諸々のデザインなどから、猫組は対象年齢やや高めなのかなぁ…と思っていたので、現状の複雑さは納得ですね。
でもまぁ犬組の方も一概にアホで幼いと言い切れない様な気もしますけど。何だろうなぁ?物怖じしない分、冷静でいられる?みたいな?
取り敢えず、こむぎにできた内観がユキにとっては難しそうには見えます。
まゆに出逢うまで自分の寂しさに気付けなかったし、今もまゆの事ばっかりで自分に興味無いレベルで顧みないし。
だからって今回でユキがこむぎに一目置いたって感じでもなさそうですが…この二人がどうなっていくのかも面白そうですねぇw
>「人の姿になってまゆとずっと一緒に居れて嬉しい」
>「傷ついて辛い思いをするよりはいい」
>目が髪に隠れてて怖い
上記の台詞の時、どちらも目が髪に隠れてんですよね。
穿った見方をすれば、人馴れしていないユキの彼女なりの心細さの表れだったのかも知れない…
>ガルガル
>連続でレア種
気が付きゃレア種後一匹じゃん!さっさと収集要素終わらせて話動かすつもり?
でも何か起きるとしても、ニコ様か黒幕の顔見せぐらいしかないと思うんですが…あ、後追加戦士イベントとかか。
>まずはまゆ以外の人にお礼を言うことから始めよう(難題)
まゆ以外の人の名前を呼ぶのとどっちが難しいかなぁw
おっと、変身後の名前呼びはノーカンだぜ?
ほーら!ユキちゃん、コールハーこ・む・ぎ!!!
>パソコンで昔から使ってるツールがあったとして、
>最新の別なソフト使えば便利になるらしいけど、乗り換えるのが億劫
あ〜…ソシャゲか何かのUIで、使い易く改良されたもののウケが悪かった…みたいな話は実際に聞いた事ありますね。
ちな、キリスト教ではこういう心の動きを「ヨナのコンプレックス」とか言うって話も聞いた事あります。
>知覧友真
>目の前で自分への贈り物の刺繡をしている
回想シーンで刺繍が出来上がるまでの工程が描かれていましたが、かなり最後の方にならないとチンチラって分からない作られ方してましたし、察するのは難しかったのではないかと…
集中してない時に聴いても、「誕プレはサプライズであるべき」という慣例主義の為に、まゆとしてははぐらかすしかなかったでしょうし。
…しかし再登場するかも知れないのか…タイミングによってはマジで血の雨が降りそうで目茶苦茶怖いんですけど…(汗)
>「Science Fictions あなたが知らない科学の真実」
「脳は数%しか使われていない」の真相みたいな、専門家から一般人へ伝わる中で伝言ゲームの様に情報が変化してしまった…みたいな話かと思ったら、専門家自身が結構やらかしてるって話の本みたいですね。
そういう専門家の脆弱性の話なら、最近は「ソーカル事件」が面白いと思います。
ソーカル事件: https://w.wiki/5V82
>ダンジョン飯
>この内容なら2クールで終われよw
同感wエルフの部隊の存在意義がマジ分からんですw
あの世界観ではライオスはかなりヤバい言動をしている…けど、読者にドン引きされる訳にはいかないのでその辺の情報は、後出しで小出しに出していく…って戦略は分かるのですが、リアリティラインの高さの所為か妙に複雑で迂遠になっちゃってるところあると思います。
魔物食を入り口に「ダンジョン」って概念を深く描き出そうとしてるのかも知れませんが、些か魔物食にフォーカスし過ぎてバランスが悪くなっているのかも知れませんね…
>ゲゲゲの謎
>どーせ妖怪だしなぁ(安心感)
大立ち回りぐらいなら別にそれで良いと思うのですが、明らかに妖怪じゃなくても良くね?って事まで妖怪にやらせちゃったのがねぇ…
旧世代を引き受けたり、家庭を持ったり、子孫を残したり…そういった人間でもできる筈の事までゲゲ郎がやっちゃったら、もう水木(=人間)いらねーじゃん、って思っちゃいます。
そんな人間を「幽霊族は愛してますよ」って言われてもねぇ…近年ままに見る「クズに優しいアニメ」を連想してしまうだけなんですよね。
まぁそういった諸々を批判する為にこういう作品を作ったのだろうとも思えるから、作り手的には意図した不快感なんだろうな…とは勝手に思ってますけど。
>アストロノオト
こういうので良いんだよこういうので。
現代人へのフックがあまりにも無いキャラばかりだったので、好きになれるか心配でしたが無事みんな愛着が湧きましたw
ミラさんもちゃんと可愛かったし、何よりもナオスケが目茶苦茶格好良かったw
>烏は主を選ばない
>南家含めてお家騒動多くてこんがらがる
同じく。痘痕で登殿を辞退した一の姫って南家の姫かと思ってました。若宮が身分を偽って探りに行った家は東家だったのね。
あせびが後々偉くなるのはまぁ…狂気渦巻く宮廷内においては、彼女の様な「天真爛漫ド天然サイコパス」な方が合ってるっちゃ合ってるとは思いますけどね。(苦笑)
面識ある人はあせび絡みで何かある度に(またか…)って微妙な顔してそうですがw
>サクナヒメのストーリー
聞いた話によると「笑いあり涙ありのクズ主人公更生コメディ」らしいですよ。
ゲーム原作アニメは基本失敗するので、個人的には食指が働かないんですけどね…
EDクレジットにまゆの元友人の名前(知覧友眞)がわざわざフルネームで載っていますね。後々再登場するための布石かな?
それは兎も角、結果的に無視している形になっているにしても、目の前で自分への贈り物の刺繡をしている訳ですから友眞さんもまゆの性向を理解してあげても良いように私なんかは思うのですが…まぁ未就学女児目線からすると無理な話なのかもしれませんね。
>ユキが他者を信頼することを学べば、それはそのまままゆへの理解にもなる。まゆが友達を信頼していること、もう一人ぼっちになることはないこと、自分もまゆ以外との関わりがあること。そのようにして少しずつ負債の肩代わりを減らしていく。
今回のエピソードは大人向けの創作だと「一足先に成長の階段を着々と上りつつあるまゆのことを、一人取り残されたユキが裏切り者呼ばわりして凶行に及ぶ」という拗らせまくった展開になりかねないところですが(笑)、その点未就学女児向けの教育アニメなので安心して観ていられますね。
>犯罪捜査の心理学
読了しました。前書きにもある通り、創作の分野では快刀乱麻を断つ活躍ぶりが描かれる「プロファイリング」なる捜査手法が「残念ながらテレビのようにかっこよいものでも、犯人を確実に言いあてられるものでもない、むしろ地味で着実な研究によってつくられている知識体系」であることがよく分かりました。
個人的に興味を惹かれたのは、「一つの場所で一度に複数の人間を殺傷する」大量殺人事件に見られる共通点を取り上げた第5章でした(↓)。
◆◆◆
大量殺人犯というのは、複雑で誰もが考えつかないような行動をしているように思われますが、実際は、かなり典型的で画一的な行動をしているのです。…… つまり彼らは、絶望の中でもう生きているのがいやになっているのです。自〇したいのです。しかし、自分だけが死んでしまっては収まらないなにかがあるために、自分を自〇に追いやった原因(カテゴリーとしての敵)に復讐してから、自分も死ぬ(殺される)、ということなのです。また、死ぬからには、恨んでいる相手だけでなく、自分の愛している相手とともに死のうとも考えます。これは一人で旅立つことに対する恐怖もあるのでしょうし、こんなたいへんな復讐をすることによって、残された者が、傷つき、苦しむのを防ぐためでもあります。心中と復讐の二つの側面をもった殺人が、大量殺人ということができるのです。
これらの事件が発生すると「犯人はなぜ最初に、愛する人(ペット)を殺したのか」とか「なぜ最後は自〇したのか」「なぜ罪もない人を殺したのか」などについて、テレビに出て来る「犯罪心理学者」やコメンテーターがいろいろな憶測を語ります。しかし、これらはいずれもこの種の犯罪における典型的な要素です。個々の事件について、なんらかの理由や原因をこじつけて説明する前に、この種の犯罪に共通する動機や行動パターンをしっかり把握することが重要でしょう。(本書p.161~163より引用)
◆◆◆
今後も同種の事件が起こるたびに、各種メディアやSNSでは「犯人の謎多き心の闇」を巡って、にわかコメンテーターらが嬉々として、したり顔で自説を開陳するのを目にすることになるんだろうなぁw(毒)。
>最近の読書
● 君塚直隆『貴族とは何か ―ノブレス・オブリージュの光と影―』新潮選書2023
https://amzn.asia/d/0dDEdRZX
著者はだいぶ昔に、以前の板で私がプレゼンした『悪党たちの大英帝国』と同じ人です。一応洋の東西を問わず貴族全般の成り立ちを広く取り上げてはいますが、西ヨーロッパ、それも著者の専門の英国貴族に記述の大半が割かれているのはまぁ当然でしょうか。大枠としてはあの有名な「絶対的権力は絶対に腐敗する」の格言通り、想定通りの内容でしたが、どうも英国貴族だけは唯一の例外に属しているようですね(↓)。
◆◆◆
近世以降のフランスに代表されるように、それまでは王(皇帝)を支えるとともに、国民(領民)にとっても「徳を備えた最良の人々」として、政治や経済、社会や文化を託すべき存在であった貴族たちは、それぞれの国や地域の状況によって多少の差はあったものの、いつしかその「徳」を忘れ、「公共の福祉」のために全力を尽くすべきところを「私利私欲」に溺れ、やがては中産階級さらに労働者階級からも愛想を尽かされて、歴史の表舞台から姿を消していったのである。
ところがここに例外となった貴族たちがいた。ヨーロッパ大陸の貴族たちがこのような運命をたどっていったなかで、島国イギリスの貴族たちは奇跡的に第一次世界大戦後も生き残り、さらに第二次世界大戦も乗り越え、21世紀の今日においても、世界で唯一現存する「貴族院(House of Lords)」まで維持しているのである。大陸の貴族たちとほぼ同じような、政治・経済・社会的な状況を経験してきたはずなのに、なぜイギリス貴族だけが生き残ったのか。(本書 p.133より引用)
◆◆◆
この問い掛けに対する解答として君塚氏は一言「それは税金だ。」と明快に言い切ります(↓)。
◆◆◆
貴族の後退が顕著に見られたフランスとは異なり、イギリスでは貴族は中央と地方の双方で相変わらず政治権力の中枢に居座り続けていた。それは冒頭の言葉にもあるが、イギリスでは貴族が統治することを許してもらうために最も重い公共的負担を引き受けたからであり、それは具体的には「税金」であった。…… フランスでは国庫の半分近くを直接税が占めていたにもかかわらず、貴族や教会は免税特権に守られていた。これに対してイギリスでは、貴族は直接税も間接税も支払わされていた。…… イギリスの貴族は「特権(免税権など)の代わりに権力(統治権など)を手に入れ」るのがすでに長い慣例にもなっていたのだ。…… 彼らが課税負担を担っていたがゆえに、貴族による「支配」に、一般庶民が強い不満を抱き、ひいては大革命にいたるという事態はイギリスでは見られなかった。イギリスには「市民革命」が生じた歴史はないのである。(同 p.136~137より)
◆◆◆
そうなると、じゃあどうして英国貴族は君主(政府)からの課税要求を甘んじて受け入れたのか?という問いが新たに生じる訳ですが…ここからが何度読み返してもどうにも分かりにくいのですが(苦笑)、英国では(分割相続が基本だったドイツ・フランス・ロシアなどとは違って)中世以来「長子相続制」が取られたため所領が分散することなく、少数の貴族が巨大な土地を保有する「大地主」として留まり続けた(p.148~9)ことを踏まえつつ、以下の記述がその答えになっているように思われます(↓)。
◆◆◆
[1688年の「名誉革命」の翌年に出された]「権利章典」により、「議会の合意のない法律の停止は違法である」ことが明確にされ、「議会の許可なく、王は税を徴収できない」ことになった。これ以後のイギリスでは貴族たちに直接税が定期的に課税され、そのかわりに議会が定期開催されるようになる。…… 貴族が定期の直接税に同意する気になったことで、[英国]議会の性格は、危機に対応するためだけに召集される組織から、通常の国家運営のなかで役割を果たす集会へと転換することになった。…… [それに対し]ヨーロッパ大陸の身分制議会には定期的に開催できる権利はなく、議会は通常国王の裁可を得られた時だけ開かれた。フランスでは、革命勃発の直接の引き金となった全国三部会の開催(1789年)は、実に174年ぶりに国王が招集したことで実現できたのである。(同 p.159より)
◆◆◆
「地方の事情の分からぬ王に好き勝手させてたまるものか。国費となる税金は負担してやるから、代わりに国政に参加する常設の権利をよこせ」― つまり国家運営に参画するための取引材料として税金を用いたということのようです。これを当時の英国の下層階級から見ると、確かに貴族は、例えばエンクロージャー(囲い込み)に代表されるように「抑圧者」だったかもしれませんが、同時に「おらが地元の利益代表」でもあったということなんでしょう。
◆◆◆
イギリス的貴族制度の傑作は、次の二点である。すなわち、それは非常に長期に亘って共通の敵が君主であることを社会の民主的諸階級に信じさせていること、そしてそういうわけで貴族が民主的諸階級の主たる敵として留まる代りに、民主的諸階級の代表となることに成功していることである。…… イギリスでは、18世紀に、税の特権を享受しているのは貧民である。フランスでは、逆に富者である。イギリスでは、貴族階級は統治することを許してもらうために、最も重い公共的負担を引き受けている。ところが、フランスでは、貴族階級は統治権を失ったことのくやしさを自ら慰めるために、最後まで免税権を留保したのである。
(仏の思想家 アレクシ・ド・トクヴィル『旧体制と革命』1856年発表より・本書p.135に引用)
◆◆◆
そういや磯田道史氏は著書『武士の家計簿』の中で「江戸時代のような地位非一貫性(権力・威信・経済力などが一手に握られない状態)の社会においては身分による不満や羨望が鬱積しにくく、従って革命はおきにくい。」と述べておられましたね。このように「地元(知行地)との繋がりが薄く、かつ極めて経済的に苦しかった(=商人の方が遥かに金持ちだった)」江戸時代の武士階級とは全く違った原理で、英国では「市民革命が起きにくい」土壌が形成されていたみたいです。勉強になりました。
●スチュアート・リッチー『Science Fictions あなたが知らない科学の真実』矢羽野薫訳 ダイヤモンド社2024
https://amzn.asia/d/0a0wctya
500ページ弱と分厚い本ですが、全部読まなくてもリンク先の「出版社より」のアオリで大体の内容は摑めます。Amazonのコメにもある通り一般向けの書物というよりは研究者に向けての提言と言った趣きでしょうか。
あの有名な「スタンフォード監獄事件がイカサマ(本書p.54~55)」なのはどこかで耳にして既に知っていましたが、御大がプレゼンされたマシュー・ウォーカー著『睡眠こそ最強の解決策である』2017発表のことも「科学的な誇大広告が自己啓発的な語り口にとどまらず、破滅的な結果をもたらし得ることを自ら例示している(p.270)」と手厳しく断罪しています― どんな分野であれ専門家の手になる「画期的な科学的知見」なるものを初めから鵜呑みにせず、少し間を置いて評価する必要性があるのかなぁ、という懐疑的な気持ちに改めてさせられた読書でした。
>ユーフォ
>原作では久美子が選ばれると聞いてたけどアニメで変えた
>真由の扱いが微妙だったって話だからそこの部分テコ入れした感
原作だと部員による決選投票も無くストレートに久美子が選ばれて最後のオーディションが終わるので、「実力主義」を唱える久美子と「エンジョイ勢」真由との思想対決も「消化不良のまま」終了してしまいます。今回のアニメ化では真由が「オーディション辞退」を執拗に主張する「真の動機」が何なのかを“性格の悪い“久美子の口から語らしめることで、原作では割とあっさり流されていた真由のキャラに深みを与え、同時に久美子の部長としての人間的成長をも感じさせるものとなっていましたね。久石奏・高坂麗奈・久美子のアニオリのボロ泣き含めて、これは良改変だったなと個人的には思いました。
>あせびは登殿前からかすけと連絡を取り合っていて~(中略)~桜花宮に呼びつけた。……っていう流れでいいの?
>結果として姉を貶め、桜花宮に混乱を持ち込み、自分の手を汚すことなく関係者の口を封じた……って状況
はい、キャラ名がすももでは無くて早桃(さもも)である点を除けば、全く御大のご指摘通りです(笑)。
嘉助(かすけ)は原作でも伏線無しに唐突に登場する ― しかも東家一の姫に乱暴狼藉を働きながら、その後罰せられた形跡が無く自由に行動出来ているのも何とも不思議 ― ので、宮廷ファンタジーとしては兎も角ミステリものとしては正直アンフェア極まりないと言っていいと思います(Amazonの低評価コメの中に「広告も、松本清張賞もあてにならん!金返せ!」とあるのもそのためですね。まぁその後の受賞作を見るに、松本清張賞自身ミステリとは余り関係無いみたいですがw(苦笑))。
なお今回の描写で分かるように、あせびはいわば「天真爛漫ド天然サイコパス」で、権謀術数渦巻く宮廷を、本人に策を弄しているとの自覚なく何やかんや乗り越えて、最新刊『望月の烏』ではちゃっかり大紫の御前(要するに現皇后)の地位に収まっています。最新刊「だけ」を見ると、あせびが「巧まずして功成り名を遂げた世間知らずのお姫様」に見えてしまうのが、人外の存在に出くわしたかのような恐ろしさを感じますね。
あと全然関係ありませんが、年のせいなのか最近映画などの長めの映像作品を視聴するのがしんどくて仕方が無いので、御大に色々お勧め頂いても中々視聴出来ないのが誠に残念です(涙)。
>烏は主を選ばない
時系列と人物関係が今ひとつわからん。下手に調べるとネタバレ踏みそうだからフワっとした理解なんだけど、
あせびは登殿前からかすけと連絡を取り合っていて、彼はあせびにガチ恋していた(意図せずそう勘違いさせるような文を交わしていた)。で、何をどう書いたのかは知らないけど、登殿直前の一の姫双葉のところに夜這いをかける。彼は相手があせびだと思っていた。
で、双葉が登殿を辞退したために、急遽あせびが登殿することに。その後、母のことを知りたいと思ったあせびは直接自分でかすけと連絡が取れないのですももを介してかすけと連絡を取り、桜花宮に呼びつけた。……っていう流れでいいの?
あせびって田舎に居たみたいな話だったからかすけといつから面識があったのかよくわからないのと、母親の話は6話でやったきりだったから彼女周りの情報よくわかってないんだよね。南家含めてお家騒動多くてこんがらがるし、かすけの存在自体私の中で唐突感がある。結果として姉を貶め、桜花宮に混乱を持ち込み、自分の手を汚すことなく関係者の口を封じた……って状況なんだろうけどさw
>ユーフォニアム
投票するとき久美子派が久美子に票入れてて草。原作では久美子が選ばれると聞いてたけどアニメで変えたんだね。
真由の扱いが微妙だったって話だからそこの部分テコ入れした感はある。
去年の7・8月はほぼ引きこもり生活でした。
なお、不慣れな筋トレをしようとして腕を痛めた模様。
>ニャミー「どうしたら良いのか分からない」
まずはまゆ以外の人にお礼を言うことから始めよう(難題)
まゆ以外とのコミュニケーション経験値ゼロ。初登場以来音沙汰なしの猪狩勝にまた出張ってきてもらおう。
>「変化が怖い」って変化の何が怖いんだろう…
シンプルに面倒臭いってのもあるね。
例えばパソコンで昔から使ってるツールがあったとして、最新の別なソフト使えば便利になるらしいけど、乗り換えるのが億劫とか。今の状態でもなんとかなってるならわざわざ変える必要がない、腰が重いってなりがちなところあるよね。
>ダンジョン飯
前にも触れたようにファリン救出を建前にしたダンジョングルメツアーでしかないから、絶品料理をファリンに食わせて「う・ま・い・ぞー!」で脱皮して解決しても納得するかなぁ(苦笑)
ダンジョンを巡る思惑とか冒険者の俗物っぽいところとかリアリティラインはそこそこ高くしてるけど、そこをあまり高くしても「魔物料理うめーー」との食べ合わせが悪くなっちゃうんだよね。この作品がサバイバルものかと言えば違うし。てかこの内容なら2クールで終われよw
>ゲゲゲの謎
正直、田舎の因習ものはホラー的にもエロゲ的にもド定番ネタだから食指が動かないw
というわけでお得意の倍速で流したけど、まあ、妖怪と戦争体験がブレンドされているのが特徴的ではあったね。言い換えればどーせ妖怪だしなぁ(安心感)になっちゃうんだけどw
>烏は主を選ばない
出番少ないしなかなか尻尾を出さないし……と思ったら自覚なしタイプか。これはこれでどう落とすのやら。
>夏アニメ
もういっそ似たようなファンタジーの似たようなタイトルの作品全部合体して一個にしてもらえません? パソコンでスクロールするたびに似たやつが出てきて邪魔なんですけどw
サクナヒメって米づくりで話題になったけど、ストーリー的に評価されてるんかな。
ユキとまゆの関係は、手早く済ませられるところは済ませつつ、物凄く丁寧に進めているな、という印象を持ちます。
あたしゃてっきり「新キャラ補正もあってリリアン無双!用済みニャミーは自分探しへ…」の流れで、ユキに自発的にプリキュアに参加する意志を問うのかと思ってましたが…
実際は無理していたユキに「ただ傍に居てくれるだけで充分だ」と繰り返し伝える事で、少しづつユキの肩の荷を降ろす方向で進めていましたね。
今作の様な構成を可能にしているのは春映画が無いお陰だけでなく、恐らく敵や妖精側の事情を殆ど語る必要がない事による尺の余裕だと思います。
幹部不在や暴力禁止にこんな使い方があるとは思いませんでした…
という訳で、このままフェードアウトするかと思われたまゆの黒歴史もしっかり掘り返していきますよっと。
ユキって学校に対して歪んだイメージ持ってそうですしね(苦笑)…次はそこを修正していく…と。
>「どうしていいのかわかんない」
多分これって問題を共有する言葉で、相手に面倒事を投げる事になるのが嫌っていうか怖いかなぁ…僕の場合。
後これで相手が答えを持っていたら、問題解決に向けてトントン拍子で進んで行くしかなくなるのも何か怖くてヤダ。
「変化が怖い」って変化の何が怖いんだろう…
さて置き、ガルガルを前に立ち尽くすニャミーからは「どうしたら良いのか分からない」感じがよく出ていましたね。まゆが補助輪みたいになってる。
でも抱き付いてはくれない…!くっ…安くない女感出しやがって…!?
>まゆのバレエ要素
バレエじゃなくアイススケートかも…?
「ユキ→雪→氷」でバンクは氷上がモチーフだからなのかな〜と…
>ゲゲゲの謎
評判良いみたいなんで観てみました。
僕だけかも知れないけれど、この作品のテーマは百合薔薇コンテンツの消費に対する容赦無いアンチテーゼだと思います。
なもんだから、恋愛も結婚も諦めている自分が観るにはあまりにも辛い作品でした…orz
異性を愛するという事が、人間にとってどうしてこんなにも難しくなってしまっているのか…
人間性に対する失望を包み隠さず描写する点は、ある意味「らしい」とも思いましたけど。
>ダンジョン飯
原作者が女性名義だからって美少女玩具にして良いと思うなやw
カニバリズムにどこまで迫れるか?っていうモラルの話はあんまり興味無いんだけどなぁ(苦笑)。
>アストロノオト
…これが「建設巨神イエオン」か…
変形しそうだなって思ってたけど原型留めてなさ過ぎで草www
>声優ラジオ
桜並木パイセン(ピンク髪の先輩)のキャラの完成度たけーなオイ。
開示と隠蔽を自然と行なって来るから、素でやってるんだなって思えて信じられる。
>烏は主を選ばない
お世継ぎ兄弟、無能だな〜…
いや、無能は言い過ぎなんだけど、可も無く不可も無い感じがすげー出てるな…って。
最近は配信映画鑑賞タイム。
ブラウザのアドインで倍速モード入れてあるからチンタラしてるシーンは遠慮なく倍速かけると快適。ホラーやサスペンスなんかの如何にもゆっくり時間かけて「何か出ますよ(肩透かししますよ)」シーンなんざ要らんし。
>かがみの特殊少年更生施設
解説&攻略動画見たけどだいぶ面倒くさいなw リアル脱出ゲーム系が得意な人は好きそう。
個人製作にしてはやたら手が込んでると思ったら会社が作ってるゲームなのね。一人でもできるリアル〇〇ゲームみたいな感じか。
>ユーフォニアム
アニメは久美子×麗奈絶対主義でそれ以外の久美子とのカップリングは認めない!くらいの意思を感じる。
>夏目漱石の「吾輩は猫である」なんて、ほぼエッセイ
「自分自身を陽キャ(迷亭)と陰キャ(苦沙弥先生)とに分割し、その有様を別の自分(猫)が外から観察している」構造全体を、更に著者である自分(漱石)が描き出している…という、エッセイ風の外見とは裏腹に創作として割と複雑な入れ子構造をしているんだな、あの作品は…と、文学青年崩れだった死んだ私の父親が、私が小学生の時分に話してくれたのをふと思い出しました。
>自由意志の否定というよりストイシズムの考えに近い
確かに。ヨースタイン・ゴルデル『ソフィーの世界』でもそんな風に紹介されていましたねぇ(↓)。
◆◆◆
アルベルト「神は人形遣いではないってことだよ。糸を引いて何がどうなるのかを決めるのではないんだ。人形遣いは外から人形をあやつるから、彼は『外なる原因』だ。でも神はそういうふうに世界をあやつらない。神は自然の法則をつうじて世界をあやつる。だから神すなわち自然は、この世に生じてくるすべてのものの『内なる原因』なんだよ。ということは、自然界の全ては必然的に起こっているということだね。スピノザは決定論的な自然のイメージをもっていたんだ」
ソフィー:「前にも同じようなことを言わなかったっけ?」
アルベルト:「たぶんストア派のことだろう?ストア派も、すべては必然的に起こると言っていた。だから、すべての出来事を『ストイックな落ち着き』でむかえることが大切だと考えたんだ。人間は感情に引きずられてはいけない。スピノザの倫理学も、うんと短く言ってしまえばそういうことなんだよ」(前掲書p.320より)
◆◆◆
なお、哲学者の國分功一郎氏によると、スピノザは「釣りの達人でもあり、人生のさまざまな楽しみに通じていた人」らしく、敵対者をも思想の違いを超えて惹き付けるだけの人間的魅力を備えた人物だったらしいですね(100分de名著 スピノザ『エチカ』より)。少なくとも「哲学者」と聞いて私達が脳裏に浮かべるような、「眉間に皺を寄せて訳の分からぬことを一人ブツブツ呟いている」タイプからは遠くかけ離れていたようです。
>映画版でも渡されてた
記憶に無いなぁ…そもそも劇場版を全部観たかどうかすら覚束ないですからまぁ当然か(苦笑)。アニメでも絵葉書の描写が省かれていないのでしたら、あすか先輩は原作通り、可愛い後輩の久美子に対しもう少し「前のめり」な態度を示しても良かったんじゃないかなぁとは思いますね。
まぁ私がざっと確認しただけでも、アニメの描写は原作から大なり小なり改変されていたり、時系列が入れ替わっていたりするものが目立つなぁという印象なので、今更ではあるのですが(直近のエピソードだけ取ってみても、久美子が麗奈に「大好きのハグ」をするのは、原作では深夜では無く他の通行人の視線が突き刺さる早朝の駅前だし、緑輝の「種まき」発言は、原作ではファミレスではなく部活帰りの音楽室前で行われるし、鎧塚先輩の出る音大のコンサートに大挙して行くのも原作では九月ではなく夏季合宿前(プールの翌日)で、しかもコンサート終了後の久美子とみぞれ先輩とのやり取りは完全なアニオリだったり、と枚挙に暇がありません)。
>中世古先輩結構やべー奴
うろ覚えですが、確か原作のスピンオフで、中世古先輩があすかに対し「ライクじゃなくてラブ(©高坂麗奈)」の感情を抱いていること(そしてあすかの側も満更嫌がっても無いこと)が描かれていたと記憶していますね~。
>烏は主を選ばない
>弟は素でやってると思う
恐らく次回で明かされるかと思いますが、そんな若宮ですら足元にも及ばない「演技派」― というより、演技しているという自覚自体が本人に無い、いわば生まれながらの「詐欺師」が中に一人交ざっているんですよねぇ…まぁ誰の事を言っているかは大方想像がつくかとは思いますが(苦笑)。
>今週の猫
もう少し話数を重ねるかと思いましたが、思いのほかハイスピードでモンペキャラからツンデレキャラへと変貌を遂げつつあるようで何よりです…それにしても、文字通りの畜生(=犬猫)に読み書きやら集団生活の心得やらを一から教え込まなければならない現場の教師の苦労に対しては、心底同情申し上げます(笑)。
いろははアニマルガチ勢だからヨシ!こむぎはいろはがロールモデルだからヨシ!まゆはガルガルの恐怖に共感できるからヨシ!ユキは…ユキは…?
ユキはまゆに向けていた優しさを、少しだけ他に向けるなり広げるなりすれば良さげな感じはしますが、あの石頭にそんな器用な事ができるのかっていうと…ねぇ?
ガチガチにガードを固めていたり、問答無用でボコしていたりしたのもガルガルへの恐怖の裏返し…と捉える事もできそうですし、まゆが何某かユキをリードしないとタンバリン出てくれない気がしてます…(汗)
>日記療法
夏目漱石の「吾輩は猫である」なんて、ほぼエッセイですもんねw
手紙系なら「毒になる親」でも、虐待された子供の自分に向けた手紙や親に向けた手紙を書くセラピーが紹介されていました。
日記ならここ数年書いてますが、5~10分ではまず書けないんですよね(苦笑)。
結果、睡眠時間に影響が出たり、歯磨きやスクワットをサボったりしてるので、精神衛生上どれを優先したら良いのか?は最近の悩みどころ。
>相対性理論と自由意志
相対性理論が自由意志を扱えていない点は、当のアインシュタインを始め、以降の様々な科学者が指摘していた所みたいですね。
なのでブロック宇宙論は特別斬新な理論モデルという訳でもない様で…個人的にもその理論が扱っているのは記憶という名の情報でしかなく、意志や意識の謎には迫れていない様に思います。
意志や意識といえば、ほぼ毎日睡眠によって分断されている自意識の連続性が、記憶を引き継いでいるというだけで担保されるのもおかしな話なんですよね。それを認めると「自分は同一人物じゃない!」とか言い出したり、「5分前仮説」とかを認めたりしなきゃいけなくなるので…
https://w.wiki/3iuA
>スピノザと自由意志
「エチカ」の事ですかね。
手元の「図解 哲学がわかる本」では、「エチカ」は「この世界を神そのものである」とし、
「「自由」については、こう考えた。…神の運動はすべて自己運動であるから、神はまったくの自由である。また、神の運動は何らかの目的をもったものではなく、すべて必然でなければならない。なぜなら、目的があるのなら、神はその目的のために動かされていることになるからだ。」
…と書かれていました。
どちらかといえば、自由意志の否定というよりストイシズムの考えに近い様に個人的には思えます。
>かがみの特殊少年更生施設
?si=kteN8t-h2ziMKZQe
本物のYouTube動画でチュートリアルを済ませ、本物のTwitter(X)からヒントを得、本物のwebサイトに隠された架空の事件を暴く新感覚インディーズゲーム。
上述の様に良くも悪くもUIが斬新で、奇妙なリアリティのあるゲーム。察しの良い人なら分かるだろうけど、胸糞悪い終わった事件を調査する事になるので後味はあまり良くないです。
後、どう考えても推理では辿り着けないキーワードがあるので、詰みポイントを突破するのが理不尽に難しい。僕の様な根を詰めるタイプには向かないと思います。
ただ、突破した時の隠蔽組織ざまぁ感や、その後のスピード感は語彙力無くすレベルでヤバい。手汗と手の震えが止まらなくなる唯一無二のゲーム体験でした。
他には、コピペ機能を使うのが基本とはいえ、固有名詞がやたら複雑で憶え難かったりするのでメモ帳を開いておくのも必須なんですよねー。
猫組、押しに弱いよね。
思ってたより猫組単独で話を進めてるのが意外だったかな。もっといろは達が絡むのかと思ったけど、犬組・猫組それぞれで独立させて個性を際立たせる構成のようですね。
>戦争体験が反映されていることを念頭に置くと
>しみじみとした気持ちにさせられました
音楽の指揮者が作曲家や時代背景を調べて、それを演奏に反映させるっていう一般人には全然わからない工夫をするのもそういうことなんだろうね。
>デデデデ
原作のネタバレを読むと、母艦爆発で主人公と門出は消息不明→ギリギリ助かった世界も唯一無事な日本を巡って戦争→門出父が登場してタイムリープ→主人公と門出は普通の友達として社会人になる。みたいな流れらしい。
これで良かったじゃん。
3ルート(門出死亡ルート、世界半滅亡ルート、平和ルート)あることで相対・比較化できるし、どのルートでも主人公と門出が友達でそれぞれの生き方が描かれるって構図にもなる。ちょっとした選択で未来は変わるけど、変わらない友情がある。そう纏めることもできるし。なぜ映画をあんなデキの悪いセカイ系終末ものにしたのか。
>一回だけ助けたげる券
見覚えあるなと思ったら映画版でも渡されてたね。あすか先輩は久美子を気に入ってると思うからアニメの描写はちょっと素っ気なさすぎる感はありますね。
それにしても中世古先輩、映画のときもお揃いの格好して、今回もルームシェアしてるの結構やべー奴だな?
>烏は主を選ばない
この手のやつ、特殊な訓練でも受けてるのかってくらいにみんな演技派だよねw お兄ちゃんが「ぐぬぬ」しながら頭下げてたシーンが演技かと思うと笑ってしまう。弟は素でやってると思うけど。
前シリーズの「みんなのヒーロー」を志向して変身したソラとは本当に真逆だなぁ(苦笑)。それはそれとして「怖くない、怖くない」という口上は何かイイな、何ともまゆらしいというか。
>踏み出そうとするまゆと、それを止めようとするユキの対比がプリキュアでは珍しい
>まゆは自分の怖がりを自分である程度克服する必要があり、またユキもそう努力するまゆを見守る努力が必要になる
暫くの間は「まゆ離れ」に向けて“過保護を自覚したママ”ユキの葛藤が描かれるんでしょうか…。過去作には無かった(はずの)視点なので、今後の期待が高まりますね。
>創作がセラピーになっている人って結構いるっぽい
まぁ、そういった動機で執筆された創作が名作文学になるのがそもそも稀有な事例でしょうから、目立たないだけなんでしょうね。創作ではありませんが、「文章として残し形にする」という点では心理セラピーの一つである「日記療法」を思い出します(↓)。
https://www.ginzataimei.com/knowledge/%e6%97%a5%e8%a8%98%e7%99%82%e6%b3%95/
あと以前紹介した記事内で、作家の桜庭一樹氏が「サリンジャーの戦争体験が反映されていることを念頭に置くと『ライ麦畑でつかまえて』の末尾のセンテンスの意味が全く違って感じられる」とあるのは何を指して言っているのかなぁと思ってラスト周辺だけ読み返してみると、サリンジャーは主人公ホールデンの口を借りて「これまで長々と問わず語りを続けてきたけれど、思い出話なんかするもんじゃない、話に出した連中が自分の周りに居ないのが寂しくて、物足りなくなって来るから。」なる主旨のセリフを言わせているんですね。これまでは何とも拍子抜けするラストだなぁと思ってスルーしていたんですが…あぁそうか、「話に出した連中(のモデル達)」は、気のいい奴もムカつく奴も揃って既に戦死しこの世に居ないことが含意されていたのか。「膝から崩れ落ちる」ほどではありませんが、私も何かしらしみじみとした気持ちにさせられました。
>相対性理論でも自由意思が否定されてて草
前にもこの板でプレゼンしたように、元来相対性理論自体が、自由意志を否定するスピノザを信奉していたアインシュタインが唱えたものですから、そういう結論になるのも不思議じゃないなって印象は受けますね。この究極の決定論とも言える「ブロック宇宙論モデル」… きっと草葉の陰でアインシュタインも大喜びしているに違いありません(笑)。
https://tocana.jp/2022/08/post_239739_entry.html
>デデデデ
>この作品が非常に気持ち悪くて不健全だという話
作品は原作も映画も私は全く未見なんですけれど、その「尻拭いは彼氏が全部やってくれました」とか「彼氏作って彼氏が全部やってくれてハッピーエンド」という御大の感想から、私は『君の膵臓を食べたい』のご都合主義を更に徹底させたシロモノなのかなと思いました。これだけ御大のメンタルを苛立たせる創作というのも中々に珍しいですね(笑)。
>あすか先輩の人生相談
映像では明確に言及されていませんが、あのひまわり畑の絵葉書は、高二生時の久美子があすかから「ほんまに困ったら、一回だけ助けたげる」との約束と共に手渡されたものなんですよね。そんな経緯もあって原作のあすかは、アニメでの素っ気ない描写とは違ってもう少し親身になって久美子の相談に耳を傾け、助言を与えています(香織と二人並んでちゃんと玄関で久美子の見送りをしていますし)。