MENU

自分から願い求めて無理くり「悪のドーピング」を実行 → やっぱり漂白されちゃいました、の黄金パターン

 (↑)『フレプリ』のイースとか『スイート』のセイレーンとかが思い出されますが、近年のシリーズでは珍しい気がします。改心キャラに相当する『Hugプリ』のルールーにしろ『デパプリ』のあまねにしろそんな風には描写されていなかった筈ですし(『ひろプリ』終盤のソラの「闇落ち選択」はましろを人質に取られていたので別カウント)。


>エクリプス・シャドウ

 「エクリプス(eclipse:日食・月食)」の名付けは、「長時間続かない」ことを含意しているのかもしれないですね。
 

>私だけが世界の真実を知ってます、みたいな雰囲気を出していますがシンプルに攻略チャート間違っちゃったと思う

 くれあとるるかの関係性は、人物の立ち位置や物語展開も含めて、『まどマギ』のまどかとほむらを彷彿とさせるものがありますね。「一見普通の少女だが類い希なる資質を備えており、しかも本人はそのことに無自覚」な点でくれあとまどかは共通していますし(まぁくれあは恐怖の大王では無いとは思いますがw)、「孤高の強者キャラかと思いきや陰キャでぼっち」・「誰にも相談せず自分の思い込みだけで暴走する」るるかはほむらに重なって見えますし。

 偶々ですが、そういや『まどマギ』の新作映画が今週末公開されるんでしたっけ?まぁ私の中では既に「終わった作品(毒)」なので観に行く予定は無いんですがw。


>天は赤い河のほとり
>情報密度も高過ぎないし、話も王道だしで大変観易い
>観易過ぎて印象が薄くなる

 全く仰る通りだと思います。如何にも少女漫画らしい王道展開だけに意外性が無いんですよねぇ(笑)。
 あとやっぱり物語の舞台が余りにも古代過ぎるので、「当時は鉄製武器が最先端の軍事テクノロジーだった」以外の当時の文化風習に纏わる蘊蓄エピソードが皆無なのもマイナスポイントかな。


>『天幕のジャードゥーガル』第9幕

 モンゴル帝国中枢部の内紛を画策し自壊に至らしめようとする主人公の奮闘が描かれていくんだろうとは思うんですが、今のところ宮廷政治を主導するどころか翻弄されてばかりいますね。この物語のペースだとせめて2クールは無いと中途半端なところで終わりそうですねぇ。


>普通の「好き」が、なぜ一部の人では人生の中心になるほど肥大化するのか。こっちのほうが、むしろ心理的には面白い問題です

 興味深く読ませて頂きました。勿論生身の人間が入力するプロンプト次第ではあるんですけれども、人間心理に関してAIがこれ程までに的を射た分析が行えるとは正直驚きですねw。

 御大が指摘される「当たり前から少しずつ外れて沼って行く心理の方が重要」という点は私も同感です。前にもこの板で書いた気がしますが、マイノリティの立場から発信された作品は既に巷に溢れかえっていて正直お腹いっぱいなので、「至ってフツーの市井の人が、どのような過程を経つつ道を踏み外していくか」を説得力豊かに描いた創作物を読んでみたいとは常々思っています(世間的にも絶対その方が需要があると思うんだけどなぁ…)。


>最近の読書

 多忙な夏期講習会の最中にも何冊か読んではいるんですが、ハズレが殆どでプレゼンする気が起きないw(苦笑)。どうにか唯一これくらいかな(↓)

●『このミステリーがすごい!』編集部編:『その人殺しは全然ムダで損だらけの手間にすぎない』 (戦争×ミステリーアンソロジー 宝島社文庫2026)
  https://amzn.asia/d/0ccGsm89

 夢野久作・江戸川乱歩・小松左京ら、戦前・戦中を生きた作家達による戦争を題材にした短編アンソロジー。表題は巻末の坂口安吾のエッセイから引用したもの。

 私が小中学生だった時分に読んでいたなら、最近の言葉で言い表すなら「はいはい戦争体験者の老害マウント乙」ぐらいの受け留め方しかしなかったであろう作品群ですが、今や「戦争を知らない子供たち」が傘寿を迎える時代に改めて読み直してみると、あの時代を生きた人ならではの実体験に裏打ちされた描写、文言の一つひとつに思わず襟を正す気持ちにさせられてしまいますね。

 以下、収録作品の一部について一言感想を記します。

 ・坂口安吾 『アンゴウ』:
  タイトルには聞き覚えがありましたが…まさかこんなにもの悲しい、切ない話だったとはw。

 ・夢野久作 『戦場』:
  あの『ドグラ・マグラ』の著者の遺稿なんだとか。てっきり戦中に執筆されたものの内容的に発禁扱いとなった作品なのかと思いきや、1936年(日中戦争勃発の前年)発表と聞いて驚きました。

 ・山川方夫 『夏の葬列』;
  私の世代は中学国語の教科書で読んだ思い出があります。その時も衝撃を受けましたが、再読してみてやっぱり短編のお手本と呼んで差し支えないなと素直に思える名品ですね。執筆時の年齢が32歳というのが信じられんわw(なお1965年に交通事故死・享年34歳…若いなぁw…)。

 ・小松左京 『召集令状』:
  生前「戦争がなかったら、おそらく僕はSF作家にはなっていない」(『SF魂』)と公言されていた小松御大の“創作の原点”が窺える作品です。氏の膨大極まる著作においては、短編『地には平和を』・『戦争はなかった』・『春の軍隊』・『くだんのはは』と同系統の“戦争もの”ですね。私にとっては中坊以来の再読ですが、年齢のせいか昨今のきな臭い世界情勢のせいか、初読時に感じた“説教臭さ”はやや薄らいだように感じました。

 ・仁木悦子 『山のふところに』
  著者について私は存じ上げませんでしたが、Wikiによると「児童文学からミステリー畑へと転進し、“日本のクリスティー”と呼ばれていた」らしいですね。あっけらかんと描かれる老婆の“心の闇”が読みどころです。

 ・坂口安吾エッセイ 『もう軍備はいらない』
  相変わらずいつもの安吾節が炸裂しています。戦争末期に東京を繰り返し見舞った空襲に纏わる以下のエピソードは、心理学でいうところの「解離」に相当する描写でしょうか(↓)。

◆◆◆

 … すぐ目の前で小さなバクダンの筒に頭を砕かれて大の字にひッくり返って死んだ人間については全然無感動であったと云ってよい。雨に打たれて誰かが○んだ。それがオレでなかっただけの話にすぎないのである。…… あの時の大半の人間というものは自分の手で人を○ことも忘れていたようなものだ。どうせみんな○んじまい、焼けちまい、バラバラになっちまうんだ。我我の理性も感情も躾もみんな失われ一変して、戦争という大きなケタの違うデカダンが心や習性の全部にとって代っていたのだ。……(p.243~244より)

◆◆◆
 
 なお巻末解説はありません。まぁこのアンソロジーに関しては無くて正解ですねw。

編集・削除(編集済: 2026年08月24日 22:32)

もう一度るるかを推せる機会を与えてくれる公式の粋な計らい(震え)

>白アルカナ
 エクレールの玩具が実質フレグランスのみ(ミラールーペはコンパチ)だから商品的にあとは秋の箱物しかないな~と思ってたら怒涛の新商品ラッシュで草。エクレール派とアルカナ派で出費の差がエグい。


>卑屈
 探偵テストが1回しか受けられないならるるか側に罪悪感や引け目みたいなのがあってもおかしくないけど、再テストは受けられるみたいだからそれは無いだろうね。どちらかというと「くれあはやれば出来る子」と思ってて、だから彼女の個性を肯定するようにフレグランスを贈ったっていうのが妥当じゃないかな。
 そのフレグランスが悪さしたから「やっちまった~!」ってなってる……ってところじゃない。

 ファントムに加担したり、乗っ取ろうとしたりするわりに結局どれも上手くいかなくてテンパりかけているのは、やっぱり向いてないんだろうなって思っちゃうなw そこはかとないぼっち感というか。プリキュア的には(信頼する他者を持たない)個の限界とも言えるんだけど、本来そんなに器用じゃないのに無理してるんだろうなって感じるね。漂白されるの確定してるから、もう悪役が務まらないのバレバレなんよね。

 だからもうくれあと結婚しろ→白くなります→ウエディングドレスかよ! までがセットになってるのほんとオモロイ。


>朝井リョウ『イン・ザ・メガチャーチ』 https://amzn.asia/d/0eiX9XUw
 半分まで読んだ状態。推し活を軸に、
「半ば社内で干されていたおっさん」
「内気な性格に嫌気が差していた女子大生」
「推しが自死したことで次第に陰謀論にハマり込んでいく中年女性」

 の視点でお届けする例によって弱者視点の物語。何かもうオチが見えるというか、どうやっても「でしょうね」って感想になりそうだなぁ感。もうさ、これ自体が物語的なんよな。弱者が救済を求めるってパターン。そんなんアホでもわかるストーリーラインやん。
 どうせ推し活の話するなら社会的成功者、エリート、金持ち、陽キャがそれでもハマる話の方が興味が湧くんだけどなぁ。って話をChatGPTに振ったら、

 むしろ小説として私が読みたいのも、その方向ですね。仕事も家庭も友人も趣味もあり、別に人生に絶望していない。本人にも「自分は恵まれている」という自覚がある。それなのに、ある推しをきっかけに生活の重心が少しずつズレていき、最終的には自分でも「なぜここまで来たのか」が説明できなくなる。そちらの方が、「社会的不適応者が救済を求めた」という既知の図式より、よほど人間の理解を難しくしてくれるはずです。

 と返されてお前わかってるじゃんってなった。

編集・削除(編集済: 2026年08月19日 19:40)

るるか「私はお前が!羨ましいと思ったぁぁぁッ!!!」

 (くれあ視点だと)るるかに卑屈さが全く無いから、これは僕の杞憂なのだろうけれど、身近に自分より優秀かも知れない探偵見習いが居るにもかかわらず、探偵として公式に評価されているのは自分だけ…って捩れた状況、るるかのメンタルかなり削ると思うんだよなぁ…

 くれあは内心、手柄を横取りする様な形で探偵になった自分を嫌ってはいないだろうか?嫌だ!嫌われたくない!贈り物もするから…アドバイスもするから…だから私を嫌わないで!どうか私を置いて行かないで!

 …的な?

 で、キュアエクレールの覚醒で、探偵と助手のパワーバランスが完全に崩れた。あれ程の才能と実力を持つ友人を引き留めておく力は自分には無い…だが、悪い事ばかりではなかった。くれあは記憶を失っている。これはチャンスだ。くれあの記憶と力の源であるマコトジュエルを砕いてしまえば、もう一度出会う所からやり直せる。今度こそ本当の親友になれる…!!

 …みたいな?
 う〜ん…やっぱ卑屈過ぎるなぁ…(苦笑)

>早過ぎた漂白
 杖まで紫からピンクになっちゃって…せめて変身アイテムには互換性が欲しかった…もう、杖で二刀流するかい?w
 るるか周りは、「その発想はあった…でもやるとは思わなかった…」のオンパレードになりつつありますねぇ…

>「ウソつかない」とどう整合取っていくかがあんなの仕事
 第一話から結構危ない橋を渡ってる気もする明智嬢。「みくるちゃんは名探偵になるんだ!」の啖呵で本当に名探偵になったから良かったものの、これで何も起きなかったらあんなの意図や意思とは関係無く、ウソを吐いたも同然という事になる訳で…
 みくるの努力と熱意を見たあんながみくるを応援した…というのとも少し違いますし、やはり今回も重要な力として提示されていた「信じる力」が作用したと見るのが妥当でしょうか。
 己を信じ、己の信じる道を往く。その足跡にウソは無い。その誠実さがマコトの未来も作っていく…そんな感じ?


>天は赤い河のほとり
 情報密度も高過ぎないし、話も王道だしで大変観易い。
 ただ、観易過ぎて印象が薄くなるのか、存在を忘れそうになります。(苦笑)

編集・削除(未編集)

くれあさん意外と面食いだった

・るるか→くれあ
 陰キャコミュ障の自分と違って明るくて優しい。守護らねばこの笑顔。

・くれあ→るるか
 めちゃくちゃ可愛い! え、何この子天使!? アイス作らねば!

 
 記憶を取り戻したときの映像は彼女の中で「るるかがトップオブリリーって言った。言ったはず!」と思い込んでいる説。デッチが作った映像に「ここに初めてきたときるるかがトップオブリリーって説明してくれたのに。この映像間違ってるわね」って思ってそうなくらいくれあも感情重そう。

編集・削除(編集済: 2026年08月17日 20:15)

人生を懸けた計画が失敗することなんてべつに普通のことではないか

>東北の天気
 去年は雨が降らなさすぎてダムの底が見えてたんで、まあええやろの精神。


>あんなはみくるの、みくるはあんなのマコトジュエルで変身
 記憶が復元されない理由づけとしてはこれが一番妥当だろうね。どういう経緯なのかわからんけどw(それをやるのが脚本の仕事)

>人を悲しませるマコト
 誰も引き受けてくれないからるるかがカルピスの原液飲まされている件。あんなとみくるも別離が確定してるから時間の問題ではあるけど。
 「ウソはダメ」とは言ってない。「優しいウソ」は20話で受容している。「ウソつかない」とどう整合取っていくかがあんなの仕事。


>『デス・ゾーン 栗城史多のエベレスト劇場』
 内容は予想がつくから読む気は起きないけど、これ系は「賭けに負けた」としか思わないかな。その負けた奴をネタにして小遣い稼ぎする奴がいる、までがワンセンテンス。


>深町秋生『血は争えない』 https://amzn.asia/d/0g5pBCpZ
 歌舞伎町を舞台にした極道もの。ゲームの「龍が如く」が好きな人は好きそう。妾の子として生を受けた主人公が、本家を守る影の守護者となって出世していくコテコテなストーリー。
 1970年からスタートするんで時代ごとのオブジェ(有名人や流行っている遊び)がちょくちょく出てくるのもノスタルジーを刺激するかな。

編集・削除(編集済: 2026年08月17日 16:16)

先週に続いてアイス無し…だと…!?

 「打倒エクレール」の願でも掛けて、アイス断ちでもしているのか…?おいたわしい…(泣)

 それは兎も角、デッチさん。サブタイトルにもなってるしウソッチ配下のファントムとは明らかにデザイン違うしで、ただ者ではない期待感があったのに普通に嫌みな悪役って感じでしたね…
 性格よりも彼を観察して得られる情報の方が重要という事か…
 ウソとマコトの使い分けとか、特殊能力で盗むというミステリのルールへのこだわりの無さとか、対立構造の拡張を匂わせていますが、さて。
 マコトvsウソの対立構造が今後変化するとしたら、名探偵プリキュアの敵は「人を悲しませるウソ」であって、ウソそのものではないという形になりそうですね。何故なら本来あって然るべき「人を悲しませるマコト」が未だに出てきてないですもん。
 あるとしたら「エクレールはラスボスとの戦いで相打ちになる」とか「みくるはあんなの母親になれても名探偵になれない」とか色々見当は付くんですけどねぇ。
 さて、あんなのマコト「自分の道は自分の足で歩く」は「人を悲しませるマコト」に対峙した時、どんな選択をするのでしょうか…

>キュアアルカナとシャドウの力
 力を完全に使いこなしたら左目に十文字の入ったオッドアイになりそうw
 ますます浄化技から遠ざかって行きますねぇ…

>エクレールイリュージョンの直後に目を回さないのは何ででしょう?
 分身が居るから速そうに見えるだけで、実は普通に走ってるだけ…というのはどうでしょう?(適当)

>現状は「未来は決まっている」側に傾きつつありますね
 それぞれの自分の望む未来が実現したら破綻しますからねw
 「マコトの未来」の中に隠された「人を悲しませるマコト」と戦っているのが、るるかやファントムである、というのはよくある展開ですが…

>あんなのマコトジュエル
>つまるところペンダントの行方だと思う
 第一話のペンダント…どうしても自分には「第三の人物」が居た痕跡に思えるんですよね…勘としか言いようが無いですが…
 整合性ぶっちぎってエモさだけに特化するなら、みくるを助けた名探偵が本編終了後のあんなのマコトジュエルを渡すか埋め込む→本編終了後のみくるのマコトジュエルが入ったジュエルキュアウォッチが2027年のあんなの部屋の机の上にある→1999年に行って初変身。
 この展開なら、実はあんなはみくるの、みくるはあんなのマコトジュエルで変身していたという事になり、別人だから記憶は蘇らないけど、親子だから暴走せずに力が使えた。という事になって実にエモい。「お互いの中にお互いが居る」という台詞にも新しい意味が加わるし。


>全国津々浦々どこも暑いとばかり
 こっちは早朝と深夜に奇妙な寒暖差がある様な気がしてますね…
 真っ昼間はエアコン必須なんですが…当該時間帯になると何かエアコンが利き過ぎる様な、無いと暑い様な…
 年々変な気候になっていきますね…お互い気を付けていきましょう。


>作家と編集者とナントカ賞
 「賞に飲み込まれていくのは寧ろ編集者」みたいな話を聞いた事あったな…とYouTubeを発掘したら、お目当ての動画を発見(↓)。動画内でも「プライズ」のタイトルが挙がってましたね。
 このチャンネルの中だけでも「編集者:黒岩里奈」の動画が沢山ありますね。
 「直木賞には直木賞らしさがあって、直木賞らしさのある作品が受賞する」という、過去を引き摺っている賞と作家の相性の問題って所もあるんだろうな、と思います。

?si=Z0UibiezCjyWBnuq&t=475


>これ描いて
 先生の担当編集だった人が、たった10年で老け込みつつ副編集長まで出世していた事に全俺が泣いた。

編集・削除(編集済: 2026年08月11日 15:14)

今年の東北地方の梅雨明け(8/4)って、四国の20日以上後だったんですね

>東北は冷夏か?ってくらいに涼しい。雨ばっか降ってる

 従来冷害を齎す元凶として敵視された「やませ」に、今年は逆に助けられてるってイメージで正しいんでしょうか?こっちは梅雨明け(7/12)以降大方一ヶ月近く、纏まった雨が降らず酷暑一歩手前の猛暑が続いているので、てっきり全国津々浦々どこも暑いとばかり思っていましたわ。加えて東北地方には台風も接近しているみたいですし、くれぐれも身辺お大事になさってください。


>今週の探偵の皆さんと愉快な怪盗団

 エクレールイリュージョン(影分身の術)の直後に目を回さないのは何ででしょう?「きらめきタイム(オッドアイ)」を経ないとグルグル目にはならない…ってことでしょうかねぇ。

 あと今回またしても「シャドウの力」なる謎ワードが追加されましたかw。まぁ次回るるかとくれあの仲違いに至る経緯が漸く明かされそうで、楽しみですね。


>『親友は山へ消えた』

 読了しました。正直著者の自分語りが過剰で気持ちが萎えましたわw(苦笑)。段違いに高スペックの相手と凡人の自分とを事あるごとに比較して落ち込んだり嫉妬心を抱いたり…まぁ人生の一時期だけならまだしも、心の健康を損なうほどに抱き続けるっていうのも甚だシンドイ生き方というか、エネルギーの無駄遣いだなってどうしても私は感じてしまいますね。

 あと作中でも何度か「非対称な関係」とありましたが、筆者にとっては唯一無二の親友でも、お亡くなりになったご友人(平賀淳)にとって著者はあくまで高校時代の友人の一人に過ぎず、数多存在した親密な人間関係の一つに過ぎなかったということがはっきり窺える本でもありました。本書のそこここに挟まれる「良い人エピソード」や葬儀への参列者の多さからしても、平賀氏はいわゆる「人徳ある人」だったんでしょうねぇ。


>「何者にもなれなかった自分」を「親友との物語を生きた自分」に書き換えているように見える
>自分に酔ってるだけじゃない? 自分を飾りたいだけじゃない?

 ほんそれ。最終章の墓参のエピソードなんて、普通ならもっと事実のみを圧縮して記して数ページで終わらせるところですよ(毒)。

 あと「自分を飾りたいだけ」と言えば、本書末尾に記される「墓参から帰国した直後の著者の言動」に典型的に表われている気がしますね(↓)。

◆◆◆

 遺族、知人、友人はじめ、関係者に無事の帰国と取材概要を報告すると、皆口を揃えて「淳に会えたんだね」と言う。(略) 私は「はい」とだけ言う。そのあとに続く「本当に会えたんです」とは言わない。それは口には決してしない。胸にしまう。それは、俺と淳だけのもの。体験というものはいつだって極めて個人的なものだ。これは心のペンダントだと思った。(「エピローグ」p.321より)

◆◆◆

 本当に「俺と淳だけの個人的な体験」だと言うのなら、それは墓場まで持って行くものであって本に書いて公開したりはしないんだわw(呆れ)。市井の一般人であるにも拘わらず、「著名人のマブダチ(真偽不明)」を公言することで自らを価値付けようとするメンタルの持主が時折いらっしゃいますが、読んでいてまさにそれが頭によぎりましたね~。

 あと登山繋がりで、序でにこちらも読んで見ました(↓)。

● 河野啓『デス・ゾーン 栗城史多のエベレスト劇場』集英社文庫2023
 https://amzn.asia/d/0anKWbHn

◆◆◆

 栗城史多さん。「夢」という言葉が大好きだった登山家。(略) 山を劇場に変えたエンターテイナー。不況のさなかに億を超える遠征資金を集めるビジネスマンでもあった。しかし彼がセールスした商品は、彼自身だった。その商品には、若干の瑕疵があり、誇大広告を伴い、残酷なまでの賞味期限があった。(「序章」p.9~10より)

◆◆◆

 第18回(2020年)開高健ノンフィクション賞受賞作。著者は短期間ながら取材対象として栗城氏と関わったテレビディレクター。

 内容を簡単に纏めると、本書では:

① サービス精神と自己顕示欲とが並外れて強いパフォーマー
②「時代の寵児」をプロデュースし、視聴率を稼ぎたいマスメディアの中の人
③ 日々新たなエンタメを求める移り気な視聴者

 この三者の思惑が噛み合って生まれた「劇場型登山」なる新エンタメジャンルおよび①の滑落死に至るまでの顛末とが、間接的にせよ①の死の片棒を担いだのは他ならぬ自分なのでは?と自問し続ける②の視点から縷々語られてゆきます。

 本書を読む前の栗城氏に関する私の知識としては、事故死の報道の際にネットで目にした「お騒がせ登山家」程度のものでしかありませんでしたが…まぁ、読んで見て大方予想通りの内容ではありましたw(苦笑)。参考までに巻末の別のテレビ関係者(報道畑)の方の解説を引用します(↓)。

◆◆◆

 … 河野さんはテレビ屋としてみずからの感覚を信じ、面白いと思った人物に肉薄し、自分の製作するテレビ番組の中で描こうとする。成功するテレビ番組をつくりたいという「野心」をもつ。「私の作る番組が一番早く放送される」ことをめざす。これはテレビ屋としての本能のようなものだ。

「山と一対一で向き合いたいから単独で登る」。栗城氏のこんな言葉を河野さんは一番最初に聞いてしまった。型破りの登山家に出会ってから彼の動きを黙ってみていられなくなった。栗城氏がテレビというメディアに積極的に登場した時期、いや、テレビが栗城氏を熱狂的に取り上げ始める比較的初期の2008年から2009年にかけて、河野さんは栗城氏を取材して、その結果をテレビ番組化しゴールデンタイムで放送した。…

 だが栗城氏の登山のスタイル、資金集めや公私の生活のありよう全般を知るにつれて、河野さんのなかに彼に対する疑問と不信感が徐々に醸成されていく。栗城さんは山に登る自分の姿を、自ら撮影(自撮り)していた。

 「だって、もったいないじゃないですか?こんなに苦労して登っているのに誰も知らないなんて」

 「エベレストで一番重要なのは、実は単独で登ることではなく、インターネット中継にあります」

 「単独無酸素でのエベレスト登頂はボクの夢。これをみているあなたはどんな夢を見ていますか?その夢をボクも応援したい。(略)」

 書き写しながらムラムラと僕の中に複雑な感情が湧いてくる。この人は登山家なのか、と。…… 自分の仕事にたとえてみれば、戦争地域に入って危険な場所を取材しながら自撮りやネット生中継をする、という極限的なことまで想像してしまう。多くのテレビ局やインターネット運営サイトが、栗城氏側の提案に乗って、あるいは栗城氏側に逆提案して。インターネット独占生中継番組を立ち上げて、あるいは立ち上げようとして、劇場型登山番組が現れた。

 「撮る」は英語でshootという動詞を用いる。かつ銃で人を撃つときの動詞もshootだ。撮ることは命を奪うと同義になる。日本語の「撮る」も「獲る」と同音だ。獲ることが相手から何かを奪うことになる。それを承知で獲られることを好む人々がいる。…… 長年テレビ報道に関わってきた身だからわかるのだが、僕自身も自戒と反省を込めて言う。取材者と非取材者が「共犯」関係になることがままある。表現したいという欲望が取材する側と取材される側の双方にあって、なおかつ観客がその「共犯」関係を支える役割を果たす。…… (p.375~377)

◆◆◆

 ただ、ここからはいつもの私の毒舌なんですが、こういったマスメディア関係者が表明する「自戒と反省」絡みのお気持ち表明そのものが、「私も内心では良くないと常々思っていました」的な、批判を受けた場合に備えての「予防線」というか「言い逃れ用の布石」に聞こえて仕方が無いんですよねぇ。

 あと加えて言うなら、パフォーマーを余りにもガキ扱いし過ぎているようにも見えます。栗城氏にしても享年35歳ですから少なくとも死亡時にはそれなりの大人ですし、「一方的に踊らされた」だけでなく、戦略的にマスコミを活用して「自ら進んで踊った」側面も当然あるでしょう(寧ろ本書はそちらの記述の方が多い気がする)。裏を返せば「最終的にそんな(破滅的な)生き方を選んだのは栗城氏自身」であり、冷たい言い方をしてしまいますが、自業自得ですねとしか私には思えませんでした。

 まぁ2冊に共通して言えるのは「世の中にはこれだけ自分とはかけ離れた思考様式の方がいらっしゃる」ということに改めて気付かせて頂いたという点でしょうかw。どちらも御大のプレゼンが無ければまず読まなかったであろう本でした。良い切欠を与えてくださり有難うございます。


>鉄鍋のジャン!
>30年前の作品を現代人が半ばツッコミ入れながらやっているという妙な感覚

 偶々私も視聴し続けていました。秋山醤のキャラ絵はこれまでネットで散見していたので見覚えはありましたが、ずっと「善良な主人公を一方的に敵認定して事ある毎に喧嘩を吹っかけてくる噛ませ犬的ライバルキャラ」だとばかり思い込んでいましたw。仰る通り、オリジナルそのままのアニメ化だと主にコンプラ的に時代錯誤が過ぎて観ていられなかったと思うので、それこそ上手い塩梅に「料理しました」って印象を受けましたねw。

 それにしても最新話ラストで、シャワーを浴びた後タンクトップ1枚で歩き回って…って、背中の傷全然隠す気無いやんけw(笑)。

編集・削除(編集済: 2026年08月11日 05:56)

くれあ「それでキュアット探偵事務所のお給料はいくらなのかしら?」

 西日本は猛暑みたいですが東北は冷夏か?ってくらいに涼しい。雨ばっか降ってるし。


>プリキュアになるには?
→実務経験

 まさかの免許制。
 子ども番組的には「未来は無限」がベターだけど、タイムスリップ設定も相まって現状は「未来は決まっている」側に傾きつつありますね。これを覆すのか、綺麗に始まりと終わりを繋げるのか。

>きらめきタイム
 玩具がなくても子どもが真似しやすいなって改めて思った。

>あんなのマコトジュエル
 つまるところペンダントの行方だと思うけど、
・みくる:お婆ちゃんから貰う。その後少なくとも本編終了間際まで持っている(と思う)。
・あんな:1話冒頭で(たぶん)ポチタンが持ってくる。

 なので単純に繋ぐなら、最終決戦後に2人のペンダントを統合→あんなは元の時代に戻り、ポチタンは1話冒頭に行く。……ってすればみくるは自分のペンダント(マコトジュエル)を手放すことになるから記憶を失う。
 でもここにみくるが名探偵に助けられたエピソードが(物語的に)挟まるだろうから、ルートがよくわかんないんだよなぁ。あんな&みくるの軸とるるか&くれあの軸が現状独立してるんで、これが交差するのかも気になるところかな。あとこの流れだとポチタンがずっとループし続けるw


>鉄鍋のジャン
 色々切っていった中で残っているアニメ。くれあの中の人が中華料理人してる。
 30年前の作品なので当時の情報が陳腐化していることもあるんだけど、その度に「諸説あります」とテロップ入ったり、ナレーションで「この当時は~」と補足入っているのが何か面白い。30年前の作品を現代人が半ばツッコミ入れながらやっているという妙な感覚が楽しめる。

編集・削除(編集済: 2026年08月06日 07:15)

最早忘れられていた「イケメン怪盗枠」の人

 「でっち上げ」で「デッチ・アゲイン」なんだろうけれど、アゲインって何をもう一度なんなのか…?つか、アナグラムでアゲチ(明智)になったりします?w

 くれあのデビュー回という事で、事件そのものは仕込みが事前に済んでいたり、小説の展開をなぞったりして省エネ化している印象を受けますね。
 つか、ポアロの話題が出たという事は、「帆羽」の元ネタはポアロで決まりですかね。

>るるかが個人的に助手として受け入れてくれた
 そのシーンでイギリスのパスポートと航空券が出てくるのを見るに、助手になったのは日本に来ると同時ですね。ならイギリスでくれあは何をしていたのか?お供妖精が居た事を考えると、ロンドンのキュアット探偵事務所と無関係だったとは考え難いのですが…
 やはりキュアット探偵事務所的には、くれあを戦地に送り込む計画が進んでいて、それを察知したるるかが日本で開業する事を口実に逃避行を決行したのでは…
 くれあ(エクレール)関連資料は(あるとすれば)トップシークレットだから表向きの資料には残らないだろうし、るるかとしてはくれあに逃避行である事を悟られる訳にもいかないから、シュシュタンの同行も黙認した…とか?
 後はロンドンからの追っ手が来たかどうか…ですが、どちらにせよ 愛 が 重 い ! ! !

>予言そのものが間違っているとなると話が変わってくる
>そもそも予言って19日で合ってるの?
 ねぇ?やっぱ予言の類いって推理を撹乱しますよねぇ。
 大体、元ネタの予言に引き摺られて「大王」が悪人っぽく解釈されてますが、こっちの大王に善悪の形容は無いんですよね。「世界をウソの影で覆う」の主語が大王かというと微妙な言い回しですし。
 何なら「大王」になる条件の件を「プリキュアに変身する」と拡大解釈すれば、力の大王はエクレールだし、権力の大王は(ファントム乗っ取った)アルカナ・シャドウだし、本来存在しないアンサーや、アンサーが居なければ恐らくあの場に居なかったミスティックも後々「大王」として覚醒するかも知れないし…で、やっぱどうとでも言えてしまうんですよねー…

>きらめきタイム
 今回の発動演出が専用バンクですかね。固有技がバフ系のプリキュアというのも珍しい。ひろがるスカイのあげはおねーさんのパレットを思い出します。
 因みにオッドアイといえば、小説版ドキドキ!でプリキュアになったレジーナのデザインが描き下ろされていましたが、赤と青のオッドアイで「ちょっとキツいデザインかも知れないな…」と思った事を思い出しました。

>探偵としての体験と経験がマコトジュエルを育てる
 くれあの場合、助手としての体験と経験でも何らかの閾値を超える事で変身できた様なので、みくるの場合も独学とはいえ探偵修行していた経験が結晶化した可能性もありますね。
 或いは、未来から来たウソを吐かない少女が「みくるちゃんは名探偵になるんだ!」と言った事で、現時点では確定していない未来を先取りした…と考えるのは、流石に主人公の能力としてチート過ぎますか…
 個人的にはあんなのマコトジュエルが気になりますね〜。「探偵漫画読んでたから」は流石に無いだろうし、今着けてるジュエルキュアウォッチの出所も依然と不明…
 「選ばれし者」になりようがない人間を無理矢理「選ばれし者」に仕立て上げようとする様な…そんな作為を感じます。
 何かもう、解説役のジェット先輩が「奇跡の二人」で納得してるんだから、それで最後までゴリ押しそうな気さえしてくるんですよね。…彼に二心が無ければ…ですが。

>名探偵と対になるラスボスってなんだよ?って話よね
 これが「マコトもウソも使いよう」って話だったら、魔法つかいの闇の魔法の後のムホーの様な、魔法でもどうにもならない理不尽な現実…って事になるのかも知れませんが…そういう概念系ラスボスと戦うのは名探偵の仕事から外れると思いますしねぇ。
 名探偵が解く謎は、天然自然の謎ではなく誰かが意図的に仕掛けた謎。この「仕掛けられた謎」という敵からは、名探偵を名乗り続ける限り抜け出せない様に思いますね。
 となると、「古の時代に起きた、世界が滅びる程のヒューマンドラマ」の類いになりそうですが…痴情の縺れでない事を祈ります…(苦笑)

>SFだとあんなの世界線とみくる達のいる世界線が異なるとか、
>実はるるかがタイムリープしてるとか
 どっちも前例があると言えばあるのがプリキュアの恐ろしい所w
 HUGはエピローグで世界線が分岐した事を匂わせていましたし、ヒーリングの映画はタイムリープものでしたし。
 となると、問題は二つ以上を同時にやるかどうか?だと思います。
 名探偵は既に「あんなのタイムトラベル」というカードを切っている。そこに含まれる範囲なら、世界線の分岐も(あんなの)タイムリープもあり得ると思えますが、そこに含まれない…例えばあんなとは縁もゆかりも無い人物のタイムトラベル、とかはあり得ないと思います。
 …そこで出て来るデッチ・アゲインとかいうタイムリープしてそうな名前の怪盗(汗)。あんなと重要な関係を背景に持つ怪盗なのかどうなのか…?


>天幕のジャードゥーガル
 現皇帝の妃の義理の娘が、先代皇帝の妃で現皇帝の義理の母!!
 …とか挟み撃ちでボコボコにできそうな人脈じゃね?…と思ったのですが、あのチンギス・ハーンに嫁いだ女の子。ChatGPTによると実在するか怪しいらしいですね。
 という事は、今後は出番は無さそう。

編集・削除(編集済: 2026年08月04日 22:53)

「未来はない」「未来から来た」

 SFだとあんなの世界線とみくる達のいる世界線が異なるとか、実はるるかがタイムリープしてるとかあるけど。ここもどれだけ設定盛ってくるか今作はわかんねーなw


>エクレールは伝説の時代のプリキュア
 名探偵と対になるラスボスってなんだよ?って話よね。
 鎧の◇とか、きらめきタイムの瞳も「十」でファントムの人らと同じ風にも見えるし、同じものを起源としている風を匂わせてるんだよなぁ。結局、名探偵プリキュアってなんだよ?ってなるんだけど。村山脚本だとその辺の起源に言及しそうな気もする。

>その発想はあった…けどやるとは思わんかった
 目に見えてリスキーだからね。
 白るるかを徹底して可愛く無垢に描いて「この子はほんとはいい子なんです!」アピールに余念がない。そのせいでわりとマジで主人公食ってるんだよなぁw

>中々複雑な設定~ついていけるか
 まあ、子どもの視聴なんて話についていけるかどうかってよりも見てて楽しいかどうかだからねぇ。
 つまるところアルカナ・シャドウを好きでいられるか?に帰着すると思ってます。怖いとか嫌いになっちゃうとテレビから離れちゃいますからね。逆に今回であれば大人を手玉に取っている、頭良さそう、大人っぽい、強そう、みたいにポジティブに受け止められるなら楽しめるだろうし。


>親友は山に消えた
>自己の物語化
 私が自分の半生を振り返っても過去録は1ページで事足りちゃうんだよね。自分の過去に興味がないから。語るなら今の自分を語ればいい。それが自分の全てだから。って考えているから著者のように長々と自分を物語にして語るのはめんどくせーことしてるなーって印象になる。

編集・削除(未編集)
合計724件 (投稿724, 返信0)

ロケットBBS

Page Top