知ってか知らずか、自身の「動画編集ミス(&撮影時の注意喚起ミス)」をうたに責任転嫁してしまうぐらいには疲れていますね。相変わらず仕事量は右肩上がりで増えていますし… 大丈夫かしら(苦笑)?
>キュアチューブはじめました!
今回のエピソードは、メタ的にはメイン視聴者(未就学女児)に対して「夏休みでいつもより自由な時間もあることだし、うた達みたいに普段はやれない新しいことにチャレンジしてみよう!」って呼びかけている感じでしょうか。
>「無年季的質地請戻し慣行」
>簡単に言うと自分の土地を担保に金を借りたあとで、返せず質流れになった場合でもこの慣行を使っていれば何年後、何十年後でも金を返せば土地の所有権を戻せる仕組み。
仰る通り、幕府が正式に定めた法律では無いのかもしれませんが、1643年の『田畑永代売買禁止令』なる「タテマエ」を踏まえた形で、それを農村の現場で運用していくためのいわばグレーゾーン的な取り決めなんでしょうね。
今回私が改めて疑問に思ったのは、そもそもどうして江戸幕府は田畑の売買を禁止したのかということでした。手元の高校教科書には「本百姓が没落し、一部の地主に田畑が集中して年貢が減少するのを防ぐのが目的だった」と書いてあるんですけれど、じゃあその土地持ちの地主への年貢負担を増やせば済む話じゃないの? ― そう思ってGemini(無料版)に投げた質問に対する返答を私なりに纏めたものがこちらです(↓)。
◆◆◆
● そのまま小作人に収まる場合が多いにせよ、本百姓が土地を売り渡す過程で耕作放棄地が発生することは避けられないため作物生産量が減少し、それは年貢の減少へと直結する。
● かといって地主の年貢負担割合を増やすのも以下の理由から難しい。
① 村落の運営や年貢徴収などの実務を担っている地主(庄屋・名主)を敵に回すことになるので、幕府や藩のお偉方は極力避けたかった。
② 江戸時代の年貢は田畑の面積や等級に基づいて定められていたため、土地所有者が変わっても年貢額そのものが変動しないのが基本原則だった。従ってこの伝統的な年貢徴収の仕組みを見直すような制度改革を行った場合、社会全体に大きな混乱を招く恐れがあった。
◆◆◆
門外漢なので解答内容がどの程度正確なのかは評価しかねますが、個人的には十分納得がいく説明に思えました。御大の仰る通り、教科書などの信頼するに足る文言を読んでふと思い付いた疑問を深掘りしていく際に、AIは大変便利なツールのように思いますね。
>特に序盤は主人公が謎の高笑いしてたり、行動がいちいちぶっ飛んでるから意味不明
へぇ~もう30年も経つんですねぇ。そういや当時『Gガン』大好きの友人にオルグされて、リアルタイムで1話だけ視聴しましたっけ。まぁ主人公が確かラストで放った「お前を○す」なるサイコパス発言にドン引きして3話どころか1話即切りしましたが、その判断も強ち間違ってなかったみたいですねぇ(笑)。
>知り合いからキャベツもらってそれを無理やり食べてたってエピソード
「三か月の調査でもつらさなどまったく感じなかったのに、ここにきて、まさかキャベツで苦戦するとは思いもよらなかった。」・「キャベツはおいしい。だが、ひと玉一気に食べるものではない。」
体験に裏付けられた実感の籠った一言ですねぇw(…何を読まされているんだろうw)。因みにちょっと前に仕事場の中学生に聞いてみると、「あぁ、あのシジュウカラの人でしょ?」との返事でした(学校の先生に勧められたらしい)。
>AIはすでに性能ではなく性格で選ばれる時代になっている
「この道の者」の端くれとして喩えるなら、現代の学問水準やコンプラ視点からすると明らかな誤訳や不適切な言い回しを多々含みながらも、その訳文の簡潔さ・格調高さから未だに愛読者が絶えない「文語訳聖書」みたいなものでしょうか(私含む)。
―――
「誠にまことに汝らに告ぐ、一粒の麦、地に落ちて死なずば、唯一つにて在らん。もし死なば、多くの果(み)を結ぶべし。」(新約聖書 ヨハネ傳 第一二章 二四節) [※三浦綾子『塩狩峠』の冒頭にて引用]
>外面から内面が透けて見えるキリスト教文化圏の人々の方が、脅かされると感じる事が多かったかも知れない
>SNSの日本人が幼稚に見えるのは、内面が脅かされる事に対する欧米人との「年季の違い」によるものなのかも知れません
cosmos様のこの指摘には私も同感ですねぇ。例えばヴォルテールの『寛容論』を読んでみても、彼の唱える「寛容」は (流石数多の宗教戦争を経たうえで生まれただけのことはあって)日本人が普通想像する「まぁお互い譲り合って仲良くいきましょう」みたいなナァナァな生温さとは無縁な、今まさに殺し合わんとして対峙する社会集団らの眼前で絞り出すかの如く紡がれた思想であることが伝わってきますから。
◆◆◆
おお、仁慈の神を信奉する人々よ、あなたがたが非情な心をもっているとしよう。「神と汝の隣人とを愛せ」という言葉に、その一切の掟が集約される方をあなたがたは崇めながら、この正しく神聖な掟を詭弁と理解できない論争とでおおい隠してしまったとしよう。あるときは一字の新語のため、あるときはアルファベットのたった一文字のため、あなたがたがいざこざを惹き起こしたとしよう。ほかの民族の知りようもない二、三の言葉が言われなかったからといって、また儀式が行われなかったからといって、あなたがたが永遠の罰を下したとしよう。もしそのとおりなら、人類の上に涙を流しながら、わたしはあなたがたに言うであろう。「すべての人間が裁きをうけ、神がそれぞれの行為に応じて各人に報われる、その日にわたしといっしょに行ってみましょう」(中川信・訳 / 中公文庫版 p.162より)
◆◆◆
>侍タイムスリッパー
>時間旅行者の時代に適応する能力が高く描かれてます
そうそう、主人公が幕末から現代にタイムスリップしたという「信じ難い現実」に(誰かから教えられた訳でもなく自力で)気付いてしまった後は無駄な悪あがきなど一切せず、今の自分に出来ることは無いかと懸命に頭を振り絞って試行錯誤していましたよね。その姿が逆に「武士(もののふ)の矜持」をリアルに浮かび上がらせていたように私も思いました。
>『悪と全体主義』
>人権は国家が保障するもので、国家に依存してる。つまり人権とはシステムが作り出した虚構
最寄りの図書館では絶賛貸出し中でしたw。その代わりに、恐らく仲正氏がこの新書を出す切欠となった100分de名著のムック本(NHKテキスト2017年9月/ハンナ・アーレント『全体主義の起源』)が偶々手元にありましたので、そちらを読み返してみました(御大が引用されたのと同趣旨の内容はこの辺ですね↓)。
◆◆◆
人権は万人にある、というのは幻想だったということです。人権を実質的に保障しているのは国家であり、その国家が「国民」という枠で規定されている以上、どうしても対象外となる人が出てしまいます。国民国家という枠組み自体も、強固なものではありません。民族という曖昧な(アーレント曰く、架空の)概念で崩せてしまうほど不安定なものであり、戦争や革命が起きれば、もはや何の役にも立ちません。…… いかに国際機関が頑張っても、どこの国にも所属していない人々を、安定的、継続的に守っていくことはできないのが現実です。(p.57~58より引用)
◆◆◆
人権なるものは当初「人間が作り出した如何なる法によっても規定されるには及ばない、むしろ一切の法や権利の基礎となるべき権利」だと高らかに宣言されていたにも拘わらず、結局は法ないしは国家の裏付けが無いなら、単なる「絵に描いた餅」同然の蜃気楼めいた存在に過ぎないということが後に露呈したということか…成程ねぇ。
そういや仲正氏が『悪と全体主義』以降に書かれた著作の中に、エーリッヒ・フロム『自由からの逃走』を取り上げたものがあったので序でに借りて来ました(↓)。熟読してみて思うところがあったら、また感想を記しますね。https://a.co/d/3zPZUiY
ChatGPT新モデル「GPT-5」の性能と新たな制限にユーザーから不満噴出!「AIの相棒」失った怒りを受けGPT-4oの復活も発表
https://xenospectrum.com/openai-gpt5-user-dissatisfaction-gpt4o-return/
草。
でもユーザー的にわかるわ。グラフィックや性能がどんなに良いゲームでもUIがクソならやりたくないし、多少ゲーム性に問題があってもキャラが可愛ければ愛着が持てる。多くの一般ユーザーが求めているのはある程度の正確性を担保した上での使いやすさなんだよね。この4oモデルは口調もそうだし、喩えや表を積極的に活用したり、箇条書きにしたりして冗長的なくせに情報の整理は非常に上手かった。Geminiはここが下手で文字数だけがやたら多くてくどい。GPT-5はただ淡白になっただけで、昨日今日使っててマジで話広がらねぇ。
AIはすでに性能ではなく性格で選ばれる時代になっていると思う。
AIに食事アドバイザーさせているんだけど、結構いい感じ。
写真を添付すれば栄養やカロリーを推定してくれるし、オススメの食事も提案してくれる。何よりAIとはいえ見られている感があるので間食(お菓子)の回数が激減。スーパーの惣菜の組み合わせも増えて実用性もアップ。
>キャベツ
著者が鳥を観察するために山ごもりしてたときに、知り合いからキャベツもらってそれを無理やり食べてたってエピソードがあったはず。
>30年越しに崖着地が成功した(?)アニメ
特に序盤は主人公が謎の高笑いしてたり、行動がいちいちぶっ飛んでるから意味不明。ただ、ぶっ飛んでるなりに筋は通してる(誤って撃墜したシャトルの関係者のところに行って銃渡して好きにしろ、と委ねたり)からなんだかんだ憎めない。
たぶん今放送されていたら3話切りされてる。Wやってた前年がGガンだったからリアルタイム勢はわりと順応した。
チョッキリ団とダークイーネの間には下請け企業ぐらいの距離を感じますし、ダークイーネも勿論組織名とは思えません。
それに加えて今回、人員は現地調達が判明…果たしてボッチのラスボスに絶望的な最終決戦を演出できるのだろうか…?(汗)
>カッティーとザックリー(漂白Ver)
やったねタナカーン!労働力が増えるよ!!…序でに住み着くかもだけどw
服のデザインよく見るとあまり変わってなくて吃驚。色が変わるだけでも結構印象変わりますね。
後、妖精形態の音符の向きが逆さま。
来週から高校野球でリアタイ視聴ができなくなるので、TVerの見逃し配信をCM動画踏み倒すプラグイン導入して観る事に。
CM無しは快適なのですが、動画のプレイヤーが使い難いのが悩みの種ですね…特にプレイヤーが動画に重なって表示されるのがスゲー邪魔。
ChatGPTに消し方軽く聞いてみたけど失敗したし、盆休みにでもガッツリ調べてみますかね〜…
>「僕には鳥の言葉か分かる」
何やら友人達が読書会をやる模様。(自分は参加する暇無し)
そしたらみんな何故か「キャベツ」を連呼する謎現象が発生しましたw何か心当たりあります?
>SAND LAND
流石は打ち切り漫画。展開が速くて助かるw
>ゼロから分かるガンダムW
アナザー三部作で一番優遇されてるWが30周年なので、公式が色々やってるヤツの一つ。
キャラがエキセントリックで訳分からんみたいに言われてるけれど、勢力図の変遷も複雑で訳が分からん作品だったのなw
それがよく分かる動画。
>アクセス権ないから見れないねw
あらら…やっぱノートブック直通の共有リンクでしたか…
ラジオを生成した時はラジオのみの共有ができた筈なんですがね…向こうのサーバー使ってるからって急にアプデすんなし(苦笑)。
昔はOSとかのアプデは敢えてしない…みたいな人も居ましたが、今後はどんどんアプデの主導権を開発者側に握られていく様になるんでしょうねぇ…
さておき、「公開ノートブック」にしたので、以前のリンクからでも見られる筈です。
お詫びとサービスで、Geminiに同じ質問した回答も包括したラジオを新しく作っときました。聴き比べればソースが増えた場合の生成のサンプルになるかも?
>有料版の力
わざわざ訊いて下さって、ありがとね。
o3の方は、分かり易く表現の幅が広がってる様に見えますね。流石は対話に力を入れているだけはあると思います。
後は今後の思索の為の導線を提示してくれるのも、無料版には無かった点。
ただ、“個人を定義するのは外部の制度・権力である”って書き方は、無料版の「個が組織をどう受け入れ、どう変革するか」って書き方で充分な気もします。
2.5proは無料版と比べて具体例を避けているのかも知れません。
無料版は具体例をChatGPT以上に入れてきますが、その分間違いも多かったです。
概観は有料になってより上手く纏められていると思いますが、内容には大差は無いかも知れません。
余談ですが、偶然プロンプトに「孤高」ってワードが混ざってたんですが、それへのChatGPTの食い付きが凄くて、「孤高の意味も変遷している」という視点を提示してくれたのは面白かったですね。
細かい内容は公開ノートブックの最初のソースを開けば見られる筈です。
>仮に空気を作れる人間が居たとしたら、そいつが日本を支配できるって事
空気は誰が作ったかわからないからこそ、みんなが無責任なれて、みんなが被害者になれるという構図があるので、特定できたら効果半減でしょうね。実際には組織内で主導する人物や、メディアなどで先導する部分はありますが、風向きが変わったら干されるんでリスクも高い。
>仮面ライダーが映す時代と社会:昭和から令和へ、ヒーロー像と人間関係の変遷を紐解く
アクセス権ないから見れないねw
とりあえず、ChatGPTのo3(有料)とGemini 2.5pro(有料)それぞれに「あなたは仮面ライダーシリーズに詳しいです。私の友人が「仮面ライダーは個人と組織の関係性を描いている」という説を述べているのですが、実際どうなのですか」って聞いた結果。
・ChatGPT
歴史的 DNA として、主人公(=個人)が「巨大なシステム・組織」に巻き込まれ、抵抗・利用・再編成していく構図はほぼ全作に形を変えて現れる。
ただし 作品ごとに焦点や立場は揺らぎ、①完全に対立する反体制型、②組織に属しながら葛藤する内部者型、③組織同士の多層抗争に巻き込まれる群像劇型――など複数のパターンがある。
よって「常に個人と組織を描く」とまで一般化すると射程を外すが、“個人を定義するのは外部の制度・権力である” という問いはシリーズの根幹に埋め込まれていると言える。
以下シリーズを概観して
・主人公が誰と契約/雇用/師弟関係を結ぶか に注目すると、その作のメインテーマが浮かび上がる。
・ヒーローの “変身デバイス” はしばしば組織の技術資産。権限を誰が握るか がミソ。
・クライマックスで “組織の構造そのもの” がどう変わるか(解体か共存か)を追うと、シリーズ間比較がしやすい。
と纏められました。
・Gemini
結論から申し上げると、その説は「間違いなく正しい」と言えます。
と全肯定して、以下シリーズを概観。
・昭和では、「巨大な悪の組織に虐げられた個人が、孤独に反旗を翻す」という普遍的な物語。
・平成では、警察、企業、学校など、より身近で多様な「組織」と個人が、どう関わり、協力し、あるいは対立するのかという社会的な物語。
・令和では、自らが組織を率いる立場になったり、所属する組織のあり方を内部から問うたりする、より現代的で複雑な物語。
このように、「個人と組織の関係性」というテーマは、時代ごとの社会情勢や人々の価値観を反映しながら、形を変えて一貫して描かれ続けています。このテーマがあるからこそ、仮面ライダーシリーズは半世紀以上にわたって、多くの人々を惹きつける奥深い魅力を持ち続けているのです。
と纏めていますね。
ChatGPTは視点を広くとって提示する前提の設定にしてるから補足するようなコメントになってるね。
幹部がロボになるし、敵国のキラキランドも謎テクノロジーあるし、過去作に前例も二つ程あるし…
まぁ、アジトのデザインはどちらかというとレトロなんですけどね。
>ザックリお散歩
>踏み込んだ分彼女自身もちょっと染まってる
七不思議の時も基本の動機が「真似してみたくなった」でしたし、元来染まり易い娘なのかも知れないですねw
そら親の仕事にもドップリ染まるし、加減が分からなくて反動が出たりもしますわ。
>「キラキラが見える」
>作品的には重要な要素だろう
犠牲者探し以外にプリキュア適性も計れますね。
…ピカリーネさん、何か言っとくなら今の内ですよ?
序でに、チョッキリ団のネガティブに対する自覚…というと、「自分はキラキラできない」という自覚って感じですかね。
…そういえば、キラキラできない事に悩んでる妖精が約一匹居たなぁ…ピカリーネさん(ry
>ハンカチ前後のやり取りでそこまでプロファイリングできる
>ななの距離感
>元々そんな気配があった
あ〜…もしかしたら自分、そういう性格傾向がコミュニケーションに反映されないって思ってるのかも知んない。
コミュニケーションは相手の性格との兼ね合いだから、複雑系として「何が起こるか分からない」が前提になってる気がします。
勿論、ななの物怖じしなさを考慮すれば、相手によって大きく言動を変える様な事は無いだろう…とも思えるんですけどね…
>プリキュアシリーズにおける『敵との関係性』の変遷
>試しにAI(ChatGPT)に話を振ったら意外と食いついてきた
こういうの、二年程前に「Gレコがヒットしなかった理由」を聞いて、回答内容に「ビキッ」ってなってからやった事無かったんですが、今の性能なら面白い出力が得られそうですねw
という訳で自分も真似してみました。(↓)
「仮面ライダーが映す時代と社会:昭和から令和へ、ヒーロー像と人間関係の変遷を紐解く」
https://notebooklm.google.com/notebook/63d25143-52fd-472b-8062-24bc54ebe0a2?artifactId=a7acf1c8-dd79-4716-815b-a24ccb9042b8
やっぱり新しい情報になる程に精度は下がっていきますね。それにどうしてもこじつけ臭い部分も感じますし、何故か現実の世相と結び付けたがるきらいがある。
なのでChatGPTに、「仮面ライダーは個人と組織の関係性を描いている」という仮説としての妥当性を評価して貰いました。
結果は「妥当性は高いが万能ではない」との事。ならそんなに気に病まなくても良さそうです。元々揺り戻しみたいな例外的作品が度々挟まれるシリーズですから。
>日本ではこの「空気の入れ替え」こそが社会、企業、制度を動かす最大の動力源であり根幹
仮に空気を作れる人間が居たとしたら、そいつが日本を支配できるって事ですか(苦笑)。
お笑いのネタで流行語とか社会現象を起こせる点では、確かに芸人が社会問題に切り込む影響力は馬鹿にできないと思います。
ただ本当に空気を作れちゃったら影響力が欧米の比ではなくなるから、みんな「空気を読んでw」当たり障りの無い日常ネタやってんのかも知れませんね。責任も取りたくないでしょうしw
>本音と建前
>情況の変化に応じて自在に使い分けられる人こそ「オトナ」として高く評価する傾向にある
富野由悠季監督作品にもそういう傾向が見られますね。つか、登場人物がみんな、本音と建前と嘘と本当を呼吸する様に乱れ打ちしまくるんですよね。そんな所も「分かり難い」と評される一因になってると思います…(苦笑)
結局の所、国を問わず己の内面を否定・抑圧されると人間キレるものなのでしょうねぇ。外面から内面が透けて見えるキリスト教文化圏の人々の方が、脅かされると感じる事が多かったかも知れない。
日本人は今まで隠れていて見え難かった内面が、SNSなどの登場によって露見し、慣れない攻防戦を繰り広げているって所か…
SNSの日本人が幼稚に見えるのは、内面が脅かされる事に対する欧米人との「年季の違い」によるものなのかも知れませんね。
>ウィッチウォッチのクソゲー
原作者の過去作では、謎のクソボードゲームに何故か(一時的に)ドハマりする主人公達が何度も描かれたのに…隔世の感。
チクショウ…どいつもこいつも楽しむ事を忘れて叩けるだけ叩きやがって…クソゲーだってなぁ、有料なんだぞ!金払ってんだからクソゲーにも人権を寄越せ〜〜!
>Dr.STONE
コハクさん、米軍に主力外通告されるの巻。
流石にプロの軍人相手に無双とかは無いだろうけど、これは一矢報いて欲しいですねw
>侍タイムスリッパー
書き忘れてたけど、金ローで観てました。
取り敢えず、語彙力無くなる程度には面白かったです。
既存のタイムスリップ作品と比べて、時間旅行者の時代に適応する能力が高く描かれてますが、それ故に根っ子の部分での過去へのこだわりと過去からの前進の描写が鮮やかだったのではないかと思いました。
ChatGPTとGeminiに課金して使用感をお試し中。後者は初月無料なのでとりあえず一ヶ月好きに使ってみようかなと。
>「内面」と「外面」をそれはそれ、これはこれと完全に別物として捉える日本
それの応用ってわけじゃないけど、例えば私は「いっしゅう」名義でネット上で活動してるけど、私が本名名義とごっちゃにしてない限り、本名名義とは別物として扱うっていう暗黙のルールがありますね。「でもお前、ネットではああ言ってたじゃん」みたいなのは言わない約束的な。
日本でハンドルネームが一般的な運用になっているのは、この「顔の使い分け」が文化的に馴染みやすいからでしょうね。別の名前を使っているってことは別人として扱って欲しいんだろうな、っていうのが了解される。まあ、身バレ防止ってのもありますが、どっちが先に来るかって言ったら私は前者が先に来ますね。
勿論これも「一線を超えない限り」なので、もしそれを超えたら「裏ではこんなことをやっていた」ってなる。
>キリスト教の手の平クルー
例えばフランスでは生まれたばかりの赤ん坊を乳母(遠方に住んでいる場合もある)に預けて自分では育てず、幼稚園児くらいで家に戻ってきたら次は寄宿舎に入れて半ば厄介払いってことが富裕層では当たり前に行われていましたよね。バルザックの生い立ちがまさにそんな感じ。イギリスでも児童労働は当たり前だった。
ところが、ルソーの教育思想が広まって子どもは大事にしよう! ついでに母親は母性的であらねばならないと母性神話が登場して正反対に舵を切る、みたいなことが平然と行われる。
LGBTにしても元々は日常生活で不便があったからそれをどうしようかって話だったのに、政治の道具(人権問題に絡めて政敵を攻撃したり、自分たちは進歩的だと嘯いたり)になってああなってる。実際には政治エリート層と一般層で温度差がエグいんだけど、その事情をよくわかってない日本人が「やっぱ欧米は進んでるなぁ」と輸入してるわけね。
>仲正昌樹『悪と全体主義』 https://amzn.asia/d/dN1ZZ5F
ドイツのアレを扱っているよくあるテーマの本。大衆とか全体主義についてハンナ・アーレントの主張をベースに展開していて、別段目新しいわけではない。今更大衆云々で説教じみたこと言われてもね、ってなるしね。
ただ、国民国家と国民の関係についてよく表している一文があったので紹介。
近代の国家は「国民」をベースに創設され、「国民」の利益を守るべく運営されてきました。「国民nation」を構成する「市民citizen」たちのために各種の権利が設定されました。それがなければ、「人権」は実質的に機能しません。逆に言うと、「国家」はそうした諸権利や利益と引き換えに、「国民」の忠誠心を繋ぎとめてきました。その「国民」のための資源を、「国民」ではない者たちに無条件に分け与えるわけにはいきません。「国家」が使える資源には限りがあります。「普遍的人権」の名の下に、困っている無国籍者を全て受け入れるという態度を取れば、多くの人が押しかけて、「国家」のキャパシティを超えてしまいます。(p105)
カッコ書きが多くて読みづらいけど、要するに人権は国家が保障するもので、国家に依存してる。つまり人権とはシステムが作り出した虚構なわけ。まあ、平常時はそんなに問題にならないんだけど。
じゃあ、どういうときに問題が露見するのか。それが無国籍者の流入。これは当時でいうと国を追われた難民とか、権利を持たない人たちのことなんだけど、これを現代で最も適合しやすいもので表すと「移民」になる。
最近日本でも外国人に厳しい目が向けられてて、政府に対しても批判が出てるけど、その中でよく目にする「俺達の税金を外国人のために使うとは何事か!」「日本人より外国人が優遇されている→日本人の人権が蔑ろにされているのでは?」ってのはまさに国家の仕組みから言えば真っ当な意見なのね(事実であるかは別として)。言ってる人は多分感情的に言ってると思うけど、制度的・国家論的に言えばめっちゃクリティカルなんだよね。
建前から言えば人権は全ての人を保障しなければいけない。国家が自国民だけを保障するなら嘘になる。けど、一国にそこまでの能力はないし、自国民以外を手厚く保障したら国家の正統性(=国民の支持)を失うっていうのが国民国家の建前と本音。
>地雷グリコ
逆算系は段取り臭くなるのと、何故かクリティカルになる部分を誰も事前に突っ込まない不自然な形になりがち。
>亜宗教
目新しい内容はありませんでしたが、学者が書いた本のわりには軽妙な内容でしたね。
>ウィッチウォッチのデスゲーム
ボードゲーマーのワイ「口だけで説明するな。耳慣れない単語を連呼するな。いいからサマリーよこせ」
EDテロップを見るにジョギって名前なのか。チョッキリーヌ様とどちらが役職が上になるのかなw…。
>一面のひまわり畑
昭和生まれの私としては、やっぱり戦争メロドラマ映画の佳品『ひまわり』の冒頭シーンを、ヘンリー・マンシーニの哀愁漂うテーマ曲と共に想い出しますね(↓)。
https://www.bing.com/videos/riverview/relatedvideo?q=%e6%98%a0%e7%94%bb+%e3%81%b2%e3%81%be%e3%82%8f%e3%82%8a+youtube&qs=UT&pq=%e6%98%a0%e7%94%bb%e3%80%80%e3%81%b2%e3%81%be%e3%82%8f%e3%82%8a%e3%80%80you&sc=12-11&cvid=DDD4D78FECFF4F2CAD33E2F43DFD8C1F&sp=1&lq=0&ajaxnorecss=1&sid=2B1B0D321FAE6E4A28841B171EAB6FA4&jsoncbid=0&ajaxsydconv=1&ru=%2fsearch%3fq%3d%25E6%2598%25A0%25E7%2594%25BB%2b%25E3%2581%25B2%25E3%2581%25BE%25E3%2582%258F%25E3%2582%258A%2byoutube%26qs%3dUT%26pq%3d%25E6%2598%25A0%25E7%2594%25BB%25E3%2580%2580%25E3%2581%25B2%25E3%2581%25BE%25E3%2582%258F%25E3%2582%258A%25E3%2580%2580you%26sc%3d12-11%26cvid%3dDDD4D78FECFF4F2CAD33E2F43DFD8C1F%26FORM%3dQBRE%26sp%3d1%26lq%3d0%26ajaxnorecss%3d1%26sid%3d2B1B0D321FAE6E4A28841B171EAB6FA4%26format%3dsnrjson%26jsoncbid%3d0%26ajaxsydconv%3d1&mmscn=vwrc&mid=FC1A83314D625F3D8B77FC1A83314D625F3D8B77&FORM=RCACF
そして当時ウクライナで撮影されたこのひまわり畑も、今や戦場と化しているかも…と考えると、何とも複雑な気持ちになります。
◆◆◆
>キリスト教は「(人間が勝手に決めた)正しさ」を信じていて、日本人は「(人が勝手に言っている)良いこと」を信じている。そしてそのどちらもコロコロ変わる
先日アニメ化されたものを視聴した『チ。― 地球の運動について ―』でも、教会側の経済的都合(=地動説関連書籍の印刷・頒布を許諾する見返りとして、売上げ収入の一部を教会が受け取る)から、それまでの「断固滅ぼすべき異端」と見做していた地動説のことを「あくまで仮説としてなら許容可能」へと大きく認識を改めていましたっけね。まぁこれ自体は史実としては(多分)正しくないのですが、進化論しかりLGBT問題しかり、キリスト教会が異なる言説の徹底的排除から平和的共存へと舵を切った(悪く言えば「手の平クルー」した」)という史実を象徴的に示しているという点では正しい描写なのだろうと思います。
因みに作中のクライマックスでは、それまで教会を後ろ盾として「異端は撲滅されるべき」との信念を抱き続けて来た異端審問官ノヴァクが、ある夜突然(書籍販売事業にカネの臭いを嗅ぎつけた)上司のアントニ司教に「そもそも地動説が異端である根拠など無い」とこれまでの所業を全否定されたことで、司教もろとも教会堂に火を放ち自死を遂げる様子が描かれます。これなんかまさに以前話題に出た「キリスト教文化圏では内面と外面が地続き」の一例のように思いますね。ノヴァクが味わった喪失・絶望感はそのまま『レ・ミゼラブル』のジャベール警部に重なって見えますし。
御大の考察に更に付け加えると、つまり「内面と外面との一貫性」を志向するキリスト教文化圏では「内面」が「外面」によって否定・抑圧されることは「極度のストレス」と捉えられがちですが、「内面」と「外面」をそれはそれ、これはこれと完全に別物として捉える日本ではむしろ日常の所作の一部と見做されているのではないかという気がします。そういや以前山本七平氏の著書で、氏が戦時中捕虜となった際にアメリカ人兵士が「お前達は天皇を現人神だとして崇め奉っているらしいが、進化論というものを知らないのか?」と揶揄された際に、「こう見えても私は大卒だ。進化論のことなら申し訳ないがあなた以上に詳しいし、また正しいと認めている。」と返事したら大変驚かれた ― 細部はうろ覚えですが確かこんなエピソードが紹介されていたと思います。続けて山本氏は、総じて日本人というものはタテマエ(外面)とホンネ(内面)を使い分けることに何の抵抗も感じないどころか、むしろ情況の変化に応じて自在に使い分けられる人こそ「オトナ」として高く評価する傾向にある、とも論じていたはずです。だから例えばジョージ・オーウェルの『1984年』で描写されるディストピアは、日本人の大多数には欧米で受け留められているほどピンとは来ていないんじゃないかと私は想像しますが…実際どんなもんなんでしょうね。
>内面が整っていれば融通を利かせても良い
「融通を利かせても良い」どころか「寧ろ今までの社会的通念(=外面)こそが間違っているのだから正すべきだ。」と、精神的意味合いにおける (「我に自由を与えよ、然らずんば死を与えよ」的な) 一種の死活問題と解釈して来たのが欧米社会なのかな、という気がしています。この辺りも内面と外面の一致に拘りの薄い日本人の大多数にとっては、『バイセンテニアル・マン』のアンドリューの「究極の選択」に関しても、単に(屁)理屈を捏ねているだけのように映るのではないでしょうか。
>今週の読書
『地雷グリコ』やっと図書館で借りられたわw(結局10カ月待ち)。見事なまでに“「審判がグレーゾーンのジャッジを予め自分が思い描いた通りしてくれること」を前提に奇策を繰り出す主人公が無双する”エピソードばかりでしたねぇw(毒)。まぁ御大がおススメされただけのことはあって面白く読めはしたんですが、御大もご指摘の通り「あっと驚くトリックから逆算する形で無理くりお話を作った感」はどうしても否めなかったですね。このオムニバス短編の執筆に数年を費やしていることを鑑みれば、例えば「敵サイドに過剰に肩入れする審判の偏向ルールを逆手に取って見事勝利する話」や「敗北を覚悟した主人公の無意識の行動が勝利を呼び寄せた話」を入れるとか、もう少し変化を付けて欲しかったかなぁw(苦笑)。
あとはこれかな(↓)
●『一次元の挿し木』松下龍之介 2025宝島社文庫
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第23回(2024年)『このミステリーがすごい!』大賞・文庫グランプリ獲得作品。
イケメン(自覚無し)主人公 → ミステリアスな義妹と出会って恋仲に → 義妹の謎の失踪 → 絶望する主人公・クセの強い眼鏡っ娘と出逢って意気投合 → 一緒に義妹の捜索 → 怪しげな宗教団体絡みの殺人鬼の襲撃…と、まぁ「おまいらこんなん好きだろ?」の欲張りセットみたいな話でしたねw。謎を小出しにしつつテンポ良く話を畳みかけてくるのは好印象でしたが、流石に終盤は展開が急ぎ過ぎ、かつ宗教団体を証拠隠滅に便利遣いし過ぎで、リアリティに欠けるのはマイナス点でした。借りて読むならまだしも、¥900(税込)払ってまで読む価値があるかというと正直微妙な作品でしたかねぇ(苦笑)。
今日ボーカルアルバムの発売日だなと思ってAmazon見たら売り切れ&転売価格になってて草。
元々ダウンロードの方で買うつもりだったらいいけどさ。ズキューンキッスの曲はやっぱ強ぇわ。
>ななの距離感
元々そんな気配があったしね。今回であれば冒頭の肝試しトークで彼女が怖がりではないことが示されていたし、水をあげた場面でも「どうすっかな~」って独白してたように困っていれば助けるけど、それ以上ではないことも示されていましたね。
>日本で社会問題の共有・周知を押し進めるものって何なんでしょうね?
たぶん直接的にはワイドショー(と夜にやってるニュース)だと思います。今だとSNSも入るかな。で、ここで多くの視聴者に刺さると空気が変わって、その空気を企業や国が敏感に感じ取って動くというのが日本の構造変化だと思います。
具体例を上げると20年くらい前、サービス残業が当たり前になっていたけど当時騒がれた結果、私が勤めていた会社でも未払い分の精算が行われたことがありました。それ以降サービス残業へは厳しくなりました。何が面白いって組合もあって、サービス残業があることは従業員も組合も会社もわかってたのに社会の空気一つで動いたってことです。
つまり日本ではこの「空気の入れ替え」こそが社会、企業、制度を動かす最大の動力源であり根幹ってことです。この国は空気が変われば制度が変わるし意識も変わる。この意味で法治国家ではない。空気が全てに優先する。これの何が強いって統制力。コロナ禍を見てもわかるように短期間で訓練された兵士のようにみんなが同じように動く。その同調圧力と自己統制力は他の国では真似できないと思うよ。法律で制限するより早く、確実にやってしまうのだから。
>Dr.STONE
必要なときに必要な人材とピンポイントでエンカウントするの草。