです。そこを評価して、おまけ秀作としておきます。
●トキ・ケッコウさん「つばめ」
そうですよねー
身体が小さいのに、長い距離を渡ってくる鳥を見ると、感心します。
いちおう途中、いくつかの島や陸地を辿って、途中休憩しながら来るんですが、にしてもトータルの距離を、あの小さい翼でよく来たもんだと、感心する鳥が多いです。
そのことを思うと、「太平洋のど真ん中に、つばめの墓場がある」という幻想は、とてもダイナミックで、良かったです。つばめにはつばめの死に場所が、あるやもしれませんね。
このあたりのところは、とても感心して読みました。
また、それがあることで2連の「後ろ姿を思う」も、つばめのそうした背景を思わせて、意味が深まります。
このへんの部分はおもしろかった。また出だしの4行もステキだと思う。秀作を。
ちょっと2点思ったのは、
海亀の「キキキ」が、本来、声を出さない海亀が、つばめを食べたことで声を出すという意味合いを含ませているのかどうか、単に海亀単独を想像で書いたものか、わからなかった。
2連、スピードを出す時の翼のたたみ方、ブレーキをかける時の翼の広げ方は、たしかにハヤブサと似ている。ただスピード+小回りという点では、断然、つばめが上回る(つばめは、翼の右左を別々の動きをさせるのが得意です)。そこはいいんだが、意味合いとして「後ろ姿を思う」の方が重い(初連の意味合いを含んでいるから)ので、そっちをラストにした方がいいような気がしました。飛んでる姿であっても、後ろ姿を思う、みたいな感じです。
●相野零次さん「下敷き」
出だしの5行がバツグンにおもしろいね。
僕は今日も「愛してる」
と下敷きに書いて出荷している
膨大な量の「愛してる」が
国語はもちろん
算数や社会のノートに挟まれる
この、現実にない、架空の職業で描いてみせたところから、おもしろい。こういう職業なら私も働いてみたいと素直に思った。夢のある職業ですね。
そして、みんな「愛してる」の意味を実はよく知らないという、真理にも近いところから、「愛してる」の言葉の歴史(架空)が2連で始まります。
戦争に対峙する言葉として「愛してる」があるというのは、私、ジョン・レノンの「LOVE & PEACE」の思想を想像させてもらった。彼も英雄ですね。この2連の話は、実に彼と重ねて読ませてもらいました。
まあ、千年前に「全国の小中学校」や「下敷き」は、実際のとこ、存在してないんですけどね。この詩は冒頭から大人の童話的なお話の展開なので、そこは事実と違っても、気にしないことにしました。
そして3連以降のように、本当にみんなが「愛してる」の言葉を、いい意味で連発・乱用するようになったら、世界は平和になるのかな、なんて希望を抱かせてもらいました。
話はとてもおもしろいです。名作を。
ちょっと一つ大きな問題があって、
出だしの5行を読むと、「僕」は、下敷きを出荷してる側の人間(メーカー側の人間)に読める。また2連においても下敷きを配った歴史があるのだから、それは職業として今も続いていると読める。
1~2連の経緯では、「出荷する」の意を、「愛してる、の言葉を発している意の比喩」とは受け取りにくいです。
対して4連の「僕」は、完全に小学生です。同じ「僕」ですが、キャラ設定がズレていってる気がします。小学生が下敷きを出荷してるとは、思いづらいものがある。このキャラのズレは解消しないといけない。
で、ノートが学校で使うノートだけではなく、仕事や家計簿ふくめ、日常的に誰しも持ってるノートと受け取れば、3連も、1連からの流れで矛盾しない。
なので問題はあくまで4連ということになります。
そこで、こんな策を提案しておきます。
下敷きが挨拶してくれるんだ(3連最後までそのまま)
もちろん子供たちも使っている
おはよ! 愛してる
(以下、4連全部一字下げ)
と、いう感じでの、4連を別キャラとして残す、切り替え案を提案しておきます。
もう一点は、2連7行目の
その時には「愛してる」という言葉すらも
闇を表現する言葉だった
の「その時には」ですが、「その時までは」とした方がいいでしょうね。
こんな感じ、
その時にあらわれた英雄がはじめたことだった
その時までは「愛してる」という言葉すらも
闇を表現する言葉だった
この方が時系列がはっきりしてわかりやすいと思います。
●Mayさん「いつか」
老猫になるまで飼ってあげてるんですね。
猫もなかなかに長生きするので、仔猫の時から最後まで飼ってあげてる人は、比率的にはそんなにはいないと思う。
カワイイ時ばっかりじゃない。手間がかかる時もある。手間がかかるようになっても、最後まで見てあげるのが、本当です。生きものなんですから、当然、両方ある。生きものを飼うとは、そういうことなんですけどね。
詩で描かれた老猫は、まさに家族同然で、ずっと大事にしてもらってて、良いですね。キッドという名からすると、男の子かな?
抱っこを嫌がるのは、独立心が強い動物に多い現象です。その子もきっとそうなんでしょう。時々、人から見えにくいところに行きたがる点とも符号するかもしれません。もちろん、死期を感じた猫が姿をくらます、という習癖もあるんですが、普段からそんな感じなら、独立心強い系かもしれません。
2点わからないことがあります。
「頭の上をパタパタ小さな足音が歩き廻ってる」は、これ、猫が2階にいるということなんでしょうか? いや、猫の重量の足音くらいで、2階から聞こえるとも思えない。これ、アタマの上に通路になる棚のようなものがあるんでしょうか? それともベッドではなくて、畳部屋で寝てる感じなんだろうか? それなら畳の端を通過していく様子が想像できますが。
そこのところの言葉が足りないので、家の中の様子を想像しにくいのです。読んでて、アタマの中に映像化がしにくいのです。
もう1点は仔猫が突然登場することです。ずっと老猫の話だったので、一匹のつもりで読み進んでましたから。この仔猫の登場が唐突でした。合計2匹飼ってるということなんだろうか? まだ他にも仔猫がいるんだろうか? 家族構成(?)がわからんです。想像ですが、この仔猫はキッドの子では、たぶんないんでしょうね。キッドがオスかメスかもわかってないんで、キッドの子という公算も残ってるんで、違うなら打ち消してほしいところです。違う種類の猫だったら、そう言ってもらったら、そのへんも明らかになります。
もしかしてアタマの上を歩き回ってたのも仔猫の方なら、仔猫とか、別の名とか、書いてもらった方がいいです。混同して読まれないように、もう一匹いる感を先に出しといてもらった方がいいです。それかいっそ、この詩に関しては、仔猫の方は登場させないか、です。
この詩、単独で読むには、2点が不明で、そこはアタマの中で映像化しにくかったんで、一考下さい。1作でカバーできなかったら、シリーズ化して何作か続けることで、解消する手もあります。
でも、後半の老猫の様子自体はよく書けているし、キッチンの感慨も良かったんで、おまけの秀作にしておきます。
●aristotles200さん「泉」
不老不死のものを探す旅ではなく、あっさりと不死になってしまった者が、不死を解いて、しねるにようにしてくれる泉を探すという、まさに逆の旅です。冒頭からたいへんおもしろく読みました。
で、延々と旅を続けるかと思いきや、あっさりやめちゃうところがまた、逆発想でおもしろいです。
不死を良いことに巨万の富を築き、金でもって、世界の泉の水を集めさせるという暴挙に出ます。なるほどその方がずっと効率的で、目的達成のためには得策です(冨があるならば)。この話の設定が現代の話であるので、この現代感覚の対応がリアル感を増してていいですね。
で、巨万の富を得ても、この身体が得られないもの、不死と同時に失ったものとして、睡眠と味覚がないという体感の話が出てきます。この肉体感覚の不備のようなもの、デメリットが、「不死」の身体をよりリアルなものにしています。感覚を無くすということは、ある意味、人としては死んでるのはないか、という主人公の自問もあります。
後ろから2つ目のパートでは、いよいよ神的な存在になり、人々を導き、アルマゲドンから回避、核兵器を廃絶し、恒久平和と共生社会を実現するという快挙に出ます。これは架空の話であっても、やってみたい、すばらしいことですね。
ただ主人公の孤独、不死解除の願いは叶えられないままで、最後は地球をまるごと宇宙船にして、人々を連れて、宇宙へ「解除の泉」を探しに旅立とうとします。思いもしない次の次元へ向かう結末で、エンディングもおもしろいですね。
これは単にストーリーがおもしろいというだけでなく、aristotles200さんが得意とする哲学的な思考が、この主人公によって実践され、映像化、実体化したような裏打ちがありますね。主人公の自問やモノローグには、その場に置かれたら、人間はどう動くかという深い考察がある。だからおもしろいのだと思う。単なるストーリーの妙だけではない。
名作&代表作入りを。すばらしい出来だと思います。これまでのaristotles200さんの、1位、2位を争う作でしょう。まさに読むに値する作でありました。
こまかーいとこ、一点だけ。
後ろから2つめパートのアタマ。
今、ここは
いや、きっと未来
が、ちょっと意味が取りにくかった。
「今、ここは」は、今、ここで終末戦争が起こっても、の意で、2行目でもって、「いや、未来に」と、言い換えてる感じなんだろうか?
例文でいえば、
今、ここで
いや、きっと未来に
終末戦争が起きて
世界が滅んでも
たった独り
私は荒野を彷徨い続ける
こんな感じの理解であってるだろうか? そこだけ意味が取りにくかったので。
───*───*───*───
千葉豪雨を見た時に、あの降り方だったら、日本国中どこであっても、あふれると思いました。
日本の排水は1時間に50mmくらいまでの想定でできているところが多いので、100mm以上が続くと絶対ダメです。どこでもあふれます。本当に自分ごととして、そうした時の対応を心づもりしておかないといけない時代になりました。特に車に乗る人は。
千葉といい、そのあとの能登南部といい、異常気象は次のステージに上がったと言える気がします。
豪雨災害を受けられた方に、心よりお見舞いを申し上げます。
気づけば汽車を乗り継いで
虚構の果ての虚構まで
ある昼 凹凸のあるチケットを発券し
ある夜 みずから穴を覗いてみた
どれもこれも それといった事実でないので
視界に魚の浮かぶばかり
枯れた水路を越える橋梁の手すりの上に
空は黒く揺らいでいる
しかし燃えていない ここに火はないのだから
けれどもらくだとフラミンゴの寝そべる
錆びた線路沿いを歩き続ける
砂漠でもないのに
乾いて角ばった岩の上に
古びたラジオがあり
掠れた讃美歌が聞こえる
そうして鳥が訪ねては折れてゆく
時空を跨ぐペンギンなども
休みなく 虚構を踏みにじり
歩むほど積まれてゆくと
わかっている
無垢な鳥類と魚類の遺骸ばかり
地平の先に望むあれは
何者かが組み上げた
風雨に削れた遺骨の建築
いつの人かも 人かもわからぬけれど
きっとあまりに静かな世界を
創ろうと望む誰かがいたろう
もはや蒸気機関車も通らぬだろうし
帽子を被った記者もやってこない
ある居室から延びた道の果て