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一玉200円のキャベツが
一枚一枚上から剥がされていくように
俺の脳味噌が剥がれていく痛みが続いている
幼少期は
父から取り上げられた宇宙の疑問は
キャベツの芯に埋め込まれていたが
思春期に取り出してみたらそれは*MDだった
わざわざ秋葉原に行って再生機を買うより
最新情報を仕入れた方が早いと思った
母は嘘ばかりキャベツの芯に詰め込んで
ロールキャベツを作っていた
成長期にそんなものばかり食べさせられていたから
四半世紀の間、頭の中には成長しない青虫がいる
現在は
肉体が夕暮れの時期を迎えようというのに
青虫は反抗期を迎えていた
相変わらず芯がないものだから成人になれない
(成人とは父の役割を果たすことか
母の役割を果たすことか)
青虫が成虫になることは理解できるが
人間が成人になることは理解できていない
仕方なくひとさまの思想や経験を混ぜ合わせ
何の肉だか分からないひき肉とこねくり回して
ロールキャベツを作って生計を立てている
昨今は
蝶になって飛び立ってしまった
顔すら見分けがつかない子供達に
ロールキャベツのレシピを
紙に書いて郵送している
*MD(ミニディスク)とは、1991年にソニーが発表したデジタルオーディオの光学ディスク記録方式、その媒体。
ディスクの直径は64mm。(https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%9F%E3%83%8B%E3%83%87%E3%82%A3%E3%82%B9%E3%82%AF から引用)
双葉食堂のよっちゃんとは
いつも一緒に泥んこになって遊んだ
幼馴染だ
*
よっちゃんのお父さん
双葉食堂のおじさんは面白い人で
声帯模写が得意
ぼくが食堂に遊びに行くと
待ってました とばかりに犬の鳴き声で嚇かす
いたずらが大好きな
困ったおとなだ
初夏を迎えたある日
おばさんが
一眞 お昼を食べてお行き
お母ちゃんには電話入れといたから
そして とっておきの「おかめうどん」を
ご馳走してくれた
お店のうどんなど食べたことがないぼくは
美味しくて
美味しくて
夢中になって麺を頬張り
おつゆを啜った
具沢山のうどんを堪能していたところ
突然 鉢植えのゴムの木の葉陰から
ステテコ姿のおじさんが
吠えた
グルルルルル
ウ〜 ワンワンワン
ワン!
蚤の心臓のぼくは
びっくりして丼鉢をひっくり返した
あ~あ いっぱいこぼれた
それに
服もズボンもおつゆでビチョビチョだ
も〜おぉ
お父ちゃん!
珍しくよっちゃんが怒っている
胡麻塩頭のおじさんは
焦りもせず
慌てもせず
悪かったという顔もせず
手拭いを取り出し ぼくに渡して
目で謝った それから
もう一杯「おかめうどん」をつくって
さぁ お食べ …
優しく二杯目を振舞ってくれた
*
雨の日
よっちゃんと食堂内で遊んでいると
支那服を纏った美白麗人が入って来た
何やら言っているが
聞き取れない
片言の日本語で
台湾から来た と言っているようだ
おじさんは支那服を見たとたん
九州まですっ跳んで行きそうな勢いで
脱兎のごとく逃げ出した
その逃げ足の速いこと
速いこと
あっ という間に小糠雨のなか
姿が消えた
幼いぼくには状況が呑み込めていなかったが
長じて 思い返すのに
かの麗人は
港で船乗りを待つ〈湊妻〉ではなかったか?
だとすると
男女の情念の縺れが見え隠れする
艶めいた
おとなの秘めごとと
その修羅場を垣間見ていた…のだ
*
もと船乗りのおじさん
戦前 インド・太平洋各地を航海し
長く 高雄(台湾)〜上海航路の
貨客船のコックだった
声帯模写が達者なのも
言葉が通じない寄港地でモテようと
不純な??動機から覚えたものだ
乗っていた船の模型を自分で組み立て *1
双葉食堂に飾っていた
手先の器用な
おじさん
幼い愛娘よっちゃんとぼくを両側に置き
いつも模型を片手に
航海で体験した出来事を話してくれた
海南島沖
トンキン湾の遠い山並に沈む太陽
この世のものとは思えぬほど美しい
夕暮れに
薄暮に輝く南十字星を捜した
サイゴンの沖合い *2
艀から誤って転落
メコン川河口
眼の白い鱶(フカ)に追いまわされ
危うく餌にされるところだった
セイロン島に向かう貨物船
スコールのなかに突入
乗組員全員が甲板に出て
久々の雨を祝って柄杓で乾杯
そして 素っ裸になって身体を洗った
天然のシャワーだ
逸話は 船乗りの浪漫に溢れ
ぼくの脳内に
流れ星のように降り注いだ
*
その後
おじさんは病に倒れ たびたび喀血した
病状が進行すると
やむを得ず
光・虹ヶ浜にあるサナトリウムに入り
療養を続けた
しかし 悪戦苦闘の末
敢闘空しく天に召されてしまった
〈肺結核〉という
忌わしい死病に侵されていたのだ
どおりで痩せていたし
色が青白かった
ぼくには
死の意味などまるで分からなかったが
真に残念でならなかった
若き日のおじさんの
アラビア半島を巡った放浪譚
なかでもアデン外港モカでの武勇伝など *3
まだまだ多くのことを聞きたかった
ぼくのスーパーヒーロー
双葉食堂のおじさん
可愛いい一人娘を残して
はや冥界の旅人となってしまった
店先の風鈴が鳴り
おじさんが可愛いがっていたカナリアが
今日も
駕籠のなかで啼いている
よい声なんだが
心無しか元気がない
解き放たれて
おじさんの元へ飛んで行け
ぼくはそう願わずにはいられなかった
*1 船の模型作り 船乗りにはこの趣味を持つ
者が多かった
*2 サイゴン 仏領インドシナの旧都 現ホー
チミン(ベトナム)
*3 武勇伝 モカ港で強盗に襲われたが素手で
撃退した(おじさんは琉球拳法を身につけて
いた)
ある朝 おきて
僕が布団をはためかせると
のんきな羽毛が舞い上がって
本棚の裏へと消えていった
この部屋に
わずかなわずかな風が吹いていることを知った
ある朝 おきて
僕が海をはためかせると
南の島はまるごと濡れてしまって
ねむらない魚群は朝日に
ぴちぴちと光った
南洋のサーファーたちは
たいそう喜んでくれたようだった
ある朝 おきて
僕が空をはためかせると
青い稲妻のような静脈が透ける
白い太ももが見え隠れした
神様はドレスの裾をさわられて
くすぐったそうにしていた
ある朝 おきて
僕が君をはためかせると
君の下から とつぜんに
コルク栓の小瓶があらわれた
僕はなぜだか
瓶の中に入っているのは
すぐに涙だとわかった
僕は小瓶をのみほした
つめたいハッカが抜けていった
君はまだ起きそうになかった
柔らかくふれる
おそれと いつくしみを指先にこめて
すると世界は はためいて
覆われている向こう側を
時折 のぞかせてくれるだろう
雨音様 評をいただきありがとうございました。伝わるのか不安だったので、大変うれしく思っています。もともと、この作品は5月頃にいったん書いたのですが、まとまりがない感じがして、ボツにしていたのですが、題にした問いかけがふと浮かび、改作したものを見ていただいた次第です。私の場合、説明を加えないと伝わらないのではないかと思って書きすぎる傾向があると自覚しておりまして、今回は思い切って省略をしてみたのですが、結果オーライな感じもしておりまして、改めて難しさを感じると同時に、楽しさも感じるこのごろです。今後ともよろしくご指導お願い申し上げます。時節柄、ご自愛ください。
拙作「無差別殺人事件調書」に温かいご感想を頂き、ありがとうございます。
重いテーマと分かっていましたので、否定的に解釈いただくかもと思っていましたのでありがたく思いました。いつも理不尽な事件の報道を見るたび、被害者の運命の理不尽さとともに、このような事件に至る原因を考えざるを得ませんでした。第三次産業、サービス業が主流の現代、昔なら生きる場のあった人も現代ではコミュ障などと言われ、生きる場がない状況があると思います。社会不適応と言ってもその社会がいつの時代も不変というわけではないので、その時勢にはみ出した人もまた理不尽な運命の元にあるのではないか、と、よく思っていましたのでこういうものになりました。運命とは何か、と今後も考え続けると思います。どうぞよろしくお願い申し上げます。
夕方4時
いつもの散歩道。
その道中には
ネパール料理を
振る舞う店がある。
まだ開店前
ネパール人の夫婦が
仕込みをしながら
微笑み合い会話をしている。
2人は2人にしか
分からない言葉で微笑み合う。
また別の日の夕食時
その料理店に食事に行く。
店内にはスパイスが使われた
カレーの匂いがほんのり香る。
あの夫婦の雑談と
笑い合う声が小さく聞こえてくる。
自分の家族を思い出す。
大好きなカレーの時は
匂いがするだけで
ワクワクした子どもの頃。
前のめりになった
私を見て両親が微笑み合う。
私が思い浮かべるしあわせ。
ネパールの彼らが思い浮かべるしあわせ。
日本で「ふつう」と呼ばれるしあわせ。
ネパールでのしあわせ。
日本のカレーと、ネパールのカレーは
似ているけれども
どこか似通っていないように。
きっと、どれも繋がらない。
それは繋がらないままでも
実際に繋がなくても
私たちの間には目には見えないもので
繋がっている。
それは匂いかもしれない。
もしかしたら、カレーの匂いかもしれない。
こちらは19日朝です。おはようございます。上田です。
いつも素敵な評を頂き、感謝しております。MY DEARに投稿をはじめて1年、最初は一気に書いておりましたが、最近では推敲に推敲を重ね、最初書いたものの形がなくなってしまう、そんなふうに詩作も変わって参りました。
ストーリーが大事、これは雨音さんから教えて頂いたことです。僕の詩は野の花を書くことからスタートしました。詩心と勢いで書いています。ここを克服することは至難の技です。
更に精進したいと思います。
本作に帰れば、ご指摘の「紆余曲折あっての気持ちの変化」の部分は「私は深く反省した」の一行に凝縮しました。ここらの選択が甘いということですね。
詩作は難しいです。
また、新たな気持ちで書いて投稿致します。ありがとうございました。
楡けやきは秋楡です。
雨音さん、ご多忙の中、拙作『ドーナツステーション』の感想ありがとうございます。
おっしゃる通り、ドーナツは好きです 笑
ドーナツの穴の秘密とか、駅での色々なドラマを想像させられたりとか……不思議と不思議を組み合わせたら面白いよねと、とあるドーナツ店で思いついた作品です。
オフラインの事情で離れていましたが、久しぶりの投稿なのでポップに明るい作風で行きたいなーと思ってテンポ重視で。
あと私タイトルの名付けがイマイチなのでタイトルから作ってみようと試みての作品となりました。
それはともかく、語尾まで意識していなかったため統一感が生まれなかったのは素直に反省。ちょうど今週投稿する作品を書いているので、そちらに生かします。
ありがとうございました。これから、一層暑くなるとは思います。お身体にお気をつけてください。またよろしくお願いします。
雨音さま、評ありがとうございます。
お察しのとおり、一気に書きました。
っというか、基本的にどの作品も一気に書いておしまいです。
見直しはしますが、推敲というか、改めて書き直すということはしたことないですね。
したほうがいいんでしょうか、みなさんしてらっしゃるんでしょうか。
雨音さまの評を受け、孤独をテーマにまた書いてみました。
いずれ投稿するかもしれません。
また評を楽しみにしたいと思います。