透きとおるトパーズボイス!!
さわやかなキャンパス・エンジェル
「トパーズ・ボイス」は、まり子さんの誕生月にちなんだキャッチフレーズだったらしいですね。
来月は6月で、当サイトの開設月であります。まり子さんの曲で好きな「June浪漫」にちなんで、その月を選びました。これから梅雨の季節になりますが、そんな時期にカラッと明るいこの曲を思い出してください。
あっ、サインつけ忘れました^^;
透きとおるトパーズボイス!!
さわやかなキャンパス・エンジェル
「トパーズ・ボイス」は、まり子さんの誕生月にちなんだキャッチフレーズだったらしいですね。
来月は6月で、当サイトの開設月であります。まり子さんの曲で好きな「June浪漫」にちなんで、その月を選びました。これから梅雨の季節になりますが、そんな時期にカラッと明るいこの曲を思い出してください。
あっ、サインつけ忘れました^^;
コネリーさん お久しぶりです。
数年前の大阪プチ同窓会、お誘いの際はお返事しなくて申し訳ございませんでした。
3年くらい前にアップされていて、お気に入りだった動画が消えて残念に思っていました。しかし最近再アップされておりました。
太川陽介&倉田まり子 ALWAYS ON MY MIND
まり子さんの歌声大好きです。
もう一つの楽しみ方は双方の視線です。
太川さんがまり子さんに視線を送る回数7回で2回だけ視線が合います。
まり子さんは太川さんに視線を送るのは1回のみ!
それに気が付いて慌てて太川さんが視線を送り返すがまり子さんは視線を外します。
あの太川さんの視線の本気度は演技では無いように思います!!
正解です
ただあれはNHK の演出です
かなりカメラテストをしたうえでの 演出です
当時MR ウィリーネルソン サイドから
あれは 男の失恋 の歌なので そこを
微妙に表現してくれ との強い要望でした
ただ この書き込みに対して 強い衝撃を受けました
栞子より
ブヒ吉さん
お久しぶりです。
前回の同窓会にはご参加なされませんでしたので、写真で拝見させていただきました。
またいつかお会いできるといいですね。
太川さんの熱視線を送る姿に反して、歌に専念するまり子さん!!笑
簡単には落ちませんよ!!ってね^^
こんばんは。現在未定ですが、今年もファンで集まることができる機会があれば、ご参加ください。
レッツヤンの「ALWAYS ON MY MIND」は、1982年7月4日のまり子さんが1か月司会を担当した1回目で歌われたものですね。今でもCSの「歌謡ポップスチャンネル」で時々放映されて、うまく行くと月初めで無料放送されることもあります。
陽介さんがレッツヤンの思い出を語るときで、番組の収録は演出内容がきっちり決まっていて、放映時間にほぼ収まるようになっていたそうです。陽介さんとまり子さんの見つめ合うシーンもそんな計算された演出という感じでしょうが、ふたりともレッツヤンに初出演してから数年経過した、大人の男女という感じが良く出ていたと思います。
現在のまり子さんのお仕事「コミュニケーション能力」で、「アイコンタクトの重要性」と関連してるような感じがします(笑)。
ひとつ気になることがあります
以前三年ぐらい前
木原美智子さんの記事と高島忠生さんの豚肉料理のことを読んだ記憶があります これは コピーアンドペーストです これは ある書き込みを 2ページ にしたいがための コピーアンドペースト だと思います でもそれは どうでもいいことです 僕は コネリーさんの掲示板を通して いろんなことを 学びました 僕の希望は こうゆうふうに ずっと いろんなことを みんなと語りあいたいことです ブヒ吉より
日中は夏日で暑いですが、夜間はまだまだ冷えますので体調管理にお気をつけください。
「ごちそうさま」は現在は公開してませんが、10年以上前に画像付きで大きく記事にしたことがあるので、読まれた方の感想があったと思われます。木原さんについては、あったでしょうか、自分は記憶に無いような感じがします。
14年ファンサイト運営して、掲示板の自分の書き込みやお返事の合計は、ざっと1000以上はあるかもしれません。人間ひとりが知ってることには限界があるので、「温故知新」で過去の書き込みを紐解くのも良いですね。
実際、みなさんの書き込みで初めて知ることも多々ありました。そんなところが、ファンサイトだからですね。
皆さま、こんにちは。
メッセージ更新されました。
まり子さんの学生時代が垣間見える好きな場所。
諫早や城ケ島に行ってみたくなりました。
まり子先生の新刊が二冊出来ました。
就活必修! 速習の面接・インターン2019
就活必修! 1週間でできる自己分析2019
2017年6月7日発売予定、Amazonや書店で予約しましょう。
坪田先生の著書「面接術」「自己分析」は、2015年版から毎年新刊がレギュラー化されて、早5年目ですね。今回面接術のほうは、サブタイトルが変わっているので、どんな感じなのか読むのが楽しみです。当サイトのトップページも変えないと・・・
発行元のさくら舎の公式サイト
http://sakurasha.com/
コネリー様、トパーズメイトの皆さま
おはようございます。
今回のゴールデンウィークはお天気が続き、海も山も楽しかったと思います。
まり子さんは、海を見ながらお仕事をされていたようですね。
故郷長崎の海がいくつか紹介されていました。
私も長崎の海をドライブしてみたくなりました。
愛野パーキングエリアは、調べてみると愛野展望台のような気がします。昭和天皇も愛した風景のようです。
ちなみに三浦半島の先の城ヶ島は、私の家から一時間足らずのところですが、最近テレビで、公園の松が全て海風で斜めに生えてるなんてやってました。私はいつも朝日が昇る頃行って、城ヶ島ののら猫とたわむれていたので全く気がつきませんでした。
日曜日の朝市でくろば亭のご主人が丹精こめたマグロのまかない飯を食べてみられてください。絶品ですよ!
今頃が、ミドリが一番綺麗な季節だと思いますので、是非一度!
今月のメッセージですが、まり子さんの目に焼き付いた風景が詳細に書かれてますね。ある意味、そのような思い出があることがうらやましいです。
自分は10歳前に住んでいた千葉県で、通学路に広い雑木林があり、中を歩いてると散弾銃の薬きょうとかが落ちてる(鳥や獣を撃ったりしてる)ような自然がいっぱいな場所だけが、唯一の思い出です。父親の転勤でいろいろなところに行きましたが、その他住んでいた場所は本当に平凡な住宅街でした。
まり子さんは以前も湖畔の宿に泊まられて、執筆の仕上げされていたこともありましたね。
6代目桂文枝(旧・桂三枝)さんと元・関テレアナの桑原征平さん、そして、元水泳選手の故・木原美知子さん司会時代の時の決勝戦、2組のカップルが、1分間の瞬間連想ゲームに、挑戦しました。
まり子さんが、モニターの言葉を見ながら、必死でヒントを出し、カップルが一生懸命答えて点を稼いで、競い合いました。
これは、1回戦から男女のカップルが瞬間連想ゲームに挑戦して、決勝に進むとゲスト歌手が、ヒントを出し、競い合って優勝すれば、提供先のミズノのスポーツ用品が商品として提供されます。更に、優勝カップルがグランプリに進んでグランドチャンピオンになれば、ヨーロッパや西海岸旅行、ハワイといった海外旅行に、ペアで行ける特典つきでした。
ちなみに、桂文枝さんは、現在も長くレギュラーをやっている「新婚さんいらっしゃい!」の他にも、若い時は恋愛バラエティーを含めた多くの司会をしていました。
2007年の10月13日に亡くなって、この2017年で没後10年になります。1964年の16歳の時に東京五輪の水泳選手で活躍していたので、生きていれば2020年の東京五輪を楽しみにしていたのかもしれません。1964年の昭和39年の東京五輪で活躍して、その後鬼籍に入られた元選手達は、2020年の東京五輪の未来の選手達を天国で見守ることになるでしょう。
まり子さんは「ひらめき力」があるので、この番組の矢継ぎ早の展開も上手くこなされてますね。今のお仕事にも、それは生かされてるように思います。
関西では、このような一般の若者男女の参加番組が多数あり、そのほとんどが漫才師や落語家の方々の司会でした。私は漫才などは好きですが、この手の番組の内容はどれもあまり楽しませんでした。
木原美知子さんは、スポーツ業界からのタレント業の転身がまだ珍しいころの先駆者でしたね。
おがさんへ できればもっと 話題と字数をしぼってください
そのほうが イイ文章が完成すると思います 読み手もそれを 望んでます 明日は突然 関東地方は雨が降るので 出かけられるときは 傘を持って 行かれると良いと思います 栞子より
坪田先生の著書では人への伝え方として、わかりやすさと簡潔さが求められてる著述がありますね。
話が広がる楽しさというのは、確かにあります。ただ、字数が多いとそれだけ場を占有してしまうので、他のタレントさんへの説明に多く割くのは、倉田まり子ファンサイト掲示板としてはどうかなと思うこともあります。
こういうファンサイトの中には、雑談掲示板まで設ける方もいらっしゃいますが、現在の自分にはそこまで余裕が無いのが実情です。その点も、留意していただきたく思います。
4月が終わり、5月になるとこの曲が聞けるのも、あともう少しではないでしょうか。石野真子さんにとって、最大のヒット曲になっただけでなく、なんとサンデーズの皆さんがレッツゴーヤングで披露した曲でもありました。
サンデーズだと(白のミニスカドレスのまり子さんと越美晴さんと佐藤恵利さん)と石野真子さんとカラフルなミニスカドレスのサンデーズ (まり子さんと松田聖子さんと佐藤恵利さんと浜田朱里さん)の組み合わせがありました。
思えば、3月から4月の初期は、花冷えで、風が強く、時にはヒョウが落ちてくる「春の嵐」(まり子さんの曲)から始まり、梅の季節から桜の季節へ、そして、桜の季節もソメイヨシノから八重桜へとシフトしました。4月は、桃の花も、沢山咲いていました。
もう少ししたら、藤の花やツツジが咲く季節になります。こうして、春の季節は晴れと雨、寒暖や繰り返しながら、変化をし、やがて夏になっていくわけですね。
あの千昌夫さんが歌った「北国の春」が、東北にやってきて、今度4月の下旬から5月になると北海道にも桜の花が咲いて、日本の寒冷地帯にも遅い春がやってくる。
桜の季節は、九州や沖縄ではとっくに終わってこちらは、初夏へシフトしました。それで、今の話は関東や東海地方の春の話なので、地方によって季節の感じ方は違うと思います。
そういえば、歌謡ドッキリ大放送で、石川さゆりさんが、「雪は、暑いから北国の寒い所に行ってしまうのよ。」と、小さい子供の質問に答えたら、石川ひとみさんが「だから、雪は無くなっちゃうんじゃなくてお引越しするんだ。」と、補足したら、新沼謙治さんが、「北も夏は雪は降らないよ。」と反論しました。
石川さゆりさんは、熊本市の南区出身、石川ひとみさんは、愛知県のあま市出身、新沼謙治さんは、岩手県の大船渡市出身、だから、こんなギャップが生まれるわけです。
春になると日中と夜間の気温差が大きくなり、体調を崩しやすいそうです。確かに日が落ちると夏と違い、夜間はかなり冷え込みます。
レッツヤンでは、レギュラー出演者の持ち歌披露の時には、こうやってサンデーズの面々が一緒に歌って盛り上げるシーンがたくさんありました。まり子さんの持ち歌のときにもあったので、再放送してもらいたいです。
まり子さんの持ち歌には、「春の嵐」「春咲く乙女たち」「不思議な春」という「春」テーマの曲がありますね。
味の素1社提供の高島忠夫さんと寿美花代さん夫妻の看板番組で、「豚肉のあじ煮」という家庭料理をしました。
豚のばら肉、大根、コンニャクの味噌煮といったところでしょうか。豚肉を炒めて余分な油をきってから、別鍋で、赤味噌とお水とお酒と黒砂糖を混ぜてその後、豚ばら肉と大根、コンニャクを入れて煮込むという具合です。
途中、歌のコーナーがあったり、出来上がった料理を試食して満足する表情が印象に残りました。
地方によって、作り方が醤油ベースとか味噌ベースになったり、それぞれ家庭によって煮物の味は違うんです。
大根を煮るときに、この番組では触れていなかったようですが、大根はあらかじめ煮崩れしないように、面取りをして、角を取り、真ん中に十字の切れ目の隠し包丁を入れたほうがいいです。
それと予め米のとぎ汁で、煮た方が大根のあくや臭みが取れて味がしみこみやすくなります。
それと、肉を炒める時は焦げ付き防止の表面加工のフライパンを使えば、わざわざ油を入れる必要がありません。
煮物は、入れる具材や味付けがそれぞれの家庭で違うし、料理サイトのクックパッドや投稿レシピも千差万別です。
自分に合ったレシピを探してみるのもいかがでしょうか。
先ほど、「ごちそうさま」に、まり子さんの出演の部分が抜けていましたが、手料理をする機会は、歌手活動中はなかなかなかったようです。料理は、母親の手伝いを機に覚えたものです。
ただ、ちなみに、本当の長崎の豚の料理は、厚切り豚の角煮で、沖縄ではラフテーという似たような料理があります。
最初に、豚の厚切りを下ゆでしてあく抜きをしてから、醤油、みりん、砂糖、酒で味付けをする。地域によって違うけれど、九州地方ではこのような料理をよく見かけます。
まり子さん出演の「ごちそうさま」は、以前記事を掲載したことがあります。当時録画して何度も見ましたが、まり子さんが食材を切る姿が、まだおぼつかない感じがしましたね。
15分くらいの番組でしたが、本人のパーソナルな面がうかがえて、持ち歌の「HOW!ワンダフル」も聞けた楽しいひとときでした。
やっぱりお父さんだと思います ブヒ吉より
実際はどうか私にはわかりませんが、この議論は終わりにしてください。
親が子を思い、子も親を思うということだと思いますが、まり子さんの家族も今まで色々なことがあったはずです。自分の家族もそうだし、ファンの皆さんもそれぞれ家には、さまざまな思い出があったはずです。
連日ニュースでは、「ミサイルが飛んでくる」「戦争になる」という危惧が伝えられています。みなさんもかけがえのない人がそばにいるはずですので、私は大事に至らないように祈る毎日であります。
1979年に、「3年B組金八先生」に、始まり、2011年の金八先生が退職するまでのシリーズは、国会議員に転進した元歌手の三原じゅんこさんや中学生妊婦の役だった杉田かおるさんとか元生徒さんが、多く出演しました。
また、当時まり子さんと同じ事務所の直江喜一さんは、俳優部門として、このドラマでデビューしました。直江さんは、一時俳優業を辞めたけれど、また復帰しました。
3年B組というドラマは、中学校における様々な問題を取り上げたものだけれども、生徒役の若い俳優さんにとって、金八の武田鉄也さんは、先生で、収録現場は教室かつ学び屋でした。
武田さんは、もともと海援隊というフォークグループから始まり、「送る言葉」が、ヒットして先生役があたり役だったけれど、先生役を退職してからは、朝ドラで福沢諭吉さんをやり、次は水戸黄門になり、年相応の役で今も活躍中です。
金八先生の時は、最初は、佐々木君で次は加藤優君という問題のある生徒役で出演していました。
最後の金八先生のファイナルの退職の時も出演し、先生あの時は問題児だったけれど、今は立派な大人になったんだよという感じでした。直江さんは、一旦芸能界を離れた時、建築会社に就職して、その後、建築関係の資格を取って建築の営業の仕事をしています。
直江さんがまた、テレビに出るきっかけになったのは、女医兼タレントの西川史子さんの誘いがあったからです。今では建築会社の営業の傍ら時々、芸能活動をしています。
当時、金八先生の教え子役の現役俳優さんと元俳優さん達が、武田鉄也さんのために、3年B組の同窓会を兼ねた誕生会をし、直江喜一さんやつちやかおりさんも出席しました。
その時、2016年の2月になくなった元プロデューサーの柳井満の写真が会場にあり、改めて金八先生とその生徒、裏方さんの絆を感じました。
柳井さんは、金八先生の生徒役のオーディションに関わっていた人であり、生徒役をしていた俳優さんは、ドラマを通じて人間として役者として多くのことを学んだことを今でも忘れていない、ドラマのクラスメートとの絆もありました。
まり子さんのファンクラブ会報は、81年の秋ころから所属事務所タレントの統合版となりましたが、直江喜一さんも「悲しきティーン・エイジャー」でレコードデビューやファンの集いなどの記事があるようです。
金八先生は、自分が学園ドラマ視聴から離れていたので、ほんの少ししか見ていませんが、自分の見ていた時代の学園物がスポーツのサークルが中心に描かれ、毎回何らかのトラブルとドタバタに終始するような内容が大半だったので、それと比べるとシリアスな描写が多い感じがしました。もちろん、描かれる対象が中学生と高校生という違いもありますが、何だか今まで自分が見ていたものはファンタジーだったのかとも思いました。
まり子さんの出演していた学園ドラマ「気になる天使たち」とも、同時期の放送なのですね。
おはようございます 僕は今 オーストラリアのアデレードというところにいます 海外からの投稿は初めてです しかも海中15メートルのところにいます 地球温暖化によるサンゴの減少について 調べている人に 無理やり連れてこられました たぶん誘拐だと思います 間違いないです 三日間ずっと小型潜水艇の中に フィレオフィッシの匂いが立ち込めています 日本に帰ったら 真っ先にエステーの ムシューダを購入します そのあしで職場の ビブリア古書堂に もどります そこで全てをお話しします ブヒ吉より
アデレードの気候というサイト見てました。向こうは今、秋なんですね。
http://www.australia.com/ja-jp/facts/weather/adelaide-weather.html
みなさんは、GWいかがお過ごしですか?関東地方も、明日は夏日くらいに気温が上がるようです。
まり子さんをリアルに応援した世代ではありません。ただ、テレビや動画サイトで、若い時の美しい歌声と容姿に興味を持ち、後で、知った人です。
20世紀には様々な出来事があり、70年代と80年代の文化に興味を持っていたので、往年の出来事について投稿しています。60年代も含めて(年齢や性別は内緒です。)
管理人に、迷惑をかけないように、事件やトラウマになるようなことは、取り上げないよう気をつけています。
また、誰かさんが興味のある動画をだしたら、投稿します。
こんばんは。当サイトを始めたときは、まり子さんについての動画もまだまだネット上には少なくて、ファンの皆さんも探すのに苦労されていたようです。
あれから14年経ちますが、その後BSやCS放送で過去のTV番組の放映が充実したことや、パソコンの普及率が高くなって誰でも手軽に動画を上げることができ、いまではたいへんな数が上がっていますね。
そういうことで、リアルタイムは知らないけれど、さくさんのように「まり子さんを発見」して、興味を持たれる方が少なからずいます。そこから、現在のまり子さんのお仕事などにまで興味関心が繋がるということですね。まり子さんも、ご自分の芸能活動時代を評価してくれる声があることは、喜ばれているはずです。
掲示板のことでは、話題がいろいろ広がることは楽しいですが、投稿数が多いと他の方が困惑されることもあると思いますので、その点はご配慮願います。
おがさんは 勇気ある人です
僕があの日断定した理由を伝えます
僕は おがさんを 今から2ヶ月ぐらい前 江戸時代の歴史を
語った時 おがさんは 僕より上の世代だと 漠然と思いました
そして あの書き込んだ日 この掲示板を見てたとき
一週間まえのセミナーで 真理子先生の 言ったことを想いだしました
以下次号 とても疲れました ブヒ吉より 以下次号
親と言うと、子どもにいろいろと細かく言う人もいれば、放任主義の人もいます。自分の高校時代の友人は、親が放任主義だったので自由にしていたようですが、反面独立心も大変強かったです。私は、その逆ですけどね。
坪田先生も家族の話題を折に触れて、ご自分の公式サイトメッセージに書かれたり、セミナーのときに話されますね。そんな話を聞いたとき、自分の家族に対する接し方とかを考えるわけです。
おがさんは 真理子先生の お父さんだと思います 細かくて うっとうしい ことばで 真理子先生を 刺激しているのだと思います ブヒ吉より たぶん間違いないと思います 名乗り出てください
果たしてどんな人なのか、自分も気になります。というか、ファンになった動機とかも聞きたいところです。
当サイトも再来月で14年ですが、「倉田まり子」というひとつのテーマで、掲示板も同じ年だけ続けています。テーマはひとつですが、みなさんの書き込みを読ませていただくと、ものごとにはいろいろな広がりがあるということ実感しています。
こんばんは。ご本人から、書き込みがありましたね。
私たちファンの世代は、だいたい40歳代後半以降が多いので、親も70歳80歳代となります。この世代では、私たちに比べIT機器(パソコン、携帯電話、スマホ)の使いこなしができる人がぐっと下がります。自分の父親も80歳代後半ですが、携帯の会話がやっとです。
高齢社会になってゆくことを日々感じています。皆さんも実感されているのではないでしょうか。