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「グラジュエイション」だったかと。

 今日午前1時からBS朝日で放送の音楽情報番組「ぐるーヴ」のオープニングで2フレーズか3フレーズ、♪グラジュエイション、グラジュエイションと、バックでかかっていた様な。最初、「良く聴く曲だなあ〜、カーペンターズ?、え、いやいや、え、え〜」との心境に(もしかしたら勘違いかもしれませんが!)
 それからコネリーさんへの問い掛けで、YouTubeで「グラジュエイション 倉田まり子(1979)」の題名で
16年7月12日公開で、徳光さんと辺見えみりさんの司会の過去の年のヒット曲をランキング形式で取り上げ「貴重映像」を使い紹介する音楽番組で、昭和54年の特集で<第7位>として「グラジュエイション」が流されました。第5回日本テレビ音楽祭の映像でワンコーラス謳う映像が放送された内容。映像がスタジオのゲストの方に切り替わると、東幹久さんが拍手を、片平なぎささんが「そうそうこの曲、納得、納得」といった風に小首を縦に4〜5回振っている光景に。こんな事が有ったのですね。それと「週刊新潮」ですか、「まり子さん、今こんなお仕事されてますよ」といった切り口の記事を掲載していたのですね。いずれについても反響はどうだったのか、知りたい所です。

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テレビ番組で、懐かしい映像が突然映し出されるということが、ときどきありますね。見たことがあるものでも、思わず「おおっ」と感嘆することがしばしばあります。

それで徳光和夫氏司会の歌番組は、「速報!歌の大辞テン」だと思います。放送時のリアルタイムベスト10と、同時期の昭和ベスト10を取り上げるというユニークな歌番組でした。まり子さんの曲では、「グラジュエイション」と「HOW!ワンダフル」が取り上げられたことがあります。グラジュエイションのときは、残念ながら放送後に知りました。

この件は、一番最初に開設した掲示板に書いたような記憶があります。かれこれ10年ちょっと前のことですが、動画サイトもコンテンツが寂しい時期だったことや、レッツヤンの再放送も始まりかけていたことも相まって、ファンサイト主催者としては、気持ちが盛り上がってきた感があります。

一方、活字メディアのほうですが、季節の変わり目にあるような「あの人は今?」のようなものは、「載ってうれしい」という印象を持たれてるファンの方は少ないと思われます。現在の「坪田先生」として、ご本人が書かれてる就活関係の記事は別ですよ(笑)。

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2015年に逝去した川島なお美さん

かつて、まり子さんと同じ年月に、生まれた川島なお美さんが、2015年の9月に亡くなったことが印象に残っています。

女子大生の時にデビューをし、当時20代だった80年代の初期、まり子さん達と共に青春時代を謳歌していました。歌手、女優、バラエティーと幅の広い活動をし、何よりもワインを愛してやまない人でした。

私生活では、パティシエの鎧塚俊彦さんと結婚をし、左目が不自由な夫を支えてきましたが、残念ながら胆管癌で、息を引き取りました。亡くなる直前の川島さんは、かなり痩せていて痛々しく感じました。

川島さんに限らず、かけがえのない人の死は、一緒に青春時代を過ごしてきた人達に大きなショックを与えたものだと感じました。

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川島なお美さんというと、「女子大生タレント」の元祖的な存在だった印象があります。自分が大学生時代には、なお美さんの髪型や通称「ハマトラファッション」を周囲の女学生が影響を受けていたことが思い出されます。最後まで、芸能のお仕事にこだわっていたようですね。

まり子さんの出演ドラマ「気になる天使たち」の前身的番組の「ただいま放課後」にも、川島さんは出演していました。同番組には、「ぎんざNOW!」のハンダースのメンバーで昨年6月に62歳で亡くなった小林まさひろさんも出演していました。

最近は、自分たち世代に近い方の訃報を聞くことも珍しく無くなってきて、複雑な思いがします。

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そうえいば、2012年の4月18日の生前の更新内容に、

(33年前の4月21日、ラジオでは、「鶴光さんのオールナイトニッポン」と「アイアイゲーム」のアシスタント、キャニオンで歌手デビューした時の思い出、そしてデビューした時の1979年を振り返っていました。あの時は、文化放送のミセスDJのラジオの打ち合わせをしながら、時にワインを飲みながら、ピザを楽しむ様子が描かれていました。

もちろん、1979年の昭和54年は、インベーダーゲームが大流行、バスボンガール、デビュー同期のまり子さんのことや桑江知子さんのことにもふれており、今日に至るまで続けてこれたのは、皆さんのお陰、そして、これからも新たしいことに挑戦するという前向きな内容を感じました。

生前は、ダックスの雌犬を娘のように可愛がっていた、野球ではドラゴンズやジャイヤンツの応援をしてたし、料理が上手な人でした。それで最後の本人ブログは、2015年の9月23日のミュージカルの「クリスマスキャロル」の降板のお詫びでした。

それから、9月25日に、川島さんの所属事務所の太田プロダクションから、彼女は24日の19時55分に54歳でなくなったという知らせが入り、36年間の芸能生活にピリオドを打ちました。

なお、川島さんの代役は事務所の後輩で、「よめきんトリオ」で活躍していた渡辺めぐみさんがしました。渡辺さんは、松金よね子さんとKINYAさんで、「笑っていいとも!」の80年代期を盛り上げていた人の一人でした。

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まり子さんがデビューした1970年代からは、歌手から俳優に転向される人はけっこういました。若い時は若者向けのドラマがあるので、出演の機会は多いはずです。でも、年を経ると年齢が高い役の数自体が少なくなるので、小さなパイの奪い合いとなり、仕事として成り立たなくなってしまうこともあるようです。

川島さんも、年齢を経ても女優業に焦点を定めるためには、相当の苦労をされたはずです。ですから、仕事に対する責任感も強かったのでしょう。運命とは、残酷なものだと感じます。

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ヤング101の衣装がレッツゴーヤングに

かつて、70年代の青少年向けの歌番組「ステージ101」(最終回と札幌冬季五輪特集以外は映像が残っておらず)がありました。そこで、ヤング101の女性メンバーが着用していた白襟付きの赤の袖なしワンピースの衣装(1972年)が、レッツゴーヤングや紅白歌合戦のスクールメイツさん達が着回ししていたことが分かりました。

ステージ101は、70年代に、10代とか20代の人だったら、男女問わず一生懸命見ていたんじゃないかなあと思う。時間帯は、土曜、水曜、日曜と変わりました。資料を見ていたら、オーディションで荒ばれた若者たちが洋楽やフォークソング、オリジナルソングの歌に挑戦し、ダンスで汗を流していたものでした。

そのステージ101の女性ダンサーの衣装は、レッツゴーヤングのサンデーズの女性メンバー、ヤング歌の祭典の出演していた女性メンバーにも引き継がれており、もしかしたらあの最終回のカラフルなキュロットのつなぎも着まわしていたのではないかと思います。

一人の歌手が、自前の衣装を何度も着るのはよくあることだけれども、他の人が着用した衣装を一部手直しして、着まわすこと、これは、歌劇団とか舞台、ミュージカルの世界によくあることだけれども、アイドルグループの間でも、きっとあるのではないかと感じました。つまり、衣装というのは、使える限りは大事に使うものだと思いました。

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ヤング101の初期放送時は小学生高学年だったので、何となく見ていた記憶はあります。以前掲示板にも書いたかもしれませんが、小学校卒業式の謝恩会で「ステージ101風の歌と踊り」を揃いの黄色かオレンジのシャツを着て、歌った思い出があります。

単に歌手が持ち歌を歌うだけでない、集団がパートパートに分かれて洋楽などさまざま曲を歌うという斬新な音楽番組でした。それゆえ、中学生前後の少年少女には大人びたカッコいい番組と捉えられていたのだと思われます。

衣装の使い回しは、レッツヤンのサンデーズのときも、まり子さんが在籍の時の衣装がその後のメンバーの時にも使われたことがあったはずです。

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♪グラジュのシーズン(^^

今年も今しがた名曲「グラジュエイション」が山形放送(YBC)ラジオから流れました〜。午前9時〜11時まで7〜8年は続いているリクエストで曲を掛ける同局看板人気番組で、私はいつも部屋に居てラジオ着けてる訳では無いのだが、巡り合わせはかなりの確度(去年は巡り合わせ叶わずだった筈で2年振り?)! たまたま聴いてた9時57分、DJアナが「10時迄」と断って「天童市の○○さんからのリクエストで倉田まり子グラジュエイション」と紹介(2年前か3年前の時もこの方からのリクエストだった様な)、2コーラス目の「会いましょう何時でも」迄掛かりました(誠に残念ながら10時の関係でここ迄)。車で聴いてる営業マンも「懐かしく」そして「いい歌だよな〜」と思ったはず。YouTubeのコメントでは将来のアーティスト活動を希望する声も出ておりますが、その様な際にはぜひ天童市近くで「一声聴かせてやって」欲しいと思います。余りにハスキーボイスだとちょっとその方、「面食らっちゃう」かもですがw 

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数日前に朝日新聞で「卒業ソング特集」があって、いろいろな曲が載っていましたが、「グラジュエイション」は残念ながら無かったです。年々、卒業シーズンを扱った曲も増えてゆくわけで、難しくなるのも仕方ないかもしれません。

マスコミ記事に一喜一憂するより、音楽の教科書に「グラジュエイション」が掲載されるような大きな夢を考えてゆきたいですね。ラジオなどでは地道に曲が流れているので、教育関係者さんの目ならぬ耳に留まればと思う次第です。

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3月・卒業シーズン

みなさま、こんばんは。今年も早3月となりましたが、いかがお過ごしでしょうか?卒業シーズンなので、まり子さんのデビュー曲「グラジュエイション」が思い浮かび、CDやレコードなど聞かれてるファンの方も多いのではと思います。

そんな季節ですが、まり子さんのファンクラブ会報の記念すべき第1号をUPしました。シングル2枚目の「いつかあなたの歌が」リリース直後の発行ということもあり、まり子さんを皆で盛り立てようという意気込みが伝わる内容です。

さて、現在のまり子さん(坪田先生)ですが、お仕事の依頼が昨年同様かなり多いようです。まり子さんが苦手な花粉症の季節でもありますので、健康に気をつけていただきたいと願うばかりです。それと公式サイトのメッセージ更新も、楽しみに待ちたいと思います。

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管理人さま、みな様こんばんは、「まり子さんのファンクラブ会報の記念すべき第1号」のUPありがとうございます。
ありがたく拝見させて頂きました。

まり子さんのメッセージ1月のままですがこれは
日々のお仕事が忙しい現われだと思っています。
コネリーさんが書いていらっしゃるように・・。

お身体大切にお仕事にとわたしも思っています。(仕事が順調=忙しいって良い事ですけれど..)

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こんばんは。まり子さんのメッセージが更新されています。お仕事がお忙しそうですが、懐かしい人との再会もあったようですね。OL時代の努力が後々実を結んだことなど、読んでいて感動した次第です。

卒業シーズンなので、大学などの卒業式にも出られているかもしれません。

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NHKのホームページによると

ステージ101は、1970(昭和40年)から1974(昭和49年)の4年間だったけれど、黒柳徹子さんや関口宏さんの大物司会者や大物歌手との共演が多く、作詞作曲、歌唱指導、振付にも一流の先生が入っていたと聞いています。

前述の映像が、ビデオテープの上書きの影響で殆ど残っていないので関係者が撮影した無声のフィルムか、視聴者がテープレコーダーから録音したカセットの音源、当時のレコード、写真でないと様子を知ることができないのが残念です。

それでも、ここから、太田裕美さんや田中星児さん、若子内悦郎さんとともにヤング達を盛り上げてくれた芹澤廣明さんとか音楽界の逸材も輩出しました。

芹澤廣明さんは、あだち充氏の野球マンガの「ナイン」や「タッチ」の楽曲を多く手がけており、特に「タッチ」の主題歌を多く歌った岩崎良美さんは、これで一躍ブレークしました。

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ステージ101について

あれは、NHKの101の大きなスタジオをめいいっぱい使って、群舞に合唱、デュエット、ソロ、トリオといったコンビネーションを上手に組んで、洋楽、オリジナルソングに、取り組んだ当時の若い人達をみていると、男性メンバー、女性メンバー共にロングヘアの人が多かったです。

それと、この番組で印象に残ったのは太田裕美さんで、あとで「木綿のハンカチーフ」がヒットしますが、最終回の歌の時はまだ少女という感じがしました。

この番組では、優れた音楽家や歌手を輩出しましたが、この番組を見た当時の若者達が、このメンバーのように歌って踊れるような歌手になりたいという願望を持ち、「スター誕生」やレッツゴーヤングの「サンデーズ」「君こそスターだ」とか、テレビや雑誌の芸能オーディションに応募した人もいました。

ステージ101は、オイルショックの経費削減の影響で、1974(昭和49)年の3月31日に終了しました。

レッツゴーヤングになってから、渋谷のNHKホールでの公開放送になり、従来のスタジオ中心のライブから一変しましたが、ステージ101の挑戦する精神は後番組でも引き継がれていき、サンデーズメンバーにも影響を与えました。

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ここに亡命

その調子でドンドン語って下さい ここに来て語って下さい みんな待ってます ここに亡命して来て 主張してください 侍japan も来ています ブヒ吉より。

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3代目ジェームズ・ボンドのロジャー・ムーア氏が、氏の007主演作のDVDの解説音声で、こう発言していました。「映画を見て、しばし現実を忘れてください」名言だと思います。音楽や歌を聞いて、小説を読んで束の間の時間ですが、その世界に浸ることができます。

そうできる、作り手やアーティストの表現力があるからこそですね。みなさん、一息つきましょう(^^♪

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新・ファンクラブ会報@@かと思ったよ^^)

 ご無沙汰してますコネリーさん。メイト及び永遠のFUNの皆さん(^^♪お元気ですか〜。 さて、何といってもYouTubeと言うか、この季節ですから、今宵久しぶりに「グラジュエイション」を音量たっぷりに聴こうかと思い視聴しまくりました。どういう訳か音量たっぷりのフルコーラスのが無くて少々不完全燃焼の夜w 視聴コメントには「HOW!ワンダフル」に、1か月前「こういう曲こそが今の紅白を救う!」、1年前「いい曲だ。まり子様とてつもなくきれいだし、グラジュエイションのようなしっとりとした曲もいいけど、こういう楽しげな曲もいい。」、「いつかあなたの歌が」には、10か月前「今も輝いていらしてますが、またアーティスト「倉田まり子」を見たいですね。」と有りました♪
 この際、コネリーさんへの希望としては、1stの神田西口カラオケ店の一夜の様な「再びの感動のミニミニライブの夜」(特に「HOW!ワンダフル」の感激)の構想を描いて、プラン、プランを、と期待する思いです♪ 

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 「グラジュエイション」、音量フルでフルコーラスありました〜。メール送信後、もう一回聴こうと、「グラジュエイション」で打ったら最初にw さっきは「倉田まり子」で打ったんです。願いがかなったかのような(^^♪ 明日から毎日聴くぞー! 「グラジュエイション月間」だーW

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こんばんは。ファンクラブ会報は文字通り当時ファンクラブ会員にならないと読めなかったもので、初めてご覧になる方も多いと思います(恥ずかしながら自分も)。記事のすべてが、まり子さん情報で満たされてますね。まり子さんのメッセージをファンの方々は、ドキドキしながら読まれたのではないでしょうか。

まり子さんもこの記事を懐かしくご覧になっているかもしれませんが、現在の会報(?)というか公式サイトの今月のメッセージが更新されています。お仕事で懐かしい人と再会されたり、移動の時間に新幹線の車窓からの風景で、一息ついたりされているようです。

今は「グラジュエイション」の季節ですが、ユーチューブでのUPで最近増えているのが、一般の人がカラオケでまり子さんの持ち歌を歌ってる音声または動画です。まり子さんの現役時代を知らない方も歌っておられるようで、たくさんの方にこの曲を親しんでいただいきたいものですね。

同窓会のほうもプラン始めてますが、会員のみなさまには続報をお待ちいただければと思います。「さよならレイニーステーション」のまり子バージョンもカラオケに入ったようで、レパートリー増えそうですが。

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3.11 東日本大震災

 もうすぐ、3月11日 6年が経ちます。幸い、家族や親族は無事、自宅もほとんど被害を受けませんでした。当時は、電気の復旧まで1週間、ガスの復旧は40日ぐらいかかりましたが、周りがみんなそんな状況だったので仕方ないいう気持ちで過ごしていました。震災時、灯油、ガソリン、水、現金が大切できちっと確保しておいてください。貴重品は手元に置いて持っていることが大切です。また、空き巣に注意してください。

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ぼくはその時荒川の橋のうえを車で走ってました ものすごい揺れでした 橋がぶっ壊れと感じました ブヒ吉より

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みなさま、こんばんは。
私はあの日、生涯忘れることの無いくらい、激しく長い揺れを体験しました。ビルやマンションなどでは、ドアが歪んで脱出が難しくなることもあるので、早めの判断が必要ですね。自分の周囲にいる人への注意喚起や、協力も考えなくてはいけません。

発生から6年目を迎える東日本大震災は、報道で少しづつ立ち直ってる方々を見ていますが、被災者の方々ひとりひとりに別々の人生がありますから、生活や住まいのことメンタルな面など、問題を抱えてる方もたくさんおられると思います。

この日から、いつか起きると言われている「首都圏および近県の大地震」はまだ起きていませんが、太平洋側の地震は絶え間なく起きているようですので、これからもご注意ください。

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ムッシュかまやつさん逝去

堺正章さん、井上順さんと共に、青春時代をグループサウンズのザ・スパイダーズで過ごし、ミュージシャン、俳優、作曲家と多彩な活動をし、幅の広い人たちから愛された音楽界の重鎮がこの世を去りました。

60年代、70年代に、子供時代、青春時代を過ごした人なら誰もが分かる人だけに、多くの芸能人から惜しまれました。そういえば、この年は新年早々から、芸能人や著名人の訃報が目立ちます。

オヒョイさんこと、藤村俊二さんは、1月に、演歌作曲を多く手がけた船村徹さんは、2月になくなり、昭和の時代が、終わりを告げたと感じました。

また、それだけでなく、平成世代では、人気アイドルの私立恵比寿中学のメンバーの松野莉奈が、18歳の若さで亡くなりました。未来ある若い人だっただけに残念です。

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かまやつさんは、最初肝臓がんを公表していたけれど、実際はすい臓がんが肝臓に転移したものでした。すい臓がんは、胃の後ろで早期発見がしづらく、たちの悪い病気です。

2016年において、ジャーナリストの竹田圭吾さんや元千代の富士の先代九重親方の命を奪っただけに、改めてこのがんの恐ろしさを知りました。

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オリコン1位の50年の歴史に登場した歌手、グループのメンバーの中にも、すでにお亡くなりになった方がいました。ただ、その方がたとえ鬼籍に入られたとしても、昭和や平成の歌謡史に残る歌といい歌声はいつまでも残るものがと思いました。

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「あの人、最近テレビ等で見なくなったなぁ」と思ってると、訃報が入ることが珍しく無くなってきました。

グループサウンズ全盛期は自分は小学生だったので、歌番組での印象は少ないですが、ザ・スパイダーズなど解散後も活躍された方々がいるので、みなさんそれぞれ才能があるのですね。

昔の歌を聞くと「情景」というものが必ずのように織り込まれていて、聞いていて自然とそういうものをあれこれ想像できる楽しみがあったように思います。おそらく作詞や作曲された方々は文学とか古典とかに親しみ、旅行とかで各地を歩いたりして、そういう情景を曲に織り込むことができたのではと考えます。

藤村さんもメンバーだった「昭和九年会」も、ここ6年くらいは毎年誰か亡くなってしまって、物故者のほうが多くなってしまいました。おっしゃるように現在のエンターテインメントの礎を作った先駆者の方々がいるからこそ、今の芸能界も存在するわけですね。

若くして亡くなったというと、グラビアアイドル女優の堀江しのぶさんが思い出されます。この人もスキルス性胃癌という、治療が難しい病気でした。

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かまやつ氏の印象に残った作品

やはり、印象に残っているのが、スパイダーズ時代の「あのとき君は若かった」(作曲のみ、作詞は菅原芙美恵)、「なんとなくなんとなく」です。
ソロ時代では、親友の吉田拓郎さん提供の「我が良き友よ」です。つま恋の野外ライブで、かやまつさんと吉田拓郎さんが、大勢の観客の前で歌っていたのが印象に残りました。

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静岡県の掛川市に存在した、緑あふれるリゾート地の「つま恋」は、2016年の12月25日に、地元静岡の親会社の楽器と機械製造でお馴染みの「ヤマハ」が営業を終了しました。

1974年から、新人ミュージシャンの発掘と大物アーティストの野外ライブ、宿泊を含む総合リゾートとして静岡県内外から親しまれてきましたが、親会社の経営難を理由に42年の歴史に幕を下ろしました。

地元の掛川市が、経営存続を希望したところ、神戸のHMIホテルグループが、つま恋の経営を引き継ぐことになりました。
経営先は、変わりましたが「つま恋彩の郷」として、再出発することができました。

4月に、再オープンしますが、「つま恋」が築いてきた伝統を守りながら、新しい風を入れて欲しいです。

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戻って来て下さい

みんなここに戻って来て下さい
見てるだけでないで好きなことを語って下さい
自分の好きなジャンル
ビートルズ ベトナム戦争 映画ゴッドファーザーなど
自分の好きな話しを恥ずかしがらず
勝手に語っちゃって下さい 
それが青春だと思います
ブヒ吉より

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こんばんは。1月も終わり、2月になりました。坪田まり子先生の今月のメッセージが更新されるか、楽しみにしています。

かつてのまり子さんについての話題もあるかと思いますが、今現在のまり子さんというと、公式サイトでの毎月のメッセージや著書に雑誌等の記事を読むことで、ご本人の考え方や生活ぶりに趣味嗜好などを垣間見れると思います。そういう点と、自分の趣味や興味などに繋がることを書かれてみるのも良いと思います。

1月のメッセージだと、「美容院」とか「聞き上手」などの言葉が思いかびます。私などは、まり子さんのように豊富できれいな髪の持ち主で無いので、床屋に行く頻度が少ないですが(笑)。

「聞き上手」となると、国家のリーダーには特に必要なはずですね。最近の報道を聞くと、切に感じる次第です。

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歌とともにあった青春時代を蘇らせる番組が、本日13日にTBSテレビで、午後7時から放送されます。

「歌のゴールデンヒット〜オリコン1位の50年間〜」歌謡曲などのランキングで有名なオリコンの創立年から、50年あまりのヒット曲ランキング1位に絞って聞けるそうです。どの世代の方でも、聞き覚えのある曲がいろいろと聞けそうですね。

http://www.tbs.co.jp/utanogoldenhit/

まり子さんもレギュラー出演していた「ぎんざNOW!」には、創立者の小池聰行氏が毎週出演していて流行歌ランキング情報を熱く語っていました。それにより、流行歌のランキングというものが広く知れ渡りましたね。

朝日新聞の土曜日版be On Saturday には、「もう一度流行歌」という連載記事があります。1970年代、80年代、90年代など読者の投票結果とオリコンのランキングが載り、読者投票の上位の曲の当事者のインタビューとか、当時の世相なども書かれていて、これを読んで懐かしく思い出したりしています。

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お知らせ 火曜サスペンス

皆さん、こんばんは。

現在YouTubeに「火曜サスペンス(受験地獄)倉田まり子出演」がアップされています。
未見の方は、消えないうちにご覧ください。

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管理人のコネリーさん、皆様こんばんは

ちゅうばんさんが掲載されていらっしゃる、まり子さんの
画像は相変わらず綺麗ですね。(拡大して見ちゃいました)

以前の書き込み(コネリーさん)にある様に このサスペンスドラマ中で、お嬢様の ますみ役を演じるまり子さんの登場が後半無いのがちょっと残念ですね! 出演キャストのエンドロールには まり子さんの名前は大きく3番目に出てくる訳ですからもっと出番があっても良かったのにと思ってしまいます・・。

でも、主演の太川陽介さんそして神保美喜さん熱演でしたし私的には見応え十分ありました。

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みなさま、こんばんは。
先日、駅で電車を待っていたとき親子連れが近くにいて、4歳くらいの男の子が母親に「ゆーちゅーぶ、ゆーちゅーぶ」とスマホでユーチューブの動画を見たいとせがんでいました。なるほど、これだけ動画サイトが社会に浸透してれば、ピコ太郎とかが流行るわけだと妙に納得しました。

この「受験地獄」も「大江戸捜査網」に続いて、「火曜サスペンス劇場傑作エピソードDVDマガジン」なんかでソフト化してもらいたいですね。

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お久しぶりです。

コネリーさん、お久し振りです。石川ひとみさんのコンサートでお会いした時が懐かしく思います。早いもので、あの時から10年が過ぎました。私は様々な地域を転々とし、昨年10月より東京に住んでいます。機会があれば久々にお会いできれば良いですね。

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こんばんは、お久しぶりです。10年前とか、いろいろなことがありましたね。私も懐かしく、思い出がたくさんあります。また、どこかでお会いすることがあるかもしれませんね。

ひとみさんもこれまで色々な方向性を模索されていましたが、最近は原点への回帰されるお仕事が多い感じもします。プリンプリン物語とか、NHKでのお仕事の遺産の大きさもあらためて感じます。

まり子さんともレッツヤンという共通項があるので、今後新しい展開があればと思ってます。

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