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詩に意欲的に取り組みたい方や、詩をある程度の期間書いておられる方、
また、詩人に向け成長を目指したいという方もこの掲示板をご利用下さい。
あなたの詩をしっかりと読み、評や感想を、しっかりと書かせて頂きます。
ここから詩人として巣立った人は数知れず、です。あなたの詩を継続的に見守り、詩の成長を助ける掲示板です。
自分の大切な表現としての「詩」に、どうぞ、ここで磨きをかけていって下さい。

「MY DEAR投稿掲示板」は、投稿された作品全部に評をお返しします。
本来、こつこつ実力をつけてから、賞などに挑戦するのが、スジだと思いませんか?
MY DEARはあなたのこつこつを、支援するところです。

なお「MY DEAR投稿掲示板」では、新規ご参加の際に、ペンネームとメルアドの届け出が必ず必要です。
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どうぞご希望に応じて、各掲示板をご利用下さい!!!

編集・削除(編集済: 2026年05月12日 01:28)

あの頃の  じじいじじい

ママへ
いつもやさしくしてくれてありがとう
おいしいおりょうりありがとう
いつまでもげんきでいてね

○○より


老人ホームで生活している母の面会に行った
母が入浴中 私は居室の掃除をした
その時 母の古びたバッグから古びたメモを見つけた

なんだろう?
二つ折りのメモを何気なくひらいた
それには幼い頃の私の字で冒頭の文が記されていた

母は私が幼い頃に渡した手紙を残していた
若くて元気な頃の母との思い出が
沢山 蘇ってきた
今 私の脳裏には母ではなく あの頃のママでいっぱいになった

私は涙が沢山あふれた
今は年老いて寝たきり認知症で私を娘と認識していない でもあの頃の母は笑顔いっぱいのママだったんだ
認知症の母が何故この手紙を持っている?なんてことはどうでもよかった この手紙を母が残していることが嬉しい

母が入浴から戻ってきた
私は母を抱きしめて言った
「ママ だいすき」
その時母が「○○ちゃん」と小声でつぶやいた
私にはそう聞こえた
そうか!母が覚えている私は○○ちゃんなんだ!
私は母をさらに抱きしめ「○○だよママ」と
言って泣き続けた
今日は人生最高の母の日になった

これからもずっと私は母にとって
あの頃の○○ちゃんでいようと思った

編集・削除(未編集)

あなたが私を見ている  三津山破依

山の上、
息を切らせて階段を上る。
少し下る。上る。階段から見上げた先、
青葉越しに山門。
薄っすらと汗をかく。
仁王が睨む。
まずは
一礼。

山門をくぐると、境内が広がる。
本堂の鬼瓦の上に、流れる雲。
重い扉を開く。

御本尊まで
そろりそろりと近づいて
御厨子の中には薬師如来。
少し、顎を上げる。
恭しく拝顔。
合掌、そして
一礼。

どしりとした体躯。
深く刻まれた衣紋。
少々厳しい顔つき。
わずかに残る唇の朱色。 
左手で薬壺を掲げ、
右の手のひらは胸元から、
私に開かれていた。

私はあなたを見つめる。

否、あなたが私を見ている。
暫し、呼吸を。
そのまま静かに沈んでゆく。

御堂を出ると眩い
太陽が照らしていた。

編集・削除(未編集)

硝子の正義  松本福広

「正義なんて時代によって違う。」
「正義なんて人によって違う。」
透明で汚れを知らないロジックは
年齢を重ねるほどに
酷薄な響きに変わっていく。

不純物が少ない硝子は
光の屈折が均一になり
像をまっすぐ映すという。
映したものが
君の眼球を通して
まっすぐのまま映るのか。

1人を殺せば犯罪者だが
100万人◾️すと英雄になる──。
歴史に焼き直しされてきた
言葉の透明度を誰もが有り難がる。
映してはならないものがあって
そこだけを都合よく隠す
硝子の屈折率は恣意的な数字だ。

その1人とは誰で、
その100万人とは
誰のことなのだろう?
硝子越しの距離を飛び越えて
己が瞳のレンズで見た上で
判断されるといいだろう。

その1人が敵で
その100万人が君の生活を支える
名前も知らない誰かでも
同じ答えになるのだろうか。
硝子の汚れの理由までは
日常にあり過ぎて
理由を問うことさえ忘れる。

その1人は
ふと濡れた硝子になぞってしまう
名前の人かもしれない。
友人であり、恋人であり、家族であり
あなただったかもしれない。

汚れた硝子があれば割って
新しいものに替えるだけの時代
たった1人も
100万人も
記号にされることで
擦り硝子の向こうに
顔が見えなくなった人たちだ。

割れた硝子に映る姿を
美しいと言った
たった今の瞳は
何を映しての
言葉だったのだろう。

※◾️は掲示板の使用禁止文字のため伏字になっています。

編集・削除(編集済: 2026年05月12日 02:37)

免罪符  ゆづは

私という枝を 空へ伸ばし
自分の風に吹かれるだけで
終わってゆく一日

無機質に光る
白い廊下のその奥で
車椅子に凭れ
西日に透ける あなたの横顔を
ふと 想うとき

吸い込む空気が 肺を削り
指先だけが 凍えてゆく
見守るための隙間さえ
私は 失くしたままで

届かない距離ではないのに
動けずにいる理由(わけ)を
免罪符のように 
強く握りしめている

この不器用な沈黙を
私なりの愛なのだと
名付けて逃げることを

赦さなくていい
ただ 
知っていてほしいのです

編集・削除(未編集)

かえるのおやこ  上原有栖

かあさまとぼく あるいてかえる
うちまでふたり かさをひらいて 
うふふ あはは かさがゆれるよ
あめふりだって たのしいじかん

かあさまとぼく あるいてかえる
うちまでふたり ながぐつはいて
うふふ あはは ながぐつはねる
こんやのごはん うどんがいいな

かあさまとぼく あるいてかえる
うちまでふたり うたをうたった
うふふ あはは かえるのうたよ
あるくふたりの うしろすがたは
おやこではねる かえるみたいね 

編集・削除(未編集)

三浦様 お礼です 上原有栖

今回も拙作を読んで頂き誠にありがとうございます。
この詩は一年越しに書き上げることができました。
称名寺に行ったのは、昨年の事で
軽い気持ちで八角堂まで登ってみようと思ったのが間違いでした(笑)
その日は参道は草ぼうぼうでよく分からない虫だらけ、暑さも尋常ではなく
周りには人もおらず後悔と汗をかきながら歩き回りました。
しかも、ルートを違えて道に迷うという……

今作は温めておいたテーマを紀行詩というかたちで表すことができました。
紗野さんの作風に通ずるところがあるというお言葉を頂戴し、とても嬉しいです。励みになります。
評者の皆様のそれぞれの強みを学んで、自作の成長に反映していければと思っています。

アフターアワーズ&評の終わりに、も読み応えありました!
鎌倉の場所、時代や歴史のことについて、いつかお話したいです。(まだまだ勉強中です)
金沢区、良いところです。MYDEARの皆様、ぜひ遊びに来てくださいませ。
(鎌倉史跡だけでなく、元勲の別荘跡や文学者の直木三十五関連もあります!)
また、次回もどうぞよろしくお願いいたします!

編集・削除(未編集)

三浦志郎様 評のお礼  松本福広

ここ最近、三浦さん担当の詩でモチーフ?が散らばることが多かったのをようやっと自覚したところです。(今更かよとツッコミはご容赦いただきたい。)
最近、なるべくなるべく表現もモチーフにそうよう整えることを心がけております。
変わらないもの。親子と名前。親から子へ渡すもの。二つ詩が書けそうな内容をメビウスにまとめようと試みた作品ですが、更なるシェイプアップが必要なのかな?と思いました。
佳作の評、励みになります。ありがとうございます!またよろしくお願いします。

編集・削除(未編集)

薔薇  相野零次

残酷さが売り物さ
真っ赤な薔薇は高くつくぜ?
俺が初めてお前を殺した晩
食後のワインを飲み干したことは覚えている
2度めはフェラーリで時速200kmは出てた
3度めは東京タワーのてっぺんから飛び降りた

それから何度殺したか覚えちゃいないが
お前は何度でも蘇った
いやもうとっくに死んでいるのかも
しれない

愛する人を何度でも殺せるおれは幸せだ
薔薇が咲き誇っている
この薔薇が枯れ落ちる前に
全て終らせなきゃならない

薔薇は決して枯れない
真っ赤な血をばらまくだけだ
俺は返り血を身体中に浴びながら
歌うように殺し続けた

この夜がいつ明けるのかは
誰にもわからない

編集・削除(編集済: 2026年05月08日 19:32)

三浦さんの「評のおわりに」に寄せて  島 秀生

ものすごく余談ですが、
松本福広さんが東武ワールドスクウェアに因んだ詩の注釈に、イメージソング「夢のワールドスクウェア」小田茜というリンクを貼られてて、
あれ、この名に聞き覚えがあるぞと思い出し。
小田茜さんは、真田広之・主演の大河ドラマ「太平記」(1991年放送)で、北条高時のシーンで出てた人ではないかと思い出し、
それで鎌倉滅亡シーンが頭の中にぐるぐる巡って、脱線して、なかなか松本福広さんの評に入れずにいたりしたのでした。
なので奇遇であります。

ちなみに、小田茜さんは、この1991年大河の太平記出演で一躍脚光を浴びましたから、その流れで、1993年4月開園の、東武ワールドスクウェアのテーマソングを歌っているのも、合点がいく話だなあと思ったりしてました(← どこまで脱線してたんだ)

編集・削除(編集済: 2026年05月08日 19:05)

感想と評 5/1~5/4 ご投稿分 三浦志郎

1 松本福広さん 「メビウスの名前」 5/1

まず親子の間に介護といった事態・課題が介在してます。そして、それが親子関係に微妙な影を落とし、詩のテーマのひとつでもあるようです。
そこに比喩的様相で絡んでくるのがメビウスの輪のようです。「立場のねじれ」「180度ひねり」「端と端を貼り合わせて」「表も裏もない」―あとは寄り添うように記される紙のイメージですね。
たとえねじれた紙輪であっても、裏表も判然としないながらも、親子は端と端を貼り付けられている。
しかし、それは持って生まれたもの。致し方なし。
もうひとつのポイントは「名前」のことですね。これも、親子何があっても、まず変わることはない。
そういった、当面、なかなか動かしがたい現実の悲哀を感じる気がします。そういった意味では、この詩の心情は、もう少しタイトル側に近寄せて解釈する必要がありそうです。後半頻出する「名前」は親子の個人名であると同時に「メビウスの名前」を代入してもよさそう。そんなダブルミーニングにも思えてきます。ただ、僕個人としては、もう一つ詩に踏み込めなかったという反省もあるのです。この詩のせいではありません。佳作を。


2 上原有栖さん 「称名寺―青葉の楓―」 5/2

この詩は勉強になります。ありがとうございます。
この詩は、寺のことを総花的に書くのではなく、(まあ、そう書いても価値ある寺なんですがね) 副題の通り、楓伝説に絞った点が、かえってよかったと思います。歴史への想いと自己の心情も読みどころ。さらに読ませるのは終連と終句。山頂の景色のように詩世界も広がります。その極みに立つのが自作の歌でしょう。読み終えて、ある事を思っていました。皆伝者にして評者の紗野玲空さんの作風に一脈通じるところがあります。本作品の上原さんは紗野さんの良き継承者といった趣きがあります。もちろん、お二方とも多くのバリエーションをお持ちの詩人さんではありますが―。佳作です。

アフターアワーズ。
称名寺は僕にとって“必ず行かねばならない寺だが、まだ行けていない処”となります。この詩をきっかけとして、この連休に行って来ました。
本場鎌倉の寺以上のものを感じました。まず鎌倉にはない「華(はな)と雅(みやび)」があります。ひと味違う。おそらく前面の池と赤橋のおかげだと思われます。あと敷地が真四角で広い。浄土式庭園だそうです。本作にも出て来る楓のいわれを伝える看板もありました。金沢文庫の充実ぶりにも大変感じ入りました。およそ金沢流北条家は個性的人物が多く、実時~名君、文武両道。顕時~良き継承者。貞顕~文弱・学者肌。貞将(さだゆき)~武勇の将。この四人の肖像画がちゃんと残ってるのも凄い。金沢実時は大河ドラマ「北条時宗」で、ピーター(=池畑慎之介)が演じていましたね。なかなか、かっこよかったです。
いっぽう、冷泉為相(れいぜいためすけ)も印象深いです。墓は鎌倉・浄光明寺にあります。彼のお母さんは「十六夜日記」作者の阿仏尼ですね。
さて、横浜市金沢区。八景島・海の公園・金沢八景・金沢文庫。海近く風光明媚、深い歴史もある。佳い処にご縁がおありです。
僕も親族が富岡におります。他に書きたいことも多々あるのですが、常識的紙数制限あり。では、この辺で。


評のおわりに。

「称名寺・金沢実時外伝―四代 金沢貞将の最期」

鎌倉幕府滅亡の日、貞将は防戦の最中。ふと思い出し幕府総帥・北条高時
に最期の挨拶をすべく幕府に戻る。すでに手傷を負っていた。本家当主・
高時は貞将の働きを嘉し「相模守に任ず」の書状を手渡した。この言葉は
「執権就任」と同義語である(当時の執権は討死して空席)。今日で滅び
る幕府だが、一日とはいえせめて執権という栄職で貞将を飾ってやった。
貞将、一族の誉れと思い、応えて曰く―。  
「我が百年の命を捨て、公の一日の恩に報ず」
(これからも続く自分の命を捨てても、主君の一日の恩に報いたいのです)。
貞将はたいそう嬉しかった。その後、戦場(いくさば)にとって返し討死。
歴史に残る名言と言っていい。およそ鎌倉方の壮絶な防戦ぶりを思う時、
総帥・北条高時は、あるいは臣の心を思い士心を得ていたのかもしれない。
とりわけ、貞将への心づくしは、高時、必ずしも暗愚な人物ではなかった
のかもしれない。幕府滅亡にあたり、主従、見事な逸話を残した。
*          *          *          *
では、また。

編集・削除(編集済: 2026年05月08日 07:46)
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