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(あのーー、私が言うことでもないんですけど、詩は自由を旨としていますから、どこにでも投稿しようと思えば、投稿できないところはないんですけど、いきなり大きなところに挑戦しても、世の多くのものがそうであるように、ポッと書いて、ポッと通用する、ポッと賞が取れる、なんてことは、まずありえないことというか、相当に稀有な話なのです。
やってみることは止めませんけど、大きなところのノー・レスポンスにがっかりしたら、
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1 月森うさこさん 「恋衣」 4/4 初めてのかたなので、今回は感想のみ書きます。
「こいごろも」という発音でいいでしょうか?だとすれば、語呂も柔らかく優美な詩情もあります。
説話・民話・伝承などの要素。和風ファンタジーの要素。これらが背景にあります。そんな環境の中でストーリーが優美に幻想的に品格ある詩行で語られます。この一詩に限って言うならば、こういった感覚の詩の作り手は、僕はあまり出会ったことがないです。
貴重な感覚の持ち主です。
生娘を背に負い船を出すのが主な情景です。人はその美しさを思い祝福します。やがて家に着き、娘の妖艶な佇まいが描かれます。
密やかなことがあったのでしょう。
その後は「生娘捧げて」―表現が「~捧げて」に替わっています。「初めてを捧げる」―これは媾うことを連想させますが、どうもそれだけではなさそうで、「最後の想い」「神の元」「神の使い」から読み取れるのは密かな心中とか人身御供(例 人柱?)のようなものを連想してしまいます。
ストーリーや場面の切り取り方もサイズから見て適切です。
この詩は美しいですが明るくはない。「美しい=哀しい」そんな感覚。もっと言うと、不吉な予感さえします。そういった感覚が、
あくまで美しい文体で書かれているのです。空恐ろしいことです。
ですが、それがこの詩の個性であり、一種の魔力です。しかし、この一作ではまだよくわかりません。ぜひ、また書いてみてください。
2 Emaさん 「メッセンジャー」 4/4
「非常階段」―とありますので、非常に具体的なある場所で、ふと感じた所感が詩として生まれた、そんな気がします。そう、雛人形とさくらが一致しないのはちょっと残念ですね。けれど、人形を片付けた頃から人はさくらを思い始め、さくら自身も“ひと雨ごとに”その準備を始める。日本では、“ひと雨ごとに暖かくなる”とか申します。まさに雨は、花の、季節のメッセンジャーであるでしょう。
そんな経緯が優しく穏やかな詩行で描かれます。それまでが前半。
2行空けての後半。やはり非常階段。場所は同じですが、時は動いて、花、咲きこぼれる。
「あの舞の中に~戻ってこられないかもしれない」ここの意味の取り方が多少、分かれるかもしれない。僕が感じたのは「この美しい光景に捉われ過ぎると、人は美に耽り虜になって前に進まなくなるだろう」そんなことを考えていました。物事は運ばれねばならない、その為の雨であり風であり、それらが季節へのメッセンジャーであり導き手なのでしょう。前回の雪の日選挙、今回のほぼリアルタイムの桜。身近なことを優しく語れる、今をそんな風に見ています。なかなか良いのですが、評価の初回は恒例で佳作二歩前からでお願いします。
3 埼玉のさっちゃんさん 「生きている」 4/5
常にシンプルで思いを素直に表現するその作風はすでに定評であり、僕も愛好するところです。
その日は、ちょっとついてなかったのかもしれない。だから、反作用で逆のことを思う。
そうですね、そうあるべきですね。「小さな幸せ~~~必ずいてくれる」。ちょうど詩の主要部分を成しています。ここは全て良いのですが―
「一生懸命なのを見てくれている人は必ずいてくれる」が最も好き。それを目指すか、目指さないか、で生き方の質はだいぶ違ってくるだろうと思います。たとえば、誰かが「ああ、あの人はとても〇〇だから」と言ったとします。その○○に入る言葉が前向きだったり、評価する形容詞だったら、さしあたっての努力は報われたことになるのではないでしょうか。
もうひとつ、この詩で考えていたことは「若さ」ということでした。この言葉は相対的で曖昧なものですが、僕にとって具体的に言うと「現役世代の若さ」、そんな感覚です。この詩はそんな感覚を感じます。若さにふさわしい思いですね。現役をとうに過ぎた僕はこういった感覚を殊更持ったりすることが少なくなりました。だから、こういう詩は書けないし、ちょっと羨ましいですね。甘め佳作を。
アフターアワーズ。
終わりは同じフレーズで、ちょっともったいないかな?バリエーションをつけてもいいでしょう。
いつも通り、素直なものでいいですよ。
評のおわりに。
「三浦大根」
3月30日付、皆伝者・源田晶子さんのコメント投稿に「“三浦大根”という題で書こうかなと思ったこともあります」というのがありました。ありがとうございます。面白かったですね(大笑)。
この白首系大根は過去に隆盛を極めましたが、今の出荷量はご当地三浦半島でも1%程度に激減して今は青首大根にその首座を譲っています。ただし地元の歴史的名産品なので完全消滅はさせないそうです(主に年末~正月用に出荷)。
そこで僕が思い出すのは、司馬遼太郎氏が三浦半島を取材で訪れた時、土地の人から三浦大根料理の振る舞いを受け、感慨を記していることです。それが大根のように味が染みた一文なので、少し長いですが、引用したいと思います。
「日本国語大辞典をひくと、ちゃんと出ていた。三浦半島中南部で多く栽培される品種で、根は円柱形をなし、尻まで肉付きがいい、という。甘味があり、主として煮て食べる。沢庵にもいい。みごとな大根料理だった。ナマスもあれば、つけものもある。さらにぶあつい水煮の大根をミソで食べ、あわせて醤油で煮たのも頂戴した。十分に三浦大根を賞味した」 (「街道をゆく・三浦半島記」朝日新聞社・1996年6月初版)
ただし、かく言う僕は大の大根嫌いです。かくして、この一文は大根の大きさ・太さのような矛盾をはらんでいるものなのです(苦笑)。 では、また。
親知らずを抜いた。歯磨きが楽になるし、やがて無くなるものだしと受け入れる気持ちになっていた。局所麻酔を施し、痛みを感じることなく終わった。抗生剤と痛み止めの薬をもらい、予後も良好だった。とりとめのない日記の一ページ。
急務を感じない治療でも選択できる。その過程で痛みを抑える方法を自然に取ってもらえる。ここではない、どこかの話。整った保険制度はない。医療を受けることが選択肢からこぼれてしまう場所。管理されない痛みがある。
幸福の定義が「痛くないこと・苦しくないこと」そのくらいシンプルな世界にも、秩序は必要だ。幸福たる秩序の先端が科学なら……幸せを脳に命令する電気信号──その正常値と異常値の物差しの精度はどこまで信じられるものだろうか。その精度を狂わせる方法は簡単だ。クスリだ。正しく手続きを踏んだケアの陰には、処方箋がない痛みの除去がある。
⚪︎
肉体的、精神的な痛みを感じなければ。
それらからは逃れたい。
最初は、それだけだった。
誰もが思うことに寄り添うことは
美しいのだろうか──。
贋作の奇跡が世界に散らかっている。
思っているほど遠くない。容易く手に届く。
指先一つ。足を一歩踏み出すだけの距離。
始まりは簡単すぎる。
痛みからの解放は歓喜であり、安らぎだ。
ハミングがあふれる。でも、いつまでも
歌っていられない。眠っていられない。
だから、求めてしまう。
元いた場所に戻ろうとも
夢に溺れる快楽を泳ぐ術など知らない。
⚫︎
魔術が黄昏れる頃には
日常と信じていたものに亀裂が入る。
断絶を自覚する分岐点は
それでも、亀裂を埋めようと
偽物で誤魔化そうとする時だ。
渇きとなり、悪夢に震える。
戻れないと知っているのに
確実に自分が持てる日常を溶かしてしまう。
足跡を振り返れなくなっていく。
それでも求め続けるように出来ている。
どれほど脆いと知りながらも掴むように。
極めて科学的な処理で生まれた呪い。
名前を、言葉を、手段を変えて
増殖し続ける。
逃げ場を我々に与えないように
海の向こうへと
人類がいる限り、星すら越えるかもしれない。
最も根源的な弱さに
そっと囁いてくる。
その痛みから
解放してあげよう──
すみません、少々立て込んでる上に、
週末の土日も会合で不在になるので、
私の担当評は、4/15~4/16メドになります。
遅くなって誠に申し訳ありません。
次の評者の方はどうぞ先に行って下さい。
桜を見たいと妻が言う。
簡単な昼食を終えたあと。
私は食器を片付けている。
あたたかくなってきたね
と、私は皿を拭きながら。
咲き始め
咲き乱れ
桜は散りゆく
私は
車いすを押して、すすむ。
もっと淡い色が良かった。
妻は言う。
どうだろうね。
私は空を眺めている。
おさないでよ!わたしにもおさないでよ!
ギュウギュウになっていたいよ!
まえもうしろも みぎもひだりも
みんなピンクのさくらのはなびら
はるがきたから おはながギュウギュウ
みんなでさいたのはうれしいけど
きれいにさけたのはうれしいけど
まんいんでんしゃみたいでたいへん
そうだ!
はるだけじゃなくて
1ねんじゅう おはながさいていればいいんだ
みんだでじゅんばんこにさこうよ
そうすればギュウギュウにならないよ
はるも なつも あきも ふゆも
ずっとさけば まちじゅうずっと
さくらのピンクできれいになるね
お祝いのお言葉をありがとうございます。
こちらこそ御礼申し上げますのが遅れましてすみません。
まだまだ詩人としても人間としても足りないところばかりの者ですが頑張りますので、よろしくご指導お願いいたします。
深く、世の中を憎みながらも
得難い、という思いもある
何故か
自分というちっぽけな存在の認識
生かされている
包まれている、という事実に
心が震える
何ものかに包まれている
今、目の前に満ち溢れている
身体と心
生き物であれば直感で得る
生と死が、分別ではなく
繋がっている感覚
宗教体験ではない、否、そうかも
恰も手のひらの上で
共に生きることを許された隣人
生きているという只一つ
そのものに潜む必然的な帰属感を
無意識下に知っている
根なし草ではない
この星に包まれている
生も死も循環であると
その循環の失われた先に
初めての安息を得ると
ここは幸せの区域にある
同時に得体の知れぬ恐れもある
もし、枠外に落ちてしまったら
それこそが
本当の世界であったら
恐怖、救いなき絶望を知る
否、実はそうであると
感覚全てが囁く
細い月が雲に隠れ
闇夜の帳が降りてきた
西向こうの山がざわついている
寒くて震えているのだろうか
それとも嬉しさに咽んでいるのか
ゆさゆさと動く枝に
黒い木々が騒めく
誰かが笑っているみたいだ
空耳が風に乗って聞こえる
うふふ、あはは
くすくす、けらけら
今は独りになってはいけない
ひとところに集まって
仲間で群れなさい
焚き火をもっと大きくして
高らかに唄いなさい
山の民の歌を
焔が重なって揺れる
影がいくつか多いような気がする
爆ぜる薪から
目を逸らしてはいけない
紅く染まった顔たちに
見知らぬ者がいても
口にしてはいけない
山の奥からやってきた
寂しがりは
温もりに引き寄せられるのだ
ひと時の宴に酔いたいらしい
悪いモノではない
よいよい、と
饗すだけでよいのだ
月が夜天を過ぎれば
いつの間にかいなくなる
その頃には皆酔いつぶれて
眠っているだろうよ
さあ酒だ酒を持ってこい
喉を鳴らして声を響かせよう
宴はまだ終わらぬよ
赫々とした焚き火を囲んで
皆で今宵は酔い笑え
二度目の定年退職だ、と
誇らしげに笑って
大きな花束を抱え
あなたは帰ってきた
私は まだベッドの中で
言葉のことばかり考えている
積まれた家事に触れず
抜け切らない微熱に
浸ったまま
このぬるい滞りは心地よく
朝と夜はいつしか裏返り
私はただ 言葉の澱を
掬っては捨てる
重たい身体をようやく起こし
花束をほどいて
長すぎるチューリップの茎を
一本ずつ パチン、と 落とす
乾いた音が
夜の静寂を か細く裂いた
四月
あなたはまた
新しい靴紐を結ぶ
瑞々しく生けられた花だけが
私の代わりに
あなたの背中を
見送っている
お言葉を頂き、誠にありがとうございます。
MY DEAR に投稿されている皆様の作品を読むたびに、
こんな素晴らしい表現があるんだな、こんな素敵な
題材があるんだな、といつも目を見開かされるような気持に
なります。
まだまだ、私の詩は未熟な点ばかりですが、これからも
皆様の作品を大切に拝読させて頂きながら、勉強させて頂き、
少しでも良い詩が書けるよう努力して参ります。
今後とも、何卒よろしくご指導のほど、お願い申し上げます。